第10話 壊れた〝物語〟の先へ……

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 勇者一行という名の隠密狙撃班が、ザガーロ一味を一方的に蹂躙している頃。


 この世界独自の……〝物語〟には明確に記されていない敵役にも動きがあった。


 妖しき人外。美しくも醜悪な化生。エルフもどき。


 クレア。


 そして、彼女の妹であり腹心であるレアーナ。


 計画の要であった神殿……深奥の魔法陣に厳重に封をした状態で、彼女たちは外に出てきていた。一縷の望みをかけて、ザガーロ一味の動きに合流するつもりだった。……もはやそれ以外に手がない。座すれば滅するのみ。現在進行形で、ダリルの聖炎がクレアの身の内を灼いているのだから。


 ただ、そんな人外の様子を窺っていた者がいる。


 ある意味ではクレアの同類であり、ある意味では最も遠い存在となった者。


 神々に愛されし者。〝物語〟の干渉よりも前に生み落とされていたという、始祖の因子を受け継ぐという者たち。この世界独自の超越存在。


〝古き者〟


「……不様だナ。だから言っただろうニ……神々に喧嘩を吹っ掛けても届きはしないト……」


 正当な超越者。ゴブリンの戦士ダーグが、クレアとレアーナの前に立つ。


「……くは。ここで貴様と相対するとはな。だが良いのか? 貴様は未だにこの世界に縛られたまま……〝物語託宣〟の流れに干渉することは禁じられたままであろう?」

「いつまでも昔と同じと思うなヨ? キサマはことわりから外れることで因子の干渉を断ち切ったようだガ……私は因子の干渉そのものの流れを制御するすべを得タ」


 因子は明確な意図を継承者に語らない。ただ継承者たちの行動に制限を課すのみ。


 始祖の可能性などと云われているが、それすらも〝古き者〟や研究者たちが想定しているモノであり、それが正答であるかは未だ不明なまま。


〝物語〟に対して干渉するためにアチコチに手を出している割には、何故か神々は〝古き者〟に語りかけることはない。


 それが神々の思惑なのかも分からないままではあるが、長年の研鑽や思考の中で、〝古き者〟たちは独自に極める道を見出していく。


 在りし日のクレアは探求の道を進んでいた。この世界とは別の……異界のことわりを求めた。

 

 ダーグは単純明快。ただただ強者としての道を歩む。今も歩んでいる。


「……くく。強がりを言いおってからに……相変わらずやせ我慢が上手いな。認めたくはないが……どうやらワタシは神々の干渉を直接的に受けているようだ。つまりは、ワタシの歩みを止めるということは、神の求めに逆らうことになる。因子の干渉に引っ掛かるだろう……たとえ本当に干渉を制御したとしても、その抵抗は凶悪なほどに強いはずだ。違うか? こうしてワタシと対峙しているだけで、その命すらも削られているのではないか?」

「ふッ。貴様こそ変わらんナ。命を削られているのは同じだろうニ……そんな時であっても小賢しく知恵が回ル」

「くは……これは知恵ではない。ただの洞察だ。……ダーグよ、邪魔をするな。今のワタシはお前なんぞに構っている時間がない。そして、お前もワタシなんぞに関わるな。お前は正統なる継承者として……〝古き者〟としてこの世界の行く末を見届けよ。今のワタシに下手に関われば、あっさりと〝理〟から外れるぞ?」


 美しくも醜悪な厭らしい嗤い。だが、それが強がりに過ぎないことはダーグには分かっている。エルフもどきから亡者の気配が薄れていることにもだ。


「クレア。貴様はあくまでも託宣に挑むのカ? それが神々の思惑だと気付いたのではなかったのカ?」

「くく。残念ながら、もはや選択の余地すらない。神子を……いや、認めよう。〝物語託宣〟に役割がない者たちを侮っていた。まさかワタシの〝契約の秘儀〟が、神子以外に……しかも外から破られるとは思ってもいなかったわ。くはは」


 笑う。厭らしい嗤いは薄くなっている。亡者の依り代ではなく、それはただのクレア。魔道の探求者であった者。彼女の中で徐々に境界が壊れ始めている。


「……そうカ。貴様は思いの外に深手を負っていたようだナ。ふッ。あの愚かな若僧も中々にやるものダ。……クレアヨ、さらばダ。貴様とは色々あったガ、古き者の馴染みとしテ、その最期は見届けてやル……行ケ。この世界に想いを遺すことなく滅するがいイ」


 ダーグはそっと道を譲る。それは戦士としての情けなのか、かつての同類への手向けか。


「くく。抱き着いて泣きながら礼でも言うか?」

「ふッ。ほざいていロ」

「……ダーグよ、ではな。ワタシの最期を見届けるがいい。こうなったらもう……いっそ最後の最期まで神々の道化として華麗に踊ってくれるわ……くはははは!」


 快活な笑い声を響かせ、クレアは征く。その歩みはダメージを負っているようには思えないほどに確かなもの。


 すれ違いざま、沈黙を保ち付き従うレアーナが軽くダーグに頭を下げる。


 クレアとレアーナの死出の道行き……と、ダーグは確信した。だからこそ、後は滅するだけのクレアを見逃したのだが、それがしたたかなエルフもどきの狙いだったと……彼が気付くことはなかった。


 付き従うのはレアーナの本体オリジナルのみ。


 クレアはダリルの聖炎の一撃を完全に防ぐことができなかった時点で、己が滅することを悟ったのだが……だからといって、そのまま潔く滅するに任せるはずもない。急遽として〝次〟の布石を打った。彼女はあくまでも研究者であり観測者であることを望む。


 マクブライン王国にて、《王家の影》を取り仕切る長老の一人だった頃には、あまりにも適当な仕事ぶりだったことから〝怠惰のクレア〟という不名誉な二つ名を賜っていたが……実のところ、その本質は真逆。


 亡者の依り代という枷の外れた彼女は、むしろ〝勤勉なるクレア〟だ。



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「な、な……なんだこれはッ!? 何故にこのようなことにッ!?」


 今となっては裏勇者一行とでも言うべき、神子セシリーと愉快(一部除く)な仲間たち。


 ここへ辿り着くことを誰よりも望んでいたのはトラウマ持ちのネストリ。そんな彼の悲痛な叫びが周囲に響く。その心情は察するに余りある。


「ネストリ殿。本当にここが目的地……クレア殿のアジトなのか?」


 オルコットの鬼からすれば、それはただ普通に問うただけであり、特に『この役立たずがッ!』などの含んだ意図はなかった。なかったのだが……


「ひぃぃぃぃッッ!? や、止めてくれッ!! わ、私に近付かないでくれぇぇッッ!! ゆ、許してくれぇぇッッ! だ、騙してなんかいないんだぁぁぁッッ!!」

「駄目だ! また発作だッ!! エイダ殿! ネストリ殿を押さえてくれッ!!」


 もう幾度目かのやり取り。若干うんざり気味のエイダとは違って、元々の敵相手であっても、生真面目なヨエルは毎度毎度きちんとネストリの相手をしている。もっとも、エイダがうんざりしているのは、ネストリでもヨエルでもない。学ばない主に対してだったりする。


「はぁ……何度も……いや、これで八回目になるが……主たるセシリー。ネストリに不用意に近付くな、話しかけるなと言っていただろうが……!」


 エイダはキレ気味でそう言い放ちながら、ヨエルの助太刀へと向かう。


「ゔ……す、すまない。つい、反射的に……」


 考えるな、感じろ。そして忘れろ。鳥頭のセシリーが通るゾ☆


「ま、まぁ……とにかくだ。アジトがこうなっているということは……アル殿が先に来ていたのだろう。我々の連絡網に補給用の食料や水を要請する連絡があったのは聞いているしな。もしかすると、アジトを破壊して更に奥へ進んだのかも知れない。大峡谷に戻るだけなら、砦に寄れば良いだけだからな」


 一行の前には、案内役のネストリがアジトだと示した場所がある。クレアたちの地下神殿の入口。


 そこは瓦礫の山。地面のあちこちが陥没した痕跡が広範囲に渡って残されている。


 アルとダリルの憂さ晴らしの痕だ。ただ、あまりにも悪ノリしてぶっ壊しを続けていたため、二人とも最終的にはヴェーラの『縛鎖』で軽く首を絞められていた。油断大敵。本当の敵はすぐ後ろにいるものだ。


「ふむ……どうだろう? ダリルもアル殿と行動を共にしているのだろうか? ここから先は瘴気が濃いようだし……流石にアル殿だけでは進めないだろう?」

「さてな。それは分からんが……一度、アル殿と接触した部下たちに確認するとしよう。少なくとも、このままここで待つよりはマシだろう」

「分かった。なら、クスティ殿の部下と合流するということで……」


 暴れながら泣き叫ぶネストリを力尽くで押さえるエイダとヨエルを後目に、クスティとセシリーは次の行動を決める。もちろん、セシリーは脊髄反射的な返答しかしない。……クスティ、何故にセシリーに話を振る? お前はこの道中で何も見ていなかったのか?


「おーい。そういうわけだから、移動しようと思うんだが?」

「いひぃぃぃぃッッ!?!?」

「バ、バカか!? だからネストリに声をかけるなと言っているだろうがッ!!」


 セシリーの声に反応して発作が酷くなるネストリ。ふ、不憫だ。もう彼は解放してやっても良いじゃないだろうか……?


「……す、すまない……」


 鳥頭だゾ☆

 実はこれでも神子なんだゾ☆

 こんなんでも序盤は知性派だったんだゾ☆ 


 ホント、どうしてこうなった?


 彼女の姿に未来を見て死地へ赴いたヴィンスは……後悔していないだろうか?



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 彼らが真っ当な勇者パーティかどうかは疑問があるものの、ダリルを擁するアル一行の戦いも佳境。


 彼らは敵の……総帥ザガーロが率いる連中の戦力を一方的にかなり削ることに成功した。その上で、敵の首魁ボスであるザガーロ自身を捕捉して追跡をかけている。


 ただ、流石にザガーロたちもここに来てアルたちを捕捉することになり、逆撃を仕掛けてくるのは当然の流れだ。


「死ねやぁぁぁッッ!!」

「やってみるがいい……!!」


 ダリルが向かってくる敵に対して不敵に笑う。


 次の瞬間、ジュッという水分が蒸発するような音と共に敵の胸元から上が消失する。


 ちなみに、ダリルと敵との距離は百メートル以上は離れていた。もはやコント的だが、ダリルはあくまで〝弾〟としての役割しかないため、戦っている気がしないのだ。つまりはモチベーション維持のための様式美に過ぎない。


「……なぁアル殿。いや、これが正解なのは十二分に分かっているんだ。分かっているんだが……何とかならないか?」


 ザガーロはまたしてもミスをした。引くにしても、彼は速度を優先するあまりに、山間部とはいえ比較的開けた谷間を選択してしまった。つまり、いくら距離が離れていても遮蔽物が少ないという場所。


 如何にザガーロが手の者に命じて逆撃を仕掛けようとも、当然に射線上の敵は一方的に狙撃されるだけ。しかも、彼らに対しての特効たる白きマナ……生と光の属性なのだ。アルの感覚からすれば〝狩り〟でしかない。


「うーん……ここに至って、何となく……ほんの少ーしだけなんですけど……ダリル殿の言いたいことが理解できる気がしますね」


 流石にアルも気付いた。敵の姿を目視できるようになり、ようやくに大森林での昆虫ども相手とは違うのだと……実感した。


 あまりにも一方的な展開に、若干の座りの悪さを感じるに至ったのだ。


〝あれ? これってラスボスの前哨戦じゃなかったっけ? 弾幕から必死になって逃げ惑う相手を追い詰めて撃つ……ってどうなんだ?〟……と。


 ちなみに、アルもダリルもヴェーラもジレドも……全員まったくの無傷のまま。濃密な瘴気もダリルの聖炎の効果でまるで悪影響はない。何なら聖炎の効果なのか、活力まで回復しながらの行動のため、まるで苦にもならない。クレアとの一戦が何だったのかという状態だ。


「……ま、だからと言って今さらやり方を変えるのもねぇ……敵が強力な力を持っていることに変わりはないんですし。もうこればっかりはダリル殿が……神子の力が強過ぎたとしか言いようがないですよ」

「ぐッ……お、俺の所為なのか? いや、まぁ……確かに一方的に勝てるというのは良いことなんだがな……だが、お、俺のあの決意は何だったんだ……?」


 ダリルは死を厭わない覚悟……というより、もはや生きて帰ることは捨てていた。己の胸の内に渦巻く神々への怒り、理不尽への憤り、この世界で必死に生きる者たちの悲哀を抱えて……と、割と覚悟を決めていたのだ。


 それがどうだ? もはや同じ神子という立場でありながら、敵側のボスは一旦引いて、とにかく立て直しを図ろうとしているだけ。逆撃を仕掛けてくる連中は流石に敵の幹部連中だけあって、神子の力を得る前のダリルなど相手にもならない程の強者ばかりなのに……今は顔の判別もできない距離でジェノサイドだ。


「まぁ仕方ないんじゃないのカ? ギリギリの戦いだとカ、拮抗する好敵手なんテ、それこそ演劇や物語の話だロ? 実際には圧勝かボロ負けかしかないのが現実だろうサ。何しロ、殺し合いとなる戦いなんテ、生きるか死ぬかの二択しかないわけだしナ。生き延びれば圧勝、死ねばボロ負けダ。内容なんてどうでもいいだロ?」

「……」

「……」


 真理を突くジレド。アルもダリルもぐぅの音も出ない。まさにそれは戦いの本質に他ならない。戦いを嫌うという稀有なオークでもある彼だが、戦いにおいてはヒト族のようなごちゃごちゃとした装飾を求めないのだろう。


「お二人とも、ジレドさんの言う通りですよ。アル様もアル様です。さっさと終わらせてやりたいことがあったんじゃないんですか? ダリル殿も……格好つけて死ぬくらいなら、泥臭く転げまわってでも生き延びて、ちゃんとセシリー殿と向き合って下さい」

「……あ、はい……」

「うっ……ぐ……た、確かに……」


 戦士とはただ強いだけの者ではない……とはまさにコレか。いや、逆なのか。アルもダリルも、下手に強くなり過ぎてしまったのだろう。心構えができないままに。だからこそ余計な装飾なり内容なりに拘ってしまう。


「……そうだな。ジレド殿やヴェーラ殿の言う通りだ。俺は何を拘っていたのか……戦士として恥ずかしい……」

「……ま、まぁ、僕もダリル殿のことを笑えませんね……これじゃ……き、気を取り直して、キッチリ、カッキリ、後腐れなく……総帥とやらを仕留めましょうか?」

「……ああ!」


 勇者パーティ。アル一行は〝物語〟の残骸を完膚なきまでに壊す。そして、もう既に始まってはいるのだが、改めてこの世界独自の物語を始める。


 結局のところ、皆の思惑の全てを不都合なく叶えることなどできないのだ。


 それはこの世界の神々においてもそうだった。神は間違えた。早とちりをした。失敗を取り返そうとして余計に取り返しのつかないことになった。


 神々でさえそうなのだから、矮小なヒトなどであれば尚のことだ。


 だが、ヒトは神々とは違う。ヒトは過ちを認め、やり直すことを厭わない。


 ただ、神々は止まらない。止まれないのだ。自らの間違いを認めることができない。どうしても正しさに拘ってしまう。


 しかし、神々は気付かないのだ。そんな神々の特性が〝物語〟の呪縛を肥大化させて、その影響を強く複雑に絡めてしまったのだと。


 終わってしまった〝物語〟が、本当に終わる時……この世界は新たな〝物語〟を紡ぐことになる。


 そこに神々の出番があるかは……定かではない。



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