第7話 ムシケラどもの模倣

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「(……わ、私は……ここまで……。マナの構成が解け……た……に、肉体が……自壊をはじ……め……た……)」


 レアーナの分身体。十二号。

 全身から血が溢れる。マナが放出されていく。体が崩れる。〝レアーナ〟の形を保てない。


 術者を繋ぎ、連動させて結界巨大な壁を構築。そして、ソレを中心に向けて閉じる……本来は動かさない前提の結界を無理矢理に動かすのだ。〝要〟となる者が、その命を削るほどの大規模な魔法。ある意味ではただの力業ちからわざ


 その反動を一手に引き受けた十二号は、ゆっくりと壊れていく。マナへと還っていく。


「(承知した。後は任せて)」


 消え逝く十二号を見送りつつも、レアーナたちはまだ警戒を解かない。


「(……流石にこれでやったかしら?)」

「(さぁね。まだ分からないわ。生きていても、少なくとも〝上〟じゃなかった。可能性があるなら……あの中心部の瓦礫と死体の山の中で、結界の圧縮を物理的に耐えたか……〝下〟。地中に逃れたかでしょう)」

「(ふふ。仮に逃れていても、無傷とはならないでしょうよ)」


 その場に残る、九号、十号、十一号。


 今の結界の圧縮でアルを始末できていれば御の字。手間が省ける。


 だが、レアーナたちは即席の魔法力業について、当然にその欠点も把握していた。確かに隙間なく壁は構築できていたが……上と下が閉じないまま。


 木々を駆け上がり、上空から逃れる想定も彼女等はしていたのだ。追撃の準備をして待ち構えていたほど。


 しかし、アルは〝上〟には出てこなかった。もちろん、壁が閉じる圧を、ただひたすらに耐え切った……という可能性もあるにはあるが……レアーナたちはソレはないと断じている。


 もし、そんな状態で生き延びられるほどの身体強化の使い手ならば、とっくに分身体は全員始末されている。人外中の人外の所業だ。


 現実的には、アルが生き延びている可能性は〝下〟に絞られると彼女たちは考えている。地中に潜ったのだと。


 大峡谷全体で見ると、今回〝更地〟になったのは極々小さな一区域に過ぎない。だが、魔道士が……戦士が戦うには十分過ぎる広さがある。壁よりも背の高い木々……それらの千切れた残骸がそこら中に散乱はしているが……先ほどとは雲泥の差で見晴らしが良く、遮蔽物が少ない。つまり、そこは既にレアーナたちの……〝正統派の魔道士〟のフィールド。


「(さて……とりあえず術の繋がりを維持したまま、しばらくはこのままの配置で見張る?)」

「(そうね。……奴が生き延びていると仮定したとして……どれほど隠形に長けていても、流石に地中を動けば痕跡を察知できるでしょ。私たちを警戒して動かないなら、それはそれで好都合。奴をここに留めることができる)」

「(……なら、異変に気付いたルーサム家やザガーロ一派の介入にも気を張っておく必要があるでしょう)」


 残されたレアーナ三体。彼女たちは、つい先ほどからすると、かなり見通しが良くなった戦場にて、生き延びたアルを狩り出すために待ち構える。


 鬼ごっこに隠れんぼときて……次は我慢比べ。あるいは、違和感を即座に察知して対処するという……間違い探しの亜種であり、この世界には馴染みのない、モグラ叩きのようだ。


 しかし、彼女たちはまだ固定観念に縛られたまま。無知を晒したまま。その上でフラグを立てた。


 マクブライン王国において、最凶の魔境である大森林。その魔境に地中を移動する昆虫バケモノがいないと思うのか?


 貴族家としては新興であっても、ファルコナーは王国が成立する前の時代から、そんな昆虫どもと魔境で殺し合ってきた氏族の戦士だ。当然に地中を移動する虫ケラを知らぬはずもなく、参考としないわけもない。


 生存圏を賭けた戦いは、ヒト族が不利だった時代の方が長いのだ。昆虫どもに見つからぬように……と、息を潜めて過ごす方が長かった。氏族の暗黒時代。


 ファルコナーが大森林において、最初期に研鑽したのは……昆虫化け物どもをやり過ごす知恵と技。そして、連中の模倣。



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 ……

 …………

 ………………



 クレアが計画の最終段階の詰めのために準備していた隠れ家……いや、隠れ家というには、あまりにも荘厳な造りの地下神殿。


 その神殿の有り様を見るだけでも、クレアたちの計画が、かなり以前からのものだと窺い知れる。


「くは。久しぶりだな。ヴェーラよ」

「……クレア様。それに……そちらはダリル殿?」


 その一室。内装は豪奢で、都貴族家の邸宅にある貴賓室だと言われても違和感はないような場所。そこにヴェーラとジレドは放り込まれて放置されていた。


 ヴェーラとしては、徹底抗戦するか、それともジレドを守るために交渉を持ちかけるか……と悩んでいたのだが、何らかの魔法によるゴーレムの使用人が、定期的に食事などを持ってくるだけ。その他の接触がないまま数日が経過している。


 ようやくまともな接触があったかと思えば、首魁たるクレアが出てきたということ。呼び出されたわけでもなく、クレアが突然部屋に訪れるという状況。ヴェーラからすると警戒しかない。彼女からすればここは敵地であり既に窮地だ。


 クレアが用意した神殿モノ

 総帥たるザガーロが準備している神の顕現を実現する魔法陣。ソレを精密にトレースした上で、小細工を差し込んだモノをこの神殿に用意していた。ザガーロを出し抜くために。


 ヴェーラが警戒している中、実はクレアの方も、まさかこんな場所で《王家の影》の元部下に再会するなど思いもしなかったことだ。ただ、想定はしていなかったが、望まない再会というほどでもない。


 今のクレアは、様々な者の記憶や……主に負の想いを取り込み過ぎて、個としてのクレアはほぼ残ってはいない。妹であるレアーナが語るようにまさに〝亡者の依り代〟と呼べる。


 ただ、それでも、個としてのクレアも僅かながら残ってはいるのだ。


 託宣……〝物語〟や神々の介入に関して以外については、ふとした時に〝クレア〟が顔を出す。〝物語〟に役割がない者たちについては特に。


 ヴェーラに対してもそう。彼女の生い立ちについて、それを不憫だと思ったのは間違いなく個としてのクレアだった。


「その通りだ。無口にはなっているがな」

「……(ヴェーラ殿か? 何故ここへ? 隣のオークは一体……?)」


 人形と化したダリルではあったが、意識の奥底に自我が残っていることをクレアはまだ知らない。当然、そんな人形ダリルと相対したヴェーラもだ。


「……そうですか」


 ヴェーラにも思うことはあるが、彼女は必要以上に語らない。クレアの〝契約〟を知らないわけでもない。


 その真意を聞いてはならない。

 その言葉に逆らってはならない。

 その真の姿を見てはならない。


《王家の影》の際に教え込まれた、クレアと相対する際のルール。そのルールを破れば、待っているのは彼女との〝契約〟。つまりは眷属化だ。


 ちなみに、ジレドはクレアに気圧され、青を通り越して白い顔で気絶している。……むしろ好都合だったかも知れない。


「くくく。生真面目に覚えているようだな、ワタシのルールのことを。まぁ安心しろと言っても信じはしないだろうが……もはやワタシに〝契約〟の力はない。神を縛る術式のために放出してしまったからな」

「…………」


 その言葉の真意は不明。当然にヴェーラは聞き返したりはしない。だが、彼女は違和感を覚えている。絶対者たるクレア。その存在に変わりはないが、どこかその存在が〝薄く〟なっている感覚があった。ふと訝しむ。


「……ほう? 驚いたな。まさかワタシの存在の〝強弱〟に気付くとはな。かつての……泣き虫な幼子に過ぎなかったお主では気付かなかっただろうに……くくく」

「……ッ!? そ、それは……!」


 泣きじゃくる幼子。それを心の内に秘めていたかつてのヴェーラ。クレアはそれを認識していた。彼女がヴェーラを不憫だと思ったのは、その所為もあったのだ。


 そして今、ヴェーラの中に泣きじゃくる幼子は視えない。


「何も語る必要はない。お主が小僧の下へ行き、それなりに実りのある日々を過ごしたことは分かる。ワタシにとってはただの気まぐれに過ぎなかったが……善きことをしたものだ。くははは」


 紅き瞳がヴェーラを捉える。その瞳には、得体の知れない絶対者ではないナニかが浮かぶ。


「(……こ、この人は誰? クレア様なの? 何だろう……この違和感は……)」


 存在が薄くなったクレア。瞳には〝ナニか〟が浮かんでいる。

 ヴェーラが知るクレアは、妖しく美しい醜悪さを持つ人外の化生。絶対者。

 だが、今の彼女はそれ以外のナニか。ヴェーラの知らない存在モノ


「くく。お主が違和感を覚えるのも無理はない。今のワタシはただの〝クレア〟だからな」

「……ただのクレア様……ですか」

「……(何だ? クレア殿は一体何の話をしている? ヴェーラ殿の違和感?)」


 ヴェーラとダリルに浮かぶのは疑問。二人の疑問は方向性が若干違うのだが、同じくクレアに対してのものであることに違いはない。


「もはやワタシは〝依り代〟に過ぎない。託宣を壊す……神々への憎しみにかれ、神々の世界への干渉を拒絶するだけの人形。そして、ワタシもソレを望んだというだけのことよ。……まぁワタシのことなどどうでも良い。問題はお主……と、横でノビているオークのことだ」

「…………!」


 静かに語るクレアの瞳に人外の妖しさが戻ってくる。少しだけ緩んでいたヴェーラの警戒心が一気に上がる。こちらも戻る。


「この神殿はまともに出入りができぬ。それに神殿の外は薄いとはいえ既に瘴気が満ちる地だ。お主たちは自力で逃げ出すことはできないし、こちらも今すぐに解放するつもりはない。……ただ、お主たちはレアーナが馬鹿を仕出かした結果だからな。神子セシリーがここへ来る算段になっておるから、その時にでも外へ出れば良い。かの神子と共に行けば瘴気の中でも問題はないであろう」

「……?」


 拍子抜け。ヴェーラに語られたのは身柄の解放についてだけ。妖し気な人外の化生たる存在感が戻ってきたクレアだったが……ただそれだけを告げ、静かに背を向ける。


「くく。託宣に〝役割〟のないお主らをどうこうする気はない。今は計画の詰めだからな。ふと懐かしい顔を見たくなっただけのことよ。精々おとなしくしておくことだ」

「(……やはりおかしい。この人は……ただのクレア様……?)」


 所詮この世は人形劇。誰もが、役を演じる舞台の人形。


 クレアもまた、そんな人形の一体に過ぎないというだけ。



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 ……

 …………



「……流石に『銃弾』を防げる実力者相手だと、だだっ広い場所では不利だな。踏み込むまでにバカスカ魔法を撃たれる」


 呟くのはアル。復讐を望む狂戦士。


 かなりズタボロな姿。ただ、それなりに負傷はしているが、見た目ほどにダメージはない。地中を早く静かに動いたことによる影響の方が大きい。


 ボロボロの姿になる……それだけの成果は十二分にあった。


 アルの足元には一体のレアーナ。彼が知る由もないし興味もないが、彼女は九号。


 十号と十一号は黄泉路を渡り、マナの循環へと還った。アルの手で強制的にだ。


 地中から抜け出しての奇襲でまず一体。


 その後は、『銃弾』『狙撃弾』を駆使して泥沼となる魔法の撃ち合い……からの接近戦。


 そして、今に至る。


 レアーナたちのフラグの回収は思いの外に早かった。


「……さ、さっさと……こ、殺せ……」

「はは。既に死んでいる身でほざくなよ。まったく……ルーサム家の戦士まで巻き添えにするとはね。ますますお前たちを生かしておく理由がない」


 九号は既に腰から下が。上半身だけ。アルの猛攻によって千切られた後だ。両腕もひしゃげて潰れている。


「お前が死ぬ……いや、壊れると言った方が良いのか? まぁ何にせよソレはただの事実だ。ちょっと活動が止まる前に役に立ってもらうとするよ」

「……がっ!? な、なに……を……!」


 おもむろにアルは九号の顔を鷲掴みにする。


 八号をメッセンジャーにした際にも確認はしていたが……再度の念押し。アルはレアーナの活性されたマナの気配を読む。隅々すみずみまで覚える。その身に刻む込む。


「……やはり前の奴と全く同じか。本体と分身で違う可能性もあるけど……まぁこの気配を追えば、いずれは辿り着くだろうさ」

「ぐ……っ! き、きさガ……ッ!?」


 更に片手を添えて、そのまま九号の首を勢いよく半回転させるアル。バキリと響く音と共に、九号はその機能を完全に停止する。


「さて……あと何体いるんだか。ま、何にせよ、そろそろ本格的に最前線へ向かうか……」


 冷静な復讐者。狂戦士アルは止まらない。



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※おまけ


レアーナ戦隊の状況。


○=稼働中

●=機能停止


本体 ○ クレアの側仕え

一号 ○ 現場指揮1

二号 ○ 現場指揮2

三号 ● 掌打……からの爆散

四号 ○ ポンコツとバカの迎え

五号 ○ 上に同じく

六号 ● 『銃弾』の精密射撃

七号 ● 『銃弾』で蜂の巣

八号 ● 拷問の末にメッセンジャー

九号 ● 身体真っ二つ……からの首折り

十号 ● 地中からの不意打ちによる首ちょんぱ

十一号● 『狙撃弾』の乱射

十二号● 無理な魔法の制御による覚悟の自滅

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