第8話 勇者パーティ

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 ルーサム家私兵団と総帥ザガーロ率いる外法の求道者集団。

 大峡谷の最前線であり、魔族領に重なる場所でそれなりの規模で武力衝突と相成っていた。


 ルーサム家側があくまで防衛に主眼を置き、積極的な攻勢に出なかったものの、戦線は徐々にルーサム家側に傾いていくという流れ。質はある程度は拮抗していたが、そもそもの物量の差が大きかった。


 その状況が大幅に崩れ、傾いたのが瘴気の増大と侵食に加え、大峡谷の反ルーサム家氏族の蜂起。


 戦況は一気にルーサム家が押される展開に……というより、瘴気に呑まれると戦闘継続どころではないため、後退を余儀なくされる。


 ただ、瘴気内での活動を可能とする氏族連中やザガーロ一味の攻勢は長くは続かなかった。


 神子セシリーの白きマナの大放出。瘴気を祓う聖なる風が広範囲を駆け抜けることに。


 結果として、意気揚々と攻めに転じていた死と闇の眷属たちは、軒並みダメージを負う羽目に。特に反属性の揺さぶりに慣れていない者たち……死と闇の属性なり黒きマナについてはまったくの新参となる、半ば騙される形でザガーロ一味に与した氏族連中のほとんどがまともに戦えない状態に陥った。


 ルーサム家側も状況の確認に多少の時間はかかったが……一転して、敵対した氏族連中を捕縛して回っていくだけという簡単なお仕事へと早変わりだ。


 もちろん、大峡谷内にもザガーロ一味と思われる黒きマナを纏う者もいたが、概ねが弱体化しており、瘴気がない状況においては、ルーサム家の精鋭の敵ではなかった。


 ただし、あくまでも対処できたのは大峡谷内にいた連中だけであり、魔族領に陣を構える元々の敵対者たち……総帥ザガーロとその側近たちは、未だに不気味な沈黙を保っている。



 ……

 …………

 ……………



 神子ダリル一行……いや、面子から考えるとアル一行と言うべきか。

 アル、ヴェーラ、ジレド、ダリルの四人は、これからの行動を考えるにしろなんにしろ、まずはクレア一派のアジトである地下神殿を脱することに。


 ちなみに『アルの旦那! 奥方様を叱責するというなラ……それは俺が命を捧げた後ダッ!』……などと喚くジレドを落ち着かせるのに手間取った模様。


 ぎこちなさと気恥ずかしさを乗り越えて……アルとヴェーラが握手に肩組み……からのハグを交わしつつ、散々仲良しアピールをしてようやくにジレドは引いた。


 ただ、騒いでいた張本人であるジレドも傍観者であるダリルも……割とニヤニヤしていたという。何なら『チューしろ!』とも囃し立てていた。奥方様を庇うため……という一連の流れは、小賢しいオークの計算か。


 まぁそれはそれ。


「……結局のところ、ダリル殿はどうするんです? 連中の計画……神々の思惑を引っ掻き回すにしても、アテはあるんですか?」


 出口に向かって歩きながら、アルは気を取り直してダリルに問う。内容としては『総帥とやらかクレア殿か、どちらを標的にするのか?』といったところか。


「……まず、大峡谷や魔族領を覆っていた瘴気の大部分を消し飛ばしたのはセシリーの仕業らしい。今更ではあるが、俺は彼女には神子として力を振るって欲しくない。道化として踊るのは俺だけで良い……という思いが、ここに来ても捨てられないんだよ」


 不帰の道を征く覚悟を持った……ダリルの泣き笑いのような想いの吐露。


 しかし、彼は知らない。セシリーが割とへっちゃらぷーな感じで、神子の力で満喫ヒャッハーしていることを。


 この段階で瘴気を祓ったのは、クレアたちからしても予定外のことだったのは聞いていたが、その前後の詳しい流れまでは知らぬままだ。


「……では?」

「セシリーはこのアジトに向かっているらしいからな。その間に、彼女に割り振られたという役目……総帥とやらの討伐を俺がやる!」


 クレアへの反旗を翻した後、いつの間にかいなくなっていた女神の遣いエラルド


 かの存在にダリルは聞かされていた。総帥は一人で完成された冥府の王の神子であり、対する女神の神子は二人で一つ。なおかつセシリーが主なのだと。


 ダリル一人では総帥に太刀打ちできない。だからセシリーに任せろ。クレアの導きに従って様子を見ろ。


 そこには神々の思惑が見え隠れしていた。〝凶兆の予感〟と欺瞞の臭いだ。


「俺に取り憑いていた女神の遣いとやらは、俺が総帥と相対することを遠ざけようとしていた。……ならば逆を征くまで。それに、クレア殿がこのまま引き下がるとも思えない。何処かで仕掛けてくるはずだ」

「どうせやり合うなら、打って出た方がマシだと?」

「ああ。……ただ、これは俺の勝手な思いと戦いだ。アル殿たちは好きにしてくれ」


 ダリルは元より一人で征くつもりだった。クレア一派の話に乗った時点から。はじめは勢いありきだったのは間違いないが、クレアの策謀により神子の力が増大していくにつれ、自分たちを取り巻く全てをご破算にしてやろうと思うようになる。その力を振るうを認識した上で。


「ヴェーラ。ジレドを守ってくれる? とりあえず、僕はレアーナを始末するまではダリル殿と共に行動しようかと思っているんだけど……?」


 ここまで来て『じゃあダリル殿、後は頑張って』……と、一抜けするには流石にアルも忍びない。また、レアーナはともかく、クレアが出てきた際にはダリルの力が便利だという打算もある。


 ヴェーラ(とジレド)に生きて再会できた。良かった、良かった……で、済ませるつもりはない。復讐に拘るというファルコナーにあるまじき行動を見せる一方で、アルには『自分の手で……』という拘りはない。


 レアーナが心血を注いだだろうクレアの計画を邪魔した上で、当人を始末できればそれで良い。手段は問わない。その辺りは他の氏族の持つ仇討ちの作法なり心持ちとは異なる部分。


 かつて、ナイナを名乗っていた頃のエイダが、アルへの恐怖から己の復讐をシグネに託したのとも……また少し違う。


 あくまでざっくりとだが、流儀に反しないのであれば目的のために手段は選ばない。バレなければ良い。生き汚く足掻く。


 多少流儀を外れたといっても、アルの中にはそんなファルコナー的なしたたかさとずるさが根付いている。


「……わ、私はアル様の伴として付き従います。二度目はありません。今度こそ守り抜きます……!」

「ふゥ……アルの旦那に奥方様モ。もう俺のことは別に気にしなくても良イ。既に死んだ身だからナ。なるようにしかならなイ」


 改めて決意を込めるヴェーラと、どこか達観したジレド。彼は良くも悪くもオーク氏族の者。囚われの身となったことで、一度は失った命という思いがある。何を今更……という諦めと開き直りだ。ちなみに奥方様呼びに戻ったが、ヴェーラはもう訂正を諦めた。


「ダリル殿。そういうことで……いけるところまでは同道させてもらいますよ。その代わりと言っては何ですけど、クレア殿やレアーナを捕捉した際にはご協力を願いますけど?」

「もちろんだ。俺の〝予感〟はクレア殿との再会を示しているしな。まぁレアーナ殿については分からないが……」

「構いませんよ。この騒動で仕留め損なうなら、改めて追うまでですしね」


 ヴェーラを失った……という認識は、アルに『ゆるさない』という感情を植え付けた。


 以前なら『まぁそれも仕方ないか』と流していたかも知れないが……レアーナについては逃がすつもりはない。むしろ、アルからすれば、クレアの方がおまけと言っても過言ではないほどだ。


「……では、このまま総帥とやらの下へ向かうとしよう」

「ええ。それにしても……まさか勇者様のパーティメンバーとして、ボス戦に挑むことになるとは思っていませんでしたよ」

「勇者様か。俺からすればよく分からない話だが……そういえば、俺もアル殿と初めて挨拶を交わした後は、『いずれ決定的に対立する』という〝予感〟があったよ。はは……結局のところ、この〝予感〟は神々にとって都合の良い方へと俺を誘導するためのモノなんだろうな。……ま、だからこそ逆張りすれば神々への嫌がらせにもなるだろうさ。少なくとも、クレア殿の計画をぶち壊した以上、もう神々の当初の望み通りにはならないはずだ」


 ダリルの〝予感〟の導く凶兆とは、神々の都合の悪さを示すのか。


 答え合わせができるはずもないが、彼は本能的にそう察している。神々はダリルに死なれると困る。だから危険を避けさせていたのだと。


 ただ、神々が間抜けだったのは、〝予感〟の副次的な直感力がクレア神の愛し子女神の遣いエラルドにも効力を発揮したことだろう。


 操り人形ダリルに自由意志と能力ちからがあることを……神々も、その遣いも、クレアも、王国も、教会も……誰も考慮しなかった。


 皆がダリルやセシリーを〝神子〟というパーツでしか見ていなかった。


 その結果が今だ。


 勇者という存在と極端な暴力装置を生み出してしまった。


 それぞれの陣営が思い描いていた未来予想図が、子供の落書きレベルで描き直されたという状況。もっとも、そこにはとある狂戦士なモブの行き当たりばったりで適当な行動も影響しているが……。


「ま、僕には神々の思惑について知る由もないですけど、女神の遣いたちが気に入らなかったのは確かです。クレア殿の計画がご破算になり、神々やその遣いが地団駄を踏むなら……ざまぁみろとは思いますね。それに、今となってはこの世界に来たことも悪くはないと思えますが……女神の思い付きで何の説明もなしに魔境ファルコナーに放り出されたのはちょっとね。機会があるなら女神をぶん殴ってやりたいっていうくらいの気持ちはあるかな?」


 アルは既にダリルにもある程度の自身の事情を話している。


 女神にばれてこの世界へと生れ落ちた、異界からの来訪者であることを。


 当然にダリルには理解不能な話ではあったが……アルもまた、神々に振り回される側の者だということだけは伝わった。


 こうして、ダリルとアルたちは、個別には特に因縁もない総帥一派を敵と見定める。ただ、連中はそもそもが王国への敵対者である以上、今更の話でもあるが……。



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 ……

 …………



「総帥。クレア女狐の抱え込んでいた神子が手綱を切ったようです。そのままこちらへ向かってきていますが……如何いたしましょうか?」


 今では死と闇の眷属が跋扈する亡者たちの地と化した魔族領の都。まさに魔都と呼ぶに相応しい様相となった場所。


 そこにザガーロ一味が陣を敷いている。


「……クレアも馬鹿な奴だ。我らと袂を別ち、真っ向から〝託宣〟に逆らう道を行った結果がこれか。情けない話だ……所詮は癇癪持ちのガキに過ぎなかったか……」


 押していたはずの戦線は崩壊。

 大峡谷の氏族連中は軒並み行動不能。

 神子討伐に出したロレンゾ者たちからの連絡も途絶えた。

 その上で、力をほとんど消耗していない方の神子が迫りつつある。


 ザガーロからすれば踏んだり蹴ったりであり、クレアの失敗を批評できるような状況ではないはずだが……?


「そ、総帥?」

「くくく。案ずることはない。今の状況は全てが調だ。その全ては〝託宣〟の……本来の〝あるべき姿〟へと収束しつつある。〝託宣〟の流れに沿いながら、最後の結末だけを弄るという我々のやるべきことに変わりはない。神子がこちらへ向かっているなら、むしろ好都合だ。……ソレは〝託宣〟の流れだからな」


 総帥ザガーロ。

 彼はクレアほどに神々なり〝物語〟なりへの反発はなかった。いや、そもそも真っ向から逆らうには計り知れない労力が必要となる。なら、いっそ流されるままに流れれば良いだろう……という諦めを持っていた。


 その上で、最小限の労力で流れを引っ繰り返す手立てを考えて来たのだ。その結果が今の状況であり、ザガーロの計画はまだ継続している。クレアと違って破綻しているわけでもない。


 あくまで本人の認識では。


「……で、では……? こ、このまま計画通りに進めるということですか?」

「当然だ。我々は〝物語託宣〟においては……いうならば敵役であり、最終的に滅びるのがその筋書きとなっている。だが、逆に考えれば、筋書きに沿えば最後まで存在が保証されているということでもある。ならば、私は最後の最後……〝物語託宣〟が終結する部分だけを差し替えるだけのことだ」


 ただ、総帥であるザガーロも知らないのだ。所詮は彼も道化でしかない。


 ザガーロは〝物語〟には欠かせない配役……敵組織の首魁ボスだ。


 確かに敵のボスが、主人公に全く無関係のところで、更に自らの不注意が招いた事故で死ぬ……というようなことはない。


 そんなストーリーのゲームがあれば、それは出オチ狙いが過ぎる。クソゲー以前の話だ。


 少なくともこの〝物語ゲームシナリオ〟にそんな展開はない。なかった。


 しかし、既に前提となっている〝物語〟自体が破綻していることに……誰も気付いていないのだ。


 女神も、冥府の王も、クレアも、ダリルも、セシリー……はそもそも考えてないからパスとして……総帥たるザガーロもだ。


 この世界は既に〝物語〟からは解放されているということを……未だに誰も知らないまま。


 皆が勝手に踊り続けているだけのこと。


 現在進行形で行われているのは、お約束に守られることのない戦い。保証などない。


 そして、何でもありとなれば……ソレはどこぞの狂戦士が得意分野とすることを……ザガーロたちは知らない。


 さて、そんなに悠長に構えていて良いのかな?



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