第10話 燃え尽きた

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 戦場の後始末。


 防衛側が襲撃者を撃退するという結果ではあるが、喪われた命も少なくはない。そも戦士ではない者もだ。


「すまないな、ヴェーラ殿。助力に感謝する」

「いえ。死者に礼を尽くすのは当然のことです」


 戦場での死者の弔い。

 ヴェーラはクスティと合流した後、戦闘の終わりを見届け、そのまま遺体を清める手伝いを申し出ていた。


 ルーサム家の習いとして、敵側の戦士にも敬意を払う。立場が違えど、戦い果てた者には変わりはないという考えだ。当然、昏い想いを抱く者もいるが……呑み込む。生と死は辺境の地では身近なもの。罪があろうとも『死ねばそこで終わり』……と、割り切らなければやってはいけない。


 復讐は否定しない。さりとて憎しみに囚われるなかれ。


 辺境では当たり前に馴染んだ感覚。


「それで、アルバート殿は? かなりの深手を負ったようだが?」

「命に別状はありません。ただ……先の一戦で色々と限界を超えたようで……少し気が抜けてしまったようです」

「……そうか。それも無理もないかもな。あのオーガ……敵ながら見事な戦士だった。正直なところ、アルバート殿があのオーガ戦士を正面から凌駕する程の使い手だとは思っていなかった。……主を侮っていたことを従者であるヴェーラ殿に謝罪する」


 クスティも戦いの中で、オーガの勇者ギラルの戦いを観た。セシリーの見張りとして付いていた際にアルの戦いも知っている。


 両者の実力を知った上で、遠当ての魔法で不意を突く以外では、アルがギラルに勝てるとは思っていなかった。


 それはある意味では正しい認識。


 実は主の勝利を疑いはしなかったヴェーラですら、肉薄した近接戦闘のみで、アルがあのオーガ戦士を上回るとは思えなかった。『銃弾』の弾幕を含め、何がしらの戦法戦術によって、敵の不意を突く一撃での勝ちだと考えていた。


 新たなマナ制御の習熟訓練に付き合ってはいたが、ヴェーラにも“いま”のアルの底は視えない。


 そして、それはアル自身も同じ。


 ギラルとの戦いは、アルにとっても久しくなかったモノ。


 死と隣合わせの戦い。


 学院を含め王都生活の中での戦い。この大峡谷へ辿り着くまでの諸々の戦いについても、やりようによっては逃げることも出来た。単純な強さではなく、立場や状況をもって諦めたことも多かった。


 しかし、ギラルとの戦いは違う。そもそもが戦場での出会い。そして逃げ切れない相手。


 刹那の交叉で、ギラルは生涯最高の一撃を見舞ったが、それはアルとて同じ。これまでの自分を超えた反応、強度での一撃。


「気が抜けたというのは、それほどまでに死力を尽くしたということだろうな」

「ええ。そのようです。一種の虚脱状態かと……」


 アルはこれまでに、ファルコナーの戦士連中と模擬戦はしてきた。格上との組手も当然にあったが……今回のギラル相手のように、殺し合いで“出し切った”のは数えるほど。やはり、昆虫共との生存競争と、戦士との戦いでの違いはある。


「そうか。とりあえず、死者の弔いの準備がある程度落ち着いたら、最前線への案内を再開するつもりだったのだが……アル殿はしばらくは動けないか?」

「いえ、気遣いは無用とアル様は仰せです。少しすれば、弔いの手伝いにも顔を出すはずです」



 ……

 …………



 治療院は重傷者を受け入れ、その他の比較的軽傷の者などの治療や療養には、屋外の広場に申し訳程度に天幕を張った場が割り当てられていた。


 教会の所属ではない所謂ノラの神聖術使いや、治癒魔法の使い手によって、ここに運ばれた者は概ねが命を取り留めている。逆を言えば、治療院に送られている者たちは、命を取りこぼす可能性が高いということ。


 ギラルという強敵との命のやり取りにより、一時的に燃え尽き症候群のような状態となってしまったアル。

 深手を負ったが、“活性”による自己治癒の処置で問題がなかったため、即座に広場の方へ送られていた。


「よウ。アンタは外からなのカ?」

「ん? あ、僕? そうだよ。ちょっと物見遊山の旅の途中でね」

「お、おウ。このご時世に物見遊山で大峡谷かヨ……ある意味すげぇナ……ヒト族はよく分からン……い、いヤ、そんなことはどうでも良いんだガ……」


 襲撃者側は、余所から流れてきたギラルの率いるオーガ氏族が主ではあったが、ルーサム家への嫌がらせを企むような、大峡谷の氏族の者も参加していた。本気度の高い連中はギラルの氏族と共にその多くが戦死という結果を迎えたが、当然に生き残りもいる。


 戦闘が終わった後……治療を行うこの場においては敵も味方もない。


 本気度の低い……賑やかしや氏族への義理程度で砦の襲撃に参加し、負傷して早々に白旗を上げたような連中も居たりする。


 アルに声を掛けた小柄なオークもそんな連中のなれの果て。


「……なァ。アンタはルーサム家の戦士じゃなク、外のヒト族に間違いは無いんだロ?」

「まぁそれは間違いないね。それで? 何かして欲しいことでも?」

「ハハ! 話が早くて助かル!」


 もっとも、小柄というのはオーク基準であり、その体格はアルの二回り近くは大きい。ただ、どう見ても命を懸けて戦った形跡はなく、怪我もない。何故に療養場所に居るのか不思議なほどの健康体の気配。


「俺は大峡谷のバ・レバ氏族のジレドというしがないオークダ。あんたハ?」

「僕はアルだ。ま、ただのヒト族だね」

「……おいおイ。大峡谷に物見遊山に来といてただのヒト族はないだロ……ま、まぁ別に深くは詮索しないガ……えぇとだナ。頼みというのは他でもなくだナ……」


 ジレドの頼みたいこと。


 このままある程度全体の治療が一段落したら、ジレドのような健康な者は選別されてとっとと砦を追い出されるのは目に見えている。


 ただ、追い出されるだけならともかく、敵側であった以上は、氏族の下へと帰される。ルーサム家と協定がある氏族であれば、身代金などの必要も出てくる。


 ジレドの氏族はルーサム家と比較的友好的な協定があったのだが、此度はギラル……外法の求道者集団の圧に屈しての襲撃参加。


 そんな事情がある為、敵に情けを掛けられて氏族の下に帰るというのはバツが悪い。下手をすれば、氏族の者はジレドのことを知らぬ存ぜぬと通し、見せしめとしてあっさりと殺される可能性もある。


 元々氏族のしきたりだのには馴染めなかったこともあり、アルの連れとして砦を脱出させて欲しいというのがジレドの頼み。


「まぁ、単に砦を出るくらいなら多分大丈夫だとは思うけど……実はルーサム家でそれなり以上の地位を持つ戦士に、最前線に案内してもらう途中なんだ。つまり、僕は確かに外様とざまではあるけど、ルーサム家のルールを勝手に破るわけにはいかないかな? ちゃんと聞いてみないと」

「ッ!? さ、最前線かヨ……! ヒ、ヒト族は見掛けによらないナ。じ、じゃァ、そのルーサム家の戦士に頼むだけでもお願いできないカ? もちろん礼はすル。何ならその戦士に『ルーサム家にとって悪くない情報提供もできる』と伝えて貰ってもいイ」

「情報?」

「あァ。大峡谷の氏族連中の動きに関してダ」


 気が抜けているアルからすれば、ジレドの話はまるっきりが与太話であり、聞き流す程度のもの。違和感を覚えることも、もしかしたら……という重要性への気付きなども無い。身も心もぼんやりとしてしまっている。


「あぁ……ま、別に良いけど?」

「! おオッ! た、助かるゼッ! いやァ……もう氏族の縛りはまっぴらゴメンだからナ……こういう機会でもないト、なかなか抜けられねぇんダ……」


 ジレドのぼやき。アルからすれば、氏族の……ファルコナーの流儀に辟易することは当然にあったし、嫌だ嫌だと公言している時期もあったのだが……そのときでさえ、ファルコナーを心底嫌悪するほどではなかった。


 しかしジレドはそうではない。氏族の中でも弱小な個体である彼は、強者の論理がまかり通るバ・レバ氏族においては底辺層。虐げられる側。ファルコナーと違い、力無き者を援ける仕組みや考えなどは彼らにはない。


「ふぅん……力が無い者は、ずっと虐げられるばかりなんだ?」

「あァ! この襲撃だっテ、氏族の強い戦士達は何だかんだと理由を付けて出てこなかっタ。負けるのが解っていたからナ! 結局は俺みたいな弱い戦士を代わりに出すんダ! 要は間引きダ、間引キ! たダ、今回は見張りとして渋々俺たちを率いていた戦士が呆気なく死にやがったんダ! いきなり頭が吹っ飛んでナ! アレにはビビったガ……お陰で氏族を抜ける好機到来ってなもんヨ!」


 ジレドの計画では、氏族を抜ける為にまずは今の砦を脱し、そのまま何食わぬ顔で近隣のルーサム家が管轄する他の砦まで行き、そこで下働きでもするとのこと。


 戦暮らしも、氏族の強い戦士に便利使いされるのも、ジレドの性に合っていない。どちらかと言えば、彼は商売や細かい作業などが得意だとのこと。


「最前線に行こうかと言ウ……あんたのようなヒト族の戦士には分かんねェかも知れねぇガ……オークであっても、別に皆が戦士だという訳でもねェ。そりゃヒト族よりは確かに体格に恵まれてはいるガ……だからと言って、気質まで戦いに向いているとは限らねぇからナ」

「まぁそりゃそうだろうね。それはヒト族も同じさ」


 愚痴るジレドに付き合うアル。こんな所で不平不満をつらつらと吐き出すくらいなら、とっととルーサム家の者に『情報がある。交換条件で外へ出してくれ』と言えば良い。わざわざアルのような外部の者に頼み事をするよりは幾らかはマシなのだが……そんなことにも気付かないジレド。そして、気が抜けたアルも同じく気付かない。


 ふわふわとしたやり取りが続くだけ。



 ……

 …………

 ………………



「アル……様。もう一度、お聞かせ、願え、ませんか?」


 ヴェーラの内心には怒り。

 とうとうアルに対してイライラを通り越してしまった。

 残念ながら、此度の主の言動については“微笑ましい”とは欠片も思えない。コイツ、マジか? ……と、ヴェーラですらそんな風になってしまう。


「え? いや……療養所で気の良いオークと知り合って……ちょっと意気投合しちゃってさ。ルーサム家の領都である砦まで一緒に行こうかって話をしてたんだよ」


 気の抜けたアルはジレドとの話を続ける中で、いつの間にか彼に感情移入してしまっていた。


 生来の気質に合わない氏族のルールに縛られ、理不尽に虐げられてきたジレド。そんな彼が新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。アルとしては『まぁ、力無き者を援けるってのはこういうことだよなぁ』と、ぼんやりしたまま思いついてしまった。


 もちろん、ヴェーラは主の決定には従う。彼女は従者なのだから。しかし、流石に思う。


『いや、コレはちょっと違うのでは?』……と。


「アル様がそれで良いというなら、それでも構わないのですが……クレア様のこと、ダリル殿のこと、身に浮かぶ“衝動”のこと……それらは良いのですか?」


 ヴェーラは内心の怒りを制御しつつ、まずはアルが望んでいたことをやんわりとぶつける。


「うーん……何だかさ。ギラル……あ、この前のオーガ戦士の名前なんだけど……彼と真正面から本気でやり合ってからは……何だか色々とどうでも良くなっちゃってさ。今まで取り組んで来たことが、些細なことっていうのかな? そんな心持ちだよ」


 重症。正真正銘の燃え尽き症候群。アルにとって、ギラルとの一戦はそれほどまでのモノだったということ。

 ただ、周囲がその変化を受け入れられるかと言えば、それは別の話ではある。

 最前線……魔族領で何やら良からぬ企みをしつつ待ち構えているクレアにしろ、アルを始末しようと動き出したレアーナにせよ、アルの従者たるヴェーラにすら想定外のことだ。


「ア、アル様……そこまで……ですか?」


 そしてヴェーラも流石に思い至る。主が“出し尽くした”ことによる影響がこれほどのものかと。

 彼女が所属していた王家の影は、あくまでも目的のために戦いがあるという考えだったので馴染みは薄いが、戦士の中には、今のアルのように出し尽くして変わってしまう者も居ると……知識では知っていた。


「……そうみたいだ。いや、流石に僕だってヴェーラの怒りは理解しているさ。でも……何だろうな。本当にやる気が出てこないんだ。僕は……ギラルとの一戦で何処か満足しちゃったんだと思う」

「アル様……分かりました。アル様がそこまで仰るなら、そのジレドというオークと共にルーサムの領都たる砦に戻りましょう」

「……いつも悪いね。付き合わせちゃって」


 ヴェーラも腹を括る。むしろ、今の気の抜けたアルをクレアの前に立たせる方が不味いだろうという打算もある。


 アルとヴェーラが不完全ながらも意思疎通を果たしたのは良かったのだが……肝心要であるジレドが、ルーサム家から解放されることはない。彼の持つ情報はかなり不味い代物だった。


 ルーサム家……クスティもまるで期待はしていなかったが、客人であるアルの顔を立ててジレドの言う“情報”を聞き出した。その情報の価値によって決める……と、小狡い物言いによってジレドから先に情報を聞き出した。


 結果として、ジレドのもたらした情報により、ルーサム家は更に想定外の戦いを強いられることになる。


 大峡谷での諍いはまだまだ終わらない。



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