第2話 ヴェーラ

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「廃教会に死霊ですか?」


 王都の民衆区で一番の規模を誇る聖堂の執務室の中、ダリル達は畏れ多くも大司教と面会を行っていた。


 名目はダリルとセシリーの『神聖術』の素養についての調査。


 彼等には幼き頃より魔法に優れていたが、一般の属性魔法とは違う魔法やマナを操ることができた。それらは周りと違うことは分かっていたが、その正体は判明しないままだったという。

 もしや『神聖術』に類するものではないだろうか? ……と、ヨエル達が会話の中で誘導し、あれよあれよと今に至っている。当然、ヨエル達も自発的なモノではなく、誰かが描いた筋書きに則った行動に過ぎない。


「ええ。嘆かわしいことです。女神様の教えを説く教会に死霊などと……近々、こちらからも『神聖術』にて戦うことが出来る者を派遣するつもりなのですが……。

 ふむ。そうですね。……どうでしょう? ダリル殿にセシリー殿。お二人も一度、間近で戦いに用いる『神聖術』というのを見てみるのは? 貴方たちには確かに『神聖術』に類するマナを感じますが……普通の魔法、戦う力が色濃く視えます。何かしらの参考になるやも知れませんよ?」


 大司教もまた、ダリル達を誘導する。

 箱庭での人形劇。人形たちは、箱庭の外に世界があることを知らない。自分たちはおろか、箱庭世界すら外から操作されているなど、思いつきもしないもの。


「……そうですね。よろしければお願いします。どちらかと言えば、俺たちはこの特殊なマナを、魔物との戦いに活用できる方法を知りたいです。……決して『神聖術』を否定する訳ではありませんが……」

「ほほほ。構いませんよ。貴方たち辺境貴族家に連なる者は魔物との戦いの最前線にいます。そのような者たちが戦う力を求めるのは当然のことでしょう。それらも全ては女神様のお導きによるもの。『神聖術』と違う力だからと、それらを否定するなど愚かなことです」


 王都の民衆区において最大規模の教会。

 そこを任された大司教。その人格は清く正しい。裏では平気でライバルとなる者たちを蹴落としてきたという暗闘の歴史があったとしても。


 清く正しいのは間違いない。ただし、別に万人が認める清廉潔白さがある訳ではないというだけ。

 要は誰に対して清い行いなのか? 誰にとって正しいのか?

 それを突き詰めて『自分の為に清く正しく動ける』ニンゲンだからこそ、彼は今の地位に在るのだ。


 ダリル達は大司教の言葉に感銘を受けるが、取捨選択によって、相手が感銘を受けるような台詞を吐いているだけに過ぎない。


 そんな連中が幅を利かせているのが王都という場所。教会の内部とて同じこと。


 ファルコナーを狂戦士と呼ぶ者も多いが、果たして狂っているのはどちらなのか?


 ダリル達は「廃教会の主」のクエストを受諾する。



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 ……

 …………

 ………………



「ありがとう。助かったよバルガスさん」

「……ふん。この程度で小遣い稼ぎが出来たんだ。こっちこそ助かったぜ。……まぁなんだ。何かあればまた来るといい。この付近の情報なら、金になるモノからどうでもいいモノまで取り揃えているからな。それに、なんならその別嬪さんと宿や飯の客として来てくれや」


 バルガスが経営する「アンガスの宿」を出る。

 アルはこの世界のクエストの処理……擦り合わせについて考える。ヴェーラを無視して。


「(クエストっぽいことはある。内容自体は恐らくゲームと同じような感じなんだろうけど、受諾の仕方が限定的になりそうだね。主人公たちが受けるクエストにかなりの偏りが生じてくるだろうな……まぁ全てのクエストを絶対にクリアしないとダメかと言えばそうじゃないだろうし、ゲーム的には世界観に深みを持たせる為だとか、レベル上げの理由付けだとか……そんな理由で存在したクエストだって多いはず。

 でもどうなんだ? この世界では僕も『使徒』というよく分からない存在っぽいし……『託宣の神子』が受けられないクエストを何とかするのも僕に求められる役割なんだろうか? ゲーム知識も多少はある訳だし……うーん……分からん。マニュアルが欲しい……)」


 行動を共にするようになり数日だが、流石にヴェーラもアルの癖……黙考については理解していた。そして、あれこれ考えながらも彼に隙がないことも。


「(私に求められているのはアルバート・ファルコナーの監視と抑止。だけど、この距離で彼をどうにか出来るとは思えない……それにいちいち行動の意味が解らない。一体何をやっているのか……?)」


 ヴェーラ。王家の影。男装の少女。従者。

 元々は北方の辺境貴族家にルーツを持つ孤児だったが、その魔法の素質により裏通りの路上より引き上げられ、魔道士としての教育を施されたという過去がある。


 ヨエルやラウノとは、王家の影のビクター班として同様の立場にはある。しかし、その出自から、アダム殿下の近衛候補ではあるが、主に暗部としての働きを期待されているのが現実。


 彼女自身もそれを疑問に思わない。必要とあれば情婦としての役割さえ求められているのだと理解もしていた。


 生きる為にその場その場で周りから求められる役割を把握し、彼女はそれに応えてきた。幸い能力にも恵まれ、彼女自身の努力もあってこれまでは特に問題は無かった。期待に応えられた。


 アルというイレギュラーな存在に出会さなければ、今の段階で立ち止まることも無かったはず。


 期待される役割をこなせない。自身の能力への疑問。挫折。漠然としたアルへの苛立ち。不安。


 彼女は立ち止まって考えざるを得なくなってしまう。


「……とりあえず、次は廃教会へ行きます。ヴェーラ殿はそれでよろしいです?」

「アル様の思うままに。私に許可を求める必要はありません。それに今の私はアル様の従者です。ただヴェーラとお呼び下さい」

「……はぁ……努力します。(だから態度が硬いんだよ。下手に呼び捨てとかしにくいから。まぁ特別に悪意がある訳でもないようだし、根が真面目なんだろうけどさ……)」


 ヴェーラとアルのすれ違い。いや、すれ違うほどに近付いてもいないというのが正しいのか。


 アルの足はそのまま例の廃教会へ向かう。そして正に影の如く付き従う従者ヴェーラ


 途中、裏通りを通ることになるが、既に暴力を生業にするような裏稼業崩れのチンピラどもは居ない。所々に浮浪者や浮浪児がたむろしているのみ。


 彼等はアル達の身なりを見て、慈悲を期待するように見つめるが、近付いては行かない。アルはともかく、付き従うヴェーラの貴族然とした装いと振る舞いを見て諦めている。『魔法を使う者には敵わない』というのがこの世界においての一般常識であり、身を守るための処世術。


「う~ん。チンピラたちは居なくなったみたいだけど、結局行き場のない浮浪者たちは増えている感じか。裏社会の組織にも入れない上、最低限の支援をしていたこのエリアの教会も潰れた……そりゃこうなるわな」


 普段の黙考ではなく、アルは敢えて独白のように言葉を発する。裏通りに入ってから、若干ヴェーラのマナに揺らぎがみられたからだ。


 監視される側とする側。


 監視される側もまた、監視者を視ているということ。


「ヴェーラ殿……ヴェーラはどう思いますか? こういう王都の裏通りの現実について?」

「……特に思うことはありません。現実は現実です。力無き者、弱き者が犠牲となるのは自然の摂理と言えるのではないかと……」

「(更に硬くなったな。心が。何かしら思うところがあるようだね。感知能力に長けているけど、隠すのは下手だ。ヴェーラ殿はやはりヨエル殿やラウノ殿とは少し違う。彼女は恐らく生粋の都貴族じゃないな。あるいは本当に辺境貴族家に連なる者か?)」


 流石にアルもヴェーラに対して歩み寄ろうとは考えている。ただ、そのアプローチがあまりよろしくないということには気付かない。揺さぶりをかけて密かに探ろうとする……ダメだぞ。


「なるほどね。弱さは自己責任という現実か……これが戦場なら僕も同意するんだけど、人々が普通に暮らす場所、特に王都という都においてはどうかと思うね。民の安寧なくて何が国だよ。王都の都貴族家なんて民のために戦場で戦うこともない。民からの税やそれぞれの利権などを奪い合う有様。そんな一部の連中が肥え太り、多数である民が瘦せ細る……まぁまだ痩せ細る民に目を瞑れる程度の数なんだろうけどさ。僕にはどうにも都貴族たちのダメな部分が目に付いて仕方ない。辺境の単純明快さが懐かしいよ」


 義憤。

 半分はヴェーラを揺さぶる為だが、半分は本音。

 腑抜けた都貴族家がパイの取り合いに興じている間、犠牲となる民たちがいる現実。


 アルの中には前世の記憶がある。もはや遠い彼方であり、別人の伝記のような印象でしかないが、科学文明で平凡に過ごしていた男の記憶が確かにある。


 問題は多かった。記憶にある日本が全てにおいて素晴らしいという訳でもない。だが、日常生活において、魔物という未知の化け物と生存競争を繰り広げることはなかったし、身分による差で命の危機に瀕することも“表向き”には少なかった。貧困も確かにあったが、それを助ける法や制度も完全ではないにせよ存在はした。


 しかし、この世界では、良くも悪くも生存競争は自己責任。弱い者は強い者の庇護を受けなければ容赦なく死ぬ。辺境ではそれが当たり前。だからこそ、力在る者は力無き者を助ける。力無き者は更に弱き者を助けたり、力在る者の苦手な部分や力だけでは出来ないことをする。そういう互助が活きている。


 ところが王都ではどうだ。自己責任や生存競争のその意味が辺境とは少し違う……と、アルは感じている。

 ただの戦いにおいては微温いが、生活という現実においては身を切るように冷たい。辺境よりも過酷で理不尽な場面も多い。


「……アル様。辺境ではそれが正しいのかも知れませんが、そのような考えは都貴族には通じません。私を含めてですが……辺境とは“戦う”という言葉の意味が少し違うかと。目の前の浮浪者や安寧を失った民というのは、王都での“戦い”に敗れた者というだけのことでしょう」

「(はは。よく言うよ。自分は正しく暴力戦いによって僕を抑える方法をずっと考えてるくせにさ。まぁ都貴族たちは机上の陰謀ごっこや権力闘争を“戦い”と言っているだけだろ? それは分かるさ。でも、民にそのツケを払わせるなって言いたいんだよね。そんなことはヴェーラ殿だって分かっているだろうに……やはり、ただ上辺の言葉を重ねるだけでは、彼女と分かり合うことは難しいみたいだね)」


 アルが黙ったことでヴェーラも沈黙を守る。ただ、彼女の内心は乱れていた。そもそもこの裏通りは、目に映る浮浪児たちは……かつての自分を思い出す。


 幼き頃。孤児として町を彷徨っていた記憶。


 父も母も貴族に連なる者ではあったが、特別な戦う魔法が使えた訳でもなく、普通に町で魔道具製作の職人として働いていた。

 ありふれた普通の家族だったとヴェーラは振り返る。

 

 ある日、両親が同時に事故で亡くなり、あれよあれよと言う間に彼女は孤児として町を彷徨うことに。

 弱者同士の中でも明確に序列があり、弱い者は更に弱い者を喰い物にするという無間地獄。


 孤児院に保護されたかと思えば、数日後には“商品”として売られそうになって逃げ出したこともある。当然逃げ出した先でも苦難は続く。


 当時は使い捨ての道具程度の目算だったが、王家の影の関係者に拾われたことは彼女にとっては不幸ではない。

 むしろあの冷たい現実という地獄を抜け出せたのだから、自分にとっての幸運だったと振り返る。


 ヴェーラにとって裏通りの浮浪児たちは自分自身。

 救い出されることを期待しながらも、自分では何をどうすれば良いか分からない。無力で弱い存在。弱い自分を思い出して嫌になる。一種の同族嫌悪。


「(う~ん……思いの外、彼女の中のナニかを揺さぶってしまったみたいだね。少し悪いことをしたか? まぁヴェーラ殿とずっと一緒にいる訳でもない。しばらくは僕も我慢するし、彼女にも辛抱してもらおう。本格的に主人公たちとアダム殿下が親交を深めていく段階で、どうせヴェーラ殿もそっちに掛かりきりになるだろ。彼女もアダム殿下の近衛候補だと言ってたし……)」


 ヴェーラの為人ひととなりを知ろうとしたら、思わず彼女の心を強く揺さぶってしまい、明らかにアルに対しての壁が厚く高くなってしまうという結果に。


「(……アルバート・ファルコナー。彼の様な恵まれた者が何を言おうが“現実”は変わらない。弱者はただ踏み潰されるのみ。誰も助けてくれなどしない。

 彼は自らの強さに自負がある。身分も保証されている。好き勝手に行動することもできる。……何も知らないボンボンのくせに……ッ!)」


 一方のヴェーラは、アルにそんな気は無かったとしても、過去を思い出して昏いナニかに火が灯る。


 同じ訓練を潜り抜けてきたが、やはり出自の定かなヨエル達と自分は違う。


 所詮は汚れ仕事を期待されている使い捨ての道具なのは今も変わりはしない。


 普段は男装をしているが、幸か不幸か容姿は整っている方だ。自分に対して色欲を抱く者が多いことも知っている。そして、任務として“そういうコト”すら期待されている現実も解っている。

 そんな役割でもなければ、自分のような者が王族に連なる尊きアダム殿下に近付くことなど許されなかっただろう。


 普段は胸の奥にある想い。


 ヴェーラの中にはもう一人の彼女がいる。

 蓋をしており、そのことは本人すら気付いてない。

 未だに幼いままの姿。

 父や母を求める幼子。

 助けを待つだけの弱い存在。


 いやだいやだいやだ!


 本当は戦いなんて嫌いだ!

 任務のために死ぬことも身を売ることも嫌だよ!

 普通に生きたかっただけなのにッ!


 どうして誰も助けてくれないのッ!?


 ……

 …………


 少し溢れる。



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