第9話 戦場でいちゃつくのはヤメロ

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「よし。ヴェーラ、狙いをお願い」


 オーガの勇者ギラルから距離を取り、即座にクレアの眷属……“眼”を仕留めるために、アルはヴェーラに観測手を願い出る。


「……あぁ。はい……向こうの方に居るのでは?」


 ただ、肝心要の彼女の方は、軽く指を差してぷいと顔を逸らす。塩対応。


「え? あ、あれ? ヴ、ヴェーラさん……?」


 子供じみた『私、怒ってますけど?』という態度。

 彼女自身も良く判らないままに感情が零れている。何故か無性にアルの態度が気に入らない。勝手なときばかりにと。


 当然にアルは戸惑うが、何よりもヴェーラ自身が自分の行動が信じられない。まさかアル相手にこんな態度を取るとは……と、困惑してしまう。流石にすぐに調子を戻そうとするだけの分別は兼ね備えていたが。


「……ふぅ……申し訳ありません。従者としてあるまじきことを……クレア様の“眼”を狙い撃ちましょう」

「う、うん。よろしく頼むよ……?」


 静かに、困惑、怒り、焦燥……などを湛える従者ヴェーラにビクつくアル。あからさまな自身の落ち度を認識した彼女が、そっとアルの手を取る。


「……ダメですね。最近はアル様のことを考えると……どうにも感情が抑えられません。勝手にイライラしてしまうし、もっとアル様の考えを聞かせて欲しいと……そう願ってしまいます」

「あ、そ、そうなんだ?」

「私はアル様と共に並び立ちたいのです。ですが、それが出来ない自分の無能が悩ましい……自分でも良く解りませんが、そんな八つ当たりをアル様にしてしまう……あと、適当なことを言うアル様に呆れたり、怒ったりしながらも、どこか……その、微笑ましく思う気持ちもあります。自分のことが分からないのです……」


 ヴェーラのモヤモヤ。

 幼き頃に成長が止まってしまっていた情緒が、徐々に年相応となりつつある様子。幼児から子供、子供から大人への途中経過。俯瞰してみればそれだけのことではあるが、当事者にとってみれば持て余してしまう感情モノ


「ま、まぁ、並び立つとかは別に良いんだけど……い、いや、ヴェーラがそう望むことをとやかくは言わないけどさ。今のままでも十分に役に立ってくれてるし……あ、違うな。……僕は君だから……ヴェーラだからこそ信頼しているんだ。能力云々は……今となってはもう関係ないかな?」

「……ア、アル様……私などを……も、勿体なきお言葉です……あ、狙いが定まりました」

「はいよ」


 ヴェーラがアルの手を取ったままに方向を示す。敵の。

 狙撃手は観測手の言うがままに撃つ。そこに疑いはない。

 物陰に隠れてアル達を見張っていた死と闇の眷属。その頭部がザクロのように赤く弾ける。確実な仕事。


「と、とにかくさ。僕もマナの制御が変わってから何処かおかしい。ちょっとしたことでも、ヴェーラの反応が気になっちゃう。どうでも良いことで君を揶揄からかいたくなっちゃうしさ」

「アル様も……? ……ふふ。お互いに、何だかおかしなことになっていますね?」

「はは。まったくだね」


 戦場の一角で和やかな主従のやり取り。エイダがこの場を目撃していれば、『勝手にやってろ!』とブチギレたかも知れない。


 そして、必死に追い縋るオーガの勇者ギラルからしても、その光景は怒りで眼の前が霞むほどだった。


「ガァァァッッッ!!」


 飛び込んでくる巨体。その巨体に似合わない軽やかな跳躍から、振り下ろされる大斧の一撃。


 アルとヴェーラが足場としてた家屋の屋根が轟音と共に砕ける。


 狙撃手が観測手を横抱きに抱えながら退避……と同時に狙撃。その身を狙撃手に委ねながらも、既に観測手の仕事は終わっていた。そして次もだ。


「アル様。最後は……あそこに!」

「了解。狙い撃つ……!」


 アルはヴェーラと感応することで、彼女が示す敵の居場所とそこへ至る弾道を知る。あとはなぞるように『狙撃弾』を放つだけ。


 短期間ではあるが、ヴェーラはマナの感知とそれをアルと感応して共有する術を磨いていた。結果として、今では手を繋ぐ程度で、激しく動きながらでもある程度の狙いを定めることも可能となっている。


 流石に止まった状態よりは精度は落ちるが……最初の頃のように、後ろから抱きしめながらという体勢でなくても観測手としての役割は果たせるのだが、つい先ほどの狙撃については、アルが駄々を捏ねておねだりした結果だったりする。……エロガキめ。気持ちは分かる。


「アル様。これで“眼”は排除できましたが……?」

「……あとは……いまのマナ制御の習熟を兼ねて、ちょっと僕一人でやってみるさ」


 俗に言う“お姫様抱っこ”の終わり。あっという間のこと。若干名残惜しい気もするヴェーラだったが、そんな余韻を許してくれるほど、オーガ戦士は甘くはなかった。


「死ネッッ!!」


 空を切り裂く不吉な音と共に大斧が迫る。……が、危なげなく二人はパッと離れて投擲された大斧を躱すのだが……その一撃が二人の間を引き裂いたという、やけに被害的な意識がヴェーラに芽生える。


「(このオーガ戦士……嫌いだ……ッ!)」


 もっとも、ギラルからすれば、彼にも言いたいことの一つや二つはある。『戦場でいちゃつきやがっテ!』 ……と。


「ヴェーラ。こっちは僕一人で良い。もう後始末の域だけど、クスティ殿と合流してくれないか?」

「…………承知いたしました」


 不承不承というヴェーラ。彼女とて自身の役どころは理解している。『このオーガをボコボコにしてやりたい!』 ……という昏い願望はきちんと抑えた。とあるポンコツな神子と違って、彼女は我慢のできる子。偉い。


「アル様。ご武運を」


 主の勝利を確信しつつ、従者は場を離れる。ギラルはそんなヴェーラを軽く見やるが、追いかけようなどとは思いもしない。

 強者が目の前に……屋根から静かに飛び降りてきたのだ。

 まだ距離はあるものの、ギラルはとうとう足を止めてやる気になった敵を見据える。もはや場を去る者に用はない。構ってはいられない。


 アルとギラル。

 その身長は倍以上も違う。オーガという種においても、ひと際恵まれた体格、その質量によるギラルの圧はヒト族の勇士とはまるで別物。


 オーガ戦士の在り様は、ファルコナーや大森林の昆虫とは真逆。濃密に凝集されたマナが渦を巻き、周囲に圧となって放たれている。これでもかと、自らの強さマナを誇示している。


「……戦士よ。ようやク、まともに打ち合う覚悟が決まったようだナ」


 戦場でいちゃつくアル達にイライラしつつも、ギラルは決してアルのことを侮りはしない。

 敵のマナは静寂に包まれている。対峙していても、その存在は幽鬼のように不確かであり、捉えどころがない。オーガ戦士の在り様とはまるで違うが、ギラルはアルが間違いなく強者であると看破している。これまでの戦いなど、お遊びのようなものだったということも彼は明確に理解している。


「オーガの戦士よ。僕の名はアルバート・ファルコナーだ。名を聞こうか?」

「ッ!? ……キサマ……! オーガ戦士のしきたりを知っているのカ?」

「ああ。知っているとも」

「……ククク……上等ダ……ッ!!」


 オーガ戦士のしきたり。

 強者から名乗る。名を問われるのは弱者。

 名を問われるのが気に喰わないのであれば力を示せ……という単純明快なモノ。決闘の合図となる問いかけ。


 ギラルの黒いマナが暴れる。荒れる。その身を駆け巡る。敵を斃すという意思が宿り、一体となって彼を包む。


 片手で振り回してた大斧を、ギラルは敢えて両手で肩に担ぐように構える。重心は前に。完全に一撃必殺を狙う姿勢。


 一方のアルはだらりと脱力した自然体。ただし、その立ち姿に一切の隙はなく、マナの揺らぎもない。


 そしてその顔に現れるのは狂相。これまでの彼には無かったモノ。戦いに際して、感情を制御してマナの揺らぎを抑えていた、どこか飄々、淡々としていた気質のアルではない。いまの彼の中にある感情は狂喜。己の力を十全に発揮して、命を削り合う戦いに臨むという……“喜び”に溢れている。度し難い悪癖。


 ファルコナーを脳筋だと嫌悪していた彼はもう居ない。正しく狂戦士だ。もっとも、付き合いの長いコリンなどには、とっくにその本質を見抜かれていたのだが……ここに至っては、アル自身も完全に己という生き物を理解した。


「(女神、冥府の王、“物語”……あと、転生者だの、記憶持ちだの……父上やクレア殿のことも含めて、この世界は謎だらけだ。でも、ただ一つ確実なことは……僕がどうしようもなく“ファルコナー”だってことか……! ははは。僕は父上や兄上たちと、間違いなく血縁なんだろうなぁッ!)」

「(コイツ……! 大言を吐くだけのことはあル……ッ! 得体が知れなイ……だガ、強いのは我ダッ!!)」


 両者は動かない。動けない。

 お互いに狂戦士。様子見などない。死線を超えたその先での一撃を交わし合う。それだけ。


「…………」

「…………」


 動いたときが決着の時。両者の思考が止まる。身に刻まれた技を本能のままに振るう時を待つ。音も消えた。


 それは両者にとっては数時間に及ぶ間。


 しかし、現実の時の流れは瞬きの間のこと。


「……ガァッ!!!」

「……シッ……!!」


 刹那の交叉。


 ギラル。その巨躯に似合わぬ雷光の如き踏み込み。振り下ろし。大斧による思い切りのよい袈裟斬りの形。彼の生涯で数えるほどの……いや、間違いなく至高の一撃。


 呆気なく小人アルの影が二つに千切れる。


 幻視。残像。そしてギラルの願望。


 抵抗なく振り抜かれた大斧が地を砕く。


 瓦礫が飛び散るが、その全てが深き水の中にあるかのようにゆったりとした動き。


 少なくともギラルにはそう感じられた。


 自由の効かぬ、間延びした時間の中で、オーガの勇者はハッキリと視た。

 

 ギラルの生涯最高の一撃を、肉を裂かれつつも、死なぬ程度に躱しての不完全な後の先。返し技ではなく、相手の次に自分……という順番での掛け合い。


 アルの拳。


 脆弱なヒト族の拳打など……と、身体の動きよりも数段早く回る頭の中で、ギラルはそんなことを想うが、それも僅かな間のこと。


 迫る拳は濃密な“死”を纏っていた。


 勇者が認めざるを得ない……命を諦めてしまうほどに。


「(……参ったナ。ふっ……“コレ”が我の死ということカ。絶大なマナと多種多様な魔法。総帥に勝てぬのは領分が違うのだト……言い訳ができたのだガ……純粋な力対力で勝てぬとはナ……見事なリ)」


 大斧を振り下ろした形。つまりは前傾姿勢。


 体格差はあったが、いまはギラルのその頭部が……急所が前のめりに下がっている。


 そこを目掛けて、アルが踏み込む。


 刹那の攻防。ギラルはそれでも……どうにもできぬ程にもどかしい時の中で、後方に身をよじりつつ、大斧を手放して反撃を試みるが……


 無慈悲な“死”を纏う拳が、決死の回避を見せたギラルの右頬を掠め、鎖骨付近を貫く。


 その瞬間、時が戻る。間延びした時が収縮する。


「グゥオッッ!?」


 音を置き去りにして……爆ぜた。


 ギラルの右鎖骨付近が丸ごと失せた。当然のように彼の右腕も身体から外れ、血を撒き散らしてただの物体と化す。


 巨躯がそのまま後ろに倒れる。


 明らかな致命傷ではあるものの、ギラルはまだ動ける。戦える。オーガ戦士はどのような状況であっても勝つことしか考えない。負けること、死ぬことなどは考慮の埒外……の筈だった。


「まだ動けるようだけど?」


 アルはアルで、そんなオーガ戦士の性質を知っている。数は少ないが、大森林にもオーガ族の集落が存在している。昆虫たちにも負けないような頑健な個体たちの集まり。ただ、ギラルは大森林の個体群の上を行く異常な個体ではあったが。


「……我の名はギラル。戦士アルバート……強者ヨ。我の名を覚えておいて欲しイ」


 まだ動ける……にもかかわらず、ギラルは動かない。負けを受け入れてしまった。それほどの一撃。勇者が見惚れる拳打。


「オーガの戦士ギラル……覚えておくよ。紛れもなく、僕が出逢った中では最強のオーガだ。完全に躱したと思ったのに……割とバッサリやられたよ」

「くくく。我の至高の一撃をその程度で凌ギ、あの美しい拳打を放たれてハ……もうどうしようもなイ」


 お互いの必殺の一撃。アルの拳はギラルの命を奪ったが、ギラルの大斧はアルの肉を大幅に斬り裂いていた。あと僅かで命に届き得る一撃だったのは間違いない。そして、その“あと僅か”が遥かな距離のあるモノであることを、ギラルは正しく理解していた。


「どうする? 止めは要るか? 黒いマナを有するんだから、死と闇の眷属として現世に留まるとか?」

「……ふっ。我にそのような趣味の悪さはなイ。亡骸を利用されるのも真っ平御免ダ。首を斬り落とシ、その上で全て焼いてくレ」


 オーガの勇者ギラル。

 氏族の安寧の地を求め総帥に与した者。

 しかし、彼は正真正銘の戦士であり、死ねば終わりという理の中で命を全うしたのだ。死霊術、不可侵の禁術を超えるナニかによって、死を超越することも総帥であれば可能ではあるが、ギラルがそれを是とする筈もない。終わらない旅路はない。終わりや限界があるからこそ、命は尊いということを、彼は戦士の本能で……魂で知っている。


「分かった。誰かに言付けなどはあるか?」

「なイ。我は戦って敗れタ。それだけのこト」


 潔き受け入れ。後悔はない。ただ強き戦士と戦い敗れた。ギラルは氏族の行く末に僅かに想いを馳せるが、それはそれ。後は命ある者の役目だという割り切りがある。


「そうか。オーガ戦士のギラル。僕は貴方と戦い、その命を超えたことを誇りに思う」

「戦士アルバート。生涯最後の相手がお主で良かっタ。紛れも無き強者ヨ。……たダ、言わせて貰うなラ……」

「ん?」


 戦士の最期の言葉。




「……戦場で女といちゃつくのはヤメロ」




 割と根に持っていた。



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次回は5月24日 午前7時です。

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