第9話 傀儡
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どす黒いマナの胎動を感じ、アルは流石に危機感を覚えた。『アレはちょっと不味い』と。
だが、アルにとって解せないのは、敵は立ち止まった状態でマナを練っているだけという状況。
特撮ヒーローの変身を律儀に待っている、悪の戦闘員の気分にもなる。
無論、アルは待たない。
「(射線上にヴェーラがいるけど……まぁ割と近い距離だ。彼女なら感知できるだろ。『狙撃弾』の気配を。コレ、強力なのは良いんだけど、気配がなかなか隠せないのが欠点の一つなんだよな……)」
そこはヴェーラへの信頼なのか何となくなのか、即座にアルもマナを練り『狙撃弾』を出力高めで段取りして……サクッと発動。射出。
着弾。というよりも貫通。
ごぱッという気味の悪い音と共に、ヘドロのようなモノを撒き散らしながら、変身途中的なシグネの上半身……胸の辺りから上を千切り飛ばす。
べちゃりと地に落ちた半身は形を留められないのか、液状に広がりそのまま溶けて黒いヘドロ。地面の染み。
当然ヴェーラは事前に退避。
ついでに射線上に居た人形も一体、巻き込んで破壊するという結果。
「(……普通に当たるのかよ。何かの誘いかと思って警戒したのが馬鹿みたいだな。とりあえず、残ってる気持ち悪いゴーレムを壊しておくか)」
黒いマナの塊のような敵……シグネを行動不能にしてから、途端に人形達の動きが悪くなる。それでも、アルが近付くとそういう設定なのか殴り掛かってくるという始末。
殴って壊すと黒いマナの塊が噴き出て気持ち悪いため、アルは人形達の攻撃反応の間合いの外から『銃弾』で頭部を破壊。
かなりの強度があり高出力な『銃弾』数発を要しなければ機能を停止させることが出来なかったが……それでも特に問題もなく、アルはヴェーラと合流することに。
……
…………
「アル様。申し訳ございません。持ち場を離れてしまいました」
「いやいや。アレは僕が悪いから。むしろ避けてくれないと困るよ。まぁヴェーラなら避けれると信じてたからやったんだけどさ。……それより、コイツは何なんだろうね? この状態でも、黒いマナがまだ動いてるし……」
胸の辺りから上が無い、元・シグネが仁王立ちしたまま。そんな状態であっても、未だに黒いマナがその流動を止めていない。
普通の生物であれば明らかに死んでいる状態のはず。もっとも、大森林の昆虫の中には、頭部を失っても反射的に動く連中はいるが、それとはまた別の状態とアルはみている。
この状態で活動を停止しないとなると、一般的にはアンデッドくらいだが……アルはそれも似て非なるものだと感じている。
「……とりあえず、ヴェーラは王家の影に連絡して貰える? 迂闊に触れるのはどう考えても不味そうだし……神聖術の遣い手でどうにかなるかな?」
「畏まりました。……そうですね。コレは明らかにまだ活動を終えていません。アル様、もし動き出すようなら早急に退避をお願いします」
「そうするよ。流石に『
一つ礼をして、ヴェーラは王家の影への連絡調整へと走る。
黒いマナを纏う者。
明らかに『託宣の神子』を害する存在。ならば、神子を守り導くという『使徒』がその相手をするのは理屈としては分かる。
しかし、アルはどうも納得がいかない。自分がその『使徒』であることが。
特別に女神の啓示なり託宣なりを受けた覚えもない。勿論会ったこともない。いきなり『使徒』とか言われても知ったことではない。
むしろ、王家の影と繋がりを持てたのは良い面もあるが、今回のような場合は悪い部分が多い。首輪付きの悲哀。
「(ふぅ。これはスライム系か? 死霊系? ……どうせクレア殿は敵の正体すら知ってそうだよな。それがまた腹だたしい。まぁ今回は彼女に関係なく“こう”なっていた気もするけど、いちいち首輪を引っ張られると面倒だよな。
う~ん……幸いにもダリル殿たちと直接話をしても不自然ではない程度の顔繫ぎもしているし、コリンが来たらしばらく
そもそもアルは黒いマナを感知は出来るが、ソレを何とかできる手段がない。高位の神聖術使いのように不浄の力を浄化できる訳でもない。むしろ、主人公達の白いマナとやらで相手をするのが正解ではないかと。
アルからすると、火事場に水を持たずに駆け付けるようなモノ。眺めるだけで何も出来ない。むしろ消火活動の邪魔になるし、いっそのこと犠牲者が増えるだけとなる可能性まである。
まぁ破壊消火ならできるが……そんなのを女神から期待されても、それはそれで迷惑だとアルは思う。
「(とりあえず“戦い”という点では、不意を突けばやり合えるのが判っただけマシかな。ゴーレムはやたらと頑丈だったし、この気持ち悪い子供は正面からやりあっていたらヤバそうだった。
子供も人形も僕には黒いマナが視えたから判別できたけど、戦いに入る前は気配や仕草、マナの流動は全く普通の一般人並。その上で、戦いになれば気配やマナの動きが読み難い上、身体強化済みのそれなりの魔道士以上の身体能力。……もろに隠密的な破壊工作や暗殺向きだな。あんなのが普通に隣にいてもほとんどの者は気付けない……騒動を起こすのにうってつけだね)」
アルは考え事をしつつ、シグネだったモノを監視しながら、王家の影なり、治安騎士なりを待つが、彼は気付いていない。
「(? やたらと騒がしいな。ヴェーラの応答にしては早い……?)」
町の往来から路地裏に掛けて、黒い血を持つとはいえ、明らかにヒト族と思われる者の死体と血痕のようなモノが転々としている。辿った先には仁王立ちのままの子供の半身があり、その傍らにアル。完全に容疑者……というより犯人。
「き、貴様ッ!!そこを 動くなッ!!」
「何てことを!? この外道がッ!」
駆け付けた治安騎士がアルを確保。この場に限っては、冤罪や誤認の可能性はない。
……
…………
………………
「いやぁ、助かりました。流石に任務に忠実な騎士を振り切って逃げる訳にも行きませんでしたし……」
治安騎士団の詰め所の地下。所謂留置所。一時的に身柄を拘束する牢屋へとぶち込まれた。
アルは駆け付けた治安騎士達に説明はするが、問答無用でマナ封じの手錠をかけられて連行。アルも抵抗はしない。流石に状況が状況だけに仕方ないと諦めた。現行犯逮捕。
結局、ヴェーラの連絡を受け、王家の影でも状況を精査。身元を保証するためにヨエルが詰め所に迎えに来たのは翌日の昼となってから。ご宿泊。
ちなみにヴェーラはサイラス達のもとへ戻り再度の攻撃を警戒をしている。
「……真昼間の町中で何をしているんですか。何を。いきなり動くのではなく、せめて事前に連絡は入れて貰いたい。段取りも無茶苦茶になったらしいですよ……ふぅ。クレア様は報告を聞いて、珍しくも涙を流すほど大笑いしていたそうなので……お咎めはないでしょうが……」
「いや、僕もまさか、クレア殿たちが敵と目した連中を相手にしているなんて思ってなかったので……(まぁ本当は途中で気付いてたけど)」
少し疲れた風のヨエル。下っ端の実行部隊の哀愁が漂う。
ビクターが他の班や治安騎士団への繋ぎの調整をしている時にこの騒ぎ。ヨエル達が直接調整に関わることはなかったが、上役であるビクターの不機嫌さが堪える。
「それで? あの気持ち悪いゴーレムや仁王立ちの下半身はどうなりましたか? 不浄のマナが関わるから教会関係者を呼んでくれと……一応、治安騎士たちに忠告は残しましたけど……?」
「……凄惨な光景を見て焦ってはいても、不用意に直接触れるような迂闊者は治安騎士団には居ませんよ。教会の呪術払いを得手とする御方たちに確認をとって動いていました。現在、あのゴーレムの残骸などは聖堂騎士団が管理しているようです。……ただ、クレア様はあの下半身を見て『抜け殻だ。中身は逃げた』と言われていました。そして、それをアル殿に伝えろと……」
クレアからの伝言を聞き、げんなりとするアル。
「(おいおい。中身が逃げたって何だよ。連中は寄生生物かナニかかよ? そんな連中が“敵”なのか? 意味深なのは主人公相手だけにしてくれよ……ゲームとかでは気にならないけど、意味深なこと言って自分ワールドにトリップする奴って、実際に居たら腹立つよな……!)」
クレアの暴力に今のところ逆らえないが、腹が立つのは別とばかりにアルは内心で愚痴る。
もっとも、アル自身にも敵を斃したという手応えもなく、敵の残骸を警戒はしていたが、同じく『脱皮後みたい』という印象を抱いてはいた。ただ、その逃げた先や中身については見当もつかないが。
「……今後はどうしましょう? コートネイ家への治安騎士からの揺さぶりはそのまま行うので?」
「その辺りは再調整をかけるようですが、計画自体は実施する方向だそうです。なので、その際にはアル殿にも同行してもらうことになるでしょう。……おとなしくしておいて下さいよ?」
クレアの計画は続行。コートネイ家へのガサ入れは実施。ただし、この作戦自体は既にコートネイ家へ筒抜けになっていることを想定している。
つまり『探られて不味いモノがあるなら今の内に切れ』というメッセージに過ぎない。
そこで不味い付き合いを清算するなら良し。そうでないなら……という、王都ではよく見られる都貴族へ警告行動。
「相手がちょっかいを出してこなければ、僕もおとなしくしておけるんですけどね」
「アル殿……ッ!」
「いやいや、流石に冗談ですって!」
ヨエルの圧に屈するアル。いまは揶揄うのも不味いと察する。王家の影から距離をおきたいが、身元保証人は大事。
「ま、まぁ……面会の許可が下りたらですが、セリアン殿の様子を伺う程度は良いです? 恐らくセリアン殿を黒いマナで攻撃していたのは、あの抜け殻となった奴でしょうから……」
「……そうですね。まぁその程度であれば……現状、黒いマナをまともに感知できる者はあまり居ないようですし……その辺りは私もビクター様へ報告しておきます」
「それ以外については、アンガスの宿かギルドの方でおとなしくしておきますよ」
軽い確認をして、アルはヨエルと別れる。
周囲を探っても、特別に害意を持つ者や、塊のような強度を持つ黒いマナは感知できない。敵側には立て続けの積極的な攻勢の意思はないとアルは判断する。
斃したという手応えこそないが、手痛いダメージを与えたという感触はあった。
「(さて、これでセリアン殿の体調に変化があればね。敵を斃さずとも術が解けるということになるけど……そもそもあの術、黒いマナの蛇は一体どんな効果や目的があるのやら……?」
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……
…………
………………
とある屋敷。コートネイ家を見張るための拠点。
二つの人影が語り合う。
一方はナイナ。もう一方は特徴のないヒト族の若い男性。人形。
「ナイナ、君はとんでもない奴を相手にしたね。聞いていた“礫”どころでは済まなかったよ。まさか私の依り代を復元不可能な程に壊すとは。お気に入りだったのにさ。……くそ! ヒト族如きが……ッ! 制御が切れたとはいえ、総帥に借り受けた人形を八体も失ってしまったよッ!! 総帥と共に造り上げた傑作がッ!」
無表情の男が語る。その表情に似つかわしくない、醜悪な怒りを乗せた女児の声で。
そして、それを聞くナイナも、まるで人形のように表情が無い。
「(シグネでも無理なのか……魔族やヒト族を超越した化け物であっても……)」
ナイナの胸に宿るのは諦念。
少なくとも自分には無理だという諦めはあったが、彼女が身を寄せた開戦派を騙る組織には、自分を遥かに凌ぐ実力者や魔人、或いは化け物たちがいた。
こいつ等なら……という昏い希望があったが、その一つが潰えた。
もっとも、シグネが人外の化け物らしさを発揮する直前、隙だらけの所を狙い撃ちされて呆気なくやられたということをナイナは知らない。
シグネはまだ本気を出していないだけ。
敗れた者の言い訳としてはあまりにも無様。
「……ナイナ。私は未完成ではあるが“例の依り代”へ移る。いま保管している別の依り代に定着してしまうと、例の依り代の完成後に直ぐに移ることが出来なくなりそうだ。……恐らくしばらくは身動きが取れない。君に預けている分と、屋敷に残している人形たちを回収してベナークの下へ行け。総帥の計画に水を差すわけにはいかない。屈辱ではあるが、王都の活動に関して、後はフロミーに任せる。くそ。……ああ、コートネイ卿は始末だ。あと、アルバート・ファルコナーの件はベナークに報告しろ。フロミーには伝える必要はない。あいつは遊び好きだからな。下手に興味を持たれるとややこしい。あのアルバートは何故か擬態状態の私や人形を看破した。むしろ迂闊に人形を連れて近付くべきではない……今はな。あの野郎はもう私の獲物だ。必ずこの手で殺してやるさ……ッ!」
「……承知した。ベナークとは……確か東方辺境地で活動する者だな? コートネイを始末後、速やかにここの痕跡を消し、残された者たちをまとめてからそちらへ向かう。私からフロミーに伝えることはない。……それで良いんだな?」
諦念のナイナは、シグネに言われたままの忠実な回答。
「いい子だ。ナイナ。君を手に入れられたのがせめてもの救いだよ。……もし、君と一緒に出奔してきた連中の中に才ある者が居れば、人形を二体までなら預けてもいいよ。私の元々の部下たちにも、しばらくは君の言う事を聞けと伝えておくさ。後はベナークの指示で動いてくれ」
ナイナには予感めいたものがある。
恐らくシグネとは、彼女が別の依り代に移ったとしても二度と会うことはない。
自分が死ぬのか、シグネが虚無へ還るのかは分からないが、ここでお別れ。そんな確信があった。
「(シグネ……アンタは魔族ですらない、異形の化け物だったが……それでも寄る辺を失った私を拾ってくれたことに違いはない。この命ある限りはその指示には従ってやるさ。……もう私にはそれぐらいしか遺されていないからな……)」
空っぽ。虚脱感に支配された体を引き摺りながら、ナイナはシグネの指示を守るために動き出す。虚しき復讐者。シグネの傀儡。甘ったれた力無き愚か者。
……
…………
………………
アルがコンラッドにセリアンとの面会を申し出て、後日の約束を取り付けた頃。
時は夕方。日が沈むことを惜しむ頃。夜の帳が下りる前。
コートネイ伯爵家の邸宅は凄惨な修羅場と化していた。
イーデン・コートネイ伯爵。
その気質は選民思想が強く、傲慢で不遜。都貴族の中の都貴族といった風ではあったが、王国建国前から続く古貴族家の現当主に違いはない。
都貴族の常ではあるが、実戦からは離れていた。ただ、魔道士としての腕は一流。そのマナ量も潤沢であり、幾多の属性魔法を使い分ける技巧派として知られていた。
彼はいきなり何者かの襲撃を受け、邸宅内で戦闘……襲撃者達との殺し合いとなる。
残念ながら、伯爵やその護衛を含めて、誰一人生存者はいない。非戦闘員である平民の使用人まで皆殺し。
不幸中の幸いなのか、貴族位を持つ妻と継承者たる長子は、当時は別宅で過ごしていた為に犠牲にならずに済んだが……襲撃を予期していた伯爵当人が、事前に指示を出していたとも言われている。ただし、その詳細は不明。この件について妻子はもとより一族の者は皆が口を噤んだという。
邸宅を入ってすぐの玄関ホール。
そこにはズタズタに引き裂かれて力尽きたイーデン・コートネイ伯爵の遺体と、襲撃者一味と思われる所属不明の二名の男の死体、黒い血を持つ壊れたゴーレム三体が残されていた。
邸宅内やその遺体を検分した者たちによると、伯爵は護衛である近習の私兵達が破れた後も、その身一つで、力無き使用人たちを守りながら襲撃者たちと戦い続けた形跡があったという。
多くの使用人は、伯爵の命の灯が消えた後に殺害された模様。
治安騎士団が踏み込んだ際、襲撃者達が逃げる際の物音を聞いたということから、伯爵の死闘により、連中には証拠を隠滅する時間すらなかったのだろうと見られている。
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