第9話 〝物語〟の残骸を壊す者

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 最前線の戦況も立て直され、大峡谷内の反ルーサム家の連合……瘴気に乗じた氏族たちもほぼ鎮圧された。


 そもそも、一部の〝古き者〟や〝物語託宣〟の内容を知らされている立場ある者以外にとっては、魔族領に根を張り、内部から王国との争いを扇動してきたザガーロ一味連中の目的など分からないまま。


 ルーサム家の大多数にとっては、敵の首魁を今すぐにでも討たねばならない理由はない。もちろん、落とし前を付けさせる気はあるが、お膝元である大峡谷内でも混乱が続いている以上、別に今すぐでなくても良い。敵のボスや幹部たちが魔族領の奥に引っ込んだというなら、当面の問題はない。何より、魔族領の奥地は未だに瘴気の影響も強く、深い場所まで追撃するにはリスクが大きいという面もあった。


 つまり、敵が引き、大峡谷や前線での瘴気問題が一時的に解消された今、大規模な戦闘については終了だ。当然に瘴気への対策、何故瘴気がいきなり祓われたのか、それを成したのは誰だったのか……などなど、ルーサム家側にも課題は残る。


 しかし、これからは基本的に相手が仕掛けてくるなら対処するという……〝通常〟の警戒態勢へ移行することになる。今までと同じ。これまでは一部の魔族や魔物たちとの小競り合いを警戒していたが、今後はその警戒対象が瘴気を操る妖しげな連中に変わるだけのこと。


 少なくとも、ルーサム家の上層部……各軍団長などはそのように認識していた。


 そんな状況の中、魔族領から流れてきたとある戦士をルーサム家の斥候部隊が捕らえた。


 瘴気を纏い、瘴気の中での活動を可能とする、死と闇の眷属である戦士。


 ただ、当人の状態・状況からすれば、それは捕らえたというよりは保護したというべきか。


 深手を負い、うのてい。既に戦士には戦意も敵意もない。


 ルーサム家の斥候部隊も当初は罠などを警戒していたが、大規模な戦闘が終わった今、投降の意思表示をした者を問答無用で始末するほどの苛烈さはない。また、単純に敵側の情報を求めたという一面もあって、敵側の戦士に接触した次第。


「……まず、命の保証はする。一体何があったか話せ。その傷……まだ戦闘状態にあるのか? 仲間割れか?」

「……ぐ……ち、違う……い、いや、戦闘があったのは事実だが、仲間割れなどではない……い、一方的にやられた……」


 死と闇の眷属であるヒト族の戦士。明らかに戦傷と思われる深手。この状況で、まさか魔物とのやり取りの結果だとは誰も思わない。


 焦点が合わない瞳。噛み合わない歯。震える体。明確な怯えがそこにある。


 男は死と闇の眷属でありながら、死を恐れているという皮肉を体現している。


「お前たちの敵か? 別の勢力がいたということか? それともルーサム家の軍団か?」


 ルーサム家が取りまとめる私兵団の軍団には、独断専行で動く連中がいないわけでもない。斥候部隊の先を越してまで敵を叩こうとするネジの外れた者たち……残念ながら、尋問する戦士にも心当たりがあったりする。


 ただ、この時は違った。ルーサム家の勢力とは別。


「……わ、分からない! ほ、本当だ! お、俺はわけも分からず逃げただけなんだ! ……い、いきなり身体が千切れた……め、目の前で……あ、頭が吹き飛んだ奴もいた! 何の警告も布告もなく、ただただ一方的にやられたんだ! 相手のことは分からないが、アレは、ル、ルーサム家の仕業なんかじゃないはずだ……ッ!」


 ルーサム家は来るもの拒まず去る者追わずを地で行く。敵であろうが、教会から魔物の認定を受けている種族だろうが、ルーサム家の私兵団として働く気概があるなら素性は問わない。受け入れる。


 もちろん、戦いとなれば容赦はないが、やり過ぎるということはない。一方的に蹂躙するようなやり方はしない。ルーサム家にとっては、眼前の敵も未来の戦力となる可能性という考え方がある。


 相手の戦力をそこそこに削れば降伏を勧告する上、そもそも戦端を開く際にはすり合わせを行おうとする。言葉が通じる相手であれば、戦前に相手に接触しようとするのが常だ。


 東方の悪魔などと伝えられ、強靭で無慈悲なイメージが根付いているが、意思疎通が可能な相手には、ルーサム家はむしろ甘いほど。


「……一方的にか? 敵の姿は? 何をされた?」

「あ、あ……わ、分からない。し、視界の端で、何かが光ったと思った瞬間に……し、死んだ! さ、さっきまで普通に会話していた相棒が……ッ!! 部隊がッ! そ、総帥たちも散り散りに逃げた! お、俺たち下っ端は、な、何がなんだか……! あぁぁ!? ひぃぃッ!? ひ、ひ、光が降ってくるぅぅぁぁあッ……ッ!」

「く! 錯乱したか! 押さえろ! 傷に障る! 眠らせろ!」

「は、はいッ!!」


 突然に暴れだす男。

 今は焦点の合わないその瞳で、瀕死の戦士は何を見たのか? 何を思い出したのか?


 それはこの場の誰にも分からない。


 ただ、斥候部隊の者たちは、何かが起きていることを明確に認識する。


「……一体何が起こっている? 我々の軍団ではない?」

「た、隊長。どうしますか? 瘴気の薄い場所なら『神聖術』で浄化できますが、あまりに濃い場所となると……」

「……我々の行動は当初の予定通りだ。安全に行けるところまで行くだけだ。ただ、警戒は強めておけ」

「はッ!」


 まだまだ魔族領の奥地は瘴気の影響が強い。濃厚な瘴気に満ちている場所も多い。


 この時の斥候部隊は認識はできなかった。


 必要最低限の範囲で瘴気を浄化しながら、ザガーロ一味に敵対行動を取る者たちがいることに。


 そして、それはザガーロたちも同じ。


 認識できなかったのだ、敵を。


 壊れた〝物語〟に縋って致命的なミスをした。



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 ……

 …………

 ………………



 この世界のヒト族社会においては、穢れた存在として忌み嫌われる死と闇の眷属。冥府のザカライアの信奉者たち。


 彼ら自身は、生物としての死すら超越するとして、自らを〝進んだ存在〟だと認識している。


 だが、完全に亡者となってしまえば何かと不便もある。元々は文明社会を築いてきたのは定命の者たちなのだから、亡者がその恩恵に与れないのも当たり前のこと。


 だからこそ、ザガーロたちは亡者と定命の存在の良いとこ取りを目指した。それは、外法の求道者にとってはあくまでも実験のようなモノであり、結果自体に執着しない者も多い。


 虐げられてきた一族のために……! と、立ち上がった者たちもいるが、あくまでも主流派は外法の求道者……真理を追い求める愚直な研究者たち。


 彼ら彼女らは、これまでの文明社会を継承しつつ、自分たちの都合の良いようにこの世界を作り変えるために動く。


 まず、真っ先に目を付けたのは……神という名のエネルギー。


 眷属として馴染みのある、死と闇を司る冥府のザカライア。の存在のたとえ一部だけであっても、それはこの世界にとっては膨大なエネルギーとなる。


 ただし、そのエネルギーをそのままこの世界で用いようとすれば、それ即ち文明の終焉だ。定命の存在が築き上げてきた社会が終わる。死と闇の眷属以外が存在を許されない世界へと変貌してしまう。


 それはザガーロたちの望むところではない。


 定命の存在が生存を許され、死と闇の眷属自分たちが上位存在として君臨できる世界。


 飴と鞭。


 死と闇……破壊だけでは定命の者たちは反発するだけ。


 しかし、生と光を司る女神エリノーラの力を……命を育むという創造の力を制御できれば、それは一種の環境兵器となり得る。


 神の力を用いて天候すら操る。また、命そのものに干渉することも可能とするかも知れない。作物の生育や不治の病の快癒……分かり易いメリットと逆利用たる脅しの提示。


 不可能を可能とする……神々の力を示すというのは、上位存在のアピールとしてはこの上ないだろう。


 彼らにすれば、冥府の王など取るに足りない。属性が同じである以上、自分たちの延長線に過ぎないのだから。そのエネルギーをただ活用するだけなら、手間はかかるが問題はないとザガーロたちは考えていた。


 問題は女神エリノーラ。生命と光という反属性に位置する力を制御する方法。


 それも解決した。ザガーロたちは長き研究の末に解決の糸口を掴んだ。もちろん、その閃きや研鑽が〝物語〟の意図に誘導されてのことだったのは、もはや語るまでもない。ザガーロ本人も早い段階で気付いたほどだ。


 ただ、だからこそ、彼は思い違いをした。


物語託宣〟の強制力を。この世界が〝物語〟の望む方向へ流れているのだと頑なに信じてしまった。


 彼らに残された、まだ残っていると信じている……その役割は少ない。


 終盤だ。最後の勝負所だ。


 冥府のザカライアの顕現……神を喚ぶための魔法陣も数日前から起動しており、そろそろ仕上げの段階に入りつつある。


 本来の〝物語〟においては、神の属性を反転させるために女神側の神子の身柄が必要であったが、それすらもザガーロたちは自らの研鑽と研究によって対処している。


 愚かな話。誰しもが知らず知らずに踊る舞台劇。それも悲劇ではなく喜劇の類。


 ザガーロは『誰も〝物語託宣〟の流れには逆らえない』と信じながら、その一方で自らは〝物語〟の裏をかくほどの研究を積み重ねている。


 答えは目の前にあったのだ。自分たちの行動と結果が示してた。


 強制力は絶対ではないと。


 そして、その結果が今。


 死屍累々。阿鼻叫喚。諸行無常。


 周囲に散乱するのは瓦礫の山。破損した死体。気付かぬ内に死霊と化して混乱する亡者ども。


 ほんの少し前まで、ザガーロ一派のアジトとして機能していた魔族の街の一画だったが、今では見る影もない。


 皮肉な話だ。死と闇の眷属たちが、死と混乱をその身に受けて右往左往している。


 既に怒声や呻き声も聴こえない。動きを見せれば死ぬ。壊される。そんな緊張感が場を支配している。


 ザガーロ一味は気配を隠して潜んでいる。街に響くのは無慈悲な破壊音のみ。


 建物が、広場の置き物が、大通りが……砕ける、飛び散る、陥没する。


 不定期に降り注ぐ〝暴力〟の雨。


 もしかすると、魔都というのは今の状況の方が相応しいのかも知れない。


「(く……ッ! いきなり仕掛けてくるとはッ!! 確かに〝物語託宣〟の流れとの差異はあったが……要所要所は合致していたはずだ! ここはそれぞれの神子同士が決戦を行う場だったはず! 間違いなく要所だぞッ!?)」

「(そ、総帥……い、如何いたしましょう? て、敵の姿すら確認できません。こ、攻撃の方向は判別できますが……は、速すぎて……! しかも、〝アレ〟は生と光の属性です……!)」


 予兆もない。宣戦布告もない。ただただ降り注ぐ〝死〟。


 確かにザガーロは強大な力を持っている。


 ただ、残念ながらそれは相手も同じこと。 


 とある転生者が、魔境で生き延びるために生み出した手段を行使しているだけのこと。



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 ……

 …………

 ………………



 山肌の中腹に人影。


 鬱蒼と生い茂る木々と辛気臭い瘴気に包まれている。見下ろすほどの高さはあるが、当然に魔族の街の細部などは視認できない。そんな場所。


「……アル殿。確かに俺は総帥とやらを始末するために覚悟は決めていたが……こ、これはちょっと違うんじゃないか?」


 女神の神子であるダリルが、少し首を後ろにひねって呟く。その身はみなぎる白きマナを纏い、臨戦態勢という体だが……今の彼はただの〝弾〟に過ぎなかったりする。


「え? 何がです? 連中には白いマナが必殺だし、これだけの距離を開ければ早々に感知も難しいでしょうし……何か問題でも?」


 ダリルの後方。彼の肩に手を置きながらアルが応じる。


 蹂躙だ。


 幼き日に定まったアルの基本姿勢。


『わざわざ昆虫どもに肉薄したくない!』


 間合いの外からの一方的に蹂躙する。射撃。斉射。狙撃。


 アルはダリルの白きマナを〝弾〟として『狙撃弾』を連射していた。いわばアルは〝銃〟そのものというところ。


 アルの横には観測手スポッターたるヴェーラが彼の手を握りしめている。距離があるため、感知能力に長けたヴェーラといえども流石に大まかな位置しか感知はできないが、今のアルの放つ『狙撃弾』の斉射であればそれでも過剰なほど。


 そして、敵側からの感知を防ぐために、ヴェーラは感知能力をフルに稼働しながらも、周囲に変則的な『視えざる鎖』を張り巡らせており、観測手兼カモフラージュネット的な役割をこなしている。アルやダリルに比べても負担が大きい。


 ちなみにジレドは、声は出さずに本気の身振り手振りで応援している。ただ、視界にチラチラと映るその姿に、とある奥方様が若干イラっとしてるのは内緒だ。


「い、いや……そ、その、なんだろうな……こう、敵側と相対してだな……力をぶつけ合うというか……」

「はい? 向こうが陣を張って待ち構えているのに、わざわざ姿を見せるなんて間抜け過ぎでしょう?」

「ま、まぁ……そ、そうだな。いや、確かにそうなんだが……」

「(ん? なんだろう……やっぱりダリル殿は、主人公としての制限があるのか? 敵のボスと前口上イベントありきで戦わないと駄目とか?)」


 アルは悩むダリルの内心が理解できない。ただ、ダリル側も別に主人公補正なり強制力なりがあるわけでもない。


 一方的な攻撃オンリー。しかも、相手への被害もぼんやりとした気配感知のみでしか分からない。その姿を確認することもできない。そんな戦いにダリルは慣れていないだけのことだったりする。


 また、彼は東方辺境地の出身であり、大峡谷でのルーサム家の立ち振る舞いを知らないわけでもないのだ。いきなりブチかますというのに多少の躊躇があったりするだけ。


「……い、いや、まぁ確かに……連中が王国の敵であることに間違いはない。しかも、向こうには死と闇の神子までいるし、クレア殿も連中とは一定の距離を置きつつ決して対立しないように立ち回っていたとも聞く。……意志ある強者相手に、ここまで来て話し合いで解決するはずもない……か」

「そうそう。別にで気に病む必要はありませんよ。向こうだって陣を敷いていた以上、戦闘への移行を想定していたわけです。こっちの攻撃に対処できないのは、連中が甘かっただけのことですよ」


 敵は言葉が通じる相手。それぞれが想いを抱いてザガーロの下へ集った者たち。要は信じる正義の内訳が違っただけの話。


 魔族にも事情があったように、ザガーロ一味にも事情のある者は多い。


 本来の〝物語ゲームシナリオ〟では、敵側のエピソードとしてギラル、ミルヤ、ロレンゾたちを主人公としてのシナリオが展開していたのだが……アルはそんなモノは気にもしない。


 自重もしない。


 ただ壊すのみ。いい加減に〝物語〟云々を気にするのも飽きてきた。うんざりだ。


 それよりもやるべきことができたというべきか。


 アルのやるべきこと。やりたいこと。


 真っ先にレアーナを始末してヴェーラ(とジレド)愛しい者の復讐を終わらせる。そして、ファルコナーへ戻り、父ブライアンを問い詰める。この世界のこと。前世の記憶の有無などを。


「……で、ダリル殿。クレア殿の気配はどうです? その〝予感〟とやらは反応していますか?」

「い、いや。今のところは特に反応はない(……実は今のアル殿の行動にこそ〝凶兆の予感〟がメチャクチャ反応しているんだが……神々の都合の悪さを示すなら、コレはコレで正解なんだろうか?)」


 ダリルは若干の疑問符を抱きながらも思考を続ける。思い悩む。ただ、もはや〝凶兆の予感〟が導くままにアルと対立しようとは思うことはない。ないのだが……どこかでモニョる。


「……アル様。ダリル殿も。敵の気配が動いています。特に強い気配たちが、バラバラに散りながら……一旦引くつもりのようです」

「こっちが精密に一体一体を狙えないことに気付いたみたいだね。ま、想定通りの動きだ。いや、気付くまでに時間がかかったくらいかな?」

「これほどの長々距離から攻撃魔法は、流石に向こうも未知のモノでしょうから……そのことを差し引いて考えると、むしろ敵の動きは早い方かと……油断はできません」


 敵に動きあり。


 アルとダリルが会話している間も、ヴェーラは敵の感知を継続しており、周囲にも気を配っていた。もちろん、アルとダリルも無慈悲な射撃を止めることもない。破壊は現在進行形で行われている状況。


「……第二段階だな」

「ええ。最後まで場に留まってくれれば、そのまま削って終わりですが……流石に敵もそこまでの阿呆ではないようです。僕としては不本意ですが、散り行く連中全員を相手にはできません。敵の首魁……冥府の王の神子である総帥とやらを個別で追いましょう。ダリル殿が気にしていた〝対面での戦い〟も有り得ます。その場合は僕では力不足でしょうから、そのままお任せしますよ?」

「ああ……! 望むところだッ!」


 流石に個別での狙撃を行うには遠すぎる距離。なのでザガーロ敵の神子を狙うために近付く必要がある。


 もっとも、アルはダリルに気を遣っただけであり、肉薄するまで近付く気などさらさらないのだが……。


 ダリル主人公ザガーロ敵のボスが『なんかちょっと違う……』という思いを抱きながらも状況は続く。


〝物語〟を完膚なきまでに壊すために勇者パーティーが征く。



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