第11話 説教

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「派手にやられましたね」

「まったく。久しぶりに手傷を負ったよ。しかも行き当たりばったりでミスばかりだ。くそ」


 ビクターとの戦いを経て、貴族区を脱したアル。

 通用口では、先にアリエル達が戦端を開いて抜けた後だった為、その混乱に乗じてアルも一気に抜けることが出来た。

 当然、追手は掛かったが、即座に撒く。さりとて、ギルドに戻る訳もいかず、仮の拠点へ戻ることなった。


 現在、ギルドとは別に一軒家を数軒借り受けており、転々としながら仮拠点として活用している。いまはコリンが手当と報告の為に訪ねてきているという状況。


「……で? 結局のところ、得るモノが無かったと……?」

「……う、うるさいな。とりあえず、東方辺境地の独立騒ぎにクレア殿……冥府の王の眷属が関わっていることは分かったよ。神子を引き入れたのも彼女だろう。あと、そのクレア殿は神々の介入のない、平和で平等な世界を求めているんだとさ」

「つまり、ほとんど意味のない情報ということですね?」

「……ぐッ……」


 既に『活性』や『手当』による自己治癒で小さな傷は塞がったが、それでもまだ傷はある。薬を塗り込み、テキパキと包帯を巻きながらもコリンは容赦がない。

 それもその筈。物語だの神々の思惑など、コリンからすれば知ったことではない。主たるアルに対してもそうだ。何故にわざわざ首を突っ込むのかと疑問を持っている。


 勿論、王国が荒廃すれば民への被害が出る。貴族に連なる者としての立場であれば、それを防ぎたいというのは、コリンにも分からないでもない。

 ただ、国を割るような争乱に単独で関わったところで何ができるのか? ……コリンはそう思っている。ファルコナーは現実主義。


「言わせてもらいますと……都貴族を始末するという以外、アル様は目指すモノがあやふやです。民への被害を軽減すると一言で言いましても、それは王都の民なのか、東方辺境地の民なのか、またはファルコナーの民なのか……その辺りがハッキリしません。

 俺から見れば、アル様は火事場に群がる野次馬と変わりませんね。下手に力がある分、一人で突入して火傷を負っているだけです」

「……えぇ……そ、そこまで言うか? い、いや、僕だって考えてるぞ? 腐った都貴族は直接的に王都の民への害だし、内乱が起これば当然国中の民に被害が出るだろ?」


 溜息を吐くコリン。

 アルは『あ、これは不味い』と気付くが、もう遅い。


「……ですから、民への被害を個人で止められると? 腐った都貴族を狩ることは出来ても、その根本たる仕組みを個人で覆すのは困難です。

 そもそも、王家なり官憲なりがそれを取り締まっていない時点で、謂わば無法が許されている状況。言ってしまえば、腐った都貴族を狩る我々の方が逆賊です。勿論、アル様がそれを承知で動いているのは知っております。

 しかし! この度は違います。まだ民への被害は出ていません。東方辺境地で独立騒ぎは起きましたが、今のところは貴族連中が騒いでいるだけ。この混乱で腐った都貴族を狩るだけならまだしも、これ以上に首を突っ込むのは下策中の下策です。

 どうなんですか? アル様には王家と独立派のどちらかを裁定する程に力があると? 遠い未来を見通す神の眼を持つとでも? ……であるならば、コソコソとせずに国を興すべきでしょう。貴方自身で。それが出来ないのであれば、騒ぎに介入するのは止めるべきです……ッ!」

「(ブ、ブチギレてるやん……)」


 ぐぅの音も出ない正論。

 ファルコナーを離れたいま、コリンとアルのどちらが“常識人”かは火を見るよりも明らかとなった。


 アルは反射的に“物語”のまま進んだ場合と、物語ソレを外れた場合を天秤にかけようとしたが、そもそも“物語”の記憶もあやふやであり、未来を並べて比較することは不可能。そして、それを他者に納得がいくように説明することも勿論できない。あまりにもフワッとし過ぎている。


 今回の争乱も、王国を焼け野原にするつもりがどちらかの陣営にあったとしても、結局は首脳陣を暗殺するくらいしか出来ない。個の限界。それにたとえ首脳陣を暗殺しても、未来が変わる保証もない。


 コリンは明確に理解していた。


『神ならぬ身で未来を比べる事など出来ない』


 そんな当たり前の事を。


「何よりもッ! なぜ侯爵令嬢を連れてきたんですかッ!? 婦女子になんたる暴挙をしてるんですかッ! クラーラ様がコレを知れば……本当の意味でどうなるか知りませんよッ!?」

「……ッ!? い、いや! す、すまないコリンッ! 母上にだけはッ! そ、それだけは勘弁してくれッ!」


 何よりもコリンの怒り。

 イヌやネコじゃあるまいに『侯爵令嬢を拾っちゃった☆』などと言われ……コリンはキレた。


「いや! 聞いてくれよッ! そりゃ確かにアリエル嬢を連れてきたのは事実だが……制御が切れて暴走した味方の兵に襲われていたのを助けたんだぞッ! むしろ救助だ! 救助! 従者や護衛も混乱の中ではぐれたというから、一時的に避難させただけだッ!」


 そう。アルがアリエルの周りに配備されているだろう、死と闇の眷属の気配を追跡していたら、異変が起きているのを確認した。ビクターが命令を与えていた人外の兵達が暴走している最中に飛び込むことに。


 追手である治安騎士を撃退するだけではなく、いきなり街中で暴れ始めたとのことで、アリエルも手傷を負い、護衛や従者とも離れ離れとなって一人で逃げているという状況だった。


 流石に放置する訳にもいかず、人外の兵を排除し、アリエルを保護して今に至っている。


 アルは情報を得るついでだと軽く考えていたが、コリンはそうではない。もっとシビアに状況を観ていた。主とは大違い。


「……まったく。いいですか? アル様。アリエル様は確かに何らかの情報を持っているでしょう。しかし、その情報や彼女の身柄は、あくまでも大局を動かす者が持つべきモノです。いまの我々が持っていても仕方のないモノです。

 その上、アリエル様には追手が掛かっています。王家側の。つまり、彼女を匿うということはそのまま王家に弓引くということ。彼女を救助した後、間を置かずに治安騎士にでも引き渡すのが正解だったのです。どうせ『情報を得られるならついでだ』程度の軽い考えだったのでしょう?」

「そ、そ、そんなことないヨ……?」


 コリンにはお見通し。

 彼が考えるのは、腐敗して民の害となる都貴族家を切り取る程度。それ以上に手を出すべきではない。手を出すのであれば、どこかの陣営に参画するべきだと。


「……ファルコナーの流儀的にどうかというところですが、当然アル様も想定はしているでしょう……とっととアリエル様を始末することを。そして、あくまで行方不明という状況を続けて、双方の陣営を掻き乱す。ただし、アル様にはそれぞれの陣営が混乱している間に何を目指すのか……という定まった方針がありません。これは本当に愚策となります。あ、それともアル様には何か具体案が?」

「……い、いや……す、すみません。そこまでの具体的な方策はありません……はい」


 昏々と繰り広げられる説教をアルは受け入れる。すべてが図星であり、コリンの言う通りだということを理解している。まったく反論もできない。その通りだと頷くだけ。


 ただ、その二人のやり取りを聞かされる、もう一人の当事者は堪ったものではない。


「あの……ち、ちょっとよろしいですか……ッ!」


 アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢その人。

 目の前で、自分の処遇を軽々しくやり取りされるのは気分が良いものではない。

 特に始末して行方不明扱いを続けるというのは、両陣営への嫌がらせとしては割と効果的だと考えてしまう。当然、始末される当人としてはそんな一手を是とすることもできない。


「はい。どう致しましたか?」


 軽く振り向いた二人の瞳。その瞳は虚ろ。臨戦態勢。彼等に油断はない。


「……うっ。い、いえ……わ、私としては、助けて頂いたのはもちろん感謝致しますが……そもそも貴方たちの目的が分かりません。私をどう扱うつもりなのでしょう?」


 しかし、アリエルも引く訳にはいかない。至極当然の疑問をぶつける。

 説教を受けてうな垂れているのがアルバート・ファルコナー男爵令息であることを彼女は知っている。つい少し前に貴族区の脱出を邪魔してくれたのだから当然のこと。


 ただ、彼の目的が分からないまま。二人のやり取りを信じるなら、民への被害を嫌っている。少なくとも腐敗した都貴族家よりは話が通じるだろうと、アリエルは淡い期待を持つ。


「……ほら。アリエル様もこう仰っていますよ。アル様。どうしますか? 王家に引き渡しますか? それとも始末ですか?」


 拾ってきたイヌネコを『元の場所に返してきなさい』とでも言いたげなコリン。ただし、提示した選択肢は普通に血生臭い。


「……そ、そうだなぁ……」

「ちょ、ちょっとお待ちをッ!?」


 一足飛びの処断の検討。

 アリエルは気付いている。この二人のやり取りは自分の反応を引き出す為の小芝居という面もあるだろうが、その内容や決断は“本気”だと。

 平静に狂っているファルコナー。そんな噂を彼女は知っている。まさに目の当たりにしているとも言える。


「……ア、アルバート殿。貴方は“女神の使徒”だとお聞きしました。託宣を知る者だと。託宣のままに事が運べば、王都での争乱、魔族の侵攻による王都付近での戦争が起こる事をご存知でしょう?

 わ、私たちは既に魔族と手を組んでいます。戦争を煽る連中を抑え、和平の道を選びました! 東方辺境地の独立騒動は、魔族の侵攻を止める為でもあったのです! 託宣よりも流れる血を抑えています! も、もちろん、民への被害もです!

 た、託宣の通りに戦争をしたがっているのは王家と教会の方です! 我々は託宣を諦めさせる為に事を起こしただけで、全面的な武力衝突を望んではいません!」


 話をしながら、アリエルは背中に汗が噴き出てくる。肌が粟立つ。二人の虚ろな瞳が、自分を品定めしている……それを強く感じたからだ。

 婦女子への対応がどうとか言ってはいたが、この二人は必要とあればアッサリと自分を始末する……彼女は確信している。これは命を懸けた発表会。情報と理念の開示。


「なるほどね。あぁ……気付いているだろうけど、ビクター殿は黄泉路を渡ったよ。だからこそ、兵たちが制御を失ったんだろうけどね。それについてはアリエル“様”はどう考えます?」

「……ビクター卿とは利害の一致による共闘関係ですが……そ、それでも私を逃がす為に尽力してくれた恩人です。彼を屠った貴方に隔意がないとは言いません。そもそもの追手はアルバート殿でしたし……

 ただ、兵たちが制御を失い、事情を知らぬ民へ危害を加えたことはまた別です。決して許されることではありません」


 人外の兵はビクターの死と共にその制御を失うことに。いきなり狂気と神々への叛意に満ち満ちた災いと化した。

 間近にいたアリエル、護衛や従者も手傷を負い、追手である治安騎士の他、無関係の民衆にまで襲い掛かった。ビクターは抜け殻と評していたが、その憎悪と害意は紛れもなく本物。


 もし、アルが駆け付けなければ、被害は更に多大なものとなっていたのも想像に難くない。


「アル様。それはビクター殿とやらが、意図的に引き起こしたことですか?」

「……違う。ビクター殿は何処か僕と似たような思考をしていた。自分が死んだ後のことも当然に考えていただろう。死後も任務を全うするように動いていた筈。

 恐らく、彼も知らなかったんだ。命令を出したモノが死ねば、連中の制御が切れるなんてね。それを知っていたなら、アリエル様にアイツ等を付けていないさ。

 ビクター殿も、クレア殿から全てを知らされている訳でもなかったんだろう。となれば、共闘関係とやらのダンスタブル侯爵令嬢も……当然、クレア殿の真意などは知らされてはいないだろうね」


 人外の兵。冥府の王が物語の外で用意した使徒。

 アルが相対した連中には、狂気以外にまともな自我は残っていなかった。明瞭だったのは戦闘技能のみ。ただただ戦って死ぬという歪な存在。

 そんな連中を利用していたビクターだが、その大元はクレア以外にはない。あくまでビクターは仮の指揮官。


「……何が言いたいのですか?」

「そのままさ。ダンスタブル侯爵家はクレア殿と手を組み、今回の絵図を描いた。だが、クレア殿の真意を知る訳でもない。僕は彼女の目的と手段を知りたい。

 ……コリンにボコボコにされたけど、やはり僕の願いは民の安寧だ。だが、確かにコリンが言うように、既に個で関われる範疇にはない。となれば、各陣営の言い分ってのを聞いてから判断しようかと思ってね。

 託宣から外れたとしても、平穏無事に済むならそれで良いさ。ただ、託宣の通りに事を運んでも、王国の繁栄は約束されている。

 結局、元に戻ることになるけど……どちらが民にとって幸せかな?」


 ここだ。淡々と語ってはいるが、アルバート・ファルコナー男爵令息の判断基準。自らの処遇が決まるのはここだと、アリエルは覚悟を決める。


「……いまの王国が千年の繁栄を享受したところで、仕組みは変わりません。腐敗した政治、都貴族の横暴がまかり通り、それらを裁くこともできない法や王家。それらは間違いなく民への害です。

 辺境では貴族に連なる者の多くが、その役目を正しく果たしている。魔物と戦い、ヒト族の生存圏を守り、資源を産出している。

 中央は確かに戦線を維持する為の生活物資、魔道具を辺境に流していますが、同時に辺境からの魔石の供給が止まれば中央の生活も立ち行かない。なのに、中央……都貴族たちは辺境の者を下に見ている。そしてそれが正しいことだと……ッ!

 ……千年の繁栄? 笑わせるッ!! いびつないまの王国の何が繫栄かッ!」


 アリエルはハッと我に返る。思わず感情が先に走ってしまったと。

 だが、そんな彼女を見つめる虚ろな瞳は微動だにしない。まるで揺れることはない。


「……で、託宣を利用することで王国の仕組みを変える? それは民の安寧の為だけ?」


 静かにアリエルは首を振る。もはや嘘を吐いたところで意味はない。綺麗ごとはなし。


「正直に申し上げましょう。ダンスタブル家は民の安寧を求めているのは確かですが……それ以上に、祖先の無念を晴らすことに注力しています。

 ダンスタブル侯爵家はずっと以前から、王国の仕組みに疑問を投げかけてきました。しかし、その訴えが陽の目を見ることはなかった。さりとて、王家に圧力を掛けられるわけでもない。むしろ、他家から責められた際には王家が直々に仲裁に入るほどでした。

 ダンスタブル侯爵家とは、王国に疑問を訴え続けて、何も変えることが出来ずに死んでいった当主たちの無念の歴史でもあります。何故に王国の仕組みに反抗的な家が存続を許されているのか……そんな風に思い悩んだ当主もいたそうです。

 ……私でした。アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢。私という存在を生む為にダンスタブル家は存続を許されていた。『託宣に示された』という理由。ただそれだけ。

 馬鹿にしていると思いませんか?

 それを知った祖父と父の怒りは如何ほどだったか。そして私もまたその怒りを受け継いでいます。クレア殿の真意は分かりませんが、『超越者に理不尽に踏みにじられない世界』という文言に、ダンスタブル家が心惹かれたのは事実です。

 私たちは、都貴族に踏みにじられる民を放ってはおけない。神々に縛られた託宣の神子を解放してあげたい。託宣のままに事を運べば、被害が少なくなると言われても……ダンスタブル家はもう後には引きません。少なくとも王国の仕組みを変えるまでは……ッ!」


 アルにはまるで関係のない話。無感動。心が震えることはない。アリエルの言い分も、所詮は託宣の操り人形でいたくないという願いに過ぎない。奇しくも物語に縛られる神々と同じ。


 ただ、アルは彼女を“戦う者”だと認識した。その本質はたおやかなお嬢様に非ず。戦士だと。


「そうか。だったら、あとはクレア殿の言い分か」

「……アル様。いまはファルコナーの流儀を出すべきではないかと……」

「ちょうど良いだろ? 僕も今回のことでかなり面が割れた。いまさら学院でのうのうと過ごすというのもね。どちらにせよ、王都を少し離れようと思っていたところだ。直接行って聞いてみるさ。もはや王都において、個で出来ることはないだろ?」


 アリエルには意味が分からない。しかし、この場で即座に始末される訳ではないということだけは理解できた。延命が為されたと。


「アリエル様。ファルコナーは戦う者を尊ぶ。少なくとも、貴女は民に不要な血を流させようとはしないんだろう。腐った都貴族への隔意もある。

 ただ、僕はクレア殿を信用していない。何度か面識はあるが……平和や平穏なんて言葉がアレほど似合わない者もいないね。

 ま、向こうへ行って僕がどうするかはまだ分からないが、貴女を東方へ送り届けることだけは約束するよ」

「……それは、人質として利用する為にですか?」


 あくまで念のためと言うだけ。アルの器を計る為のお遊びの質問。特別に意味のない質問だった。


「はは。アリエル様。悪いが貴女では人質にならない。辺境とは言え僕も貴族に連なる者だ。戦うと決めたダンスタブル侯爵家が、娘の命と引き換えに戦いを放棄する? あり得ない。

 あと、クレア殿もそうだ。彼女が託宣から外れることを願っているなら、寧ろ貴女には死んでもらいたい側だろう。貴女の身柄を無事に確保したいのは、もはや王家と教会くらいでしょ?

 思い出したんだ。物語の終わり。選択によって違いはあるけど……アリエル様の“物語託宣”での役割。貴女は神子ダリル殿の子を産む。次代の……繁栄の礎なんだろう?」

「……ッ! ……流石に女神の使徒は、秘奥の託宣も知るのですね……」


 覚悟と器を試されるのはアリエルの方。



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