第3話 秘奥義

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 外民の町。その外れ。


 王都の第四地区……外民の町がかつてスラムだった頃、人々の救済を謳いながらも、裏では奴隷や違法薬物の売買、男女問わずの売買春の斡旋などにまで手を拡げていた、まさに清濁併せ呑む救済院があったという。


 スラムが正式に町へと整備されるにあたり、エリノーラ教会がテコ入れし、一度は真っ当な運営の教会へと生まれ変わった筈だった。

 だがそれも束の間。いつの頃からかまたしても裏稼業の者が出入りし、教会を隠れ蓑に裏仕事の斡旋をするようになっていった。


 そして時は流れる。その教会の裏稼業の系譜は、女神エリノーラへの信仰の下に独断と偏見により悪を断罪する助祭兼処刑人へと受け継がれていたという。


 その助祭兼処刑人も既に生者としてはこの世にいない。いまはただ死霊として現世に縛られているのみ。

 この末路を哀れと思うか、自業自得と唾は吐きつけるか……それは見る者の心次第。


 かつての救済院でもそうだが、裏稼業に手を染めてはいたが、確かに教会や助祭に助けられた者も数多いのだ。表と裏の差が大きかっただけとも言える。そして、どちらが表でどちらが裏だったのか? それはもう誰にも分からない。


 もはや死霊が蠢くのみ。



 ……

 …………



「……ここが目的地である教会か。確かに不浄のマナを感じる。東方の大峡谷にもアンデッドはチラホラいたけど、こんなにハッキリとした死霊を感知するのは初めてだ」

「ダリル。今日はあくまで我々は見学者だ。あまり前に出るなよ」


 ダリル達は大司教のにより、廃教会に巣食う死霊の討伐に立ち会うことに。あくまで立ち会いであり、討伐の主体は教会の戦力があたる。


 聖堂騎士団。

 『神聖術』を戦いのために使う者たち。教会が持つ独自の戦闘集団。


 あくまでも戦う相手は死霊をはじめとしたアンデッド系の魔物たちという名目ではあるが、内実は教義に反する者への“指導”や異端者への審問なども含まれるという。

 つまり、教導審問官や異端審問官は聖堂騎士団の裏部隊という噂。あくまでも噂。


「ダリル殿、セシリー殿。お二人ともお気を付けください。……もっとも、私などが注意を促さずとも問題はないかと思いますがね。お二人とも若いながらもよく鍛えられていますな。それに『神聖術』のマナとは少し違う気はするものの……女神様の加護のような力も感じます。本当に素晴らしい」


 聖堂騎士である中年の男が二人に付いている。この度は彼を含めて騎士が三名と従者四名が派遣されており、これはかなり慎重を期した配置となっている。


 今回の死霊については二体いると言われているが、その脅威度は中級程度であり、本来であれば騎士クラスの者なら一人、従者クラスであれば三人いれば十分と言われているレベル。


「ウォレス様。この度の死霊は中級と聞きましたが……俺たちの、その……『神聖術』のような“白いマナ”は通用するのでしょうか?」

「ふぅむ。さてそれはどうでしょうなぁ……恐らく効果はあると思いますが……どれほどかは判りかねますな。これまでにアンデッドの相手は?」

「低級な魔物のゾンビやスケルトン程度なら……」


 ウォレスと呼ばれたダリル達に付き添う聖堂騎士は手を顎に添えて思案顔。


 白いマナ。

 ダリルの得意属性は「火」。だが、いつ頃からか、魔法を放つと白いマナが混じるようになる。白い焔。威力が格段に上がり、その上で回復魔法のような効果まで付与されている。

 領地の教会で尋ねても『神聖術』に近いと言われるだけで詳細は不明。様々な文献や人伝に調べても結局の所はよく分からないままとなっていた。


 そして、程度はダリルの方が上だが、セシリーも同様に白いマナが混じっている。


 事情を知る王国や教会の関係者は『あの白いマナこそが女神様の加護の証だ』と騒いでおり、その性能や特性などを本人達がなるべく不自然と思わないように調べようとしていたりもする。


 今回はその一環とも言える。


「…… 実のところ、中級の死霊にこの人数は過剰でしてな。滅するだけではなく、結界にて縛ることも可能なのですが……その状態で一度試してみますか?」

「……ウォレス様。所詮はダリルの戯言です。ただでさえ無理を言って同行させてもらっていますのに……これ以上に御迷惑をおかけするわけには……」


 余りにも気安くモノを頼むダリルに危機感を覚えたセシリーが割って入る。


 しかし、ウォレスからするとそのような気遣いこそ余計なお世話。彼はただの騎士では無く、聖堂騎士団の隊長格であり、ダリル達の魔法やマナの実証実験を行う為にここにいるという実情がある。


「ほほ。セシリー殿。構いません。元より貴殿たちの不思議なマナを解明する手伝いをしろとも言われてますからな。大司教への質疑の中でそのような話が出たとも聞いておりますよ」

「た、確かにそういう話はさせてもらいましたが……」

「まぁそう気負わずとも、あくまで我々にとっては“ついで”に過ぎませんよ」


 柔和な表情でセシリーを諭すウォレス。むしろ死霊退治こそが“ついで”だとは口にしない。



 ……

 …………



「おっと。既に教会側の手が回っていたか……一応ある程度は気配を隠しておきましょう」

「……承知致しましたアル様」

「(それにしても、フラッと外民の町へ来た当日にコレか……やはりイベントに引き合っている気がするな)」


 ヴェーラの友好度を下げ、警戒心を上げながらも、アルたちも例の教会へと到着。ただし、既に聖堂騎士団やダリルたちが到着している状況であり、遠目から密かに様子を見るに留めることとなる。


「ヴェーラど……じゃなくて、ヴェーラは連中とダリル殿たちのことで何か聞かされていますか?」

「……聖堂騎士団の方々ですね。確か、ここ最近はダリル殿たちは教会関係者と顔繫ぎをしていた関係からと思われます。先ほどの宿で聞き取った『学院に在籍する神聖術の素養を持った者』は間違いなくダリル殿とセシリー殿のことでしょう。彼らの特殊な魔法やマナについての調査の一環ではないでしょうか? ……死霊相手には聖堂騎士が三名は過剰とも言えますので、恐らくはダリル殿たちの件が主たる目的と思われます」


 スラスラと答えるヴェーラだったが、アルは違和感を覚える。


「え? ちょっと待って。ダリル殿やセシリー殿は、何かしらの『特殊な魔法やマナ』の遣い手なの?」


 次はヴェーラの違和感。『はぁ? いまさら何を言っているんだ?』とでも言わんばかりの表情。もはやアルに対して負の感情を隠してはいない。やったね。関係性が一歩進んだよ、悪い方向へ。


「……アル様は……ファルコナー家の者はマナ制御に長けているのでは? 彼等のあの特殊なマナを感知していなかったのですか?」

「うっ……(実は視覚から入る情報に引っ張られて、二人のマナを特別に精査したわけじゃないんだよな……気配を感じる程度で……ゲームではレベルアップによって超人になっていくけど、設定としてはあくまで『辺境貴族家の普通の少年少女』だったし……そんな特殊なマナの遣い手じゃなかったはず。いや、これも今さらか。『託宣の神子』というだけあって、この世界じゃ特別な存在なんだ。そりゃ特殊な魔法くらい使う……のか?)」


 アルはゲームとこの世界において、初期設定すら違っていることは理解していたつもりだったが、どこかでまだゲーム設定に引っ張られている。もはや、彼の知る正規ルートのストーリー通りに進むという保証もないのに。


「(……考えてみれば当たり前なのか? ゲームではレベルアップで強くなっていた。でも、この世界においては、魔物を倒すことで劇的な成長を遂げることは少ない。一応、斃した魔物のマナを吸収してマナ量が徐々に増加するという仕組みはあるらしいけど……ゲームのレベルアップほどの効果じゃない。あくまで強くなるのは、地道な訓練や魔法研究の結果。

 ゲームではレベルが上がればポンポンと新しい魔法なりスキルなりを覚えていたけど、実際にはそんなわけはない。僕の『銃弾』だって納得のいく射出速度や威力を出すのに数年の時が掛かったし……ハッキリとしたイメージがあるにも関わらずだ。基礎的な魔法ならいざ知らず、数十個のオリジナル魔法を一人で修得して十全に操るなんでほぼ不可能な話か……)」


 この世界にも、コレクターのようにオリジナル魔法を蒐集したり、開発する者たちもいる。しかし、実戦的な魔道士は基礎魔法以外では、自身の切り札となり得るオリジナルの魔法を一つか二つ持っている程度。アレコレと手を出すことはなく、一つの魔法を時間を掛けて研ぎ澄ませていくことが多い。ヴェーラの『縛鎖』やアルの『銃弾』のように。

 ちなみに、アルがイベントキャラだと認定した金髪縦ロールのクローディアは、西方貴族オールポート家の秘伝である『絶炎』と呼ばれる、対魚人族特化のような強力な火属性魔法を使うと言われている。


「……ヴェーラは二人のマナや魔法を直に見たことは?」

「他者の魔法についてアレコレと詮索するのはあまりよろしくありませんが……お二人については今さらですね。

 ダリル殿は火の属性魔法を得意としており、セシリー殿は風の属性魔法を好んで使用するようです。ただ、お二人とも魔法に神聖術のような光が混じっており……ダリル殿たちは“白いマナ”と呼んでいましたが……その影響なのか、ダリル殿は白い炎を操っていました。一方でセシリー殿の魔法にはダリル殿ほどの特徴的な変化はありませんでしたが……遣い手としてはかなりの腕前です」


 白い炎。アルの記憶に微かに引っかかるモノがある。ゲーム設定。


「(白い炎……? 名前までは覚えてないけど、男主人公ダリルの秘奥義か? カットインが入って、長々とキャラの演武的なエフェクトが流れるヤツ……そんなのが敵も味方も重要キャラには一つか二つあったはず……この世界では、ゲームの秘奥義がそのキャラの特性として表れている? 女主人公のセシリーは何だっけか? ヴェーラ殿の情報によると風系の魔法か? う~ん……もうそこまで覚えてないぞ……)」


 秘奥義。ゲームにおいては、終盤で会得する高威力な必殺技のようなモノ。

 それぞれのキャラの特色があり、中には特殊な条件やイベントをクリアしないと修得できないことも。


 アルの記憶に引っ掛かる男主人公ダリルの秘奥義。これもイベントの一つとなっており、ダリルがかつての師匠と一対一で戦い、勝利することで秘奥義を会得するというモノ。

 シナリオ上の強制イベントではあるが、その師匠との戦闘内容や勝利方法によって、会得できる秘奥義のエフェクトが少し違うという隠し要素もあったという。


「……アル様。彼等が動きました。ダリル殿たちも中へ入るようです。やはり、ダリル殿たちの能力を検証するための仕込みのようですね」

「流石にこれ以上は近付けないか。解体途中で屋根も一部外れてるし……少し高台の方へまわって中の様子を観察できないか試しましょう」


 そしてアルは知る。主人公ダリルの力の一端を。



 ……

 …………



 廃教会。

 助祭が不慮の死を遂げ、後任の者が見つからず教会の取り壊しが決まってから、実はそれほどの時は経過していない。

 しかし、死霊の存在によって不浄のマナが漂い、時の経過や外からの様子よりも、内部は老朽して荒れていた。


 そして、誰も居ない教会の礼拝堂。女神エリノーラの像の前にナニかが佇んでいる。


 女。

 肉体が戻り、血色があり、表情が動くなら、彼女が花も恥じらう年頃だと分かるだろう。だが、今は生前の面影は薄い。


 ダリル達は知る由もないが、聖堂騎士団はある程度は知っていた。フランツ助祭と共に、王都の裏社会で活動する暗殺者メアリ。そう、実のところフランツ助祭の裏稼業は教会側に黙認されていたのだ。


 死霊。黒き不浄のマナで構成された身体。薄暗いのは表情だけではなくその身すべてだ。

 いまは侵入者に対して、何をするでもなくただ佇んでいるだけだが、尋常の存在ではないことは一目瞭然。


「……ウォレス様。彼女が死霊ですか?」

「ダリル殿。“アレ”は彼女ではありません。男も女も、生前の姿すらも関係ありません。ただの死霊です。……アレをヒトのように表現すると付け込まれますぞ」


 上からの密命があるとはいえ、ウォレスは歴戦の聖堂騎士。流石に死霊を相手とする場では、聖堂騎士としての面が強くでる。『託宣の神子』と言えどその未熟な間違いは正す。


「……も、申し訳ございません。つい……その姿に引っ張られました。気を付けます」

「ほほ。分かって頂ければ良いのです。ダリル殿たちのマナが『神聖術』に通ずるモノであれば、今後はアンデッドの相手が増えるやも知れません。そうなれば、いずれは奴らと相対する際の心構えを教わることもあるでしょう。ただ、今は“アレ”をヒトだと思わないことだけ覚えておいて下されば良い」

「(……ウォレス様はそう仰るが……何処かで私たちのマナが『神聖術』に通じているモノだと確信している節がある。もしや、今回の件はその確認のためだったのか? いや、大司教様や聖堂騎士まで動いているんだ。わざわざその程度のことでここまで大掛かりなことはしないか……。くそ、こういうときのダリルはポンコツだからな。“凶兆の予感”に頼り切って、予感が無ければ、殊更に疑ったり、裏を読んだりしない。良くも悪くも真っ直ぐで困るな……)」


 ダリルは教会に対して不信はない。ヨエル達にもだ。何故なら“予感”がないから。

 だが、セシリーは少し違う。ダリルほど“予感”に頼ってはいない。少なくとも行動の参考程度とするのみ。


 彼女には違和感がある。

 ヨエル達の行動、教会や各貴族家との顔繫ぎ。確かに必要なことだろうが、出会う人たちが皆、自分たちに厚意的に過ぎる……と、そんな不信。ともすれば贅沢な悩みと言われかねないこと。

 実際、まだ彼女の中でもほんの僅かな欠片ほどの不信、勘違いを少し上回る程度に過ぎない。


「ダリル殿。アレはどうやら積極的に何かをするタイプではないようです。もしかすると侵入者に危害を加えるというもう一体の方は、我らを察知して姿を消したのやも知れませんな。……とりあえず、一度ダリル殿の魔法をアレに放ってみてもらえますかな? それで反応を見ます。結界の必要はないでしょう」

「え? よ、よろしいのですか? その……取り逃がしたりとかは?」

「ほほ。ダリル殿。舐めてもらっては困りますぞ。ぞろぞろと頭数を引き連れて来ておいてなんですが、この程度の死霊であれば、私なら片手間で滅することができます。アレが逃げようとしても、取り逃がす筈もありませぬ。こちらは気に為さらず」


 アンデッドに関しては一家言を持つ聖堂騎士。その騎士が問題ないと言うなら……と、ダリルは“予感”がないこともあって素直に魔法を放つことに。


 炎でありながら、何処か慈しむような温かさを感じるダリルの白き炎。

 その白き炎による基礎魔法である火球。所謂ファイアーボール。

 試しであるため、威力は抑え気味で、火球の速度もフワフワと浮かびながら進む程度。


 その場に居る者、遠くから様子を伺うアルたちも含めて、誰しもが『まぁ多少は効果がありそうだな』程度の認識で火球の行方を追っていた。それは死霊となったメアリも同じ。ただ佇むだけで回避行動もとらない。


 そして、ダリルの白き火球が死霊メアリに触れた瞬間。


 閃光と共にマナが爆ぜた。



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