第4話 やられたらやり返す
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ヴェーラは気付けなかった。
人外の領域に踏み込んだアルよりも、遠距離の感知能力の精度は彼女の方が優れていた……にもかかわらず、気付いた時には背後を取られていた。
しかも、目の前で
何故に? という疑問が浮かぶより先。突然の〝敵〟に対して、
「(な……ッ!?)」
「(良い魔法だけど、私の方が早い)」
レアーナは迫る『縛鎖』をすり抜け、振り返ろうとするヴェーラの懐に踏み込み、そっと手で首元に触れる。それだけで勝負あり。
「(がッ!?)」
足元から脳天にまで突き抜ける異質な衝撃。体の自由を奪われる。一気に暗く、狭くなる視界。音が遠くなる。崩れ落ちるのを止められない。ヴェーラは呻き声すら外に出せない。
結果は伴わなかったが、辛うじて反応できたのもヴェーラだけだった。周りに配されていたクスティ指揮下の隊の者は、完全にすり抜けられた。彼等からすれば、囲いを越えて、いきなり中心に添えていた護衛対象が倒れるという状況だ。
「(ぶヒィッ!?)」
そして、ヴェーラとほぼ同時に、ジレドも同じ手で意識を断たれる。
ようやく、他の者が反応を示そうとした時、その刹那で、ヴェーラとジレドを抱えたまま細身のエルフもどきはその姿を消す。
煙のように徐々に薄くなるような消え方ではなく、時間を切り取ったが如く、いきなりパッと消えた。気配も痕跡もだ。ただの隠形で誤魔化したわけでもない。
「なにィッ!?」
「バ、バカな……ッ!?」
ようやく場に、緊迫した部隊の者の声が響く。それは、レアーナのセリフが丁度終わったタイミングだ。
当然にアルとクスティも、自分たちの後ろで何が起きたかを即座に理解した。
特にアルは、そこにあって当たり前の気配が消失したことをハッキリと認識した。……一応、ジレドの気配が消えたことも把握はしている。
「……なるほど。これがレアーナ殿の〝交渉〟……というわけですか。流石に一人で現れるだけのことはある。強い上に器用ですね。気配を完全に消していた……アレは分身ですか? だとしたら、実は貴女も〝本体〟ではないとか? それに空間転移……? この世界にあんな魔法が存在するとは驚きです」
アルのマナに一切の揺らぎはない。波立つこともない。
「ふふ。私の魔法については黙秘させて頂きます。ですが……使者として、これで改めてアルバート殿に言えます。『計画の邪魔をしないで欲しい』……と。もちろん、聞いて下さいますよね?」
クレアに似た姿ではあるが、そこに彼女のような嫌らしい笑みはない。軽く小首をかしげ、ただただ事務的な微笑みが浮かぶ。
アルは思う。まだクレアのような剥き出しの醜悪さ……邪悪さの方が……好みだと。目の前の〝使者〟の微笑みは、ただ素通りしていくだけだ。
結局、レアーナの昂っていたマナは完全に囮。注意を引くための疑似餌。まんまと引っかかった、アルやクスティたちが間抜けだっただけ。それだけのこと。
「アル殿は私の……ルーサム家私兵団の客人だ。当然にアル殿の連れもな。クレア一派はルーサム家とことを構えるつもりか……?」
もちろん『まんまと出し抜かれちゃった☆』……で、済ませられるはずもない。
クスティのマナが猛る。普段は諜報部隊として潜んで動くが、今はその荒ぶるマナを隠す気はない。預かっていた客人の連れに危害を加えられた。それも〝交渉〟の最中に。許せるはずもない。クスティからすれば、レアーナの〝交渉〟は万死に値する愚行だ。
「まさかまさか。我々とルーサム家とは協定があります故に……ことを構えるなど、とんでもございません。当然にヴェーラ殿とジレド殿の身の安全は保障しますよ? ただ、アルバート殿の返答如何によっては……ね?」
「……
「ふふふ。冷静沈着に見えても、クスティ殿もやはり辺境の戦士のようですね」
「……ほざけッ!!」
殺気が弾ける……その刹那、制止するようにクスティの前に人影が重なる。彼が攻勢に出る瞬間を完全に見切った上で、気勢を削ぐ。アルが止める。
「アル殿……ッ!? この
「いえ、違いますよクスティ殿。ただ、話が終わっていないだけです」
クスティに引き摺られ、周囲の隊の者もマナが滾っている。それは受ける側のレアーナも。既にこの場にいる誰もが、衝突を望んでいる状況。何故止めるのか……と、誰もがアルの行動を理解できない。
大峡谷の戦士にとって、戦の後始末としての身柄の解放、それに伴う身代金のやり取りなどはあっても、人質を……その者の命を交渉に使うなど愚策だ。そのような場合、敵の手に落ちた時点で、その者の命はないものとして扱う。
場所は違えど、言葉も情も通じない
「アルバート殿からの話ですか? 私はお聞きしますよ? ふふ……」
人外の傲慢さを表に出すレアーナ。いや、それは人外の傲慢さではなく、有利な立場にいる者の普通の傲慢さか。良くも悪くも彼女は用心深い。油断はしないままだ。
「まぁ……ただ、言っておきたいことがあるだけなんですけどね」
アルのマナに変化はない。荒れ狂う他の者のマナとの対比もあるが、その一角だけが、まるで厳かな聖堂のような静謐さを保っている。
「僕は……別にクレア殿の計画に興味はなかった。託宣の通りになれば……魔族との戦争が起こった際には、民への被害を少しでも軽減できればと思っていただけです。ですが、もう託宣とは違う流れができた。大規模な戦争は回避され、魔族の代わりに出てきた独立派も、王家……王国との和合の道を選ぶでしょう。託宣の残党という、新たな内憂の徒が生まれてしまったのはちょっとアレですけど……。あと、魔族領は瘴気に呑まれはしたけど、そこで生活していた魔族の大多数が東方辺境地に避難できたとも聞きました。こうなれば、後は冥府のザカライアの顕現を企む連中との決着だ。それにしたって、女神の神子なりが何とかするだろうと思っていましたよ」
独白のように、呟くようにアルは語る。その声に熱はない。ただ淡々と語られるのみ。
アルの意図が読めず、今度はレアーナが若干訝しんでいる。表面上は微笑みを絶やしていないが。
「クレア殿には計画があるようですが……それは、女神の神子とザカライア顕現を目論む連中との最終決戦に割り込むという類のものなのでは? 双方の陣営は、どちらもクレア殿の計画には必要なはず。……どうですか?」
「……具体的には伏せますが、アルバート殿の考えは当たらずとも遠からずというところです」
アルの話がどこへ流れていくのかが分からない。ただ、話が終わった瞬間に動けるようにクスティたちは待機している。それは当然にレアーナもだ。
「……ま、ハッキリ言ってしまえば、クレア殿の計画とやらが、王国の民に害がないなら、勝手にやってくれというだけなんですよ。僕がここにいるのは、さっきも言ったように好奇心です。あとは……王都ではクレア殿に首輪を付けられて、割と上から押さえ込まれていましたからね。ちょっとした意趣返しでもできれば良いかな? ……と、その程度だったんですよ」
「………そうですか。私は王都においての活動は関与していなかったので……アルバート殿は『使徒として自ら進んで協力者となった』とだけしか聞いていませんでした。色々と姉が失礼をしていたようですね。代わりと言っては何ですが、私からも謝罪いたしますよ。ふふふ」
「あぁ……いえいえ、レアーナ殿からの謝罪は結構ですよ」
そろそろ本題に入るか? ……と、徐々に周囲の緊張感が改めて高まっていく。その中にあって、アルだけがぽっかりと穴が空いたような静けさを纏っている。
「アルバート殿。このように語り合うのも良いのですが、先ほどのお答えを聞かせてもらえませんか?」
「ん? ああ。『計画の邪魔をしないで欲しい』……でしたか。ええ、構いませんよ。つらつらと語ってきたように、元々クレア殿の計画を何が何でも邪魔してやる! ……なんて気概でここにいるわけじゃないですし」
あっさりとした答え。だが、レアーナにはアルの真意を測ることができない。静かなマナに虚ろな瞳。淡々とした語りに無感動な
「あ、それから、クレア殿をちょっと驚かせてやろうと思い、割と前からの仕込みで……『狙撃弾』という長々距離の攻撃魔法をかなり見せてきたんですよ。『長距離魔法を印象付けて、近距離での不意打ちを狙っている』……と、思わせておき、それに乗ってきたクレア殿に対して……女神の遣いから授かった『生と光のマナ』を込めた魔法を、遠距離からぶっ放してやろうかな? ……なんてことを考えてたんですよ」
それは単なる思い付き。アリエルたちと王都を発った後、ふと思い付いた嫌がらせの一手だった。〝女神の一突き〟程度であの
無尽蔵に連射可能な機関銃と、たった一発でダメになる欠陥品の火縄銃くらいの差がある。
だが、レアーナたちからすれば決してそうではない。死と闇の眷属となった者にとって、反属性である生と光の属性は……〝女神の一突き〟は、アルが思うような嫌がらせ程度では済まない。それがたとえ火縄銃程度の威力であっても、レアーナたちが受けるとなれば、癒えない傷としてずっと後まで残ってしまうのだ。
「女神の気配はしないのですが……アルバート殿は生と光の属性を使えると?」
「ええ。今は当然に抑えてますし、一発限りですけどね。ま、セシリー殿なりダリル殿がいれば、僕が後生大事にこの一発を温存しておく意味はないでしょう。もちろん、だからといって無駄にすることもないでしょうけど……」
油断はしていなかったが、レアーナの警戒度が高まる。
実のところ、彼女自身はここで〝壊される〟ことも想定の内だったのだが……思い直す。
アルから得たこの情報は、必ず持ち帰る必要があると判断した。〝
「……ふふ。〝女神の一突き〟を持つアルバート殿と、〝交渉〟がまとまったことは僥倖です。できればルーサム家の表向きの領都……大峡谷の玄関口の砦まで下がって欲しいのですが? もちろん、ヴェーラ殿とジレド殿は賓客として遇しますし、我々の計画が成就した暁には解放いたしますよ」
ここにいるレアーナは、アルの当てずっぽうの想定通りで、
アルの目の前のいる一体。
ヴェーラとジレドを襲撃した一体。
襲撃担当の分身体とヴェーラたちを、空間転移の魔法で引き寄せた一体。
そして、それらを統括する
この作戦には〝四体のレアーナ〟が関与していた。
『
使い方次第で凶悪な性能を持つ魔法。
もちろん、元・エルフ族で現・死と闇の眷属という……ヒト族よりも圧倒的に長い時間をかけて丁寧に蓄積してきたマナと、外法の術によってはじめて可能となった魔法であり、そうポンポンと新たな分身体を生み出せるわけでもない。
そして、発動した分身体たちは、あくまで独立した……自律的な存在であり、クレアと眷属のように
ただ、レアーナの〝手〟は『
他にも多種多様な魔法を操り、正攻法も絡め手も……どのような場面でも対応できる。まさにクレアにとっての懐刀。腹心だ。
「あぁ……言いたいことの本題が残っていました」
「本題……ですか?」
何も変わりはしない。これまでのアルと同じ。熱量はそのまま。マナの静寂も同じ。虚ろな瞳も、淡々とした声も。その全てが変わらないままのはずだった。
レアーナの狙いとしては、このままアルが引き下がれば御の字。戦うにしても、人質によって僅かでも冷静さを欠けば儲けものという程度。アルの狙いが自分に定まれば、計画が完了するまでの間、分身体を総動員して大峡谷内で追いかけっこに興じても良い。
要はアルの目を
『態々殺し合うこともない。時間稼ぎで十分』
……というのが彼女の本音だ。それは一見合理的な判断に思える。
だが、レアーナは知らなかった。
アルが告げる。
「いやぁ……やられたらやり返すっていうのが、〈ファルコナーの流儀〉なんですよ」
まるで『空が青いですね』……という話と同じ。
当たり前のことを当たり前に説明した。
刹那。
誰も反応できない。
周囲に展開していたクスティの部下たちも、クスティ自身も、レアーナも……。
ファルコナーの真骨頂は体術。
完全に一点特化型のお家芸だ。
レアーナの多種多様な……如何なる状況にも対処できる汎用性で、特化した一芸を防げるだろうか?
冷静に考えれば馬鹿な話だ。
何故、想定通りの動きをすると思ったのか?
ファルコナーの狂戦士。辺境の戦士の中でも、色々と吹っ切れてぶっ飛んでいる連中で、アルは紛れもないその一人だ。
何故、お互いの姿が視認できる程度の距離で、ファルコナーの狂戦士を凌げると思ったのか?
人質を取ったから?
警戒をしていたから?
己の力に自信があったから?
それらに意味はなかった。
レアーナの分身体だったモノ。
まともな形は遺らない。
爆散した。
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