第2話 初手で必殺は基本

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物語ゲームストーリー〟。


 それ自体に意思があるのか、それとも〝物語〟の大枠を準備した更に上位の存在があるのか……箱庭世界の住民たちにそれらを知る術はない。


 アルのような転生者であっても、模範解答を持ち合わせているわけでもない。もっとも、アルは自身と同じような転生者(疑い)の父ブライアン・ファルコナーに対して、真相の追求なり答え合わせを望んでいるが……冷静に自身の状況を振り返れば、それが叶わないことは分かるはず。


 ただ、転生者アルたちですら知り得ない情報を持っている存在もいたりする。


 生命のエリノーラに冥府のザカライア。この世界において神として信奉されている存在モノ。ヒト族などよりも上位の存在。


 神々は存在の位階が違い過ぎて、現世に直接顕現することはできないとされており、それが世界の制約なのだという。ただ、この制約・制限も、一体誰が作ったものなのか……今となっては誰にも分からない。制限を受けている神々にすらも。


 神にすら分からないことが、現世を生きる矮小な定命者たちに分かる筈もないのだ。悠久の時を生きるとされるエルフ族であっても、神や世界そのものの尺度では小さき者に過ぎない。


 だが、〝分からない〟ということに抗う者たちはいる。


 ヒト族、魔族、エルフ族、ドワーフ族、魚人族、ゴブリン、オーク、オーガ……などなど。種族は違えど知恵を授かった者たち。一族の中では変わり者扱いをされることもあるが、世界の成り立ちに疑問を抱き、真理の探究という道を征く者たちはどこにでも一定数はいる模様。


 そんな変わり者の中でも頭抜けたのが、冥府のザカライアの眷属となってまで真理を追い求めた者。


 元エルフのクレアに元ヒト族のザガーロ。


 二人は元よりこの世界の神々から寵愛を受けていた者たち。始祖の因子を持つ可能性……〝古き者〟と呼ばれる存在ではあったが、ともにこの世界の〝ことわり〟を外れることになる。


 クレアは自らの意思で神の寵愛を振り切り、神々に一泡吹かせようとした。……実際はそれすらも神々の手の平の上で踊っているだけで、現在進行形で誰よりも神の寵愛を受けている者だったが。


 一方のザガーロは、寿命によってヒト族として穏やかに死に逝く際に……神の寵愛と〝物語〟の縛りを受けていたことに気付いた。目覚めた。彼からすればというべきなのかも知れない。


 かつて、この世界には七つの大陸を制したと伝えられる、広大な版図を誇った帝国があったのだという。そんな巨大な帝国が崩壊していく混乱期にあって、地方領主であった若きザガーロは戦火を免れるため、付き従う者たちと共に魔境たる大森林を超えた地に、マクブライン王国を築いた。建国の王だ。


 ちなみに、幸いなことに当時の辺境地……特に大森林は、今ほどに凶悪な魔境というほどではなかったそうだ。良くも悪くも、昆虫どもに対抗するすべをどこぞの狂戦士一族が編み出したことで、昆虫どもがより大きく、より凶悪になっていったという負の相乗効果があった……という皮肉な考察もあるのだとか。


 当時のザガーロたちが四方を魔境に囲まれた地に向かったのは、元々は敵から逃れるためであり、魔境という天然の要塞で敵の侵攻を阻むという苦肉の策だったと云われている。


 結果として、マクブライン王国は先住の氏族などを吸収しながら大きくなり、この地域一帯を統一することになった。初代王のザガーロがほぼ一代でそれを成した。


 王国としては、西方からの海洋による交易はあったが、魔境を挟むことになるため、陸路では他国との繋がりは途絶えて久しいという状況を招くことに。ある意味では王国は停滞することになるが……それは繁栄と安寧、平和と同義でもあった。国のいしずえを築いたザガーロの決断やその手腕は後世においても讃えられているほど。


 しかし、彼個人として見ると、役割を果たすまでは死ぬことも滅することも許されない存在モノへと成り果ててしまうというのは……ソレがヒトとしての終着点であるならば、あまりにも報われない。少なくとも、ザガーロ王は己の生涯に満足していたのだ。上位者の駒として仮初かりそめの延命が施され、最終的にはこの世界の敵として滅される役割……そんなモノを押し付けられて素直に喜べるはずもない。


 臣下のため、民のため、友や妻子を含む皆の安寧のためにと駆け抜けてきたその生涯が、神々や〝物語〟の定めた通りに踊っているだけだったのだ。初代マクブライン王たるザガーロの絶望は如何ほどだったか。


 人外と成り果てて目覚めた彼は、自身が築いた王国の民たちから追われることになる。ザガーロは魔境を超えて王国の外を百年単位で放浪することになる。怨嗟と悲哀が擦り切れた先に残ったのは諦念と虚無。ただただ虚しく彷徨うだけ。


 だが、それすらも〝物語〟や神々の思惑だったのかも知れない。


 そして、ザガーロは放浪の旅の中で可能性と出会う。


 外法の求道者集団。この世界の真理を探究する者たち。


 そう。今でこそザガーロは総帥と呼ばれ、王国や魔族領内の組織を取りまとめているが、元々は王国の外で自然発生的に集まった研究者の一団だったのだ。


 ザガーロは求道者たちに語った。いずれはマクブライン王国という魔境に囲まれた国において、不完全な神の顕現が成されるのだと。その為の駒であり、鍵の一つでもあるのが自分なのだと。


 その話を聞いた一部の者たちが、ザガーロやマクブライン王国に興味を持つことになった。当時はまだ真っ当なエルフだったクレアもその一人。つまり、彼女たちは閉じた王国の外側にいた。


 ザガーロは真理の探求者たちと触れ合うことで、虚無を脱する。自分自身の役割なり立場なりを逆に利用してやろうと考えるようになる。神々への反逆……を通り超えて、神という存在を燃料にして、それを元手に世界の真理に辿り着くという思いを抱いた。いや、取り憑かれたと言うべきか。


 もはや、人外として目覚めた当初ほどに自らの運命を悲観していないが、それはある意味ではザガーロの復讐の決意表明だったのかも知れない。


 そして、数十年の時を外法の求道者集団と共に過ごした後、ザガーロはマクブライン王国へ帰還する。


 初代のマクブライン王にして、神々の愛し子たる古き者であり、〝物語〟に役割を持ち、この世界のことわりから外れた存在にして、不完全でありながらも未来すら知る者。


 てんこ盛りの〝設定〟を携えた上で、神々や〝物語〟に与えられた借り物の力を十全に使いこなし、それどころか〝物語〟の裏をかくほどの研鑽・研究を積み重ねても来た。


 もはや神々など恐るるに足らず。神を縛るという〝物語上位存在〟についてもだ。


 裏をかいてやる。上位存在どもを引き摺り下ろしてやる。世界の真理に辿り着き、何なら自分が上位存在に成り代わってやる。そんな野望と余裕がザガーロにはあった。


 本格的に〝物語託宣〟が動き出したのは百五十年ほど前になるが、ザガーロと共にマクブライン王国領を訪れたクレアなどは、その間に女神や冥府の王がこの世界にびつけた転生者やその成れの果てと関わることで、亡者の依り代として独自の道を征くことになる。クレアはザガーロ一派とは緩やかに袂を分かつことになったが、明確に敵対するほどでもなかった。


 クレアはクレアでこちらにも余裕があった。仮に自分やザガーロの計画通りに事が進まなくても、観測者として、研究者として……一連の事象を見届けるつもりだったのだ。計画の進み具合によっては滅することも止む無しと、自身の存在すら懸けてはいたが、失敗した時の保険もかけていた。


 ただ、今になって思うのだ。


 ザガーロもクレアも。


〝どうしてこうなったのだ?〟……と。



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 ……

 …………

 ………………



「連中、足を止めましたね。このまま逃げるのが下策だと判断したようですが……まさか白いマナを込めた『狙撃弾』を真正面から防ぐとはね」

「敵も覚悟を決めたようだな。エラルド……俺に取り憑いてた女神の使い曰くだが、総帥とやらの力量はクレア殿を凌駕するらしい。だからこそ、神々連中にとって大切な駒であるクレア殿を、総帥の前には出したくなかったみたいだ」


 追う勇者一行と逃げる悪の秘密結社一行という構図に変化が見えた。ちなみに、長々距離から問答無用で必殺の狙撃を撃ち込んでいたため、やっていることは勇者一行アルたちの方が悪役っぽいのはご愛敬だ。


 遮蔽物に身を隠しつつ、突如として、質量を伴うかというほどの濃密な黒きマナを周囲に展開したザガーロ一味。分かり易く迎え撃つ体制へと移行した模様。


 そんな敵の動きになど構わず、アルはダリルの白きマナを弾にした合わせ技の『狙撃弾』を放つが……黒いマナにぶつかり威力を減衰されて消えた。正真正銘、真正面から必殺の一撃が防がれたのだ。


「うーん……とりあえず、面倒だしこのまま放置しますか? この距離で『狙撃弾』が通じないとなると、こっちからはまともに手出しできませんし。クレア殿を上回る化け物といっても、流石にあの密度の黒いマナをずっと展開しておけるはずもないでしょう。足を止めたということは、アレは動きながらだとできないみたいですし……」


 アルとしては、敵が足を止めて迎撃態勢を取った以上、態々そこに向かって馬鹿正直に突撃する必要性もない。相手が積極的に仕掛けてくるなら、今度はこっちが一目散に逃げの一手を取ることも厭わない。まだ安全を確保できる距離だ。相手が動かないのであれば、このまま消耗するのを待つだけでも良い。


 銃や砲はおろか、いざとなれば核兵器や大陸間弾道弾まであるような前世を思い起こすまでもなく……撃たせずに撃つ。気付かれる前に撃つ。政治的にも物理的にも、敵の攻撃が当たらないような間合いを保つ……などということは、この世界の戦いにおいても同じだとアルは考えている。相手の攻撃を受けないように引くのも当然の選択肢。相手が自滅するならそれに越したこともない。


 そもそもの話、敵の首魁をどうしても討ち取らないといけない理由もアルにはない。あくまでもダリルの思いに敬意を払って同道しているだけのこと。彼にとっての本命はクレア一派の方だ。


「アル殿は徹底してるな。いや、辺境の戦士としてはアル殿の方が正しいのは疑いの余地もないんだが……」

「はい?」


 ただ、神子たるダリルは少し引っかかりを覚えている。流石に油断や隙を見せることはなく、敵を侮るようなこともない。しかし、それでも〝このまま敵の消耗を待つ〟というのが、どうしようもなく不味いことだと感じている。


「今さらではあるが……俺の中の〝予感〟が訴えているんだ。〝アレは不味い〟と。このまま敵の消耗を待つのも、距離を取るのも駄目だ。早急に敵の黒いマナを散らせる必要がある……!」


 もう以前のように盲目的に当てにすることはできないが……〝予感〟がダリルの中で激しく警鐘を鳴らしている。ザガーロが放つ黒いマナは、単純な迎撃用のモノではないのだと。


「例の〝予感〟ですか? しかし、それは逆張りすると決めたのでは?」

「いや、今回のは質が違う。恐らくに直結するやつだ。動かなければ死ぬ。そして、を殺すほどの脅威となれば……」

「……行動を共にしている僕たちにとっても脅威ということですか」


 明確な自身の死が……この上ない凶兆がダリルの胸をよぎる。

 そして、勇者たる今の神子の命を脅かすというのは、イコールで同行する者たちの命の危機でもある。


「ダリル殿。それでその〝予感〟とやらはどのような行動が好ましいと?」

「……総帥の黒きマナの放出を止めさせろと。その後、総帥と〝対話〟をしろというも混じっているがな」

「邪念?」

「神々の御意志というやつだろうさ。このままだと俺の命が危ないのは確かなようだが……それと同時に、女神たちは総帥が滅することも望んでいないようだ。少なくとも今の時点ではな。ふっ。相変わらず都合の良い話だ。まぁ、こんな分かり易い誘導にすら気付けなかった俺がマヌケだっただけか……」


 呆れを含んだ自嘲。今にしてダリルが振り返ると、〝予感〟には二種類があった。一つは命の危機を告げるという、真の意味での凶兆の予感。そして、もう一つは神々が神子を誘導するための啓示であり、詭弁にして欺瞞だ。人形使いからの人形への指示であり、演出家の仕掛けのようなもの。


 今回はその二つが混じっている。強く感じるのは前者の方だが、それに混ざって、ダリルは自らを導こうとする神々の意思も察知していた。


「なら決まりですね。ここで総帥とやらを殺す。もちろん、ダリル殿にお任せしますよ?」

「ああ、もちろんだ。クレア殿のことは気になるが……まずは全霊をもってあの黒いマナを散らし、その上で総帥を始末する。恐らく、総帥とやらも俺やクレア殿と同じく、神々に踊らされた道化仲間なんだろうが……王国にあだをなした以上、見過ごすことはできない。もはや迷いもない……ッ!」


 勇者の本気。決意表明の如く、ダリルは言葉の終わりと共に白きマナを展開する。


 聖なるマナの奔流。どこか温もりを感じさせる、白き焔が神子を中心に一行を包む。もっとも、敵からすればさぞや凶悪な光景に見えただろう。


 だが、それはギリギリのタイミング。いや、〝予感〟は少し遅かった。


 轟音。膨大なマナの放出。


 神子勇者が聖炎を展開するやいなや、神子魔王が発する黒きマナが一気に膨れ上がり、その密度を増しながら勇者一行を飲み込まんと押し寄せてきたのだ。


 濃密な瘴気の津波。黒き死の壁が怒涛の勢いで迫って来る。


 まだまだザガーロ一味とアルたちの間には距離があった。一方的に〝狙撃〟できる程度には。彼らが位置しているのは魔族領の谷間であり、根を張った木々が所々で視界を遮ってはいるが、狙撃するのには適した地形。


 しかし、それは相手も同じ。圧倒的な質量を伴った黒きマナの奔流を谷間一杯に広げれば、そのまま敵を押し流すことができる。アルたちからすれば、押し寄せてくるに対して逃れる術がない。


「アル殿! ヴェーラ殿にジレドも! 決して白いマナの効果範囲外に出ないようにしてくれ! あの黒いマナは触れずとも生者を蝕む! 魔族領を覆っていた瘴気が更に煮詰まったようなものだ!!」

「ええ。言われずともです。アレの前では、個人によるマナの防御などが無意味なのは分かりますよ」

「……ジレドさん。気休めにしかなりませんが、私の後ろへ。『縛鎖』を離さないで下さい」

「お、おウ……! (……というカ、離さないで言われてモ、鎖でぐるぐる巻きの状態でまともに動けないんだガ……)」


 慢心してたわけではない……というのはもはや言い訳に過ぎない。


「(……しくじったな。まさか天災並みの質量攻撃を仕掛けてくるとはね。この場所で仕掛けてきたのも偶然のはずがない。要は僕らの方が釣り出されていたということか……調子に乗ってバカスカ撃ち過ぎたな。精密に狙いを定めてもっと早くに仕留めていれば……! くそ。こうなってはダリル殿に頼るしか生きる道がない……!)」


 ファルコナーの戦士は自らが生き延びることを最優先としている。ただ、どうしようもなくそれが無理な場合は、自らの命を投げ出して仲間を生き永らえさせる道を選ぶ。


 しかし、現状の狂戦士アルは圧倒的に無力。何もできない。敵の全身全霊の反攻が思いの外に苛烈だった。自らの慢心が招いたと言っても過言ではない。相手に反撃の余地を与えずに斃すことができなかった結果がこれ。


 してやられたと強い憤りを覚えてしまうアル。それ以上に、己の有利性を過信し、思い上がって詰めを見誤った未熟バカさ加減に腹を立てる。調子に乗っていたと。


 ただ、彼は知らない。


 己の慢心と傲慢が現状を招いてしまったのだと……はらわたが煮えくりかえり、どうしようもないほどに感情が乱れているのは、実はザガーロ敵のボスも同じ……いや、アル以上に怒り狂っていたりするのだと。


 そんなザガーロの心理状態を表しているかのように、周囲の木々や土砂を巻き上げ、地形ごと諸々を削りながら、荒ぶる黒きマナの津波が押し寄せてくる。死の壁はもう目の前。


 勇者と魔王が、戦闘前に思想信条などをぶつけ合うような掛け合いイベントもなく、いきなりクライマックスを迎えるボス戦。


「来るぞッ!!」

「!!」

「……ッ!」

「ぶ、ぶひぃィッ!?」


 様子見はなし。


 魔王の全霊をもっての天災規模の初撃が……今、勇者一行を飲み込む。



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