第6話 狂戦士を斃すために
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東部辺境地の貴族家を中心とした独立派。
その中でも、ルーサム家は重要な役割を担っていた。瘴気に侵された魔族領……そこから避難してくる魔族たちを積極的に受け入れ、後方……即ちマクブライン王国領へと移送していた。
そして、その流れで、魔族領で暗躍していた謎の一派……総帥ザガーロ率いる外法の求道者集団との戦端が開かれる。
王国と独立派が水面下で交渉を続ける間も、ルーサム家はザガーロ一派を抑えていたのだが、それはクレア一派の働きも大きい。共闘だ。
魔族領の奥地は瘴気の影響が強く、敵が奥へと引っ込むとルーサム家は迂闊に手が出せない。
敵が奥地から出てくる。それを撃退する。奥地に逃げらる。追撃を諦める。……ということを繰り返すしかできなかったのだが、クレア一派は瘴気の影響のある地に踏み込み、敵を追撃するという一手を可能としていた。
徐々に削られる敵一派の軍勢。
後は時間の問題かと思われていた頃に……今度はルーサム家のお膝元である、大峡谷の氏族連中が、ある程度のまとまりを以てルーサム家への明確な敵対行動に出たのだ。その動きに呼応するように、魔族領のザガーロ一派も圧を強めて進撃してくる有様。
一転して押し込まれるルーサム家。
更に更に、そんな中でルーサム家の中枢……前線に一報が届けられる。
『クレア一派のルーサム家への敵対行動がみられた』
弱り目に祟り目。踏んだり蹴ったりな話だ。
だが、ルーサム家の上層部はアッサリとクレア一派を切った。クレア一派のこれまでの協力を思えば有り得ない判断。
情報を持ってきた者が一兵卒であれば相手にはしていない。しかし、その情報をもたらしたのは軍団長補佐役。それも諜報を主とするバライア軍団所属のだ。
その上で、彼の追加の情報が問題だった。ルーサム家の決断を促す一手。
『軍団長をも凌駕しかねない戦士が、クレア一派を敵として単独で行動を開始しています』
これが軍勢であれば、ルーサム家は相手にしなかった。クレア一派との共闘を継続しただろう。
問題は、クレア一派を敵と見定めているのが単独で動く戦士だということ。しかも軍団長を凌駕しかねないほどの使い手。それを軍団長補佐役が語るのだ。
無軌道で強大な暴力は……集団戦においては決定的なひび割れとなり得ることを、ルーサム家は数多くの実例によって承知していた。むしろ、それを敢えて実行してきたのがルーサム家でもあるのだ。
更に軍団長補佐役は語る。
『彼は王国の〈貴族に連なる者〉であり、ルーサム家に敵対行動を取る連中も攻撃対象となっています。彼の行動を阻害したり、クレア一派に与するなら……それ即ち彼の〝敵〟ということです』
明確に〝敵〟を見定めた
また、ルーサム家というより独立派として、クレア一派との協調路線がそろそろ潮時だったというのもある。クレアたちは既に独自の動きを見せており、王国内にその目は向けなくなっていた。
色々と噛み合ってしまったとも言える。
ルーサム家はまだクレア一派を明確な〝敵〟とは見做していないが、こうして共闘関係は終わった。
反ルーサム家を掲げる、ザガーロに踊らされている大峡谷の氏族同盟軍は〝謎の戦士〟の襲撃を繰り返して受けることになる。
クレア一派は、その戦士の前に姿を見せた瞬間に問答無用で撃破される。ザガーロ直属の連中もだ。中には、その意味も分からないままに討たれた者も多い。
この時、ルーサム家は即応即断の英断だった。
それは〝超越者〟を抱えるが故の判断。
そして、各地で戦端が開かれている状況のルーサム家の本音としては……
『今は忙しい。いちいちイカれた〝超越者〟に構っていられない』
……というだけだったりする。
時に正しさというのは酷くシンプルなもの。
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……
…………
………………
「……六号と七号がアルバートを捕捉した。既に交戦中だ。結界を構築するために九号から十二号がその周囲に展開している。六号と七号ごと結界に閉じ込めて……そのまま潰す」
「
「八号が壊される前に情報を遺した。アルバートは女神の力を持つらしい。もしそれが本当なら眷属化は難しい。……尤も、この情報自体がこちらを揺さぶるための偽装かも知れないけど……」
彼女の本来の思惑とはまた別ではあるが、当初の予定通りに、アルと大峡谷での追いかけっこを繰り広げることになっていた。いや、どちらかといえば、見つけたら殺す、見つかれば死ぬ……という、命を懸けた隠れんぼの方か。
真っ先に爆散した三号。その後、不意の遭遇戦で八号が為す術もなく半壊状態となる……が、そのまま八号はアルからの〝伝言〟を持ち帰る。メッセンジャーとして逃がされた。
『ファルコナーは〝やられたらやり返す〟。そして、僕はやり終えるまで止まらない。交渉の余地はもうない』
『使用者責任ってやつだ。精々クレア殿の身の回りに気を付けるんだね。僕は〝女神の一突き〟を持っている』
『〝計画〟とやらに興味はなかったが、全部引っ繰り返してやる。止めたいならソッチからかかって来い』
その情報を持ち帰った八号は目を潰され、両腕をもがれるという凄惨な状態であり、そもそもメッセージが正しく伝わることを
レアーナたちはようやく正しく理解した。単独で相対すれば勝ち目はない。三号や八号がやられたのは、まぐれや油断などでは断じてなかったのだと。
そして、彼女たちには不幸なことに……大峡谷の森林地帯は、ファルコナーの戦士にとって馴染みのあるフィールドに似ている。気配を消して森に溶け込む。獲物が気付かない内に奇襲での一撃……からの離脱。それを繰り返す。狩場だ。
「四号と五号は神子セシリーと
「承知した。しかし、結界を圧縮して潰すとなれば巻き込む連中も出てくるけど?」
「……ルーサム家も我らとの関係を終わらせようとしているから……巻き込んでも致し方ないでしょう」
全体の指揮を執る一号と二号。
彼女たちの第一優先は当然にクレアの〝計画〟であり、それ以外はいっそ些事だと切り捨てる。特に分身体である身からすれば、自分たちは捨て石。汚れ仕事をするために存在しているという明確な自覚まである。
計画の邪魔となる者。その者を始末するためなら……多少の犠牲など意に介さない。
ただ、その考え方こそが、アルの怒りの炎に油を注ぐことになる。
……
…………
「回り込まれているゾッ!!」
「ソッチダ! オサエロッ!!」
『ガ……ッ!?』
「クソッ!?
戦士たちの怒号が飛ぶ。アチコチから悲鳴や怒鳴り声。
それは戦いの音であり戦場の
黒きマナを纏うザガーロ一味。少数精鋭で大峡谷側へ潜入し、敵を強襲しつつ攪乱するという威力偵察部隊だったのだが……いつの間にか捕捉されており、〝謎の戦士〟の襲撃を受けることになる。
部隊としての連携は瓦解している。指揮官たる戦士がことごとく討ち取られた。全体としてもかなりの数を削られており、各個で敵に対処するという有様。もはや部隊としての機能は死んだ状態だ。
そして、ザガーロ一味にとって不可解だったのは、遠距離から〝謎の戦士〟に対して凄まじい魔法が飛んでくること。彼等からすれば、〝謎の戦士〟も遠方からの魔法も、どちらも脅威に違いはない。
「(ち……ッ! やはり隠形と遠距離魔法の組み合わせはやはり厄介だな!)」
謎の戦士……は当然にアル。遠距離から彼を狙うのは
それぞれが敵という……三つ巴の争いが展開されている。ザガーロ一味の部隊は、何が起きているか分からないまま、次々に肉体を壊されている最中だが……。
アルは隠れ潜んで動き回りながら〝敵〟の数を減らしていく。しかし、レアーナたちは中々に捕捉できない。捕捉したかと思えばフェイク。フェイクかと思えばそこにいる……というやり取りが続く。
皮肉なことに、アルが好む戦闘スタイルをそのまま返されている状況。
「(……相手は二体。だが、何か狙っているな……? 時間稼ぎ? そうであれば後続がいる? それとも……罠か?)」
アルの憎しみと怒りは一切沈静していない。激情は未だに彼の胸を
理性と本能が混ざり合う。冷静な狂気に突き動かされている。思考と衝動が噛み合う。
駆けながらアルは『銃弾』をばら撒く。一切の容赦を排除した、無駄なく殺すための
「ガッ!?」
『ゴブ……ッ!』
「……ッ!?」
瓦解した部隊の残党連中が弾け飛ぶ。既にアンデッドとして復活を遂げていた者も、肉体が壊されたことにより完全に死霊化する……が、アルは気にも留めない。黒きマナを纏う連中であっても、死霊となってまで自我を保っている者は少ないと既に知っている。時間の経過と共に周辺に影響は出るだろうが、今この場で即座に戦闘行動へ移れるような死霊はいないのだ。
ザガーロ一味はアルにとっては『どうでも良い敵』。ルーサム家に対しての敵対行動、クレアの計画とやらには連中も必要な駒らしいということで、とりあえす敵として積極的に処理しているだけ。
アルの本命はクレア一派。特に直接的に手を出してきたレアーナの優先度は高い。それが魔法による分身体であろうが、本体であろうが関係はない。
レアーナは殺す。壊す。絶対条件だ。
「(……ほら。来いよ。何か仕掛けるんだろ?)」
そして、冷静な戦士としてのアルは知っている。
「(僕はレアーナに固執している。その存在を知覚したなら、何としてでも追い縋って殺す。壊す……ってことを、あんた等も計算に入れてるんだろ?)」
隠れながら逃げるレアーナ。探しながら追うアル。
罠にかけるなら絶好の条件が揃っている。レアーナ側からすれば誘導も容易い。追い縋られれば確実な死と破壊が待っているが……捨て石として使える身体が多数あるのだ。活用しない手はない。
「(ッ! ……準備ができたってことか)」
ソレは静かな殺意。隠れ潜んでいたレアーナが一体、駆けるアルの視界の端に現れる。明らかな誘い……あるいは時間稼ぎ。
危険を察知してアルは躱す。平面の動きから、木々を利用した立体的な機動へと切り替える。大森林で培った動き。
何の前触れもなく、アルのそれまでの進路が大きく爆ぜる。大樹の根が吹き飛び、大地が抉られる。罠……ではなく、姿を晒した
「(……やるもんだね)」
「(くッ!? 今のを躱すのッ!?)」
アルは特化型として、超越者の領域に足を踏み入れてはいる。ただし、一方のレアーナも〝正統派の魔道士〟として、確かに超越者の領域にいるのだ。距離を置いての魔法の撃ち合いとなれば、アルが不利なのは変わりはない。『銃弾』『狙撃弾』だけでは、多種多様な魔法を操るレアーナに対して心許ない。
開けた平野部などで距離を取られると、今のアルでも複数のレアーナを同時に相手取ることは難しい。勝てない。
しかし、木々が乱立し、日中でも薄暗い森の中。そこで繰り広げられる戦いは……ファルコナーの
「(な……ッ!? ここまで綺麗に気配が消せるの……!? あれほど激しく動いていたのにッ!?)」
「(大森林の昆虫どもは擬態する。なら、ファルコナーもまた然りだ)」
アルが殊更に駆け回っていたのは〝動〟を強調するため。そして一転しての〝静〟だ。
狩場。命を懸けた隠れんぼ。だが、今のアルは昆虫どもと違い、じっとして獲物が寄って来るのを待ちはしない。
ただ潜むだけではなく、積極的に木々を使って立体的な機動を行う。音も気配も消したまま。これは純然たる経験値の差。レアーナはこのような深い森の中で戦うことに慣れていない。木々の間を跳べば、必ずその痕跡が残る。音がする。木の枝や葉が揺らぐ……という固定観念がある。
だが、ファルコナーにおいては、痕跡を最小にして木々の間を動くというのは……戦士としてはただの前提条件に過ぎない。できて当たり前。むしろ、できなければ死ぬ。
だからこそ彼女は気付けない。至近に迫られていることに。
「(……ここか)」
アルが斜め後ろから六号に踏み込……まない。
派手な衝撃も音もない。ただ、静かに斬れた。六号の周囲の木々がズレる。倒れる。
「あッ!? せ、迫られていたッ!?」
「(くッ!? これも読んでいたのッ!?)」
もう一体のレアーナ。七号。六号を囮とすることで、アルの接近を辛うじて察知し、その周囲全方位への風魔法の刃を放っていたのだが……狂戦士の勘の方が冴えていた。
「ごぁッ!?」
「(隠れるのは上手いけど……仕留めようと大きく動くとバレバレだな)」
隠蔽されていた敵の位置を把握するや否やの『狙撃弾』。
七号の右脇腹付近の肉が吹き飛ぶ。だが、七号は止まらない。壊されることを前提にアルへと突進する。そこには、僅かでもアルの動きを制限してやる……という意思が見える。
「(……なるほど。これは時間稼ぎで確定だな。後続の連中がナニか仕掛けるということか)」
『銃弾』の乱射で、アルは接近する七号を壊す。近付けさせない。そして、その間に六号が魔法を放つ。単純な速度は『銃弾』に及ばないものの、発動の早さに関しては、この世界の常識を越えるほど。
風魔法による斬り裂き、大地から飛び出してくる槍状の土魔法、そこら中にある葉や蔦を操って捕縛を狙う……等々。
「ここで死ねッ!! アルバート・ファルコナー!」
「(ちッ! 魔法の撃ち合いになると不利だな……!)」
六号の魔法は周囲の地形ごと変える勢いでアルを狙う。削る。流石にアルもその全てを躱しきることはできず、出血を強いられ、細かいダメージが蓄積されていく。
そして、六号の魔法の嵐を潜り抜けながらも、アルは離れた場所に他のレアーナの気配を感知する。既に隠蔽もしていない。剥き出しのマナ。何らかの術の段取りをしていると看破する。……同時に、六号の攻撃の手が更に激しくなっていく。
「貴様はここで終わりだッ!! 黄泉路に付き合ってもらうぞッ!!」
「(おうおう。流石に分身だと思い切りが良いねぇ……つまりは諸共ってことか)」
他のレアーナが配置に付いた。もはや六号には狙いなどない。ただただ全周囲に向けての破壊を撒き散らすのみ。ひたすら時間を稼ぐのみ。
「くはははッ!! もう逃げに徹しても間に合わないッ! お前はここブガッ! ……ゴッ!?」
「(甘いね。安心したのか、隙がデカくなったよ)」
間隙を狙うこともできなかった六号の魔法が雑に乱れた。当然にアルがその隙を見逃すはずもない。合間を縫っての『銃弾』の連続着弾。防御に気が巡っていない状態だったのもあり、割とアッサリと六号の肉体が壊れる。本来、マナを循環して強化していれば、『銃弾』を防ぐことくらいはレアーナにはできた。ただ、それを戦闘中に十全にできるかはまた別問題だということが……実戦で証明された形だ。
頭部の半分を失い、胸に大穴が開いた六号。着弾の衝撃で後ろ側にたたらを踏むようにふらつく。そして、一瞬前と比べて半分以下となった、その薄暗い視界で彼女は見た。
「……ッ!!」
ばつんという音と共に完全に吹き飛ぶ頭部。六号が最期に見た光景……追撃の『銃弾』。
……
…………
九号から十二号。四体のレアーナ。
六号や七号がアルと戦っている付近を中心として、正方形の四隅に四体のレアーナが配置している。
このまま結界を張り、中心に向けて結界を圧縮することで、無理矢理に結界内のモノを圧し潰すという荒業。単純な方法が故に、中々防ぎようがない。しかも、四体の術者はそれぞれが超越者の領域にいる魔道士だ。
範囲は広いといっても、流石に戦闘の状況が気配で分かる程度の距離。つまりは、四体のレアーナは六号と七号が果てるのを明確に感知していた。本来はアルの動きを二体が止め、そのまま諸共に圧し潰す段取りだったのだが、二体はアルに取り付くことができなかったということ。
「(……発動急げ。発動と同時に結界を中心に向けて閉じる)」
「(了解)」
「(六号と七号は時間稼ぎで精一杯だったようね)」
「(とにかく、これで終わりだ)」
術によってリンクしている四体が、六号と七号の最期を感知して結界の発動を急ぐ。
結界はすんなりと発動する。マナで構成されてはいるが、特性として物理的な存在感を持ち、〝壁〟として機能するタイプの結界。
「(……今だ! 閉じろッ!!)」
「「「(はぁッ!!)」」」
轟音と共に大峡谷の自然地形……大地を削り、木々を千切り、中に展開していたザガーロ一味の生き残り、その死霊、反ルーサム家氏族同盟の斥候……そして、数は少ないがルーサム家の戦士を吞み込みながら、結界はアルに向けて閉じていく。
その日、大峡谷の最前線にほど近い地域の一角に……不格好な正方形型の更地ができたという。
更地の真ん中付近には……潰された木々や動物、魔物、戦士などの判別がつかない血肉が……諸々の〝残骸〟が、小山のように残されていた。
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