第2話 神子の現状
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東方辺境地。その果て、魔族領との境界において、少し前から正体不明の一団とルーサム家が戦端が開かれた。もっとも、前線の兵には詳しく伝えられていないだけで、ルーサム家の上層部は敵を明確に把握はしていた。
総帥と呼ばれる者を筆頭とした外法の求道者集団。
この世界において、女神エリノーラが神話の時代に封じたとされる、最上級のアンデッドである不浄の王。その復活を目論む集団。
連中は、元々は魔族領に根を張っており、瘴気を生み出す事で魔族達の生存圏を削り、ヒト族の領域……マクブライン王国へと駆り立てていった。
そして、王国に対しては魔族側の開戦派を装い、王国内の反魔族への機運を高め、ヒト族と共に歩む魔族……融和派の決起を促していた。
それぞれの者達が、“物語”の舞台上で役を与えられ、その役通りに踊っていた結果ではあるのだが……ソレを逆手に取り、“物語”を壊そうとする者達もいた。
外法の求道者集団の総帥である、ザガーロ・マクブライン。
魔道の研究者から諸々を経て王家の影の長老衆となった、エルフもどきのクレア。
東方辺境地や魔族領が滅びることを認められない、ダンスタブル侯爵家を筆頭とした東方の貴族家連合。
そもそも、女神エリノーラや冥府のザカライアという、この世界の神々も“物語”を認めていないのだ。
それぞれの目的こそ異とするが、結局のところ、誰もが“物語”を拒絶しているのは共通している。
また、踊らされてた一部の駒も同じだ。
女神の神子であり、“物語”の主人公であるダリル・アーサーとセシリー・オルコット。
二人もただ流される事を是とはしなかった。その上で、自分たちを操っていた王国にも、教会にも、黒幕たるクレアに対しても拒絶を示す。
利害によって“物語”を容認していたものの、利害のバランスが崩れた事により現実的な道を選んだ者もいる。
王国を、貴族を、民を率いるマクブライン王家。フィリップ・マクブライン王。
皆が皆、“物語”を望んではいない。
未だに“物語”を……託宣を望むのは、女神エリノーラこそが唯一絶対の神だとして崇め奉る信仰者。教会。
それぞれの思惑が“物語”を中心として、更に新たな物語を紡ぐ。
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……
…………
………………
彼は長らく抵抗を続けていたが、遂にその時を迎えた。意識が沈む。それは深い深い底の底。そして、その更に底。
肉体の自由は失った。意識が表層へ現れることもない。もはや彼に残されている自由は、深奥の意識のみ。
そこで彼は……ダリル・アーサーは語らう。
「ぼんやりとでも、“外”の様子が知れるのはありがたいな。完全に何もできなくなるのも覚悟していたんたが……」
『……君が“古き者”に余計なことを言うから。何もしなければ、君の肉体は彼に壊されていた。その上で、
ダリルの意識に応じるのは、妖精の力を持つ者。女神が寄越した
「ふっ。なら、ダーグ殿に助力を頼んだのは間違いじゃなかったな」
『……君という個の意識を保つため、僕は本来よりも消耗している。最後の最期で、“役割”を果たせないかも知れないよ?』
「それはソッチの都合だろ? まぁあんたの使命とやらは俺の目的と似通ったモノだし、足らずは俺が何とかするさ。それで? あんたには名前はあるのか?」
『……厳密に個としての名はないよ。現世に顕現した際のヒト族の子の名……エラルドとでも呼んでくれ』
いつの頃からか、ダリルの中にあった“予感”の質が変わった。彼は何者かの……女神に属するナニかの意図を明確に感じていた。そして、クレアの術中に嵌り、徐々に自分自身を侵食されていく中、自身に宿るナニかを頼りに自我を保つことに注力していたのだ。
結果、エラルドはダリルに応えた。応じざるを得なかったというべきか。
「エラルドか。……外では色々と戦いも加速しているようだが、このままセシリーが来るのを座して待つのか? 俺としては、彼女を巻き込みたくなかったからこそ、クレア殿に与したんだが……」
『それこそ君の都合じゃないか。元々生命のエリノーラ様の神子は、二人で一つの役割を持つ存在なんだ。それに、どちらかと言えば君の方が補助であり、主力は神子セシリーだ。どちらにせよ、彼女の助けがなければ、瘴気を操る冥府のザカライア様の神子に対抗できない仕組みなんだよ』
女神達ですら押し付けられたという“物語”の役割。それによると、ダリルとセシリーは二人で一つという役柄。選択式の男女主人公。
敵役となる総帥……冥府の王の神子ザガーロは単体でその役割を果たすのだが、それも役柄で決まっているからという、どうしようもない縛り。
「……まだるっこしいな。そもそも女神たちは託宣を脱却しようとしているんだろう? もっと直接的にどうにかできなかったのか?」
『それができるなら、僕らがこんな形で遣わされていないよ。その御心の全てを知ることはできないけれど……エリノーラ様もザカライア様も、この世界を愛しているんだ。既に君たちからすれば“物語”からは大きく外れているだろうけど、エリノーラ様が望むのは、この世界に神々が関与できなくすることだ。つまり、これからが本番になる』
ダリルはクレアから、神々の世界への介入を散々に聞かされていたが、その介入自体が、“物語”を引っ繰り返すためのことだと知る。それこそがクレアの勘違いの元だと。
エラルドの話を聞けば、神々も上から押さえつけられて不自由な隙間でしか動けなかったらしいが、ダリルからすれば『だからと言って、何をやっても良いわけじゃない』……とも思ってしまう。
生と光を司る生命のエリノーラは、“物語”を知るというだけで、無関係の者をこの世界に召喚した。
結果として、召喚された者は前世の記憶が枷となり、過酷なこの世界に馴染めず命を落とすか、その記憶を失うことで世界に馴染んだ。一部の例外として、アルのような記憶持ちが残るのみ。
死と闇を司る冥府のザカライアは、死者に神々が知る“物語”の記憶を植え付けて現世へ呼び戻した。
結果として、現世に戻った者の多くは狂死した。生き延びた者も、神への怨嗟を身に宿して現世を彷徨う、まさに生きた亡者と成り果てた。
また、ダリルが知る由もないが、他に手がなかったとは言え、御使いの依り代として利用されたのが、“物語”の端役である双子の兄妹。
その結果、兄のエラルドは生き延びたが、愛する家族の父と妹を喪う。妹のラマルダは惨い拷問の末に殺された。
「ふん。そこまで敬虔ではなかったが、俺の女神への信仰心が底をついたのは確かだ。クレア殿にしたって、結局はその“物語”とやらに反抗する、ザカライアの二次的な被害者でもあるんだろうさ。だがまぁ……神々がこの世界から手を引くというのは賛成だよ。俺も、クレア殿も、神々も……その一点においては協力関係と言っても良い」
ダリルは諸々を飲み込む。最終的な目的以外については目を瞑る。思いを語らぬように口を閉ざす。
もちろん、目的が果たされた後……その時にまだ己の命があり、クレアがこの世界に存在しているなら……やられた分だけやり返す気概はある。その可能性が限りなく低いことも承知の上でだ。
『君には言いたいことも思うこともあるだろうけど……一先ず、僕らはここで意識を……白きマナを研ぎ澄ませて待つしかできない。機が来るまでに、操られてる肉体の方が壊されないように祈るだけだよ』
「こう言っては何だが……ダーグ殿のような隔絶した手練れ以外なら、今の俺はそう簡単に壊れないだろうさ。それに、クレア殿にとって俺の肉体は目的のための鍵の一つだ。粗雑に扱うとも思えないしな」
道理の分からない子供への、苦笑いのようなものがエラルドから洩れる。
『……はは。甘いよ神子ダリル。君はこの世界を知らない。相手がヒト族であっても、古き者たる
エラルドと名乗る女神の御使いは語る。この世界には神々をも縛る上位存在の介入がある。だが、逆に考えれば、今この時代にいる者たちは、その縛りのお陰で生き延び、こうして存在していられるという見方もできるのだと。
「ダーグ殿やクレア殿でもヒト族と比べて絶対者ではない……か。女神の力という借り物なしで、ヒト族がそこまでの領域に踏み込むことなど……少なくとも、俺には想像もできないな」
ダリルは知らない。真実はエラルドの言う通りであるが、俄には信じられないし、想像もつかない。
クレアの浸食を受けつつ、白きマナを練り上げていったダリルは、まさに超越者の領域に達してはいる。ただ、あくまでも借り物の力であり、彼自身は神々が演出する人形劇の役柄でしかないと考えている。あくまで例外的な存在なのだと。
しかし、ダリルは意識の深い深い奥底でじきに知ることになる。この世界における、借り物や混じり気なしのヒト族の超越者の存在を。
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……
…………
………………
ダリルが肉体の自由を失いながらも、その意識を留めて機を待っている頃、もう一人の神子は、東方辺境地を進んでいた。奥地へと。
「主たるセシリー。もう聞いても無駄だと思うが……一応聞く」
「……エイダ。何なのその含みは。聞いても無駄とは?」
セシリー一行。
神子セシリーには元・王家の影たるヨエル、従者のエイダが付き従う。東方への旅路の供をしていた護衛と使用人はオルコット領都へと帰した。
その他に彼女と征くのは、元々神子を監視していたルーサム家の手練れたち。決して本意ではない。セシリーに『いや、監視するなら一緒に行った方が良いだろ? なぁ? そう思わないか?』と言われたからなのだが……彼女の狂気の沙汰を間近に目撃した彼ら彼女らに、セシリーの言葉を拒否する勇気はなかった。
「クレアとやらの思惑が望むものでなかった場合だ。あと、ご執心のダリルという神子の片割れが、主たるセシリーを拒絶した場合もだが……どうする気だ?」
「ん? そんなの決まっている。『うん』と言うまで話し合うまでだ。クレア殿は分からないが、ダリルとは話をすれば分かり合えると信じている」
「……そ、そうか(やはり聞くだけ無駄だったな。主たるセシリーの話し合いには、どうにも物騒な匂いがして仕方ない……『この分からず屋!』とか言いつつ、想い人であるダリルとやらをぶっ飛ばしそうだ……相手も同じ神子らしいから、即死はしないと信じよう……)」
ちなみに、セシリーが言葉を発する度に、道案内として前を行くクレアの手の者……エルフもどきのネストリが、いちいちビクついていることには、エイダをはじめ皆が気付いている。勿論、ネストリの一味として行動するヴィンスたちもだ。
完全にトラウマとなっている。
実のところ、エイダやヨエルは一縷の望みをかけていた。
一過性だと。
正当な綺麗事……正論を吐きながらも、いざとなれば行動出来ない。貴族として、戦う者としての覚悟も気概も定まらなかった甘ちゃん。それが神子セシリーへの忌憚のない評価だった。
彼女曰く『自分の馬鹿さ加減を自覚した』らしく、オルコット領からルーサム領への道中は多少マシになっていたのだが……。
その自覚がキッカケだったのか、彼女は、身に宿る借り物の力である白きマナを……積極的に振るうと決断した模様。吹っ切れた。
結果、クレアの手の者だったネストリは、想像を絶する苦難を味わい心が折れた。ルーサム家の領都たる砦を中心に『良い子にしないとオルコットの鬼が来るよ!』という、子供を躾ける際の逸話が誕生することにもなったのだが……これは吹っ切れ過ぎだ。
その時も、ヨエルなどは『慣れない力を振るった事による一種のマナ酔いであり、これは興奮状態なのだ』……と、揺り戻しを期待していたが、数日経っても彼女は元には戻らない。下手をすれば悪化している。
「(いや……確かに今のセシリー殿は戦いにおいては頼もしいのだが……いかんせん……その、考えが……若干足りない気が……王都にいた頃は……もっと、こう……思慮深いと感じたものだが……)」
内心の独白においても、ヨエルは最大限彼女に配慮した物言いになったりもする。
《王家の影》として、王都の学院でダリルとセシリーに接していた頃、ヨエルは二人が眩しかったのだ。その関係性や個々の性質を好ましく思っていた。裏仕事を任されることも多く、歪んでしまった自身に比べ、何と清廉なマナと真っ直ぐな瞳を持つのかと……善き羨望を抱いていた。
もし主が選べるのであれば、このような二人に仕えたいと願うほどにだ。
ただ、様々な要因があったのだろうが、今になってヨエルは思う。
「(どうしてこうなった……?)」
そんな彼の内心の嘆息は誰にも届きはしない。薄っすらとエイダが察してはいるが、あまりにも無力で虚しい連帯に過ぎない。
「……主たるセシリー。ダリルやクレアという者たちと、善き話し合いができれば良いな」
「ああ! クレア殿だって、きちんと話をすれば分かり合えるはずだ!」
まさに曇りなき
極端な暴力装置のポンコツというジョブに『
女神の神子たるセシリー・オルコット子爵令嬢。
彼女の征く道が、ある意味では“物語”に一番近く、ある意味では一番遠いのかも知れない。
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