第6話 再会

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 アルバート・ファルコナー。

 女神の下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる的な思い付きで、前世の……〝物語ゲームシナリオ〟の記憶持ちとしてこの世界へと呼ばれた者。ただ、あくまで呼ばれただけで、その後は放置されていたと言っても過言ではない。おかげで幼児の頃から大森林・ブート・キャンプに参加させられることになった。


 結局、あやふやな知識なり記憶なりで、自覚的にも無自覚的にも〝物語〟へと干渉した結果、改めて駒として女神や〝物語〟に目を付けられてしまっただけ。本来は役割のない群衆モブキャラ。


 そんな彼は、今となってはかなり歪んで別物となってしまったが、〝物語〟の終盤の展開を本来の主人公であるダリルと共にすることになる。思えば遠くに来たものだ……というところか。


「……ダリル殿。とりあえず、この秘密結社なアジトを出ましょうか? どうせクレア殿たちもさっさと撤収したでしょうし……」

「あぁそうだな。この地下神殿の更に奥には、複雑かつ生贄を必要とする魔法陣が敷かれていたが……その場所へのルートは完全に閉ざされたようだな。神子の力を全て放出する気でやれば神殿ごと打ち壊せるが……単純に壊して終わりという類の魔法陣でもなさそうだ。……やるならクレア殿をピンポイントで仕留める方が良いだろうな」


 ダリル・アーサー。

 本来の〝物語ゲームシナリオ〟の主人公の一人であり、この世界においても特別な存在。彼もセシリーも、決して自ら望んだわけでもないのだが、どうしようもなく世界は彼らを放っておいてはくれない。


「あぁ、そうだアル殿。ヴェーラ殿とオーク族の男が囚われているはずだ。幽閉場所については……よし。まだルートが閉ざされているわけでもなさそうだ。まずはそっちに向かおう」


 ダリルは神子としての権能なのか、白きマナを用いた精細な感知能力なのか、即座に周囲の状況を把握した。クレアやレアーナには〝今〟はもう届かない。だが、囚われのヴェーラたちには届く。そのルートが確保されていると。


「ヴェーラとジレド……が? ……い、生きていている……? ……は、はは、まるで……死者との対面のよう……ですよ」

「ん? アル殿? ……っと、まずはその傷を癒そう。気付くのが遅れた。すまない」


 当然にダリルはファルコナーの流儀など知らない。更に言えば、アルとヴェーラ(とジレド)の関係性についてもよく分かっていない。アルの複雑な胸中からの混乱を、深手を負った故の痛みなり消耗だと勘違いしてしまうほどには。


「え? あ、あぁ……そうですね。治癒して頂けるならありがたいです。流石にダリル殿は硬かったし、あの白い炎は反則でしたからね。クレア殿の一撃も重かったし……かなりボロボロですよ」

「はは。よく言う。アル殿は俺のようなインチキなしでそこまでの領域に到達したのだろう? 本気でアル殿が俺を殺す気になれば、あっさり決着がついていただろうさ。そもそも、あんな風に真正面から一対一でぶつかることなど……戦場ではあり得ないことだ。そうじゃないか?」

「……はは。ま、それはそうですね。僕が本気でダリル殿を相手にするなら、まず姿を見せません。気付かれる前に一撃で仕留めにいきます。で、その一撃が通じなければ……あとは必死で逃げますね。それこそ命を懸けて……」


 相性という面では最悪。神子が操る聖炎はまさに反則技とも言える。本来のファルコナーとしてのアルは、頼まれてもダリルなんかとは戦いたくない。確実に勝てる見込みは、聖炎を使う前の奇襲なり不意打ちしかないのだから。父であるブライアンなどであれば、聖炎を纏った神子を相手に、嬉々として正面から打ち合う気もするが……アルにはまだそこまでの地力はない。


「……ま、俺はこの一連の騒動の中で、限界まで引き上げて蓄えた神子としての力を全て放出するつもりだ。恐らく、そうなれば俺もただではすまないだろう。もし、改めて俺が誰かの傀儡となるようであれば……その時は始末してくれないか? 一応、ルーサム家のダーグ軍団長にも頼んでいるが……アル殿にも俺の願いを知っておいてもらいたい」


 戦闘中とは打って変わって、治癒のために向けられた白き焔は慈しむような温かさをもってアルを包む。砕けた拳、折れた骨、裂かれた皮膚が徐々に癒えていく……だけに留まらず、精神的な疲労感すらも解れていく。語る内容の物騒さとは大違いの効力。


 癒えていく傷たちを確認しながら、アルはダリルの願いに対して答える。


「……ダリル殿が志半ばで〝そのような状況〟となるのであれば……その時は僕も微力を尽くすとだけはお約束します。ただ、如何に勇者様の願いと言えども、いざとなれば僕は自分の命……いえ、愛する者の命や身の安全を優先します」


 ファルコナーを少し外れた。今はニンゲンのアル。自覚もした。己の心を。


「はは。それは当たり前のことだ。俺は自分の我が侭のためにアル殿に犠牲を強いるつもりはないさ。……ただ、俺が〝そうなった〟時には……セシリーには伝えて欲しい。『全ては俺が勝手に望んだこと』だと……」


 今ならアルにも分かる。ダリルは馬鹿なのだと。そして、そんな馬鹿な彼のことを嫌いになれない。ダリルは勇者であると同時に、どうしようもなく馬鹿な一人の男の子でしかなかった。良くも悪くも。


「そっちの願いについては、必ず伝えるとお約束します。もちろん、そうならないのが一番でしょうけどね」


 勇者としてのダリルと、馬鹿なダリルの双方に心を動かされたのは事実だ。だが、アルは知らない。安請け合いをしてしまった。〝今〟のセシリーにそんなメッセンジャーをしてタダで済むはずがない。下手をすれば、訃報なり凶報を届けた相手に癇癪を起して、八つ当たりのセシリーパンチだ☆


 アルのセリフとは別の意味で、そんな未来が来ないことを祈るのみ。ヴィンスが神子に見たという未来は……どっちだ?



 ……

 …………



 ダリルがアルの治癒を終えた後、二人はそのまま巨大な迷路のように入り組んだ地下神殿を行く。目的地は当然に決まっている。囚われた者たち。


 ただ、改めてマナを感知すると、ヴェーラたちも徐々に動いているのが分かる。クレアの訪問の後の警戒を超えて、今や虜囚の身を脱したということ。


「……レアーナ殿は知らないが、クレア殿はヴェーラ殿たちに危害を加える気はなかった。少なくとも俺にはそう見えたよ。セシリーたちがここへ来る手筈だったらしく、その時に共に行けと言っていた。幽閉場所の扉はかなり強い魔法で封じられていたから……自力で外に出た可能性は低い。恐らくクレア殿が解放したんだろう」

「……まぁ、クレア殿個人がどうであれ、レアーナは始末しますけどね」

「はは。苛烈だなアル殿は。だが、レアーナ殿については自業自得か。辺境の戦士相手に人質など……馬鹿にしている話だ」


 そんな雑談を交えつつも、お互いの気配が徐々に近付いていく。既に向こう……ヴェーラたちもアルたちの存在に気付いている。


 コの字型の通路の端と端。気配の一つが堪らずに駆けだした。アルたちに向かっていく。


 一つ目の角を曲がる。そして……二つ目の角を曲がった。


 駆けて行く気配はそのまま。お互いの姿を確認してもスピードが緩まることはない。


 飛び込んでいく。アルの胸に。


「アルの旦那ァァッッ!! ぶ、無事で良かっタッ!! あ、あのおっかねぇエルフと一戦やり合ったって聞いテ! き、気が気じゃなかったゼッ!!」


 オーク族としては小柄だが、それでもアルよりは一回り以上はデカい図体のジレド。


 アルの胸に頭突きをする勢いで抱き着く。涙ながらの感動の再会だ。そして、バンバンとアルの身体を叩きつつ、ジレドはその無事を確認する。


「おゥッ!? アルの旦那ッ! 見た目はボロボロだが怪我はないのカッ!?」

「ア、ウン。ダイジョウブダヨ。ダリル殿ガ治癒シテクレタカラ……」


 何故か片言になるアル。


 オークは良くも悪くも直情型。好意を持つ相手には、その好意や心配をストレートに表現する。どちらかと言えば、生と死があまりにも近しいファルコナー領もそのような傾向はあるのだが……オークほどではなかった模様。


「はは。アル殿はいつの間にオーク氏族の者と知己を得ていたんだ? しかも旦那呼びとはな」


 ダリルは東方辺境地……大峡谷での戦いにも慣れているため、多少はオーク氏族の気質も知っていた。彼らが他種族の者に旦那や親父、兄弟に姉妹、若君やお嬢に奥方などの敬称を付けるというのは、この上ない敬意の現われ。


 そして、オーク氏族の者は敬意を持った相手には尽くす。その命すら惜しまないと伝えられているのだという。


 ただ、アルはちょっと思う。


『アァ、ジレドノ方ナンダ』……と。


 もちろん、ジレドのことは気配で事前に察知はしていた。していたのだが……何故か腑に落ちない。


「……アル様……ご無事で良かった。……この度は申し訳ございませんでした。みすみす敵の手に落ちるという無様を晒しました」


 アルが無心となってジレドからの熱い抱擁を受けていると、遅ればせながらヴェーラが姿を現す。ただ、彼女に込み上げてくるのは嬉しさだけではなく、不甲斐ない自分への羞恥もだった。


「……ヴェーラ。君こそ無事で良かった……本当に。今回のことは……悔しいけど、敵の方が一枚上手だった。僕の方こそゴメンよ。守れなかった」

「……アル様……」


 見つめ合う二人。主従の再会。だが、アルはもうヴェーラを従者だとは思っていない。彼女は心からの敬愛をもって共に歩む者。様々な思いが込み上げる。


「アルの旦那ッ!! 奥方様は悪くねぇッ! 俺なんかを咄嗟に庇おうとした結果なんダ! 罰するなら身を守る力のなかった俺の方こそヲッ!」


 あ、うん。ジレドが本気なのは分かった。でも……今じゃないんだわ。



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 ……

 …………

 ………………



 大峡谷の最前線……とは言いつつ、既に魔族領へと食い込んでいる場所。

 そんな場所で、こちらにも一つの再会があった。

 弟子というには、まだまだ幼い頃に袂を分かつことになった二人。


 師と教え子。ロレンゾとセシリー。使徒と神子。


 ヴィンスたちが時間を稼いだこともあり、ロレンゾがセシリー一行に追い付いたのは、丸々二日後のこと。


 マナ酔いでくたばっていたセシリーも、まだ本調子ではなく精彩を欠くが、多少は動ける程度には戻っている。実のところ、ロレンゾとの相対は彼女が望んだこと。つまりは足を止めて待ち構えていた。


「……先生。お久しぶりです。魔族領へと逃れたと聞いていましたが……随分と変わりましたね。まさかヒトを辞めたとは知りませんでした」

「……そういうセシリーも変わったな。昔は〝力〟を振るうことに恐れを抱く、優しい娘だった……」


 ロレンゾは託宣に示された使徒……神子たちを教え導く存在として教会や王国からも期待を込められていた。だが、神子であるセシリーやダリルと触れ合う中で、いつしか女神の託宣に疑問を持つに至ったという葛藤なり苦悩する使徒ロレンゾのエピソードもあるのだが……割愛。要は神子を害そうとして失敗した。それだけのこと。


 たとえそれが〝物語ゲームシナリオ〟や託宣に示された役割であっても、最終的な選択は彼自身によってなされたのだから。


「先生。私は気付きました。いえ、とっくに気付いていたのに気付かないフリをしていたんです。貴族の矜持に役割、戦士の流儀、王国の定めた法……それらを隠れ蓑にして、あーだこーだと綺麗事を抜かす小賢しい馬鹿が私でした。借り物だろうが何だろうが、力が有る以上は使うしかないんです。後はどう使うかだけのこと……それだけだったんです」

「……神子は女神の操り人形だ。この世界は神々の劇場に過ぎない。セシリーにしろダリルにしろ、神子という配役を与えられて舞台に上げられた哀れな人形だ。悔しいと思わないのか? 神々へ一矢報いたいとは? 総帥は神を縛り、この世界の肥料として活用しようとしている。どうだ? 神々への意趣返しに興味はないか?」


 微妙に噛み合わないものの、そのままロレンゾは語りかける。そもそもは神子を始末するために来たのだが趣向を変える。変えざるを得ない。改めてセシリーを〝説得〟しようと試みる。そうしなければならない事情ができた。


「先生。確かに神子は神の操り人形かも知れません。ですが、先生はどうです? 総帥とやらの指示で動く先生は操り人形ではない? 何故ですか? 私と先生のどこにどのような違いがあるのですか?」

「……私は自らの意志で総帥に……」

「あぁ、結構です先生。もう良いです。……先生ならもう少し違う答えを聞かせてくれるかも知れない……と、期待した私が愚かでした。さて、それでは先生の言う通り、私は私の意志に従うことにします」


 セシリーとロレンゾの一対一の対話……ではあるが、当然に周囲にはエイダもヨエルも待機している。


 それはどちらかと言えば、ロレンゾを生かしたまま捕らえるための布陣。マナ酔いから醒めたばかり……というより、まだまだ本調子ではないセシリーにな力加減ができると思わなかったためだ。


 エイダたちのその判断は正しかった。圧倒的に正しかった。ただ……残念ながら間に合わなかっただけ。


 渋いダンディーなデキる男を気取っていたが、ロレンゾは既にマウントポジションを取られている。


 どこかで見た光景が繰り広げられていた。


「さ、先生。総帥とやらの思惑を教えてもらえませんか?」

「……」


 それは悪魔の微笑み。


 ほら、イイ子にしないとオルコットの鬼が来るよ。



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