10 主人公とは
第1話 役を持たない者の物語
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マクブライン王国の中心。王都。
外民の町と呼ばれる外周区画の片隅。
そこには、『ギルド』と呼ばれる、孤児の保護やその職の斡旋などを行う窓口組織があった。
とある
窓口には齢二十頃の麗しき乙女がおり、彼女に会う口実に通ってくる者も多い。それも下心アリアリな年頃の男だけではなく、老若男女問わずだ。
見た目は小柄で清楚な雰囲気を纏うが、話をすれば女だてらに気風も良く、世話好きな一面もある。また、相手の身分や年齢、美醜や貧富についても分け隔てなく接し、快活に笑うその姿は、釣られて皆も笑顔になるという。
彼女の右足は膝から下が義足であり、
「シャノン。また貴女宛の恋文が来ている」
「はは。人気者だね。ファルコナーじゃこんなにモテなかったんだけど……王都民はやっぱり見る目があるよね!」
ギルドへの弊害。
見た目もその行動も目立つシャノンには、今では遠回しな依頼から、直接的な恋文まで、彼女と何とかお近づきになりたいと願う諸々が届く。
「(いや、それはシャノンの実体を知らないだけだろうに……)」
無邪気に喜ぶシャノンだったが、ガキ大将な彼女に、幼い頃からボコられていたコリンは内心で遠い目になる。
アルは自らをファルコナーの流儀で縛っていた方だが、シャノンは割と奔放だ。貴族相手でも流儀云々ではなく、普通に気に入らなければ手を出す。マジで止めろ。
「ん? コリン、何やらとても失礼な事を考えてない?」
「はは。何を言うのやら……」
その上で勘も鋭い。慣れているコリンは平然と応えるが、若干背中に汗を掻く。
二人のどこか噛み合わないやり取りを、サイラスが『いつものことか』と珍しくもない目で眺めていた。
「……シャノンさん。恋文やら招待などに喜ぶのは良いのですが、そろそろ何とかしないと面倒なのでは? 表立って貴族などに目を付けられると、動き辛くなりませんか?」
「え? うーん……まぁ確かに、最近は民衆区を歩いていても声を掛けられたりするし、ちょっと鬱陶しいっていうのはあるかな」
「いや、そうじゃなくて……裏仕事で動く時のことなんですけど……」
残念ながら、サイラスとシャノンも噛み合わない。
「ん? あぁ……サイラスはそんなことを心配してたの? まったく、細々と気の付く良い子だねー」
むしろシャノンが大雑把なだけだ……などと、思いはしても決して口には出さないサイラス。今も、まるで幼子を扱うようにワシャワシャと彼女に頭を撫でくり回されて褒められているが……何も言うまい。されるがまま。
「……サイラス。流石にシャノンもその辺りは考えているさ。それに、本気で潜んで気配を絶てば、シャノンなら大抵の相手はすり抜けられる」
「お! コリンは分かってるね! よーし! 撫でてあげよう!」
「……いりませんよ……ぐッ!」
「ふッ! まぁそう言わずに……ッ!」
小柄なシャノンが背伸びしつつ、コリンの頭へと手を伸ばした瞬間、お互い正面からがっぷり手を組み、何故か力比べへと移行する二人。意味不明ながら、サイラスは『これもいつものことか』とスルーしている。
ジリジリとコリンが押されて、サバ折り状態へと移行していくのもいつものことだ。
そんな折、『ギルド』のドアが控えめにノックされ、中の気配を察しているのか、具体的に声が掛けられる。
「すみません、こちらにアルバート殿はいらっしゃいますか?」
決して声量は大きくないが、はっきりとよく通る声。
サイラスが反応しようとするのを、即座にシャノンが止める。口を塞ぐ。コリンが静かに前に出る。
ドアがノックされたその瞬間、シャノンとコリンは
「(シ、シャノンさん……?)」
「…………」
快活で人好きする笑顔の彼女はもう居ない。感情が抜け落ちながら、どこか獰猛な肉食獣のような様相の狂戦士が一人。
「はい。どちら様でしょうか?」
コリンは、シャノンがサイラスを守るのを確認してから来訪者へ応じる。
ドアを開ける際、コリンは敢えて真正面に立ち、相手の視界を遮る。シャノンたちの姿を隠す。いざという時の時間稼ぎ……捨て石。
だが、その覚悟と配慮は杞憂に終わる。
「……驚かせてしまいましたね。申し訳ございません。てっきりアル殿がいると思い、以前と同じようにしてしまいました」
ドアの前には、如何にも都貴族に仕えるという者が一人。謝罪と共に儀礼的に洗練された礼を取る。
セリアン・ゴールトン伯爵令息に仕える青年。
彼自身も都貴族家に出自を持つが、その能力は腑抜けるどころか、アルですら見破れないほどの“戦えない”擬態を可能としており、アルは素直に『戦いたくない』と評していた。
「私の名はコンラッド。伯爵家に連なる、セリアン・ゴールトン様に仕える者です」
改めて名乗る。洗練されてはいるが、その動きは戦えない者のそれ。しかし、彼がシャノンやコリンに気取られずに、ドアの前まで辿り着いたのは事実。
「……これはご丁寧に。私の名はコリンと言います。今はアルバート様の留守居を任されています」
コリンはコンラッドに応じつつも、その警戒は維持したまま。シャノンは既にサイラスを後ろに下がらせ、ゆらゆらと揺れながら立っている。完全に攻勢に出る気だ。
「つまり、アル殿はご不在ということですか……?」
「はい。主は今は王都を離れております。主への御用であれば代わりにお聞きはしますが……戻るのがいつになるかは存じ上げておりませんので……」
「そうですか……てっきりアル殿が動いているのかと思っていたのですが……今はあなた方が……不埒者を粛清しているということですね?」
瞬間、コリンはドアを閉めながら体を横へずらす。同時にシャノンが踏み込んで、閉まるドアへ掌打を放ち、ドアごとコンラッドを吹き飛ばす……つもりだった。
吹き飛んで外れたドアの前にコンラッドの姿はもうない。彼はシャノンの一撃を躱して見せた。既に距離を取っている。
「……都貴族にも歯応えのある奴がいるみたいね。コリン、ここは私がやる」
「害意はないようですし、試しでしょう? あまり本気になるのもどうかと思いますけどね」
一連の動きを確認し、コリンはあっさりとコンラッドの狙いを看破する。アルの不在など百も承知だっただろうこともだ。
「(……一切の躊躇なしですか。しかも、今のやり取りだけで狙いを見破られるとは…… それに、彼女は今の一撃ですら手加減していた……?)」
コンラッドは平静さを保ってはいるが、想像を若干超えた動きに面食らい、嫌な汗を掻く羽目になった。そして、幽鬼のように揺らめく隻脚の女を前にして……勝てないと悟る。
マナは静謐さを保ちながらも、得体の知れない圧を感じる。魔道士としてというより、生物としての“強度”の違いをコンラッドはひしひしと感じていた。
義足がこつり、こつりと音を立てる。近付いてくるシャノンが口を開く。
「コリンやサイラスとの手合わせだけで飽いていたところなんだ。たまには型の違う相手と真剣にやってみたかったから丁度良い。あ、隠形による奇襲が得意というなら、一度仕切り直しても良いよ?」
嗤う。獰猛な笑み。外民の町の人気者である、『ギルド』の受付嬢たるシャノンではない。そこにいるのは、度し難い悪癖を持つファルコナーの街娘。
「……いえ……申し訳ございません。流石にこれ以上は無理です。次の一手は凌げても、二手三手先には私の命は零れ落ちているでしょう」
コンラッドはそう言いながら、両の掌を開いて見せたまま、両膝で跪いて
「……はは! 言うじゃない! 私の“一手”を凌げる自信はあるんだ!」
「はぁ……シャノン。その熱は後でサイラスとの組手で冷まして下さい」
あっさりと人身御供にされたサイラスがギョッとなったのは言うまでもない。勘弁してくれと。
「コンラッド殿でしたね。どうかお立ち下さい。この獰猛な獣は下げさせますので。アル様……というより、私たちへの用件があるので?」
「……はい。試すような真似をお許しください。伏して謝罪致します」
アルが不在の『ギルド』。そこへ現れたコンラッド。
王都は王都で、“物語”から外れた物語が紡がれていく。役柄を持たぬ者たちが、新たな舞台劇に興じる。
……
…………
………………
コンラッドの用件はシンプルだった。
『教会関係者と関わりが深いゴールトン家は、託宣の成就を未だに企む不穏分子を秘密裏に洗い出せ』
そして、それを伝えてきた密使が、外民の町の『ギルド』と名乗る連中に協力を申し出ろとも伝えてきたという。
「王家の密使から名指しを受けるほどに知られているとは思いませんでしたが……」
「それについてはゴールトン家も調べさせてもらいました。コリン殿たちはクラーラ・ナイトレイ卿の関係者なのでしょう?」
「……なるほど。クラーラ様の“存在しないご実家”を含めて……ですか」
ナイトレイ家。
コリンが受けたクラーラからの指示の中にあった名だ。
『コリン。クラーラ・ナイトレイの名を出す者が現れたら手を出すな。敵対勢力がその名を知る者であれば、即座に引け。そして王家に助力を求めろ。その際にもクラーラ・ナイトレイの名を出し『ファルコナーに出し抜かれた間抜けな殿下』という符丁を伝えれば王家も動く』
符丁が明らかにおかしいのは一旦措いておくとして、かつてクラーラが王都に居た頃……王家の影に属していた際の仮の家名がナイトレイだという。
そして、未だにクラーラはナイトレイの家名を使用して、各地の情報収集に励んでおり、一部では『クラーラ・ナイトレイ卿』は組織名のような形で囁かれていたりもする。
「現ファルコナー男爵夫人が、クラーラ・ナイトレイ卿の首魁であり、まさか堂々と本名を使用しているとは思いませんでしたが……とにかく、王家が言わんとしているのは、コリン殿たちというよりは、ナイトレイ卿に協力を仰げということだと理解しております」
「……詳しい話は知らされていませんが、確かにクラーラ様は各地に情報網があるようです。しかし、王家からの密勅への協力となれば、流石に確認しなければ……ここで即答はできかねます」
コンラッドやコリンが知る由も無いのだが、一連の流れは、実は王家からの……フィリップ王からクラーラへのちょっとした意趣返しのようなものだったりする。
権力者がするにはあまりにもみみっちい、子供じみた仕返し。
フィリップには『ざまぁみろ』と昏い笑みがあったそうだが、その側近達は『あぁ……陛下もかなりお疲れなのだろう』と割と憐憫の眼差しを向けていたという。気付いていないのは眼差しを受ける側の当人のみ。
「もちろんです。ただ、我が主たるゴールトン家は治癒術、回復魔法を主としている家柄でして、直接的に戦える手勢というのが少ないのです。密勅としては『不穏分子の洗い出し』ですが、内容が内容だけに平和的に進むはずもありません。それなり以上の戦える者を欲しています」
「……分かりました。その旨もクラーラ様には伝えさせて頂きます」
確認するとは言うが、クラーラはこの話を断らないとコリンは読んでいる。彼からしても、クラーラは王家に対して若干不敬な思いがあるようだが、決して王家からの要請に意味なく逆らうような真似はしない。この国の貴族として、王家への忠誠は彼女にも確かにあるのだ。
そして、内容が内容だ。不穏分子。託宣の残党。そんな連中をクラーラは野放しにすることを是とはしない。体制への反逆は、民を巻き込んだ害悪になりかねないもの。
「はは! クラーラ様がこんな面白そうなことを拒否したりはしないよ! ねぇコンラッド殿、話が一段落したら一度手合わせを願えるかしら?」
「この話が……ではなく、今回の任務が一段落した後でなら、手合わせをお受けいたしましょう」
コンラッドはこのごく短いやり取りで理解している。シャノンの言う“手合わせ”の後には、自分はしばらくまともに動けなくなるだろうと。
彼女の手合わせの対象とされた
何はともあれ、王家は様子見を含めてだが、女神の託宣を絶対視した原理主義者……託宣の残党たちへの対処を開始する。
アルが漠然と不安視していたように、権力や利害での腐敗などよりも……王家やその周辺は、殉教者たちの台頭を恐れている。“物語”の先を見据えている。
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