第12話 託宣を外れた先へ

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「ビクターが逝ったか。奴にはもう暫くは役に立って貰いたかったのだが……仕方あるまい。

 ここで出しゃばってくるとはな……所詮はただのガキか。だが、力を持っているだけ性質タチが悪い。ビクターでは小僧と相性が悪かった……いや、良過ぎたというべきか。使徒の抜け殻もかなり減らされてしまったな」


 まるで墨を塗りたくったかのような黒。真っ暗闇。その闇に溶けた人外たちが語らう。


「アリエル嬢の行方が分からなくなりましたが……神子ダリルやダンスタブル侯爵が騒ぎませんか?」

「構わん。むしろ、手の者を出して積極的に始末しろ。神子のつがいには死んでもらう方が都合が好い。たとえアリエル嬢が東方へ辿り着かなくとも、ビクターが逝った以上、“嘘”を言った訳でもない」


 その顔は暗闇で見えない。しかし、口元が嫌らしい三日月を描いているのが声色から判る。


「それで? 魔族領ではしゃいでいた外法使いどもは?」

「枝葉の連中は排除済みです。魔族とは完全に分断しました。ただ、思った以上に脆弱だった為、少し痛撃を与え過ぎました。かなり奥地まで引っ込んでしまい……」

「それも構わん。まだヒト族の領域に残っている連中も居る。神子セシリーにはしばらくそっちの相手をしてもらっておけば良い」


 一つ一つ計画の進捗を確認する。

 クレア達は神々の目論見を崩す。ビクターが語った理想は確かに彼女の中にある。神々の支配からの脱却。現世を舞台にした盤上遊戯を二度と繰り返させない。


 神殺し。


 それだけを目指す。

 むしろ、それ以外に興味はない。ヒト族の民の安寧などクレアには些末なこと。周囲を利用するため、耳に心地の良い言葉遊びに過ぎない。


 哀れな人外の人形達。自らを超越者と知りつつ、それでもなお届かない存在を目指す。女神や冥府の王を。


 何故に自らと神の関係性を神々に当て嵌めることが出来ないのか?


 神々という超越者であっても届かない、更にその先があるという可能性を彼女達は排除している。


 幼児の如き純粋さ。


 クレア達は神々を信じている。到達点だと。至高の存在だと。狂気の炎を宿し、憎悪に焦がれながら、神々は偉大だと叫んでいる狂信者に他ならない。憎みながらも敬愛している。


「……あぁ、神子ダリルにはそろそろ種を植え付けろ。こちらの想定以上の遣い手に育ちつつある。今を逃せば手が付けられなくなるぞ。くは。まったく油断ならぬ奴……流石に女神の第二の駒だけはある」

「神子セシリーはそのままに?」

「口惜しいが、あの小娘こそが真の神子……第一の駒。決して死なせるなよ? 精霊として顕現されると、現状の我々ではどうにもできぬ。ヒト族のまま、託宣の流れに乗せて引き離すしかあるまい。そのまま冥府の王側の神子を滅せれば重畳よ。神殺しの後は……どうでも良い。どうせヒト族の醜さが元・神子をすり潰すであろう」


 人外達の駒遊び。一手を指し、次の一手を考える。相手の次の手が見えているから簡単なモノ。まさしく児戯に他ならない。


 神々の盤上遊戯を否定しながら、結局は自分たちも同じことをしている。神々の劣化した複製ども。自らの醜さと愚かさを知らぬ者たち。


 盤上に夢中になり、その外に潜む駒が目に入っていない。いや、視界には入っているが認識していない。気にもしない。傲慢さの発露。


 既に“物語”からは外れ、決定的に戻れない所まで来ている。


 それを喜ぶのはクレア達だけに非ず。女神エリノーラ、冥府のザカライアもだ。


 神々はクレアの働きこそ賞賛するだろう。



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 ……

 …………

 ………………



 神子セシリー一行。

 託宣の流れをなぞるという、一方的な通達により、何故か東方辺境地に潜む外法の求道者と戦わされる羽目になっていた。


 当然の如く、見張りが張り付いており、することも決められている。その行動に意味があるのかもセシリー達には判別がつかない。


「次に向かうのはビーリー子爵領の領都です。簡潔に言えばビーリー子爵家の粛清ですな」


 案内役であり、見張り。その影には蠢く使徒の抜け殻を潜ませる人外。元・ヒト族。


 かつてダリルが“白いマナ”をお披露目した際に立ち会った、ウォレスという中年の男。聖堂騎士団の隊長格。


「……粛清とは穏やかではないな」

「神子セシリー様。ビーリー子爵家は外法に手を染め、無辜の民の命を犠牲に研究を続けております。もはや法廷での罰則に意味はありませぬ」


 セシリーは何の冗談かと内心で嗤う。それを言う貴方が、まさに外法の術の体現者であろうにと。だが、もはやそんなことを声に出すのも億劫であり、彼女の心身は諦念に蝕まれている。


「ウォレス卿。そのビーリー子爵家を粛清するにしても、我々だけでですか?」


 流されて消耗していくセシリーを横に見ながら、それでもヨエルは乾坤一擲の機会を探し続けている。このまま進めば、セシリーはともかく、自分達はどこかで切り捨てられるという確信がある。


 ヨエル自身はそれでも構わない。元より裏仕事を含めて覚悟もあった。まともに往生できるとは思ってもいなかったこと。ただ、彼は想う。神子を。


 自分達が死ねば心優しき神子セシリーは“壊れる”。今度こそ。


 ダリルはともかくとして、恐らくはソレがクレアの目的なのではないかとヨエルは見立てている。

 少なくとも、彼女の反抗心を折るためであれば、王家の影であればその程度のことは平気でやる。自分達はその為の餌だったのではないかと振り返る。初めから仕組まれていたと。


「その通り。託宣にはそのように示されておる。神子の一行が邪法の徒を排除すると。あくまで神子の一行は我らのみ。……心配なされるな。いざとなれば私がどうとでもしよう」


 昏い愉悦に満ちた嗤い。そこはかとなく香る人外が纏う狂気。聖堂騎士。女神の徒であった面影は薄い。


「……左様ですか。では、遠慮なくウォレス卿のお力に頼らせて頂きます」


 表面上だけ。上滑りのやり取り。未だにヨエルは取っ掛かりを掴めない。流されていくのみ。

 ラウノとの意思の擦り合わせも監視のもとではまともには行えない。それに、ラウノが自分と同じ思いを持つとも限らない。


 ヨエルはじっと待つ。動く時を見定めるため。ただ、間を置けば置くほどにセシリーが消耗していくのも分かっていた。


「(はは……ウォレス殿もだったとはな。聞けばかなり以前からだと……よくもまぁ聖堂騎士でありながら隠せたものだ。……違うか。我慢しなくなっただけか。いまの彼は子供が玩具を見せびらかすのと同じだな)」


 セシリーは顔見知りであったウォレスが、死と闇の眷属となっていたことを知ったが、思っていた程に衝撃はない。心が疲弊して動かない。

 東方への旅路の途上で襲撃を受け、その後、ウォレスが生き残っていたのを喜んだが、何のことはない。単に手引きした側だっただけ。セシリーはますます人形劇に興じている気になった。纏わりつく諦念と徒労感。


「さて。ビーリー子爵領まではかなりあります。馬車の準備を整えたら出ますぞ」


 セシリー、ヨエル、ラウノ。そして、生き残りの聖堂騎士モノ。

 ウォレスは生き残っていた部下二人を変えた。物言わぬ戦う為だけの亡者に。

 そして、姿は見せないが、いざという時のため、彼女らの周囲にはルーサム家の者も待機している。彼等に動かれるとラウノですら逃げ切ることはできない。


 アルがセシリー一行を知れば言うだろう。


『とても主人公一行とは思えないパーティメンバーだな』……と。


 殺伐とした空気の中、セシリー一行の託宣をなぞる旅は続く。



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 ……

 …………

 ………………



「それじゃ……同行はヴェーラで良いのか? しばらくは帰ってこれないけど?」

「あの亡者襲来の際、身を伏せてはいましたが私も存在を認知された可能性がありますから……それに、アル様の征く道にお供するのは従者として当然のことです」


 アルとヴェーラ。

 アリエル一行と共に東方へ。もちろん、ヴェーラの同行は本人が望んだこと。……ガチな説教をされてバツが悪く、アルがコリンを避けたという訳ではない。決して。本当に。マジで。


「……貴女は王家の影ですね? アダム殿下の近衛候補だったと聞いたことがあります」

「アリエル様。王家の影は古巣ではありますが、いまの私はアル様の従者に過ぎません。アダム殿下の近衛候補など……畏れ多くも、もはや過去のことです」


 ヴェーラは丁寧に貴族式の礼を取る。その所作は洗練されているが、幾多の戦いを経た戦う者の雰囲気がある。


「(東方までの旅程に不安はあるけれど、強力な護衛が付いたと考えれば、そう悪いものでもない。アルバート殿は無闇に血を求める者ではない……はず)」


 ヴェーラはファルコナーの者ではない。しかし、アリエルは何処かアルやコリンと似た空気感を彼女に感じている。伝染する平静な狂気。

 ただ、アリエルはファルコナーの気質を大袈裟な噂、悪評だけではなく、正当な評価の方も知識として知っていた。


 南方五家。その中でも特異な戦闘能力を誇るファルコナー家。その習わしは古き貴族の形を保っており、まさに貴族の矜持を体現する者たちだと。


 もはやアリエルには信じることしかできない。実力行使をされれば敵わないことがハッキリしている。

 そして、アリエルが元々退避する予定であったセーフハウスには、コリンが使いとして出ており、既に王都を脱する調整を行っている。出立も近い。


 王家や教会が本気を出そうが、流石に民衆区や外民の町の全て出入りを封鎖することはできない。正規の通用口はともかく、裏仕事の連中の使うルートも多い。

 もっとも、亡者の件もあるため、治安騎士は未だにピリピリしており、警備自体は厳重ではあるが。


「アリエル様。ルールを決めておきましょうか」

「……ルール……ですか?」


 今後の動きに考えを巡らせていたが、そのアリエルの思考を中断するアルの言葉。

 何を言われても、彼女には首肯する事しかできない。精々不利な条件を押し付けられなければ御の字だと願うばかり。


「ええ。実のところ、僕は襲撃を予想しています。相手は王国や教会、クレア殿の手の者……あぁ、開戦派を騙る外法の狂信者とかも居たかな? ……まぁ、その際の動きに関してのルールです」

「……お聞きしましょう」


 アルはアルですんなりと東方辺境地まで行けるとは思っていない。既に“物語”は当てにならないが、当たり前に高貴な者であり、託宣の重要人物でもあるアリエルを狙う者は多いだろうと考える。備えは当然のことだと。


「まず、僕は敵に容赦はしない。相手が誰であろうと敵意と害意を向けてくるなら始末します。特に旅の最中であれば、面倒くさいしがらみも無視し易く、その証拠を消すのも容易いですからね。

 なので、もし向かってくる敵の中に“ダンスタブル侯爵家派”の者がいれば教えて下さい。……まぁ間に合わなければ相手が死ぬだけですけど」

「しかと……ええ、しかと承知致しました。必ずやお伝えします……ッ!」


 敵に容赦はしない。始末する。

 ルールと言いながら、さらりと伝えられたアルの宣言。

 ファルコナーの戦士。その本気の一端を知った以上、アリエルはそれが誇張した表現だとは思わない。彼は本当にやる。屍で山を築く。血の河の源流を生む。


 そして、やはり従者もだ。アルの言葉をそれがさも当たり前と言わんばかりに、無反応で静かに控えている。彼女も“やる側”……主と同じ動きをするだろうとアリエルは察した。


「あと、旅の間においては、僕とヴェーラは少し離れおきましょうか? それに残っている護衛に自信があり、僕らを必要としないならそれでも構いません。お先にどうぞ。あくまで僕の方は、王都のほとぼりが冷める間の物見遊山の旅です。コリンにも散々言われたし……王国と独立派の争い、大局への積極的な介入は控えますよ。独立派の言い分はお聞きしましたしね。

 好奇心として、不穏な空気を纏う冥府の王の眷属たちと少し“話し合い”がしたいだけですから」


 アルも反省はする。何でもかんでも首を突っ込まないようにと。

 ただ、どうしてもクレアの思惑は気に掛かっている。当然、身の危険はあるが、女神の一突きという、いざという時の保険を得たことで、彼女に近づけると踏んだ。

 好奇心ネコを殺すという言葉もアルの頭を過ってはいるが、いまはもう以前ほどに気負いはない。コリンに言われたことで、少し前のめりになっている自分に気付いた。今後は引くべき時はサッサと引く。


 それに、クレアの思惑を知りたいのも、謂わばついでのようなモノ。本命はあくまでもほとぼりを冷ますこと。


 潜みながらとは言え、王都ではかなり派手に動いてしまった。

 腐った都貴族家の当主や、関わる者たちへの粛清。争乱の混乱の中で、彼が得ていた情報のその三割を達成するほど。アルも今更ながら、流石に一気にやり過ぎたと感じていた。


 もちろん、代替わりにより同じことが繰り返される可能性はあるし、アル達が把握していない者たちも多い。焼け石に水といった所だったのかも知れない。


 ただ、いまのところは、都貴族の中にも腐敗を是としない者も多いと知れただけでも善しとする。何よりもアルは“コツ”を掴んだ。対都貴族家の。


 王国内の争乱に関しての状況が落ち着いた後、腐った都貴族家の台頭が繰り返されるなら……アルもまた同じことを繰り返すだけ。その事については、コリンからも賛同を得た。


『何も性急にことを進めなくても良いでしょう。都貴族は図体がデカいから王都からは逃げられない。獲物が見えているなら、こちらが身を潜めやすい場と機会を待つのは狩りの基本です』


 腐った都貴族への粛清については、コリンも反対することはない。むしろ、非魔道士である彼の方が、市井に潜む者として積極的に動き易く、アルが不在の間にサイラス達と共に情報を集めておくことを請け負った。

 やはりコリンもファルコナーの者。ただの“常識人”である筈もない。不埒な賊は民の敵という精神は彼にも宿っている。


「……いえ、私はアルバート殿と共に東方へ向かいます。使徒である貴方にも見て頂きたい。私たちのことを。決して思い付きで決起したのではないと知って頂きたい。もし、その上で私たちが民への害悪だと判断したのであれば、まずは私を殺しなさい」


 アリエルも“死兵”の覚悟を持つ。託宣への反抗はもちろんだが、その根底には腐敗した国の在り様への義憤がある。


 代々のダンスタブル侯爵家当主達の願いの果てが、今回の争乱ではあるが、決して血を求めている訳ではないと自負している。


 託宣の通りに事を進めると、最終的に魔族領に不完全ながら冥府の王が顕現し、魔族領と大峡谷の大部分は、ヒトや魔族はもとより、魔物すらも住めぬ不浄の地と化す。


 託宣には、千年の繁栄のもとに、時を掛けて神子の血族が不浄なる瘴気を浄化していくと示されている。つまりは後処理のことだけ。


 当然のことながら、大峡谷と接する東方辺境地の多くの領地が壊滅的な被害を受けることは想像に難くない。


 それを王国と教会は是とした。後の千年の繁栄のために必要な犠牲だと。


 もちろん、託宣の通りの未来が訪れるかなど、誰にも分からない。コリンの言ではないが、誰も未来を見通す神の眼などを持ってはいない。未来を知る術はない。


 だが、王国と教会の後押しがあったにせよ、託宣に示された重要な出来事は、細部の違いはあれどそのほとんどが的中している。王国や教会は託宣こそが未来だと信じて疑わない。

 その盲信に危機感を持ち、腐敗した都貴族や東方辺境地の壊滅的被害を是としないダンスタブル侯爵家は……決起した。


「そうですか。そこまで言うなら拝見させて貰いますよ。あ、ちなみに使徒とは言っても、僕は“物語託宣”についてはあまり知りません。大まかな流れは知っていますが、具体的な細かい事まではね。出来れば少し教示願いたいですね」

「……ええ。構いません。ただ、私も託宣のその全てを知るわけでもありません。教会が秘匿する物も多いと聞きますから……」


 当然、アルはアリエルが開示する情報を鵜呑みにはしない。自分の中で、遠い彼方に消えつつある記憶の刺激にはなるかもという程度。旅の間の慰み話に過ぎない。



 アルは物語を外れた物語を征く。

 既に皆が盤上の際まできている。このまま盤上を外れた先に何が待つのか?

 それを知る者は居ない。

 神々ですら、その結果を知らぬまま。


 誰もが己の信じるモノに殉じている。目的に向かう。


 しかし、物語のその果てが、全ての者にとって最良のものになる筈もない。


 願いの途上で果てる者。

 意味もなく散る者。

 信じた道がそもそも間違いだった者。

 道化を演じながらも願いに手を届かせる者。


 愚か者たちの狂宴は続く。



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