第3話 雌雄を決する?

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 ザガーロの渾身の一撃は、当然に周囲の者たちにも知れる。


 位置的には魔族領に入り込んだ場所であり、直接的にルーサム家の活動領域が被害を受ける類のモノではない。しかし、明らかに異常な量の黒きマナ……天災クラスの瘴気の大規模な集束と放出が確認されたのだ。〝いやぁ大変だなぁ〟で済ませられるはずもない。


 ルーサム家が、大峡谷の敵対氏族への対応を一時的に緩めてでも、異常事態の詳細を確認しようとするのはごく当たり前のこと。各砦があわただしくなる。


「……セシリー殿。今のアレは間違いなく〝総帥〟とやらの仕業だろう。このタイミングだ。アル殿や神子ダリル殿たちが関与している可能性が高い」

「ええ、クスティ殿。可能性の話ではなく、確実にダリルが現地にいます。……いつの間にか私の中に棲みついている、女神の遣いとやらが煩いくらいに騒いでいますから……」


 神子セシリー一行。アルやダリルの足取りを確認するため、クスティの案内でルーサム家の砦に立ち寄っていたのだが、その際に、大規模な瘴気の流動を感知することになった。


 それと同時に、セシリーの中に宿った女神の遣いが、キーキーと騒ぎ始めたのだという。


「主たるセシリー。その女神の遣いとやらはどういう風に騒いでいるんだ? もう一人の神子が現地にいることを伝えてきているのか?」

「ああ。要点はそれだ。ただ……私に何をさせたいのかがよく分からない。混乱しているのは確かなようだが……ヒステリックに〝早く行け!〟〝愛し子を止めろ!〟〝総帥の思い通りにさせるな!〟〝順序を守らせろ!〟……という感じで喚いているな」


 これまで、要所要所で女神の遣いがセシリーの行動に口を挟んでくることがあったのだが、その際には余裕のある落ち着いた雰囲気を醸し出していたらしいが、今回の件で一転する。


 今のこの状況が、女神たちの想定を超えた事態なのだとセシリーは冷静に理解していた。女神の遣いが喚こうが、だからと言って彼女が動じることはない。やることにブレはない。


「セシリー殿。では、一刻も早く現地へ?」


 瘴気の奔流の影響なのか、またしても気を失ったネストリの付き添いから解放されたヨエルが問う。


 ちなみに、オルコットの鬼症候群を常時発症するようになったネストリと、廃人一歩手前となったロレンゾはこのまま砦に置いて行く心算。ゆくゆくはルーサム家ブートキャンプを経て私兵団に組み込まれることになるだろう。


「とりあえず、現地には向かおうとは思う。ただ、女神の遣いの言いなりで動く気はないさ。……どうにも胡散臭いんだ。私の勘でしかないが、ラマルダと名乗る私の中の女神の遣いは……どこか王国や教会、クレア殿たちと同じ臭いがする」

「……臭いですか?」

「今さらだけど、それは王都の学院でヨエル殿やラウノ殿にも感じていたやつだ。要は女神の神子私やダリルを駒として利用しようとする者の……欺瞞の臭い」


 現状、対外的には考えなしのアホの子と見做されているセシリーだが、彼女の本質はダリルと同じ。真っ直ぐな馬鹿。その性根は善性ではあるが、ごくシンプルな論理で動く今の彼女は最短距離で本質へと向かう。


「……」

「ああ、別に今さらヨエル殿のことをとやかく言うつもりはないから。王国や教会のお偉方に逆らえなかったのも分かるし。ま、何にせよ、この女神の遣いの言う通りにしても、にとってはあまり嬉しくない結末に誘導されそうっていう話なだけだ」


 別にヨエルとて、今さら王都での任務のことを言われても、申し訳なかったと思いはしても、殊更に引きずるようなことはない。今でこそ、とある神子の介護者のようになっているが、元々の彼は《王家の影》という暗部だったのだ。そのメンタルは図太く鈍い部分も多分にある。むしろ、そうでないとやっていけなかった。ただ、次の神子のセリフが問題だった。大問題。


「……ただ、今回の件でダリルの居場所がはっきりとした。女神の遣いの意図はともかくとして、まずはあのバカとちゃんと〝話し合う〟さッ!」

「……」


 暗部として教育を受けたヨエルの顔色が変わる。〝まさか、そんなはずはない〟と自分に言い聞かせるが……どうしても、セシリーがダリルを押し倒す場面(色気×暴力○)しか思い浮かばない。突然、未来視という特殊能力に目覚めたヨエル。……はは、不思議なこともあるものだ。


「……セ、セシリー殿……」

「ん?」

「い、いえ……ダ、ダリル殿と、心からの話し合いができれば……良いですね……」

「ああッ!」


 セシリーに注意を促そうとはしたが、一瞬でヨエルは折れた。曇りなきまなこで快活な笑顔を見せる神子オルコットの鬼を前にすれば、それも仕方のないこと。誰も彼を責めることはできない。ごく近い未来のダリル以外は。


 総帥やクレアとのゴタゴタの中で、彼の白きマナが枯渇しきらないことを祈るのみ。セシリーラスボスのために力を温存しておく必要がある……ということをダリルは知らないままに魔王との決戦に突入してしまった。理不尽過ぎる連戦の予感。


「ヨエル殿」

「……エイダ殿」


 セシリーを制止できそうにないことに対して、小さくはない罪悪感を抱くヨエルだったが、そんな彼の肩を軽く叩き、ただただ静かに首を横に振るエイダがいた。


〝諦めろ。ダリルという男も神子なんだろう? 信じるしかない。我々にできるのは、主たるセシリーが惚れた男の顔面を潰さないことを祈るだけだ〟


 これまたどうしてか、ヨエルには彼女の声がはっきりと聞こえた模様。ヨエルとエイダの間に、負の意味しか持たない以心伝心が成立した瞬間だ。


 未来視の次は読心術なりテレパシーに目覚めたヨエル。このままだと、異能者ヨエルのスピンオフが描かれそうだ(嘘)。



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「総帥! ご、ご無事ですかッ!?」


 長々距離からのピンポイントの狙撃に対抗するため、これまでの計画の段取りを捨ててザガーロが出した結論。


 無理矢理ではあるが、同じく長々距離に効力を及ばせるための一手。


 ピンポイントではなく、対象を巻き込むように広範囲をまとめて押し流すというデタラメ。天災規模の質量攻撃。


 計画を修正するために必要な手順ではあったが、ザガーロ自身にも相当な負担がかかる無茶な一手だったことに違いはない。


「……う、狼狽うろたえるな。私は大丈夫だ。この肉体は存在を保っていられる……」


 少し前に、どこぞの神子ポンコツが広範囲に渡って瘴気を祓ったことでしばらく動けなくなっていたが……今回の一件で、ザガーロはその比ではないダメージを負う羽目になった。重度のマナ酔い程度では済まない。


 外法の術による仮初の肉体が徐々に崩壊しつつある。もっとも、彼としては承知の上でのことではあったが。


「そ、総帥! 今ので追ってきていた神子どもは始末できたはずです! そ、早急に儀式の仕上げを! 神子の片割れが来る前に! まだ間に合いますッ!!」


 見た目はヒト族の幹部と思わしき女が叫ぶ。叫んでしまう。残念ながらそれはフラグでありお約束。


 ただ、その辺りはザガーロの方がを理解していた。


「……い、忌々しいが、追ってきていた女神の神子は健在だ。くッ! クレアめ……補助である神子の方を……あそこまで引き上げていたとはなッ!」

「な、何を仰っているのですか……? ち、地形を変えるほど攻撃を凌ぐなど……」 


 ひび割れ、剥がれ落ちていく肉体などおかまいなしに、ザガーロがゆっくりと指を差す。


「アレを見てもそう言えるか……?」


 木々が地面からめくり上げられ、谷間の崖は削られて一部は崩れている。

 瘴気の痕跡も色濃く残留しており、眼前には重苦しく荒涼とした剥き出しの大地が見え隠れしている。


 そんな光景の中にぽつりと白い点。


 距離を考えると、ザガーロたちから見えるそれは微かな点に過ぎない。さりとてその白は永劫の滅びを招く。死と闇の眷属にとっては凶悪な白だ。死神の鎌に等しい。


「あ……あり得ない……ッ! そ、総帥の……全霊の御業を凌ぐなど……ッ!!」


 女神の神子……ダリルの聖炎に先ほどまでの勢いはない。ザガーロの一撃を凌ぐため、一度に大量のマナを放出したことで萎れてしまう。それほどに決死の守りだった。


 これまでのダリルの聖炎は、瘴気の中を煌々と照らす灯台のような燈火ともしびだったが、今や松明たいまつ程度の灯りでしかない。


 しかし、健在であることに違いはない。拡散することなく、ただ一点に凝集した聖なる白き焔。


 ゆっくりと……思わせ振りに近付いてくる。


「……ふっ。今ので始末できなかったのは口惜しいが……これでエリノーラとザカライアの神子たちがお互いに消耗した。流れは大幅に違うが……まだ託宣の辻褄は合う。後は神子を足止めし、儀式の完成を待つだけだ……!」

「そ、総帥! ま、まさかお体を捨てる気なのですかッ!? ぎ、儀式の完了まで神子をここに留めるなど……お体が耐えられませんッ!!」

「……かつてヒトであった頃の……当時の似姿であるこの体への拘りなど、私のくだらん感傷に過ぎん。所詮は仮初の器。お前たちが気にすることではない。今は計画の仕上げの方が重要だ」


 ザガーロはここに至っても〝物語託宣〟に執心したまま。もはや計画の遂行が無理なのは彼も理解しているが……一縷の望みを捨てきれない。


 その諦めの悪さなり、もしかすると何とかなるかも知れない……という楽観主義は、人外の外法存在となり果ててもなお残る、ザガーロ個人のニンゲン臭さなのだろうか。


「さぁ……来るがいい! 女神の神子よッ! 神々の操り人形同士の直接対決だ。もっとも、どのような結果になろうが私は託宣の先へ行くがなぁッ!!」


 黒きマナが再び結集する。質量を伴う瘴気がザガーロを包み込む。流石に先ほどと同じ真似はできようはずもないが、足止めと言わず、彼は白きマナを完全にすり潰す勢いで備える。不敵に嘲笑わらうザガーロに、もはや油断は欠片もない。


 女神の神子ダリル。

 冥府の王の神子ザガーロ。


 不意に訪れた最終局面。


 今こそ神子同士が雌雄を決する時。



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「……皆、無事か?」


 一方の勇者一行。


 デタラメとも言える黒きマナの奔流を凌ぎ切った女神の神子。


「え、えぇ。ありがとうございます、ダリル殿。お陰でなんともありません」

「良かった……流石に駄目かと思ったが……なんとか凌げたな」

「……そういうダリル殿こそ大丈夫ですか? かなり顔色も悪いようですけど……?」


 重度のマナ酔い。さりとて、周囲は濃密な瘴気が漂う、死と闇の眷属たちお得意の魔境フィールドへと変貌した今、弱音を吐いて聖炎の展開を止めるわけにもいかない。敢えて効果範囲を絞り、濃縮した白きマナを纏う。


「……ふっ。。借り物のマナをちょっと豪勢に放出しただけのこと。自身のマナを出し切ったわけでもない……こんなもの、所詮はマナ酔いもどきに過ぎないさ……」

「そうですか。では、次の一手をどうするかですね」


 死にそうな顔で強がるダリルの言い分を、アルはあっさりと受け取る。それがたとえ瀕死の強がりだろうが、ちょっとイキっただけであろうが……戦士が大丈夫、問題ないと口にした以上、気にしない。それは戦士の矜持。気にしてはいけない。


「アル様。この瘴気の中で誤魔化しが利くかは分かりませんが……『縛鎖』を幕のように展開してダリル殿の白きマナを乗せれば……隠れるのではなく、我々がここに残っていると誤認させることができないでしょうか? ……流石にこのまま戦闘に移行するのはダリル殿の負担が大き過ぎます。ダリル殿が倒れれば、私たちは瘴気の中で成す術がありません」


 ただし、戦士の矜持よりも現実的な判断を下す者もいる。


「……隠れるんじゃなくて、目眩ましの囮として敢えて気配を残すのか。ある程度なら操作もできる?」

「はい。強度を度外視すれば、目視できる距離なら操作することも可能かと……時間稼ぎくらいはできます」

「お、俺のことは気にしなくても良い。このまま黒いマナを……!」

「はいはい。別にダリル殿に配慮しているわけじゃなくて、普通にこちらの被害を抑えて勝つための一手ですよ。別にこっちには時間制限があるわけじゃないんだし、むしろ少し時間と距離を置いた方が確実に仕留められるでしょ? 敵の……総帥とやらのマナは明らかに乱れています。放っておけば自滅しそうなほどにね。さっきの〝死の予感〟は、もう凌げたんじゃないんですか?」


 これまたアルはあっさりとヴェーラの案を受け取る。他に選択肢がないなら、この場の要たるダリルの矜持や想いに付き合うのもやぶさかではないが……彼の強がりよりも現実的に〝使える〟選択肢があれば、そちらを採用するのは至極当然のこと。ファルコナーは生き延びるという結果に繋がるなら、特に手段に拘らない。


「う……た、確かに……〝予感〟はまだ煩いくらいだが、に直結する類のものじゃなくなっているな……」

「だったら決まりですね。明確な死を切り抜けられたんなら仕切り直しましょう。……ヴェーラ、向こうが体勢を整える前に小細工を」

「承知いたしました。ダリル殿。私の『縛鎖』に沿うようにマナを展開できますか?」

「あ、あぁ。分かった」


 こうして勇者一行は擬態する。誤魔化しのため、濃密な白きマナを乗せた『縛鎖』を傘のように広げて前方に展開。


 そして、ゆっくりと……思わせ振りな挙動でソレをザガーロ一味へと前進させる。


 アルたちはその『縛鎖』の傘に重なるような配置を保ちながら、そのまま隠形を施して逃げる。いや、ダリルの心情に寄り添うなら、転進して後方に前進すると言ったところか。


 勇者一行が安全圏に抜けた後、場に残されるのは、魔王らしく不敵に嗤いながらも、囮に釣られる間抜けを晒して……臨戦態勢のままに待ち構えるザガーロ一味。


 さて……最終局面はいずこへ? 雌雄を決するとはいかに?



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