第4話 人買い宣言

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 ダリルの魔法は死霊……恐らくはアンデッド全般に絶大な効果があることだけは判明した。


 白き火球が死霊メアリに触れた瞬間、死霊を消し飛ばすだけではなく、何故か物理的な衝撃を発生させて周囲を吹き飛ばす結果となった。つまり、不完全ながら廃教会の解体まで済ませたということ。


 これまでにも数は少ないが、ダリル達もアンデッドの討伐経験があった。だが、当然のことながら、今回のようなことは決してなかった。分かっていれば、室内であんな魔法を使う筈もない。


 幸いにも教会の周りに民家は少なく、教会が瓦礫と化すことでの影響はなかったという。また、その場に居た者たちも皆それなり以上の遣い手であり、咄嗟にガードしたり避難するなりで、多少埃っぽくなった程度で済んだ。ウォレスなどは『託宣の神子』を預かる立場であり肝を冷やしたが。


 この事態は、もう一体の死霊云々の話ではない、早急にキチンと調べた方が良いと……ダリルやセシリーもウォレスの意向に二つ返事で回答するほどの出来事。

 彼等は各人の無事を確認した後、早々に撤収して教会の上層部の指示を仰ぐことに。


 白々しい理由付けを考えずとも、二人に協力を要請する理由が出来たことは、王国や教会にとっては僥倖だったと言える。


 しかし、その一方で、遠目からとは言え一部始終を目撃していたアルの心中は複雑だった。



 ……

 …………



「(もはや大量破壊兵器じゃん! 何だよあれ! 基礎魔法の火球でどんな威力だ!

 あの反応が対アンデッド限定だったしても、集団戦じゃあの衝撃がそのまま凶悪な武器になる。適当に現世に縛っておいた死霊を敵陣に放りこんで、その死霊目掛けてあの魔法を使えば……いやいや、物騒な考えはいまは止めとこう)」


 流石のヴェーラも目の前の出来事に驚きを隠せない。

 白き火球は見た目は確かに不可思議だったが、籠められたマナ量や感知した性質は普通の基礎魔法と変わりはなかった。なのにあの結果。自身の感知能力を疑ったほど。


「……アル様。できれば今回の件をビクター様に早急に報告したいのですが……」

「ん? あ、ああそうですね。僕は念のために教会……跡を少し検分してみますので……ヴェーラは先に戻って下さい」


 内心で舌打ちをするヴェーラ。

 従者として付けられている以上、アルが残ると言えばヴェーラも残らざるを得ない。


「……いえ。やはりアル様の検分にお付き合い致します」

「え? そ、そうですか? じゃあ、あの聖堂騎士団が撤収後、教会に向かいましょうか」


 これが辺境であれば平気で『それじゃ先に戻るわ。後はよろしく』で終わり。そんな主従関係しか知らないアルに、ヴェーラの苛立ちを理解しろというのも難しい。逆に『何で不機嫌なんだ?』と首を傾げるのみ。


 今回の一件は聖堂騎士団にとっても想定外のことであり、本来は現場の保全を行う必要もあるのだが、『託宣の神子』や自分達が悪目立ちしないように、人も残さずに全員で撤収という判断。


 アルとしては、ぞろぞろと野次馬や浮浪者が出てきて、瓦礫の中を物色して諸々をかっぱらう前に状況を調べたいと考えていたが……


 しばらく間を置き、彼等が現場に到着する頃には既に浮浪児たちが瓦礫に群がっている有様。


「はぁ……面倒くさいな」

「……アル様、よろしければ蹴散らしましょうか?」


 ヴェーラは改めて浮浪児たちを間近にして心が少し波立っている。

 流石にアルも彼女にとって裏通りや浮浪者……特に浮浪児が鬼門……触れられたくないナニかなのだろうとは察していた。

 だからと言って、彼女の心をスッキリさせる為だけに浮浪児をブチのめして良い筈もない。

 自分の暴力に対しての判断は甘いが、他者が暴力に訴えることにはついては厳しい。身勝手極まりない話だが、それもファルコナーの血か。


「いやいや、何でそんなにやる気なんです? 駄目ですから。あの子達なら別に蹴散らす必要もないし……」


 そう言うと、アルは石畳となっている場所に硬貨を無造作に落とす。

 即座にその音に反応する浮浪児たち。そこで初めてアルたちの存在に気付いたとも言える。


「あ……待てッ!」

「……うぐッ!?」


 少し年長と思われる一人の少年がアルとヴェーラの身なりを見て顔色を変える。

 硬貨を拾おうと駆け出した別の子の襟元を咄嗟に掴んで無理矢理停止させた。


「彼がこの集団のリーダーかな?」

「…………(何をするつもり?)」


 アルはばら撒かれた硬貨を無視して、年長の少年の前へ。既に彼は他の子より前に出て、他の子を庇うような体勢。


「……あ、あの……何か御用でしょうか……?」

「(聡い子だ。薄っすらとマナの素養もあるな。身なりから僕等が貴族に連なる者と気付いている感じか。場数も踏んでいるようだし、他の子への“教育”もしている。……うーん、もしかするとかなりの掘り出し物か?)」


 アルは無言でぼんやりと少年を見つめる。それと同時に他の子達の様子もしっかりと観察していた。


 リーダー格の年長の子が発言してから、他の子達は動きを止めている。無言。但し、すぐにでもアル達と反対方向へ走り出せるように、それとなく構えている。アルやヴェーラにはバレバレだが。


 本当は、適当に小銭を渡して追い払おうと考えていたのだが……アルは彼等を見て考え直す。


「あ、あのぅ……?」

「…………よし! 君たちを買おう! 幾ら欲しい?」


 突然の人買い宣言。



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 ……

 …………



 ヴェーラ。彼女の世界は幼き頃、突然に変わった。主に悪い方へ。これまでの普通の終わり。

 彼女が暮らしていたのは、北方の辺境地では比較的大きな町だったが、それまでに見ていた町とはまったく別の顔に彼女は迎えられた。


 裏通り、スラム、裏社会、掃き溜め。


 呼び方は何でも良いが、“普通の子供”が触れることにない世界へと、何の覚悟も準備もないままに放りだされた。彼女が今もまだ生きているのは、ただただ運が良かっただけだと、本人も自覚している。


 今まで笑顔で挨拶をしてくれていた町の人たちが、まるで野良犬でも見るような目を向ける。汚い物のようにシッシと手を払う。モノを投げつけてくる。酷い時には暴言と共に暴力を振るわれることもあった。


 あんなに優しかった近所のおじさんも途端に態度を変えた。いや、それだけならまだ良い。

 父の友人だった筈の男は、幼いヴェーラを優し気な言葉で家へ連れ込み、組み伏せ、その下卑た欲望の捌け口にしようとさえした。


 その行為の意味すら知らぬ年頃であったが、ヴェーラは頭のてっぺんから足の先まで走るおぞましさに突き動かされ、男の指を噛み千切り、必死で逃げた。


 未だにあの時のことを夢に見て飛び起きることがある。そして眠れない。部屋の隅で毛布を被ってうずくまることしかできない。震えも止まらない。

 決して誰にも見せられない姿。コレが知られれば、王家の影からも切られるかも知れない。とてつもない恐怖。


 いずれ任務として“あの行為”を最後までする時が来ることを考えると……どうしようもなく苦しい。辛い。逃げたい。その他にも綯い交ぜになったナニかが込み上げてくる衝動を感じる。


 彼女は“商品”として扱われたこともある。自ら望んだ訳ではなく、騙されてのことだったが……その時は『もうそれでも良いかな?』と、諦めの気持ちもあった。


 だが、彼女はそこからも逃げ出す。命を懸けて。


 自分をヒトではなく、モノとして見る目。商品を物色する者たち。それを商品の立場から見た。

 皆、穏やかな態度ではあるものの、自分を襲った男の目と同じ。欲望に満ち溢れた瞳。


 彼女は憎んでいる。


 過去の自分を彷彿とさせる浮浪児たちを。かつての弱い自分を。そして、今も強くなれていない自分が憎い。自分を遺して死んだ両親さえ憎んだ。遺された自分を助けてくれなかった町も人も教会も王国も憎い。


 当然、子供を“買う”ようなケダモノも憎い。


 アルとの何気ない会話から、既に彼女の心は乱れていた。マナも不安定。彼への言い表しようの無いの悪感情も隠せなくなっている。


 その上で、アルの……『君たちを買う』という言葉。チェックメイトだ。


 彼女はキレ壊れた。



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 ……

 …………



「おわッ!!?」


 決して気を抜いていたわけではない。油断もなかった。

 だが、彼女の……ヴェーラの『縛鎖』への反応が遅れた。いや、まったく動き出しを感知できず、アルは完全に虚を突かれた形となった。


 気付いたら、致命の一撃をギリギリで躱しているという有様。

 久しぶりに大森林の感覚が戻ってくる。生理的反応として冷や汗が出て心音が高まるが、それとは反対に心とマナが冷えていく。刹那で戦士へ。大森林の生存競争の渦中を思い出す。


 ヴェーラはヴェーラで、自分の行動の意味すら解っていない。


 無心の一撃。

 何も考えない。感じない。ただただアルを殺すための一撃を放っただけ。

 彼女の心の中では様々な動きがあったのだろうが、ヴェーラ自身は何故自分がこんなことをしているのか……まるで自覚はなかった。意味が解らない。まさに真の意味でキレていた。


「アル様。さきほど、彼らに何と言ったのか……もう一度聞かせてもらえますか?」

「……ちッ!ヴェーラ殿のトラウマでも抉ったか?」


 致命の一撃は躱したが、逆に距離をおいたことでアルには不利な間合い。

 これが売られたケンカや、何らかの理由による仕掛けならともかく、ヴェーラは正気とは思えない。流石に有無を言わさずに『銃弾』で蜂の巣……という訳にもいかないと……アルはそう判断する。

 自覚もあるのだ。彼女のなにかしらのトリガーを引いた自覚が。

 それに、流石に王家の影を「やられたからやり返した」で殺害してしまうのはマズいことくらいの分別はあった。いや、今回はむしろアルの方が「やらかした側」。


「ヴェーラ殿! まずは落ち着け! 僕は貴女の『縛鎖』を躱すが、恐らく躱すだけで手一杯だ! 周りにまだ子供たちがいるんだぞ! 彼等を殺す気か!?」

「……ふふ。彼等はアル様にとってはただの“商品”でしょう? 壊れても弁償すれば良いだけでは? あ、それともまた別の商品を買い直しますか?」


 いきなり目の前で始まった魔道士同士の戦闘。浮浪児たちも動こうにも動けない。それほどまでに今のヴェーラには周囲への圧がある。


 しゃらしゃらと音を立てながら、まるで生物……蛇のように彼女の『縛鎖』が蠢く。鎖は長く、分断しているのか端も多い。つまり、同時に多方向からの攻撃が可能。


 その鎖は獲物を捕らえる蛇のようではあるが、同時に何故かヴェーラ自身を縛る鎖にも見える。少なくとも、アルにはそうとしか思えなかった。


「(魔法の構成はイメージが重要。……誰かが言ってたな。オリジナルの魔法とは、当人の心象風景が反映されるモノだと。だからこそ、その人にしか操れない魔法となり得る……見様見真似はできても、その本質を十全に発揮できるのは本人だけなのだと……本当かどうかは知らないけど、今の彼女を見ると信じたくなる教えだ。ヴェーラ殿は一体何に縛られているのやら……)」

「アル様。先ほどの言葉……もう一度聞かせてくれませんか?」


 疑問形のセリフに重ねて複数の『縛鎖』が襲い来る。一応、アルのみが標的のようだ。


 躱す、躱す、躱す。鎖と踊る。


「(くッ! 面倒くさいッ! この鎖は触れるとマズい! 叩き落とすこともできないか!?)」


 一度でも触れると一気に絡み付いて捕らえらえる予感を感じている。恐らく、以前の尋問の時のような手加減はない。捕まればそのまま潰される。アルにはそんな未来の可能性が視えている。


 その上、今はまだ鎖の制御が正確だが、アルが躱せば躱すほど可能性が増える。周りの浮浪児たちが巻き添えで死ぬ可能性が。


「くそ! ヴェーラ殿! ……悪いが、死んでも恨むなよッ!!」

「……ッ!!?」


 予備動作のない魔法構成から『銃弾』の発動。連射。

 ただし、その射出速度と威力は控えめにし、敢えて『縛鎖』に反応をさせる。

 ばちばちと『銃弾』と『縛鎖』が弾き合う。


 流石に王家の影。アダム殿下の近衛候補。

 その『縛鎖』の反応はアルの想定の上を行く。『銃弾』を弾きながら、更に術者へ襲い掛かってくる。


 防御に専念させるために『銃弾』を連射した筈が、逆にアル自身が『縛鎖』から身を守るために弾幕を張っている構図となってしまう。


「(いちいち優秀だな! 近接戦闘が嫌で編み出した魔法なのにッ! まさか近接戦闘へ持ち込むために使う羽目になるとは!)」

「……くッ!!」


 アルは『銃弾』の出力を上げて自身の周囲に多重に展開。即席の防壁として鎖を弾きながら一気に間合いを詰めに行く。

 しかし、ヴェーラもそう何度も同じ手は喰わない。その心が戦いを嫌がろうが、正気を半分以上失っていようが、身体と思考は勝つために動く。


 踏み込まれると勝ち目はない。アルの踏み込みと同じかそれ以上に距離を取ることに専念する。


 その上で、ヴェーラの切り札。活性化しながらもマナを隠蔽した不可視の一撃。『視えざる鎖』を手元に伏せる。

 踏み込まれるのを嫌がる素振りを繰り返しながら、その実、『さあ来い』とばかりにアルの踏み込みを待ち受けている。

 だが、そんな状況にありながら、突然に彼女の口は言葉を紡ぐ。自覚もなく。心と体が連動していない。


「……アル様。貴方は私に王都の裏通りの現実についてどうかと聞いた。そして、都貴族への批判を口にした。民の安寧を脅かしていると。……そんな言葉を吐いた口で……同じ口で……『君たちを買おう』? ……この……下衆が……ッ!」


 ヴェーラの語りは静かだ。ただ、その言葉には隠しきれぬ憎悪が、絶望がある。鎖が舞う中にあっても、その言葉はハッキリとアルの耳に届く。


「(……迂闊だった。彼女は都貴族以前に、もしかしたら“そういう出自”だったのか? くそ。もう少し言葉を選ぶべきだったな……)」


 アルはヴェーラの暴走の理由の一端を見た気がした。決して全てが分かろう筈もないが。


「(あれ? なぜ私は彼と戦っているんだ? ……いや。アイツはだ。子供を買う? ……それはつまり、わ、私を買うということだッ!! そんなことは許さないッ! ……いや、でも今の私は王家の影? 任務として彼の従者になった? あれ? 何だかよくわからないや。ああ、今日の晩ご飯はなにかな? 父さまと母さま、いつになったらかえってくるんだろ? きょうはおそくなるのかなぁ……?」


 アルは『縛鎖』を弾きながら、ついに必殺の間合いへ踏み込む。


 心が千切れかけた虚ろなヴェーラ。


 彼女の『視えざる鎖切り札』が牙を剝いて彼を迎え撃つ。



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