第7話 現実の中の主人公
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「ねぇししょー。どうしてわたしのまほーはしろいの?」
「セシリー。まず、師匠じゃなくて先生だ。私には君たちの師匠という肩書は畏れ多いからな。一時的に君たちに魔法の扱いを教えているだけに過ぎない。いずれ私なんかよりも優秀な、真の意味で師となる者が用意されるはずだ」
それは幼き日々の一コマ。
ダリルがアーサー家、セシリーはオルコット家へと引き取られて、周囲がせっせと『託宣の神子』としての道を作っていた頃。
オルコット家の遠縁であるロレンゾという男が、教会と王国から託宣に示された『使徒』であると認定され、あれよあれよと二人の教育係として着任した。
ロレンゾはオルコットと名乗りはしていたが、あくまで継承権などない〈貴族に連なる者〉でしかなかった。彼は若い頃からルーサム家私兵団に所属して大峡谷で戦い、『使徒』として無理矢理呼び戻される頃には、軍団長補佐を任されるほど。叩き上げの実力者というやつだ。
特に敬虔な信者などではなかったが、教会と王国のお偉方から命令に逆らえるはずもなく、また、別に逆らう気もなかったという程度のこと。
いきなり『使徒』だの『神子』だのと言われても、実感などあるはずもない。お偉方もご苦労なことだ……と、内心で小馬鹿にしつつロレンゾは神子の二人と出逢う。
その時、ロレンゾ・オルコットの心身には
天命、運命、神からの啓示、お告げ、使命、御役目……呼び名は何でも良い。彼は初めてアルが神子を見た時と同じような体験をした。
その圧倒的な存在感に畏怖の思いを抱く。
『わ、私のような者が、この子たちを導くなど……畏れ多いにもほどがある』
だが、同時に他の思いも抱いた。神々、教会、王国……この世界での神子という役割を与えられた、まだ幼い子供たちの不憫さ。
「ししょー! そんなのはいいから! まほーのことをおしえて!」
「セシリー! ししょーにしつれいだぞ!」
「はは。分かったからそんなに慌てるな」
まだ本格的にロレンゾが苦悩に苛まれる前の話。平和な日々。
もはやこの世界において、ソレを明確に認識できる者は少なく、断言できる者はほぼいないことではあるが……既に〝物語〟は破綻している。本編は壊れた。少なくとも、アルが認識している本編は。
オーガの勇者ギラル。
ダークエルフのミルヤ。
そして、神子たちの元・教育係の使徒ロレンゾ。
実のところ、彼らもある意味では主人公。
元々マルチストーリーではあったが、特定のイベントクリアなどの条件によって開放される隠しルート。敵側のストーリーがあった。アルなどは記憶云々以前に、そもそも最初から知りもしない情報。
しかし、この世界はあくまでも現実。時は未来へ流れるのみ。ロレンゾたちが主人公となる世界線は採用されていない模様。
本人が知る由もないこと。仮にソレらの全てを提示されたとしても、ロレンゾからすれば『だからどうした』というだけのこと。
何故なら、今はそれどころじゃないから。
ヴィンスたちを振り切って、セシリー一行を単独で追うことになったロレンゾだったが……彼はこの期に及んでまだ〝綺麗に勝つ〟ことを諦められなかった。懲りなかったのだ。
切り札となる魔法……『
そこには彼の心残りもあったが、半分以上は驕り。
総帥ザガーロから授けられた尊き黒きマナを練り上げ、神ですら縛るという大言壮語を実現させたという自信の現われ。
何のことはない。
セシリーたちのことを神々に役を与えられた人形と語りながら、彼自身も総帥から授けられた力でイキる操り人形に過ぎないというだけ。大きな括りでは同じ。所詮は道化。
結果、調子が戻ってきて待ち構えていたセシリー相手に、余裕をかまして近付いたところをいきなり張り倒されて……マウントポジションに至る。
残念ながら、〝
今のセシリーには容赦がない。お約束など知らない。〝やられる前にやれ〟を体現している。
もっとも、アルが彼女を見れば流石にツッコむ。『確かにそうなんだけど……なんかちょっと違う……』と。
……
…………
「久しぶりに先生と……いや、師匠と〝話〟ができて良かった……あの人の裏切りは子供心にも色々と堪えたから……当時の思いを知れただけでも嬉しい。師匠にあったのは、私たちへの悪意だけじゃなかったんだ……」
慕っていた師の裏切り。子供心にセシリーとダリルは酷く傷付いた。当然のことだ。以来、二人の間であっても、師であるロレンゾの話はタブーとなっていたほど。
数年の時を経て、セシリーはロレンゾの本音を聞くことができた。心に区切りがついた。彼女は幼い頃からあった胸の中のモヤモヤが晴れた気がしたのだという。
「……主たるセシリー。しんみりと思いを噛みしめているところを悪いんだが……一応、ネストリにも治癒を頼めないか? あまりのショックでまた卒倒してしまったようだ。道案内がいないと困る」
「ん? あ、あぁ。分かったよ。それにしても……何故にネストリ殿がショックを受けるんだ?」
「(……いや、それはそうだろ。自分がやられたことを客観的に目撃する羽目になり、ますます心の傷が開いたんだろうに……)」
セシリーはやりきった。やり過ぎた。
再演だ。
そんな彼に……かつての師に拳の雨を降らせようとしたセシリーだったが……一発目でいきなり爆散した。腕が。ロレンゾの。
意味が分からない?
そのままの現象だ。腕が爆散した。
確かに意味が分からない……。
黒きマナと白きマナ。お互いに反属性同士。
その実力はともかく、クレアやネストリのような〝一般的〟な死と闇の眷属よりも、白きマナへの耐久性においては、
どちらも借り物の力ではあるが、神という由来が同じであるためか、白と黒のマナの特性自体は拮抗しているのだ。
では、何故こんな結果に?
答えは簡単。シンプルにパワー。
驚くべきことに、頭が残念な神子も学んだ。白きマナを放出すると疲れる。加減をしくじれば酔う。なら、純粋に体内で練り上げるだけ練り上げて、消耗の少ない『身体強化』に回せば良い。
その成り立ちはまったく違うが、神子セシリーは、ファルコナーを超える勢いで
周囲の者たちが彼女の思考の流れを知ったわけではないが……結果は明白。
保有する白きマナの総量はかなり減った上にマナ酔いの影響もまだ残っている。……にもかかわらず、ネストリをボコった時よりも更にキレが増した。拳の。セシリーパンチver.2.0☆だ。
まるで気付かないほどの刹那で、自らの腕が爆散したロレンゾ。
その後、『あ、これはちょっとマズイな……』という呟きと共に、その張本人に腕の再生治療を施されて、更にまた殴られるという、これまた意味不明な体験をしたロレンゾ。
そこには、かつてはししょー、ししょーと懐いてくれていた教え子の面影はない。誰だコイツは? ナニモノだ? 悪魔か? いや、正真正銘の
ロレンゾの心が、諸々の後悔の念と共に……割と早めにポッキリ折れたのは言うまでもない。
切り札? 『神縛』? ……はは、そういう設定もあったような気がするなぁ……(遠い目)
「あぁ……主たるセシリー。治癒するにしても、意識が戻った後はネストリの視界に入らないようにな」
「……うーん。そこまで気にしないと駄目なのか?」
「……ヨエル殿もそうしろと言っていたぞ?」
「そうか。ならそうするとしよう」
考えるな、感じろ。いや、むしろ少しは考えろ。
何故か細かい部分の思考はエイダとヨエル任せ。二人が良しと言うなら従う。意見が分かれたら暴力だ。その意見が気に入らなければ暴力だ。とりあえずはセシリーパンチだ☆
「……それで? あのロレンゾという男の方はどうするつもりだ?」
「どうするつもりも何も……総帥とやらの思惑や師匠の思いが聞けた以上、このまま解放しようかと思っているけど?」
まさかのキャッチ・アンド・リリース。
流石のセシリーもロレンゾが宿していた黒きマナをキッチリと浄化した上でのことだが……。
既にロレンゾはただの死と闇の眷属であり、亡者の一歩手前の戦士でしかない。それなりに実力はあるが、もはやエイダやヨエルにすら及ばないほどに弱体化している。もっとも、今となっては単純な実力よりも、ネストリと同じでトラウマの方が影響は大きいかも知れないが。
「ま、まぁ……主たるセシリーがそれで良いなら構わないが……始末しておかないのか?」
「あはは。エイダは物騒だな。……まぁ言わんとしていることは分かるよ。でもさ、今更師匠を始末して何になるの?」
暴力に躊躇がなくなった割には、セシリーにはふわふわと甘い部分が残っている。そんな風にエイダは感じていたのたが……少し違った。
「ロレンゾ・オルコットという男は既にお尋ね者だから……王国と教会双方からのね。このままクレア殿なり総帥一派の騒乱が収まった後も、彼の居場所は辺境地にしかないよ。神の隷属化だの、神の支配からの脱却だの……そんな御大層なことを掲げたのも、要は黒いマナあってのことだ。私がここでキッチリとカタを付ければ……問題はない」
セシリーはポンコツなりに考えていた。
第一はダリルの真意やクレアの思惑を知るということだったが……第二には、この馬鹿げた騒ぎに
躊躇なく神子の力を振るうことで彼女も気付いた。
『この力があれば、そもそもあーだこーだと悩む前に思うままに動けばいいだけだ』
どこぞの世紀末覇者のような思考。
しかし、それはある意味では真理。
「……主たるセシリーは例のクレアとやらの他に、総帥とやらとも〝話し合い〟をするつもりだったのか?」
「? 当然だよ。エイダやヨエル殿が私のことを『考えなし』だと思っているのも知っているさ。でも、私はマクブライン王国の〈貴族に連なる者〉だ。そりゃ王国にも教会にも思うことはあるけど……王国の民に仇なす輩をタダで済ませる気はない」
エイダがセシリーのことを『考えなし』よりも更に酷い……ホニャララホニャララだと考えていたことは内緒。
神子セシリーは〈貴族に連なる者〉としての判断基準を放棄していない。己の力のみ、考えのみに拘らない。ただ甘いだけでも、暴力に酔いしれてもいない。
自分が馬鹿であることを自覚したまま。
「……はは。主たるセシリー。私はどうやら余計な心配をしていたようだ。あんたのような者が神子で良かったよ」
「はは。エイダ。私は馬鹿だけど、民への害悪になるつもりはないよ。……ヨエル殿も、それを心配していたんだろう?」
いつの間にか傍で話を聞いていたヨエル。彼もエイダと同じ心配事を抱えていたのは確か。ただ、それを張本人であるセシリーが認識しているとは思っていなかった。
ここ最近は、彼女の知性に疑問を抱かざるを得ない出来事が多発していたから……。
「セシリー殿。それではロレンゾ殿はこのまま解放するということで?」
「ああ。もちろん、ルーサム家私兵団に引き渡す形でだ。今の師匠が悪さをしようとしても、ルーサム家の規律に逆らうほどの力はないだろうからな。その辺りはクスティ殿に調整を願おう」
期せずして、エイダとヨエルの心配は杞憂だったことが判明する。
特にエイダなどは、恩人であり主たるセシリーが無辜の民への害悪となるなら……彼女を止めるために、拾った命を使い潰す覚悟もあった。
「主たるセシリーは、正義の味方としてこのまま悪党退治か?」
「エイダ。試さなくても、もう分かっているよ。この世には正しきことと非道なことはあるが、そこには正義も悪もない。それぞれに信じるモノや己の利益があるだけだ。私も流石に理解したさ。かつての私が語る正義のなんと薄っぺらだったことか……力無き小娘の語る正義や正しさなど……ただの雑音でしかない」
「ただ、それでも主たるセシリーは極端な行動に……正義を理由に暴走しなかった。愚かな私とは違う。力有る者の馬鹿な行動は、多くの者の命と生活を脅かすからな……」
神子ダリルが、アル曰くの〝
そのダリルに大幅に遅れることにはなったが、もう一人の主人公たる神子セシリーも己の征く道を見定めた。
その力は力無き者のために振るう。
王国の敵と戦う。
貴族の矜持は一つの指針。
それはこの世界の〈貴族に連なる者〉としては当たり前のことではあるが……真に体現できている者が一体どれほどいるのか。
勇者として覚醒し、理不尽に立ち向かう神子ダリル。
現実の中でもがき、当たり前の結論に至った神子セシリー。
破綻したとはいえ、やはり〝物語〟は主人公たちを放ってはおかない。
二人の行く末にこそ、〝物語〟とそれに踊らされた者たちの決着が待つ。
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