第6話 大罪人と因果の鎖

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 巡り巡った因果の参加者であったとしても、今のアルたちからすれば、まるで意味不明の状況。出来事。


 ヴェーラ謹製きんせいの囮が殉職したかと思えば、遠方に、凶悪とも言える白きマナの暴風が出現。さも当然のように、瘴気は広範囲に渡って祓われる。しかし、その際の余波なのか衝撃なのか……若干体調が戻りつつあったダリルが、再度意識を手放してしまう。


 それは神子同士、白きマナ使い同士の感応だったのか……詳細は不明ではあるが、そのような推察をしてしまうほどに、白き暴威が吹き荒れたということ。


 ちなみにダリルは……


『う……や、やめろ。ど、どう……したんだ……? え、笑顔で拳を握り締めるんじゃない……お、落ち着け……俺は……そもそも死んでいない……! ふ、振り下ろすんじゃない! 拳を……ッ!』


 ……と、意味不明なことを口にしながら、うなされていたという。予知夢か?


「なァ、アルの旦那ヨ……一体、この状況はなんダ? 〝アレ〟ハ……?」

「は、はは……僕に聞かれてもね。ま、まぁ〝アレ〟はもう一人の神子であるセシリー殿なんだろうけど……凄まじいな。あっちもまさしく。神の御業……まるで天災だね」


 天変地異規模の影響を及ぼす。


 ゲームフィクション的な演出としては〝普通〟のことかも知れないが、それを実際に間近で体験するとなると……立ち向かうなど言語道断。なによりも避難が先決だ。


「……アル様。感心していないで、瘴気の祓われたこの機に我々も脱しましょう。セシリー殿であれば、敵側の神子を討ち取るのも時間の問題では? もう、お任せしておいては?」

「……だね。ダリル殿もまともに動けない以上、僕らがしゃしゃり出ても意味はないだろうし、下手すれば巻き添えであっさり死んじゃいそうだ。……できるだけセシリー殿から遠ざかるルートで大峡谷へ戻ろう」


 それは当然に、真っ当で、賢明たる判断。誰も天災に自分から寄って行きたいとは思いはしない。


 アルたちは動けぬダリルを抱えて、離脱の一手だ。


 もちろん、そこには確信と危機感がある。


〝今のセシリーに近付くのは危険〟

〝敵のボス? 幹部連中? あぁ、そんな奴らもいたかもね〟


 既にアルたちの中では、ザガーロ一味は扱いだ。


 だが、この時の彼らは知らない。


 ザガーロ一味の次に厄災に追われるのが、まさに自分たちだということを……まだ知らない。


 いや、意識のないダリルだけが、夢の中で〝予感〟を抱いていたとか、いないとか。


「ブヒィ。なラ、ダリル殿は俺が担ごウ。後はとっととズラかるだけだナ」


 未だに不穏な言葉を口にしながら、悪夢にさいなまれているダリルを、ジレドが軽く抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこ。オークとしては小柄なジレドではあるが、流石に単純な腕力なり筋力からすれば、ヒト族を抱えて走る程度はどうということもない。


 応援係から、勇者の運搬役にクラスチェンジだ。


「じゃあ、ダリル殿は任せたよジレド。行こうか?」

「はい」

「ブヒィ!」


 ダリルがセシリーに詰められる未来の可能性はともかくとして、この時のアルは、もう二つほど見落としていたことがある。


 自身が妙にに引き合うということ。そして、身の内から滲み出るような〝衝動〟のことを。


 失念していた。


 アルバート・ファルコナー。彼は女神の気まぐれでこの世界へと喚び寄せられたという、隠された使徒の一人。


物語上位存在〟を引っ掻き回すため、〝物語ゲームストーリー〟の記憶を植え付けられた、本来の〝物語流れ〟においては役割を持たないモブ。いわゆる何者でもない群衆キャラ。


 実態は酷いものだ。女神たちの雑な計画の被害者であり、顧みられることもない失敗作の一つ。


 女神たちは、アルと同じような転生者を無数に喚んだ。この世界に。そして、その多くはこの世界の環境で生き延びることができなかった。また、僅かな生存例にしても、アルのような例はほぼない。この世界で生きるには邪魔な、前世なり〝物語〟の記憶を忘却した者たちがほとんどだ。


 その上、喚び寄せられた者たちは、時代や場所もバラバラ。そもそも〝物語〟が始まる遥か過去であったり、マクブライン王国以外に転生した者も多い。現在を生きる者たちには知る由もないが、遠い未来に召喚された者すらいる。もはやこの世界が、彼ら彼女らが喚ばれた未来へ繋がっているかも定かではないにも関わらずだ。


〝物語〟を出し抜くことに躍起になる神々にとっては、それらも些細なことに過ぎない。


 女神たちは〝物語〟の進行の中で、そんな雑な計画の生存例であるアルを見つけ、〝何かに使えるかも知れない〟という、これまた雑な思惑で彼に接触した。その際、女神の遣いの乗り物メッセンジャーとして利用されたのが、虹色の瞳の双子たちだ。


 そのような経緯があった。


 この世界の誰にも分からない。


〝託宣〟に踊らされた王国や教会にも、暗躍していたクレアやザガーロたちにも、この世界の〝古き者〟たちにも、マクブライン王国の外にいる真理の探究者たちであっても知り得ないこと。


 女神や冥府の王ですら知る由もない。小間使いである女神の遣いなど論外。


 誰も知らなかった。ルールを。


 生命のエリノーラと冥府のザカライアは、一連の動きの中で、この世界の禁忌に触れたのだ。


 上位存在である〝物語〟が敷いたルールを破った。それを認識すらできない。現在進行形で理解できていない。


 アルはこの世界の勇者を知り、彼こそが、ダリルこそが、このクソッタレな〝物語〟を壊すのだと、運命の楔を断ち切るのだと確信したが……違う。表面的な問題の解決は確かに神子たちの役割だが、本質はそうではない。


 アルだ。モブである彼こそが、このの主人公であり、〝物語〟の代行者。


 彼は選ばれた。自らの行いにより、選ばれるべくして選ばれてしまった。それは福音ではなく……罰として。


 大罪を犯した女神たちの思惑を壊すのは、同じく


 これは、〝物語〟の禁忌に触れた者たちの物語。


 神々を含め、この世界に生きる者がソレを知ることはない。これまでも、これからも。


 ただ、唯一アルだけが気付くだろう。知らされるだろう。己の罪を。咎人とがびととして、道なき道を征く己の運命を。


 主人公の行く手には〝イベント〟が待つ。


 それは〝物語〟に科せられた贖罪の旅。



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 瘴気は祓われたが、見上げる空は爽やかさとはほど遠い曇天。視界を落とせば、荒涼とした大地が広がる。地が割かれ、木々が倒れ、血で染まっている。まさに物語に語られる魔境の様相を呈している。


 場の中心にいるのは一人の少女。その姿は、まさに無人の荒野に立つか如く。


 彼女の周囲は死屍累々。凄惨な状況。傷付き斃れた戦士たち。抵抗空しく力尽きた魔道士たち。漂う死霊たち。渦巻く怨嗟の声が、呪詛となって漂い響く。


 少し距離を置き、未だに抵抗の意思を宿す者たちもいる。無駄と承知で隙を窺っている。


『……う……うぅ……ば、化け物……め……ッ!』


 少女の足元には、まだ息のある……いや、死と闇の眷属として、辛うじて自我と肉体を保持している亡者が横たわっている。


「……教えてもらいたいんだ。神子の……ダリルの最期はどのようなものだったのだろうか?」


 元凶たる少女。虚しい復讐者。白き暴威。女神の神子の片割れ……オルコットの鬼が問う。


『……し、知る……か……ッ! く……くそ! め、女神の神子が……これほどだと……は……ザ、ザガーロ……さ……ま……』


 限界。亡者の肉体が砂のように崩れる。遺されるのは、ただの死霊。死と闇の眷属……黒きマナの加護を得た者の末路。本来は、特殊な術式により自我のある死霊として現世に留まるのだが、もはやその余力はない。その場に佇むだけの死霊……この世界の自然現象となるだけ。


「……誰か知らないか? ダリルはどのような状況で逝ったんだろう? 遺す言葉はなかっただろうか? なぁ……教えてくれないか?」


 それは静かな問い掛け。オルコットの鬼の頬には涙の痕。


 再会の叶わなかった想い人の……せめてその最期を知りたいと泣くのだ。荒ぶる白き風を引き連れて。


〝いやいや! その前にすることがあるだろ! ちゃんと周囲を感知しろ! 俺は死んでないだろッ!!〟


 この場にダリルがいれば、間違いなくそう言うだろう。


 ただ、そんな早とちりな凶悪なポンコツセシリーの問いかけに対して、ザガーロを逃がすために残った決死隊の幹部連中は、誰もがその意味すら分からない。彼らが理解したのは、異様な神子の存在が、驚異にして脅威であること。それだけ。


 場に残った者たちは、滅すること自体に怖じ気づく者はいない。いないのだが……神子の静かな狂気には怖気が走る。得体の知れない悍ましさを感じている。


 皆がそれぞれの〝悲劇〟の中にいる。


「……どんな理由であろうが、ヤツの足を止めていることに違いはない。このまま包囲網を維持して時間を稼ぐ」

「……ああ。ザガーロ様が本陣に戻り、肉体を修復する時間さえ稼げれば良い」


 時間稼ぎ。決死隊たちの目的は単純だ。異質な相手に異様な状況ではあるが、皆が自分たちのやるべきことを理解していた。


 ただ、想い人を喪い(喪っていない)、心に狂気の風を纏うセシリーに小細工は通じない。まともな対話もできない。ポンコツたる性質が、極めて悪い方へと出た。敵からすれば、悪夢にして災禍。


「なぁ? 貴方たちは知っているのか?」

「ッ!?」

「く……ッ!」


 いつの間にか、隣にいる。神子が。当然に臨戦態勢なのだ。幹部連中は誰一人として、敵から目を離すような迂闊な真似はしない……にもかかわらず、狂気の風は気付けば必殺の間合いにいる。


 それは圧倒的な力技によるゴリ押し。圧縮した白きマナの暴風を、瞬間的に開放しての踏み込み。限界まで引き上げられた身体強化を施した上でだ。


 更に更に、セシリーは周囲の大気を制御し、気配や音を遮断し、光を屈折させて視覚的にも消えて見せる。無理矢理な隠形まで使う。


「ふっ!!」

「……ッ!!」


 元ヒト族と元オーガ族の幹部は、現れた神子に即座に反応。攻めの一手を打つが……遅い。風が吹き抜けた後。初動を〝視た〟オルコットの鬼は既にやり終えた。答えを得られないなら用はないとばかりに。


 ズレる。


 つい先ほど神子に迫られていた幹部二人が、呆気なくされる。上半身と下半身の繋がりが、決定的に断たれた。場には白き風の刃の痕跡だけ。


 かと思えば、次の瞬間には、別の場所で元ダークエルフと思しき戦士の頭部が弾ける。あれは拳による物理的な一撃か。


 異様な戦場……というよりは、一方的な虐殺の場。誰も白き風を止められない。その風は明確な殺意と虚無を宿して彷徨うのみ。現れては命を刈り取る。そして消える。消えてはまた現れる。


 まさしく死の風。


 果たして、どちらが〝死〟と闇の眷属なのか。


「くッ!! 神子の最期だと!? い、一体ヤツは何を言っているのだッ!?」

「知るかッ! また消えたッ! 来るぞッ!?」


 決死隊はそれぞれに分散して距離を取り、一度の襲撃で全滅することを避けていた。それは自分たちの存在を使った時間稼ぎであり、幹部たちは神子を撃退すること自体は早々に諦めた。勝てるはずもない。仮に反属性でなくても、幹部連中の判断は変わらなかっただろう。


「くそッ! ガーベンが殺られたか!?」

「我らの残りも少ない。個々で散開して時間を稼ぐぞ!」

「総帥さえご無事であればッ!!」

「何故にこんなことにッ!?」


 流石にザガーロの側近であり、場に残るのは各々が超越者の領域にある者たち。ただ、そんな者たちが、身を挺して時間を稼ぐのが関の山という状況。理不尽な力に圧倒されている。


 彼らにとっては間違いなく悲劇。


 だが、それは因果応報というもの。


 これまで、暗躍する黒幕組織として、他者に対して散々に理不尽を強いてきた者たちだ。現在進行形で、女神の神子という理不尽に蹴散らされてはいるが、それは単に立場が変わっただけ。


 自分たちが〝悲劇〟と踊る番が来ただけのこと。


 やられたらやり返す……というのはファルコナーの流儀だが、それは真理に近いのかも知れない。


 手を出せば、やり返されることもある。

 他者を殺せば、自分が殺されることもある。

 自身の行いは巡り巡る。戻ってくる。還ってくる。


 一つの真理だ。


 もし、真理たる因果から逃れようとするのなら、歩みを止めることは許されない。やり返されるよりも早く、遠くへ逃げる。逃げ続ける。光すら追えない事象の地平線の先の先まで。


 まぁどうあっても無理な話。


 逃げるのを諦めた時、その足が止まった時、因果の鎖はお前を捕らえる。


 ザガーロ一味は捕らえられた。セシリーという理不尽に形を変えた、真理に……因果に追いつかれてしまった。


 さぁ、次に絡め捕られるのは?



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 ザガーロが荒ぶる死の風に追いつかれる前に、動かなくてはならない者たち。


 現世における、神々の後始末を請け負った女神の遣いたるエラルドと、急遽役割を押し付けられた人外の化生たるクレア。


 両者はその内なる思惑はどうであれ、行動を共にし、神々の駒として動く。


〝物語〟の最終局面における舞台装置とも言える、冥府のザカライアを現世に顕現させるための術式。その破壊なり停止なりを目指している。


 クレアはダリルの聖炎によって灼かれた。自身の存在を、力の大半を現在進行形で失い続けている。反属性たる女神の遣いに寄生までされた。後の世に可能性を残すため、なけなしの力を更に放出もした。


 しかし、それでも黒幕気取りのエルフもどきは、紛うことなき超越者だ。悠久の時の中で研鑽された魔道の徒。彼女の歩みを止めることができる者は、そう多くはない。少なくとも、術式を護衛していたザガーロ一味の精鋭では無理だった。


「くはは……流石に多少は手こずったが……これで良いのだろう? お望み通り、術式はすぐそこだ」


 地下神殿。その最奥に冥府の王を召喚するための魔法陣が敷かれている。まさにクレアが密かに築いていものと同じ。むしろ、オリジナルはザガーロたちの方だ。


 クレアはザガーロの研究を模倣し、術式に小細工を施し、その効力をそっくりそのまま奪う心算だった。そして、この地下神殿自体が、術式を補助するための構造物だったため、神殿ごと模倣していたということ。


『……早く術式を停止させるんだ。なんなら破壊しても良い』

「くくく。無茶を言うな。既に起動状態に入ってしまった術式だ。下手に刺激を与えると、そのまま不完全に発動するぞ? ザカライアを現世に喚ばないことを目指すのであれば、術式を操作して止める方が確実であろうよ。まぁ、私としては、顕現したザカライアに飲まれるのも一興ではあるがな」


 もはやクレアに思い残すことはない。やれること、やるべきことを済ませたと言える。


『……破壊が無理なら、さっさと術式を操作して止めろよッ!』

「くは……ずいぶんと余裕がなくなってきたではないか? どうした? 片割れが喪われたことがそんなにもショックだったか?」

『黙れッ! お前は言われたことだけやってれば良いんだよッ!』


 ヒステリックに叫ぶエラルド。図星でしかない。彼はラマルダと同じだ。どのような状況となっても、まさか自身の存在が脅かされる事態に発展するなど、考えていなかったのだから。


 現世を這うしかできない下等な存在たちが、自分たちに触れる得るなど……想定もしていなかった。


 そんなエラルドの様を嘲笑っているクレアだったが、実のところ、それは彼女とて同じ。自身の傲慢が今の事態を招いたと自覚はあるが、もうことだと考えている。


 このまま術式を停止し、神子に授けられた女神の恩寵を、エラルドが回収して終わり。女神の遣いの片割れが滅するというイレギュラーはあったが、概ねの流れが変わることはない。その後、自身の存在は、眷属として冥府の王に飲まれて消滅する。


 後は〝次〟で勝負。


 自分の知識、経験を引き継ぎ、神々の干渉から切り離されたが、〝次〟の機会で神々へ逆襲する。その過程で、自身の写し身が〝異界のことわり〟へと到達し、その真理を解き明かす。


 それがクレアの戦いであり、願い。希望の灯だ。


「くく。まぁ良い。術式は懇切丁寧に停止させてやるさ。ザガーロの命を助けることはもはやできぬが、その知識と経験は得難い。ザカライアに全てを持っていかれるのはヤツとて本意ではなかろう。せめて依り代だけでも現世に遺し、精々が利用させてもらうさ」

『……くだらない小細工などどうでも良い。さっさと動けよ』


 それはフラグ。


 クレアはやりきった感を出してしまった。未来に思いを馳せてしまった。レアーナと自らの写し身に後を託し、現世での歩みを止めた。


 亡者たちの依り代として急かされ、神々への復讐と研究のために駆けてきた……その足を止めてしまった。


 追いつかれた。




 因果の鎖はお前を捕らえたぞ。




 もう離さない。逃がさない。


 ザガーロ一派とは少し毛色が違う。クレアを捕らえた因果は、正真正銘、彼女自身が関与し、生み出したモノ。


 ほら、がそこにいるぞ。



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