第5話 それは……勇者。主人公

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 ぼんやりとした明かりはあったが、全体的には薄暗い神殿内の広間。


 そんな神殿内……戦場が、一気に白に侵食される。塗り潰される。


 神々しき聖なる炎。白きマナが弾けた。


 女神の加護を受けた神子にして、女神に反旗を翻す者。


 ダリル・アーサー。


 その強き意思の光を取り戻した瞳で、彼は〝道化仲間〟を見やる。


「くはは!! 神子ダリル殿は随分との調子が良いようだなァッ!!」


 それが神々の意図だとは知らずに、神殺しを企む人外。美しくも醜悪な嗤いを浮かべる化生。エルフもどき。


 不意を突いた一撃だったが、聖炎は亡者の依り代たる黒幕を灼き尽くすに至らない。


「くは。何というんだったかな? 確か異界の言葉で……今のが〝千載一遇〟の好機であったのになぁ。まったくもって残念だった。ワタシは昨日今日に生と光の属性女神の力を扱いはじめたお主とは違う。死と闇の属性冥府の力は我の血肉よ。ただ在るだけで操れる」


 妖しきエルフもどきは闇色のベールを纏い、反属性の聖炎を凌いで見せた。


「(くそ!? 今ので仕留めることができなかったか……ッ!?)」


 ……が、実のところ、クレアにも見た目ほどに余裕はなかったりする。ブラフ。ダリルの一撃はほんの僅かだが届いていた。反属性同士であれば、強い方がより強く大きく作用するのは当たり前のこと。


 てんこ盛りの設定ありで、神々の期待を知らずに背負わされているクレアと言えども、現世においては冥府の王の眷属であることに変わりはしない。


 初期設定から加護マシマシの主人公ダリル敵役のボスザガーロほどではない。


 冥府のザカライア。死と闇を司る神の一柱。その眷属……力有る者は生物としての死をも超越するが、反属性によって亡者として滅されるリスクも背負う。


 僅かとはいえ、人外の化性に女神の力反属性が届いた。しかも、神子が扱う正真正銘、女神御謹製の力だ。クレアの身は現在進行形で徐々に灼かれているということ。癒えぬ傷を負った。


「ダリル殿!! クレア殿は時間を稼いでいるッ! 畳みかけろ! レアーナの空間転移で逃げられるぞッ!」

「……ッ!!」


 アルの言葉に反射的にダリルは応じる。聖炎が肥大化して分裂する。まるで触手のように幾本もの火柱がクレアへと向かっていく。『余計なことをッ!』……というクレアの内心の声が聴こえそうなほど。


 対抗するように、クレアは身に纏う闇色のベールを肥大化させ、聖炎の触手を弾くが……明らかに力負けしているのが分かる。真っ向からでは防ぐのが精一杯といったところ。


 また、要所々々で聖炎とは別方向から〝礫〟がチマチマと飛来する。


「(くッ! 小賢しい真似をッ!! 使徒アルバートめがッ!)」


 嫌がらせのような『銃弾』に『狙撃弾』。クレアのベールを貫くことはできないが、意識を僅かに散らせる。エルフもどきも意識せざるを得ない。如何に超越者といえども、無防備で受けるにはあまりにも凶悪な〝礫〟なのだから。


「(とりあえずの賭けには勝ったけど、ここで仕留めきるのは無理か?)」


 不利な局面に移っていながらも、どこか優雅に舞を踊るように、クレアは『銃弾』を防ぎつつ聖炎を躱す、凌ぐ、受け流す。時には間隙を縫って反撃すら仕掛ける。


 クレアの本領は遠距離からの大規模魔法ではあるが、ダリルの主攻とアルの嫌がらせだけでは、追い詰めるのには足りない。流石に超越者としての年季が違う。


 もし、これがクレア一派のアジトでなければ、計画の要となる魔法陣を最奥に仕込んだ場所でなければ……殲滅魔法によりアルたちは消し飛ばされている。


『(クレア様! 引き戻しますッ!!)』

「くははッ! ワタシを滅するにはちと詰めが甘かったようだなぁッ!!」


 レアーナの空間転移の発動。


 捨て台詞を吐き、現れたのと同じくクレアの姿が予兆もなくパッと消える。間を置かずに聖炎の触手がその場を飲み込むが、当然に逃げられた後のこと。


 どこまでの距離を跳んだのかはアルたちには知る由もないが、気配すら追えない場所に逃げられたのは確実。


 ただ、アルからすれば死地を凌ぎきったとも言える。行き当たりばったりにしては上々の結果……のはずだったが……。


「……くそ。やはり逃げられたか。どうせなら一連の流れで始末しておきたかったな」


 アルとしては当然に不服。

 それは〝次〟が期待できないのを理解しているため。クレアは傲慢であり、黒幕キャラの常なのか油断も隙もあったが……そうそうに馬鹿でもない。二度と同じ間合いで現れることはないだろう……と、アルは見越している。


 ただ、残されたもう一人はそうは思っていない。


 神子ダリルには〝予感〟がある。クレアとはもう一度相対することになるという〝凶兆の予感〟。ただし、そのは、今となっては一体誰にとっての災いを示していたのか……もうダリルには判別が付かない。


「……アル殿。色々と話したいこともあるのだが、まずは礼を言っておく。おかげでクレア殿の術を脱することができた。しかも、神子としての力を限界まで引き上げた状態を維持したままでだ。おかげでと憂さを晴らせそうだよ」


 ダリルは〝予感〟もあってか、クレアを逃したことを引きずらなかった。それよりも、今はアルとの対話が必要だとさっさと切り替え、彼の下へと歩いてきていた。かつての某ポンコツのようにグズグズと悩まない。良くも悪くも即決即断。


「……いえ、こちらこそです。博打でしたけど、ダリル殿に意図が伝わって何よりでした。……実は、ダリル殿が自ら望んでクレア殿の傀儡となっている可能性すら考えたりしていましたからね」

「……半分は当たりだ。俺は女神の力を認識してから、クレア殿の底知れなさを改めて知った。俺が力を付けることを彼女が望んだのもあって、そのままに……力を得るためにクレア殿の策に乗ったという面もあったんだ。女神の遣いとの取引で意識だけは保っていたが……」


 ダリルの覚悟。セシリーへの想いではない半分の方。アリエルを通じてクレアを紹介された時から彼は描いていた。


 神子の運命を壊すのだと。


 そのためには力が要る。それが邪道であり、借り物の力であってもだ。


 だからこそ、力を増幅する手段を提示してきたクレアの手を取った。


 最終的には、己の命をチップとして、託宣も、クレアの計画も、女神の遣いエラルドの語る胡散臭い企みも、セシリーを縛る王国や教会も……その全てを掻き回してやるつもりだった。


 つまり、ダリルは元より命を捨てていた。以前にアルが感じ取った死兵の匂いは、間違いではなかった。


 そして、ソレは今も。


「……ダリル殿。まだ命を懸ける気ですか? 僕が言うのも何ですけど……このまま逃げるのも一つの道ですよ? 恐らく、ダリル殿とセシリー殿が揃わなければ……クレア殿や魔族領の一派の計画とやらの仕上げはできないんでしょうし……」


 もはや託宣……〝物語〟からは外れた。ラスボス予定の不完全に顕現する冥府の王にしても、アルなどは『放置で良くね?』とまで考えている。わざわざここに来て〝物語〟をなぞらなくても……と。


「……クレア殿の計画は、実のところ女神や冥府の王の企みでもある。どこまで一致しているのかは知らないが……神殺しのために、神をこの世界にぼうとしているのは間違いない。そのための贄が俺とクレア殿なんだとさ。あと、セシリーは総帥とやらを滅するための駒だそうだ」

「じゃあ尚更でしょう? このままダリル殿がセシリー殿と共に姿を消せば、クレア殿たちの企みは潰える」


 いまいちアルにはピンと来ない。彼自身にはクレアの企みを邪魔したいという邪念もあるが、神子であるダリルが、わざわざここに来て命を懸ける必要性が分からない。力を有したままに洗脳も解けた。後は好き勝手に生きることも可能なのにと。


 もし王国が窮屈というなら、西方辺境地から先の……海を越えた別の国へ渡るという手もある。おすすめはしないが、ファルコナー領に来るならダリルたちを匿う程度はアルだって請け負う。何なら大森林を超えた先、百年以上は未踏の地となっている旧・帝国領を共に目指すのも悪くはないかも知れない。


「……アル殿。この世界は神々の盤上遊戯の舞台なんかじゃない。そう思わないか? 何だかんだとあったが、俺はクレア殿のことは嫌いにはなれないんだ。いや、ぶっ殺してやりたいくらいに腹は立っているけどな。ただ、彼女は彼女で、己の望みを叶えるために精一杯にもがいていた。クレア殿は間違いなくこの世界に生きる者だ。俺はな、アル殿。神々こそが許せないんだよ。俺にはエラルドと名乗る女神の遣いが取り憑いていたが……そいつはアレコレと神の言い分という綺麗事を並べていたよ。ただ、要は神々は自分たちの上位存在である〝物語〟とやらからの制約を脱却したいだけだ。何でそんな神々の目的のために、俺たちが舞台人形として踊らなきゃならないんだ?」


 それは個人的なダリルの憤りであり……この世界に生きる者としての義憤。


 自分でもそうと知らぬ間に、操り人形として役を与えられ、時には志半ばで散っていく。だが、ソレすらも神々の手の上でのこと。予定調和。


 そんなことが許せるのか? 否、許せない。


 ダリルは知ってしまった。


 だからこそ許せない。許してはならないと猛る。


「俺のこの想いすら〝物語〟や神々の植えつけたモノかも知れない。それも理解している。だが……それでも、俺は許せないんだよ……アル殿」


 少し困ったように笑うダリル。


 曇りなきまなこ。強き意志。それは己のモノだけではない。


 この世界に生きる者たちの代弁者としての想い。理不尽な運命を断ち切るという意志の光が彼に宿っている。


 ダリルは単純馬鹿。その通りだ。間違いなく、馬鹿で単純。


 だからこそ。


 その者のマナは清廉潔白。気高き白さを持つ。聖なる者。光の勇者。


 アルは初めてダリルとセシリーを目にした時……その圧倒的な存在感に神の加護を視た。しかし、それは間違いだった。比ではない。当時の自分の眼が曇っていたのだと思い直した。たった今。


「……ダリル殿。いや……貴方は嫌うかも知れませんが、敢えて勇者と呼ばせてもらいましょう。貴方はまさしく勇者だ。この世界の主人公……」


 アルは〝今〟のダリルにこそ畏怖を覚えた。心の底から。


 昆虫どもや化け物たる父ブライアンにも感じたことのないナニか。力無く困ったように想いを呟いた彼にこそ、言い表しようのないナニかを感じた。強さを超えたナニかをダリルは持っている。彼こそが運命に選ばれ、運命を壊す者だと……何故かアルは、今この瞬間に確信した。


「ユウシャ? 勇敢なる戦士のことか? 悪い意味ではないのだろうが、アル殿にそこまで畏まられると……はは、少し気持ち悪いな」

「……勇者ダリル。僕が語る勇者というのは、僕の知る世界において、気高き者、強き者、正しき者、勇ましき者……そして誰よりも優しき者であり、弱き者を援ける者が授かる……称号のようなものです。僕はこの世界に来て、初めて勇者と呼ぶに相応しきヒトに会ったのかも知れません」


 アルは恥ずかしげもなくダリルを称賛する。


 もはや遠い世界。アルの前世において、フィクションの世界でしか存在しなかった勇者という記号。


 この世界はゲームをベースとした世界であり、魔法という不思議パワーがある。王族も貴族もいる。魔物だって跋扈している。ただ、ゲームのような綺麗な世界でもなかった。泥臭くて血みどろで汚い。理不尽が横行する世界であり、嫌になるくらいの現実。


 ゲームの設定など……と、アルはどこか馬鹿にするような気持ちもあった。このどうしようもない現実で、フィクションの設定を出されてもな……という冷めた思いをどこかで抱いていた。


 だが、そんな現実という暗闇の中で、今のダリルは燦然と輝いている。物語フィクションの勇者を体現している。その輝きを振りまいている。


 認識してしまった今、『何故この輝きに気付かなかったか』と、アルは己に疑問を持つほど。


 いつの間にか、どこぞのポンコツとはかなりの差がついてしまった。


「はは。悪いが俺はそんな大層な奴じゃないさ。ただただどうしようもなく馬鹿なんだ。許せないと思ってしまうと……見過ごすことができない。本当はアル殿が言うように、セシリーと共に逃げ出すのが〝賢い〟選択なんだと分かってるんだけどな」

「……勇者ダリル。もう僕は何も言いません。貴方は貴方が望む道を歩んでください。目的が重なる部分においては、僕も協力は惜しみません」


 アルは一足先にこの世界の主人公勇者を知った。


〝物語〟は彼の手で終わりを迎えるのだろう。


 そんな思いを抱く。



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 ……

 …………

 ………………



 近付いてくる気配。それがどうしようもなく不吉なモノであると、ヴェーラは気付いている。


 何があったのかは分からない。ただ、気配の主が弱っているのだけは察せられた。


 しかし、それはヴェーラからすれば誤差。付け入る隙にすらならない。


 臨戦態勢を維持しつつも、どこか諦めの気持ちが持ち上がる。彼女はファルコナーほどに生に執着することができない。彼我の力量差を知っているだけに尚更だ。


「(もう一度、アル様に……)」


 ただ、諦めと同時に湧き上がる想いもある。もう一度だけでも……と。


 だが、いつまでも想いを馳せているわけにもいかない。


 来客だ。扉の先にいる。来た。扉が静かに開く。


 部屋に入って来たのは、想定通りの人外。ヴェーラにとっての絶望。


 出し抜かれたエルフもどき。美しくも醜悪なる化生。クレア。


「くはは。随分と警戒しているようだな、ヴェーラ?」

「……クレア様。私の警戒は当然のことかと……」


 圧倒的な死と闇の気配を振りまくクレアではあったが……どこか薄い。完全に待ち構えていたからというのもあるが、ジレドは今回は卒倒せずに済んでいる。


 それどころか、ヴェーラは彼女の中に若干の生と光の力を感知する。


「(これは……? まさか……クレア様が手傷を負っている?)」


 てっきり戦いの影響ではなく、儀式等の影響でクレアの気配が弱くなっているだと想定していたヴェーラは、若干意表を突かれる。


「……そう心配せずとも、お主は使徒アルバートに逢えるであろうよ。くくく……あの小僧……やってくれたわ」

「……?」


 ヴェーラが知る由もないが、ほんの少し前にクレアはアルに出し抜かれたばかり。


 計画の要である神子ダリルを失う。その上で、不意を突かれて女神の力を身に受けてしまった。正直なところ、クレアに残された時間はそう長くはない。勇者の一撃はクレアの命に確かに届いたのだ。実感はなくとも、ダリルは〝きっちり〟とやり返していた。


 そんな状況・状態でクレアは笑う。厭らしく醜悪な嗤いではない。本当にただの笑い。


「ヴェーラよ。既に地表の瘴気も浄化されておる。行くが良い。……くは。まさか百年以上の時をかけた計画が、このような形であっさりとご破算になるとはな……失望を通り越して、もはや笑い話だ。いや、細やかなミスでダメになるよりは……ここまで馬鹿らしい方がまだマシかも知れぬがな……」


 アルが内心で評したように、クレアは馬鹿ではなかった。いや、ある意味ではダリルに勝るとも劣らぬ一途な馬鹿で間違いないのだが……某セシリーほどではなかった。


 亡者の依り代としてのクレアはまだまだわめいているが、魔道の研究者としてのクレアは、神殺しの当初の計画が叶わないことを認めている。


「……」

「……ワタシの言葉を信じられぬのも無理はない……か。まぁ後は好きにするが良い。こうしてお主と語らうのも最期となろう。……ではな。さらばだ」


 訝しむ元・部下の返答を待たずに、クレアは扉を開けたままに去っていく。その心情をヴェーラが計り知ることはできない。ただ、元・上司にして人外たるエルフもどきが、このままただ静かに現世から去って逝くだけ……ということはあり得ない。それだけは理解していた。


「(……アル様が何らかの手を用いてクレア様に一矢報いた? でも、油断はできない。あの御方がこれで終わりということはないはず……無駄だと言われても、私はアル様の従者。お守りしなければ……!)」


 その決意はともかくとして……それでもヴェーラとジレドは、クレアが去った後もしばらくは警戒したまま動けなかったという。



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