第8話 狙撃
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「さて……ヴィンス殿の一族に残る不穏分子はこれで終わりかな?」
「不穏分子かは分かりませんが、少なくともアル様に明確な“悪意”を持つ者はこれが最後かと……」
二人の見つめる先には亡骸。アルは知りもしないが、先日ヴィンスに詰め寄っていた者の一人。
「(粛清装置大活躍だね。ヴィンス殿もな……ちょっと見直してたんだけど、やはり自分の手を汚すのは後回しか。甘さは多少抜けたんだろうけど潔くはないね。まぁいずれ何処かで清算してもらうさ。敵なら命で。味方なら利益で)」
ヴェーラの『縛鎖』は悪意や害意のマナの揺らぎに反応する。その応用として『アルに対しての悪意』に限定して周囲に感応したところ、効果覿面。
思っていたよりも反応は多く、その内の大多数が学院の南方出身者であり、悪意というよりも『あいつはヤベェ』という程度だったのはご愛敬。アルの精神面に若干のダメージが入ったとかそうでないとか。
もちろん、その程度だけではなく、本物の“悪意”にも明確に反応はした。
そして、その中から更に『実際に行動に移した者』を直接選り分けて二人は狩っていく。
外民の町や民衆区にも該当者は多く、アルも途中で気付いた。ヴィンス一族を出奔した者達も混じっていると。
つまり、このやり方ならナイナにも辿り着くことが出来るはずだと。
そう考えていたが……その最中に別のモノを捉える。『縛鎖』ではなくアルが。
「ヴェーラ。どうやら例の黒いマナの遣い手が動きだしたみたい。外民の町……恐らく『ギルド』に向かっているようだから、あっちも僕を標的にしたようだね」
ぼんやりと、何故か距離や空間を超えて視界に映る黒いマナの塊。それも一つや二つではない。『縛鎖』はあの黒いマナには反応しなかった。ヴェーラも感知すら出来ない。そんな性質がある様子。
クレアの作戦を前に何故か動き出した敵。彼女が評したように、まさに堪え性のない連中だった訳だ。
「……アル様、戻りましょう。しかし、こうも真昼間から動くとは……“敵”はどうやらかなり自信があるようですね」
「それか、動いた連中が捨て石か……ただの阿呆か……ってところかな?」
アルには大森林での感覚が少し抜けてきている。王都においては、彼の地ではあり得なかった“考え無しの行動”を取る者の何と多いことか。
大森林の敵……昆虫型の魔物たちには、その動き全てに意味があった。どんなに些細な動きにもだ。微細なマナの揺らぎにすら敵を殺す為、生き延びる為の意味が込められている。
そういう行動の意味が、王都のヒト族……と魔族には無い事が多いとアルは知った。つまり、相手の意図が読みにくいということ。
もっとも、そうは言いながら、アル自身も割と行き当りばったりではあるが……そこには敢えて触れないという身勝手さ。流石のファルコナー。
「(このタイミングで動くということは、やはりナイナが身を寄せたという開戦派を騙る魔族組織が、そのまま黒いマナの遣い手たちということか……どうりでクレア殿の反応が薄かった筈だよ。僕はヒト族側に黒いマナを扱う奴が居ると思っていたのにさ。関わるモノや現象が裏では全て繋がっている……まさにゲームイベント的だね……ははは……はぁ……)」
セリアンを発端とする黒いマナの攻撃。敵の存在。
それはあくまで貴族家同士の暗闘の一幕であり、ヒト族同士で黒いマナの擦り付け合いが行われているのだとアルは考えていた。『託宣の神子』を巡る利権争いの延長のようなモノだと。
そして、ヴィンスから聞いた魔族側の暗躍する敵は、ゲームストーリーの後半に出てくる魔族とヒト族の諍い、戦争の火種を助長するような連中だと目星を付けていた。そいつ等を叩けば、戦争自体を止められなくても、多少は嫌がらせになるだろうと想定。むしろアルの本命はこちらだった。
それがどうだ。蓋を開ければどちらも同じ組織という。
アルはそうとも知らずに、何の準備もなくせっせと貴族家の陰謀に関わる“敵”に手を出していたということでもある。
同一の組織なので結果は同じではあるが、何故かアルは負けた気になったという。
その背景を含めて、知らぬ存ぜぬを決め込んで動くのと違い、まるで考え無しに手を出していたというのが……何とも間抜けだったと、彼はそう振り返る。今更ではあるが。
「僕は手筈通りに連中を撃つ。ヴェーラは僕が仕留め損なった際、遊撃と敵の足止めをお願いするよ」
「畏まりました。連中の目を逸らし、足を止めます」
アルとしては思っても見なかった不意の“敵”との遭遇。ゲームでは描かれなかった黒いマナを扱う者達。
もうアルはストーリーをそれほど気にはしていないが、それでも不安はある。先行きの見えなさに。
……
…………
「(流石に襲撃を想定していたのか……ここはもぬけの殻か。ナイナがビビっていたから、念の為に人形を多めに出したのに……振り出しか)」
シグネ。妖しきモノ。魔族であるかも定かではない存在。
彼女達はある目的の為にヒト族の社会に紛れ込んでいる。女神への反逆者。
既に王都のヒト族社会で十数年の時を過ごしている。シグネは良くも悪くもヒト族を知る者。
それ故に彼女は舐めている。
当人の能力もさることながら、敬愛する総帥と共に造り上げ、借り受けている“人形達”。
その姿はまさにただのヒト族。だが、その実態は様々な生身の材料に、禁制の呪術と尊き黒きマナを掛け合わせた高度なフレッシュゴーレムであり、起動状態であれば術者の影に潜ませることすらも可能。
その見た目や気配、マナの揺らぎもただのヒト族を再現しているが、通常の魔道士と違い、戦闘となれば一切のマナの揺らぎを止めて動く。
その肉体は魔人に劣らない程の強度を誇り、術者を守る盾にも、敵を斬り裂く剣にもなり得る。
気付いた時には対象者の懐に入り込み、近接戦闘を得手としない貴族家であれば、当主クラスであっても殺られる。いわば真正面からの暗殺者といった性能。
更に、感応を強め仕込まれた奥の手を起動させれば、一部の魔人さえ凌ぐ強さにもなるという。
「(面倒だな。適当に人質でもと思ったけど……さて、どうするかな?)」
今の彼女は親役の人形と手を繋ぎ、町を散策する良家の子女といった風情。町の景色、ヒト族の社会に紛れ込んでいる。
彼女は知らない。狩る側だからという傲慢さがあるから。
その上、彼女が知った気になっているヒト族の魔道士とは、王都と東方辺境地に偏っているという。
かつてのナイナと同じ。自らの望みが叶うとしか考えていない。
自分と周囲の人形達が既に捕捉されており、狩られる側にいることを。
彼女は気付かない。
……
…………
「(なんだよ、気持ち悪い連中だな。アレは黒いマナで動いているのか? アンデッドか? フレッシュゾンビとかフレッシュゴーレム的なヤツ? 術者らしき真ん中の子供も……違和感が酷いな。超絶的な劣化版ではあるけど、何処かクレア殿と似たような感じがする。う〜ん……やっぱりクレア殿は敵側のキャラか?)」
狩る側のアル。
身体強化で視力を強化し、遠くからでも『ギルド』付近を見渡せる場所に居た。畏れ多くも、外民の町にある正式な教会のチャペル塔の上。
既にチラホラと通りすがりの者が指をさしたり、ヒソヒソしているが気にはしない。
「(まさかこんな真昼間の町中で、前世の殺し屋的な狙撃手をすることになるとはね。人生ってのは分からないもんだ)」
傍から見るとアルはただ屋根に突っ立ってぼんやりとしているだけ。
しかし、この時、アルの正面に立つ者がいれば、明確に“死”を幻視しただろう。
アルの切り札の一枚。『狙撃弾』の魔法。
単純に『銃弾』を強化し、高威力・長射程化しただけ。ただそれだけ。シンプル故に脅威的なモノ。
流石にアルも集中しなければ使用は出来ない上、発動の気配が隠し難く、距離が近ければ気付かれ易いという、ある意味では欠陥魔法。
ただ……この世界においては、開けた場所で放つ魔法の射程は精々三百メートル程度。強弓であっても四百メートルに届くかどうか。そんな中にあって、五百メートルを超えてピンポイントで届く攻撃というのは、まさに未知のモノとなる。
狙いに関しても、今回に関しては視界に浮かぶ黒いマナを目印にするだけという相性の良さ。
この『狙撃弾』の魔法により、アルは大森林のギガント種の蟷螂を単独で討伐するという功績を残した。
過去においては、ファルコナー家の当主を受け継ぐための試練とまで言われた偉業。今代においては、当主ブライアン以外ではまだ誰も成し得ていないこと。
もっとも、ファルコナー的には接近戦以外は邪道ということで、アルはあまり認められなかったというが。
「(悪いね。セリアン殿に何をやったかは知らないが、ヤバそうだから仕留める。お別れだ。名も知らぬ敵)」
アルは今回の敵に関して、念に念を入れ、遠距離からの一方的な狙撃で終わらせる手を取る。
黒いマナを操るような敵には近付きたくない。原点回帰。危険なモノ相手に接近戦などナンセンスだと。
マナの揺らぎは極僅か。
静かに『狙撃弾』が発動、射出される。
……
…………
「(……何だ? 何処からか視られている?)」
シグネはさり気なく周囲に気を配り、人形達を即座に動かせるように意識を整える。
姿こそ子供ではあるも、シグネ自身もそれなり以上に戦う者。違和感を覚えてはいた。
遅まきながらも警戒。何処かに敵が居る。まったく根拠はない。それでもシグネは確信する。
「(待ち伏せされたか? 上等だ。返り討ちにしてやる)」
しかし、その警戒自体は無駄に終わる。
そもそも彼女の感知能力や人形を駆使した所で『狙撃弾』の間合いまではカバー出来ない。
手を繋いでいた親役の人形。その腹が突然弾ける。
ほぼ同時にシグネの右肩が消失。
腕が千切れたというレベルではなく、肩付近がごっそりと消し飛んだ。
中身が飛び散る。咄嗟に動く。
普通なら致命傷ではあるが、彼女は動く。止まらない。動き続ける。
混乱、痛み、傷の確認、状況の把握。そんなモノは無視。いちいち止まってなどいられない。
シグネは一連の現象の意味を理解するよりも前に、周囲の人形達を自身の盾としながら建物の陰へ駆け込む。
そして、そのまま離脱の一手。
「う、うわぁぁぁッ!!?」
「きゃぁぁッ!!?」
「なんだコレはッ!? なにが起きたッ!!」
いくつかの瞬きの後、絹を裂くような悲鳴が上がる。
それはそうだ。町の往来でいきなりヒトが腹から千切れたら周りはそうなる。
残されたのは一体の千切れた人形とシグネの右腕。
彼女の右腕はブクブクと気持ち悪い泡を立てて溶けていく。
……
…………
「(あーあ。お別れだの、名も知れぬ敵だの……格好つけたこと考えるんじゃなかった。フラグかよ。少し狙いが甘かったか。『狙撃弾』は即座に連発出来ないからな……ほんの少しでも動きが止まっていれば次が撃てたのに。もう少し近くからでも良かったか? 何をされたかも分からなかった筈なのに、きっちりと身を護りながら引くとはね。結局、ある程度は接近しないとダメなわけか……)」
アルも即座に動く。
今のでダメージは与えただろうが、あの程度で“敵”は死なないという確信があった。
その最たる理由がその身に流れる血……のようなモノ。中身。
敵からは血ではなく、黒いマナが物質化したかのような、真っ黒なヘドロ状のモノが傷口から噴き出た。人形はまだしも、シグネからもだ。まともな生き物の筈も無い。
「(アレがこの世界の『託宣の神子』の敵か? まさか魔族ですらないとはね。いや、アレが魔人という奴らなのか? ……まさかね)」
アルは教会の屋根から飛び降り、そのまま駆ける。視界に浮かぶ黒いマナの塊達を目掛けて。
鬼ごっこ。
……
…………
「(くそったれがッ!! 何だよ今のは!? 何をされたのか判らなかった!! アレがナイナの言っていた“礫”か!? 何処が礫だ! くそ! 呆気なく人形を壊しやがって! 総帥から借り受けたモノなのにッ!)」
シグネは駆ける。周囲を五体の人形に護らせ、その上で二体は離して後方からの追手を警戒させる。
いつの間にか消失した部位が元に戻っている。しかし、その部位だけ明らかにドス黒い肌色であり、まともなモノとは思えないが。
不意にシグネの視界に鎖。
「……ちッ!!」
躱す。
だが、まるで命あるかのような動きで『縛鎖』は止まらない。
即座に一体の人形が鎖を掴む。
瞬間、『縛鎖』が反応して人形に巻き付き、そのまま絞めつけて潰す……ことが出来ない。
ぎりぎりと身に食い込みはするも人形は耐える。
「……さっきのをやった奴じゃないな……足止めか」
「(周りに居るマナの揺らぎが無い連中も只者じゃない。この数相手は無理)」
ヴェーラは全員には勝てないと判断。『縛鎖』を敵側へ放出して足止めに徹する。……つもりが、いきなり『縛鎖』を掻い潜っての踏み込み。人形の一体がヴェーラに迫る。
「(くッ! マナの揺らぎがなく動きが読めない! まるでアル様のようだッ! ……だが、アル様の踏み込みはこんなモノではない……ッ!)」
人形の踏み込みに合わせてヴェーラも前に出る。
前に出ながら敵の手刀を躱し、『視えざる鎖』を手ずからに相手の首に絡めて……マナを籠めて締め潰す。
ここまでの至近距離であれば、『縛鎖』にて敵の肉体を潰すことも可能だとヴェーラは知る。
潰れた箇所から、ドロリとした粘着質な黒い血のようなモノが吹き出し、嫌なモノを感じて咄嗟に身を引いて距離を取るヴェーラ。
しかし、まさに首の皮一枚で繋がっている人形は、尚もその機能が止まらない。それどころか潰れた首が黒いドロドロのモノに覆われ、まるでギプスのように頭を保持している。
「(くッ! 耐久性が高い。これはゴーレム?)」
距離を取ったヴェーラに新たな人形が迫るが、『縛鎖』で冷静に相手の動きを阻害しながら捌き、彼女は更に距離を取る。
「(……近接戦闘は不利。あの黒いのにも触れない方が良い。彼女の右手も。距離を取って正解だけど、決め手もない……)」
距離を取った状態から、ヴェーラはこの場の首魁と思われるシグネに対しても『縛鎖』を差し向けながら足止めと時間稼ぎに専念。
放たれる鎖。その多くをシグネは躱しているが、ときに人形達を使い、ときに自らのどす黒い右腕で『縛鎖』を弾く。
何故か彼女の右腕が触れても『縛鎖』の自律的な反応はない。
それどころか、触れた先から『縛鎖』のマナの構成が砂状に分解されていく。
「(……あの黒い右腕が厄介……ッ!)」
シグネの体捌きは戦士のそれではあるが、先ほどの『狙撃弾』のダメージによるものか足元はふらつき、その動きは明らかに精彩さを欠く。
「(チッ。思ったより動けない……! 無理矢理“復元”したせいかッ!)」
路地裏で停滞する闘争。
前にはヴェーラ。後ろからアルが迫る。
シグネには焦りが生まれる。こうして足止めされている間にさっきの攻撃が再度来れば為す術もないと。
そして鬼が追い付いた。
「(くそ! 追手を警戒していた人形がやられた。奴がアルバート・ファルコナーか!)」
シグネは後方に配置した人形の視界からアルを視た。かなりの距離があった筈なのに、一瞬で踏み込まれて頭部を潰された。素手で。
シグネからすると有り得ない光景。
人形達は魔人と比べてもそう劣らない肉体強度を持っている。それに復元能力もだ。ヒト族の身体強化の一撃で機能停止にされるなど思ってもみなかったこと。
そもそも、町を歩くただのヒト族にしか見えない……擬態した人形を、明らかに敵と認識して攻撃してきたことも彼女には信じられない。
「(何だあの身体強化は……ッ!? ヒト族の分際でッ!!)」
シグネは決意する。
人形達をこれ以上出しても無駄。仮に人形に仕込まれた奥の手を使っても短時間では勝てない。切り抜けられない。
こうなれば自らの切り札を使う。
「(初めに一撃をもらったのが痛い……くそ、ナイナめ。これ程に厄介な相手だとは聞いてなかったぞ……いや、彼女程度では相手にもならなかったのだけは確かか……くそがァッ!!)」
シグネから異様なマナの流動。
先程まで感知できなかったが、流石に今はヴェーラの視界にも黒いマナが視える。それ程に濃厚なモノ。シグネを中心に渦を巻く。
「この姿を見て……生きて帰れると思うなッ!」
子供の姿だったシグネ。
まるでサイズの合わない着ぐるみを中から突き破ろうとするかのように、ナニかが彼女の体内で蠢いている。
邪悪な羽化の儀式。ゲーム的なボスの形態変化。二段回目。
「……あ……ッ」
ヴェーラは怖気を感じる。これ以上にないという程のハッキリとした“死”を幻視する。
その本能的な恐怖に突き動かされて、咄嗟に彼女は逃れる。
射線上から。
瞬間、シグネの上半身が失せた。
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