第7話 狂戦士たちの狩り

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「はい? 作戦への参加ですか?」


 既に年少組たちもバルガスの伝手で、ちょっとした雑用係として商店通りに出て行く事が増えた。そんな空白の時間にアルは『ギルド』に戻り、ヴェーラと話をすることに。


「『使徒』として敵の始末に協力しろだとさ。あのクレア殿直々に“お願い”されちゃったよ。あ、それから、魔族が復讐を企ててるから警戒しておく必要もあった……ヴィンス殿っていう方がいて……えっと、そう言えば、開戦派を騙る魔族組織の情報はそれほどクレア殿に重要視されなかったよな……」

「……アル様。色々と話が見えませんよ?」


 こてんと軽く首を傾げるヴェーラ。

 黙考している事が多い所為なのか、アルは伝えるのが下手になることも多い。流石に最初は躊躇していたヴェーラだが、今では普通に突っ込む。分からないと。


 まず、クレアがアルにさせたいこと。

 黒いマナを他者に取り憑かせることが出来る遣い手……『敵』の始末。


 クレアは既に敵がどのような相手かも知っている。少なくともそう思わせる素振りがある。だが、誰もそれをクレアに問い質したりはしない。できない。


 そして、出奔して行方を眩ませているエイダ改めナイナ。その他、ヴィンス一族の中にもアルへの報復を考えている連中がいること。ヴェーラやサイラス達にはこっちの方が直接的な問題。


 ちなみに、開戦派を騙る別の魔族組織についての情報は、クレアから『あぁそうか』という薄いリアクションのみ。


「あぁゴメン。ええと。まず……僕がやり返した連中の一族が、更にやり返そうとしている。今はサイラス達も居るから、彼等のことも警戒しないとダメだって話」

「……サイラス達を巻き込む輩ですか……」


 アルがまずヴィンス一族の抑えが効かない連中の報復を説明すると、ヴェーラの声のトーンが下がる。そして、マナの気配に危険な匂いが漂う。


「……アル様。そのようなことは早急にお伝え頂かないと困ります。実は昨夜も不埒な輩を一人“潰し”ましたが……もしやアレもそうだったのでしょうか? いつの間にか死体が処理されていましたが……」

「ご、ごめんよ……後始末があったのなら、ヴィンス殿の一族の者だったと思うけど……さっそく『ギルド』にも手を出してきたのか。なら方針を変える。ヴィンス殿の思惑とは違うだろうけど……こっちから積極的に狩るとしようか」


 アルはあっさりと方針転換。『やられたらやり返す』から『やられる前にやる』へ。


 そしてサラリと済ませたが、ヴェーラも背景の分からぬ者を容赦なく返り討ちにしている。まさに正しく狂戦士アルの従者。


「とりあえず、年少組はしばらくは外出は控えてもらうとしよう。年長組は……どうだろ? 今のサイラスとサジなら、逃げるくらいは出来るかな?」

「……昨夜の賊程度であれば、一対一なら十分に逃げ切れるかと。ただ、やはり心配です」


 魔法の素養が多少ある年長組のサイラスとサジは、あくまで形だけではあるがファルコナー流のマナ制御の基礎くらいはできる。


 生活魔法の『活性』をファルコナー流で発動して脱兎の如く逃げれば、非魔道士の大人相手なら余裕で撒ける。仮に相手が魔道士であっても、身体強化に重きを置いていない者であれば、それなりに逃げられる。


「う〜ん……不確定要素が多過ぎるな。やはり、先に敵の方を減らすか。念の為にサイラスたちは別の場所に移しておくとしよう。クレア殿の“お願い”はまだ少し先だろうし……今の間にナイナの方も片付けるか……」


 コートネイ伯爵家への正規の治安騎士による揺さぶりの実行には暫く時間を要する為、アルはクレアが言う“敵”よりも先に、ヴィンス一族の不穏分子や出奔した連中……ナイナ達を相手にすることに決めた。魔族の開戦派を騙る者達。


「ナイナ……ですか?」

「あぁ。学院に来た当初にやり返した相手。僕が仕留め損ねた相手だよ。当時はエイダという名だったらしいけど……って、ややこしいなコレ」


 あの時、元々ナイナ達はアルを舐めていたが、アルも同じ。殺す気で『銃弾』を連射したが、やはり何処かで『この程度で良いだろ』という詰めの甘さがあった。


「……アル様が仕留め損ねた相手……侮れませんね」

「そうだね。僕が相手を舐めていたのもあるけど、それも含めて運も実力の内。本当に侮れない相手だよ。一度は長の顔を立てて“流した”けど、もうソレも良いみたいだし……むしろ今は暗に始末してくれって感じだね」


 アルにもヴェーラにも油断はない。知っているからだ。結局の所、生き残った奴が強いということに。

 ナイナはアルから生き延びた。そして今も生きている。それが全て。


「それにしても、こうなってくると手が足りないな。『ギルド』を狙われると……あと一人は戦える者が欲しい。いっそのことコリンでも呼ぶかな……王都の魔道士の多くは、コリンでも十分に渡り合えるし、サイラスたちへの教育係としても……うん。割と良いかもな」


 アルは一人で考え、一人で決着。

 ヴェーラは置いていかれるが、流石に彼女もアルの性質には慣れた。


「アル様、お決まりですか?」

「え? ……あ、ごめん。またいつもの癖で……えっと……相手次第だけど、今後のことも考えて、ファルコナー領の者に声を掛けてみるよ。前線の者じゃないし、たぶん大丈夫だと思う。ヴェーラ一人に任せっきりなのも悪いしさ。伝書魔法を依頼してみるよ」

「私は構わないのですが……やはり同時に動くには手が足りないのも事実ですね……不甲斐無い従者をお許しください」


 きっちりと頭を下げるヴェーラ。

 慣れては来たが、彼女の生真面目さは少し重いなとアルは感じてしまう。ただ、まともに比べられる対象がコリンしか居ないので、それはそれでどうかという所。


 こうしてアル達の当面の行動が決まる。


 狂戦士と従者が、狩人として王都を征く。



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 ……

 …………

 ………………



「ヴ、ヴィンス老ッ! 貴方は“アレ”の暴挙を許すのかッ!!」

「そうだ! もう既に八人も殺られたんだぞッ!!」

「も、もう、やり返されたでは済まない! 向こうは積極的に狩りに来ているッ!」


 紛糾する者達。口々に泡を飛ばし、長であるヴィンスに詰め寄る。

 しかし、ヴィンスは素知らぬ顔。彼は目の前で焦る連中のことをよく知っている。アルへの報復を強く訴えていた者達。長の判断に従えぬ者達だ。


 嘆息しながらヴィンスは問う。


「それで? 結局の所、お主らはどうしたいのだ? アル殿に許しを請う橋渡しをわしにせよと?」

「ち、違う! だ、誰がそんなことをッ! 私は一族としてヤツを始末するべきだと言いたいのだッ!」

「そ、そうだッ! 一族としてケジメをつけるべきだ!」


 本当は解っている。ヴィンスにはよく解かる。

 実のところ、連中には覚悟が無かっただけ。要は自分達の命が危うくなるなど考えもしていなかったのだ。以前のナイナ達と同じ。

 そして、いざ狂戦士の足音が聞こえたときに怖気付いた。我が身の危険をそこではじめて知ったのだ。


 自分達の要求や要望が通るとしか考えていない。思い通りになる筈だと。それなりに歳を重ね、一族の中でも中堅から幹部と呼ばれ称する者達の中にもこんなのが混じっている。


 平時には気付けなかった。ヴィンスの失望は如何ほどか。


「(いや……もしかすると、あの時のアル殿がわしに感じていたのも同じようなモノだったのやも知れぬな……なんたる情けなさよ)」


 未だにわーわーと自分の身の安全を一族のケジメだの何だのに置き換えてさえずる。


 そんな連中にヴィンスは見切りをつける。以前は出来なかった。しかし、いまはこんな連中に構っている時間はない。


 ナイナのことや怪しい開戦派のこと……それもいっそ些末事だ。

 ヴィンスはそれよりも何よりも、一族の者を一人でも多く生かす道を模索しなければならない。足を引っ張る者、他の者達を巻き込む者に一族の庇護など与えている場合ではないのだ。


「わしは言ったはず。アル殿への報復よりもすべき事があると。それにナイナたちの一件は長としてすでに締めた話。その後についてもじゃ。……長の言葉を軽視して行動を起こしたのなら、もはや長であるわしを、一族を頼るな。後は好きにせよ。もうお主らの話を聞く者は居ない。割く時間もない。それでも一族の他の者を煽動しようものなら、その時は長としてわしが粛清する。それだけじゃ」

「なッ……!」

「ヴィンス老ッ!!」


 ヴィンスは片手を上げ、周囲を固める者へ『こいつ等をつまみ出せ』と指示を送る。

 いまはもう、長の指示に従えない者は一族には必要ない。そして、それを理解している者しかヴィンスの周りには残っていない。


「は、離せ! 若造がッ!」

「貴様等! こんな事をしてタダで済むと思うな!」

「よせ! は、話を聞いて下され! 長よッ!!」


 決別。別離。ヴィンスは、彼等とはこれが今生の別れだと察している。


 アルの積極的な動きにヴィンスが面食らったのは事実だが、アルは見事に『自分に害意を持つ者』のみを仕留めている。それも気の迷い程度ではなく、明確に害意を持ち行動に移した者のみだ。そこに間違いがないのが救いだと、ヴィンスはバッサリと割り切った。


「(ナイナへの追撃と捜索は出したが、この分だとアル殿の方が先に辿り着くか……ナイナよ。お主がエイダとして一族を率いる未来をわしは見たかった。そこに偽りはなかったのだ……お主を含め、散っていった多くの同胞たちよ……正しく導けなかった愚かな長を、もう許してくれとは言わん。ただ眠れ。わしが逝くまで。あの世でわしを八つ裂きにでもするがいい)」


 ヴィンスは祈る。決して許されることはなく、許されてはならぬ自らの過ちと愚かさ。その犠牲となった者達への鎮魂の祈り。


 彼の中には、自らがのうのうと生きているという羞恥と悔恨がある。さりとて、長として一族の為に働き、決して立ち止まるわけにはいかない。いまはまだ、死に逃げることも出来ない。


 ゲームで描かれていた、優柔不断でどっちつかずな融和派の長はもう居ない。



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 ……

 …………

 ………………



「ナイナ。どういうことかな?」

「……言った通りのこと。狩られている。私と共にヴィンスの下を出奔した者たちが次々と行方不明になっている。何人かはその遺体を確認した」


 狂戦士たちの足音を聞いたのは、ヴィンス一族だけではない。そこから出奔した者達もだ。


「それはつまり、融和派の粛清?」

「……違う。ヴィンスの下にこれ程の芸当が単独で出来る者は居ない。少なくとも王都には居なかった。辺境地で身を潜めている魔人が数人いるとは聞いているが、“コレ”はそうじゃない。……ヤツだ。アルバート・ファルコナー。マナまでは探知出来なかったが、遺体の損壊具合……その特徴がヤツの仕業だと示している」


 見つかった仲間の遺体の全てがそうではないが、ナイナには遺体の痕跡に覚えがある。何しろ、アルの『銃弾』が雨あられと降り注ぐ中を生き延びたのだから。分からない筈もない。

 マナで構成された“礫”のようなモノを高速でぶつける。ただそれだけ。現象としてはシンプルの一言。ただ、その速度と威力は脅威でしかない。


 かつて、ナイナが持つその膨大なマナ量を障壁の構築に全振りして『銃弾』の雨を防げたが、意識が逸れたら終わり。また、常に全方位に障壁を展開し続けることなど出来ない。


「コートネイの方で忙しいこの時期に……まぁ良いよ。ナイナはよくやってくれている。思いの外有能だし、先にそのアルバートとかいう奴を始末しようか?」

「ッ! 良いのか? ヤツは強い……その魔法もだが、何というか……異質だ」


 シグネはナイナの望みを知っている。


 復讐。


 自分一人では出来ないから手伝えと。

 当初は『こんなに情けない奴だったか?』と、シグネは組織に引き込んだ事を少し後悔しそうになったが、ナイナはそれなり以上の能力を発揮した。


 疑問はあっても、命令には従い結果を出す。


 それだけで十分過ぎる。むしろ、シグネは想定以上だと喜んだくらいだ。


「はは。異質ね。ナイナ、ソレは何の障害にもならないよ。いっそ私の方がずっと異質だよ。強さも。ま、私がどうこうする迄もなく、“人形達”を使えば、ヒト族の魔道士など敵じゃない。それこそ貴族家の当主クラスでもないと、人形とまともにやり合えもしない。ナイナにも分かっているだろう? ……それで? どうする? コートネイの周囲を張ることを中断は出来ないし……人形達の使用許可をあげるから、ナイナが自分で殺る?」

「……ヤツを殺れる程にはまだ人形の制御が出来ない。人形達の形態変化も未だに無理だ……私はヤツが死ねばそれで良い。……すまない。ヤツを……殺してくれ」


 ナイナはシグネに頭を下げる。もう形振なりふり構わない。アルが死ねばそれで良い……などと言うが、その実はただ怖いだけ。アルの前に立つのが。


 それでも彼女は復讐を捨てきれない。頭では分かっている。逆恨みに過ぎないと。先に手を出したのは自分だと。それでも……と、彼女は止まれない。


 シグネもそんなナイナの心情など承知の上。彼女からすれば、組織の為に駒がより良く動くようになればそれで良い。深い事情など知った事ではない。


 そもそも総帥から借り受けた“人形”を制御する為には、マナ量の多い人材が必要となる。その点についてはナイナは得難い人材。


 アルバート・ファルコナーという辺境貴族に連なるヒト族を殺す。


 それだけでナイナの忠誠が得られるなら安いもの。そんな認識。


「じゃあ、ナイナは引き続き人形を連れてコートネイ家の周辺を警戒してよ。もし、踏み込んで来るのが聖堂騎士……教会の手の者なら、その時は躊躇せずにコートネイの口を封じて撤収。最悪、人形の二〜三体は捨て置いてもいい。治安騎士が相手なら手を出さずに様子を見て待機。すぐにこっちに連絡を寄越して。ソレ用の人形は一体残しておくから」

「……承知した」


 さて、釣り出されたのは?



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