第12話 魔族として

:-:-:-:-:-:-:-:



……

…………



「ヴィンス様。いつまでこのような場所に……ッ! ヒト族どもの……戦士を育てる場で世話になるなどとッ!」


 学院敷地内の隅。訓練用の森林地のほど近い場所。そこに庭師の小屋があり、その隣には学院からすれば簡素、一般の感覚では立派と言える住み込み用の屋敷まである。もっとも、ほとんどの庭師は民衆区住まいであり、この小屋と屋敷を住み込みで使用しているのはヴィンス老のみとなっている。


 実のところ、それらは魔族を密かに庇護する者たちの差配。つまり、この屋敷は彼の一族……主に融和派の者たちが集う場にもなっている。


「……エイダ。この場所は少しずつ信頼を積み重ねて、ヒト族との協議により我らに託された場所。まだ若く、開戦派にかぶれているお前は気に入らんかも知れんが、わしらはここを動く気はないのだ」

「惰弱なッ! 何がヒト族との協議だッ!! 所詮はあいつ等のお情けじゃないかッ! ヒト族に尻尾を振り、媚を売って生きるのがヴィンス様の望む魔族の姿かッ!?」


 魔族も決して一枚岩ではない。長い時をヒト族の中で過ごした融和派の中にも、現状に不満を持つ者はいるということ。


 かつては不帰の谷と言われた大峡谷とは別のルートで辺境地域を抜け、魔族領とヒト族の領域を密かに行き来することが可能となったいま、ヒト族の領域にいながら、魔族領本国の価値観に触れる者も多くなったのだ。


 その影響から、ヴィンスたち融和派がヒト族に寄り過ぎていると感じ、魔族領の価値観で動き出す者もいる。


 ゲームでも語られる、ヒト族社会にいながら、魔族領本国の開戦派と連動する者たち。クエストにおける魔族のスパイたち。


「……そうだ。若いお主たちはもう伝聞でしか知らぬだろうが、元々我らを迫害し、本国での生きる道を絶ったのは、他でもない本国にいる魔族たち。……お主たちが開戦派などと呼んでいる輩どもだ。

 そして、流民となった我らを受け入れ、庇護を与えて下さったのはこの国のヒト族。それは紛れもない事実。その事実が無ければ……エイダ、お主とてこの世に生を受けることは無かったのだ。

 もし、そんな恩など知らぬというなら……そこまでに忘恩の輩となり果てるなら……往くがいい。その考えを認めることはできんが、止めもせぬ。我らはヒト族と共に在る」

「……くッ! ……しかしッ! ……ヴィンス様に魔族の誇りはないのですか!? ヒト族など、貴族たちですら我らに遠く及ばない貧弱な種族! そんな連中に唯々諾々と従い続けるなどッ!」


 ヴィンスはエイダを憐れむ。


 彼女は平和な世に生まれ、勝ち負けではなく、ただ生きる残ることを目的とした“本当の戦場”を知らない。本来は喜ばしい、善きことのはず。

 しかし、エイダには魔族としての力があった。ヒト族の貴族家当主すら凌ぐ膨大なマナ量。結果として彼女は驕った。私はヒト族の貴族などよりも強いと。


 古き戦場を知るヴィンスからすれば、今の世においては、本国にいる魔族たちもエイダも同じ。生温い戦場に慣れたヒヨッコども。得てしてヒヨッコは、自分の鳴き声の大きさを競うのみに執心し、周りなど視えていないのだ。


「……エイダよ。お主には確かに膨大なマナ量がある。魔族の中でもなかなかのモノじゃろうて。しかし、ただそれだけのこと。多少強い魔法が使えたから何なのだ?

 この学院を見よ。魔族にこの学院にある美しくも荘厳な建造物を築くことが出来たか?

 この王都の繁栄を見よ。魔族にこれほどの都を創り上げ、維持・発展させることが出来たのか?

 ……それが答え。ヒト族は弱い。その上で強いのだ。個ではなく種として」


 どこかでヴィンスは諦めてもいた。エイダのような若人には、このような言葉だけでは届かない。自身で見識を広め、自らが理解せねば彼女のような者は聞き入れない。……痛い目を見るだけならいいが、多くは見識を広める前に命を落とす羽目になることも、ヴィンスには分かっていた。


「……私にはヒト族の強さなど分かりません。物作りが上手いなら、完成後に力で奪えば良いだけでしょう? 我ら魔族にはその力があるッ!」


 愚かな。それでいて愛しい我が一族よ。ヴィンスはエイダの行く先をもはや案じることしかできない。


「(エイダよ……魔族にそれだけの力はないのだ。それに、戦士としての優劣はマナ量の大小では語れぬ。そんなことも分からぬのか……マナ量の少ない魔法であっても、お主一人を殺すことなど造作もないのだぞ……)」



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………


 アルは思う。『コレ、無理じゃね?』と。

 ヴィンスのような例は別として、当てもなくひたすらに敷地内を徘徊したところで、そんなに簡単に魔族のスパイなど見つかるはずもない。当たり前のことだ。

 アルがその当たり前に気付いたのは、既に数日を消費した後。


「(まったく……考えれば当然か。ゲームのクエストにだってヒントくらいはあった。現実の世の中でノーヒントで目的にピンポイントに辿り着くなど……土台は無理な話か。それに学院で過ごす中で、“誰それが怪しい”“非魔導士なのにマナの流動がおかしい”などの違和感だけじゃなく、それこそ決定的な証拠でもないと……いきなり『お前は魔族か?』『……よく判ったな』となるはずもない。どれだけ無能なスパイだ。聞かれても知らないフリをするのが普通だろ。本当に無駄な努力をしてしまった……)」


 ぼんやりと黙考しながら庭園を歩く。自然とその足は、数日前に知り合ってからちょくちょく話をするようになったヴィンス老の館へと向いている。


「(何だかんだと話し込んでしまう。ヴィンス殿は不思議な方だ。それに一族の者たちとも何度か顔を合わせたけど……なかなかの使い手。学院の貴族やそれに連なる者よりずっと実戦的じゃないのかな? いまでこそ穏やかな庭師のようだけど、ヴィンス殿も若かりし頃は戦場を征く人だったんだろうか? どこか古兵の雰囲気がある)」


 どこはかとなく、ヴィンスやその一族の者たちに辺境領の匂いを感じているアル。その直感は当たらずとも遠からずといったところ。


 また、連日の徘徊の中で、ヴィンスの小屋や屋敷で小休止するのが日課ともなっていた。今日などは手土産を持参するほど。


「(お? 先客? 初めて見る顔だけど……凄いマナ量だな。かなり巧く隠しているけど、実態は貴族家当主よりも上か? 少なくとも父上のマナ量を軽く超えているな。……ヴィンス殿の一族……実は古貴族家だったり?)」


 小屋で会うことが多いが、今日はまだ屋敷の方にいる様子があったため、アルがそちらへ足を向けると、丁度屋敷から出てくる少女の姿。


 目が合う。


「……何用ですか?」

「え、ええ。ヴィンス殿に茶菓子をと思い……先客があるとは知らず、失礼しました」


 少女……エイダはアルを認識するが、そのマナ量の少なさから一目で見下す。『ヒト族のザコが』と。

 彼女は気付かない。自身がヒト族と同じようなコトをしていると。


「……ヴィンス様は中に居られます。私の用は済みましたので……」

「そうですか。では、入れ違いでご迷惑かも知れませんが、声をかけさせて頂きます」


 アルは少女を見て思う。『勿体ない』と。

 これほどのマナ量を誇りながら、その制御が未熟過ぎる。そして、動作のたびに身体が流れている。体幹が甘い。ここがファルコナー領で、彼女が新兵であれば上官に殴り飛ばされている。


「(はぁ……やはり都貴族は腑抜けているな……磨けば光るモノを持ちながら……情けない。せめて主人公や重要キャラに頑張ってもらおう)」

「(ふん。ヒト族がヴィンス様に何の用だ。……いや、待てよ? ヒト族がこの場にわざわざ足を運ぶ? ……コイツ……“庇護者”の関係者か……ッ!?)」


 その内心は全く噛み合うことはなく、両者はすれ違う。エイダに至っては不穏な勘違い。

 アルはアルで、今まで敷地内を徘徊して見つからなかった魔族たち……自分がそのアジトに足を踏み入れていることにまったく気付いてはいない。



 ……

 …………



「すみません。一族の方の来客があるとは知らず……」

「ほほ。構わんよ。あの子は根無し草の筆頭のような子でなぁ……事前に知らせもなく突然に来るんじゃ。アル殿が気にすることではない」


 今日は庭での茶会。とは言いながら、上品なものではない。ティーセットを持ち出して庭の芝生の上に直接胡坐をかいて座るだけ。


「……それにしても、これまでに出会ったヴィンス殿の一族と思しき方々も相当な使い手のようですが……先ほどの彼女はまたモノが違いましたね」

「……ほう? アル殿はあの子を……エイダをどう見たのじゃ?」


 ここ数日、連日のように顔を見合わせており、流石にアルは、ヴィンスが自身の上をいくマナ制御の使い手……擬態しているのだと気付いている。


「そうですね……失礼ではありますが、使い手としてはまだまだかと。よく鍛えているのでしょうが色々と足りていない気がします。あのマナ量……磨けば光るのに勿体ないことです」


 茶を飲みながら何気なくアルは自身の正直な感想を話す。ヴィンスの瞳が若干鋭くなっていることにも気付いているが、ここは知らないフリが正解だと、素知らぬ顔。


「(孫娘みたいな感じなのかな? かなり彼女の評価を気にしているようだ。まぁヴィンス殿も百も承知のことだし、本当のことを言っても、それほど気分を害することもないだろ)」

「(エイダとてそれなりの擬態はしていた。にも関わらず一目で看破するとはのう……恐らくあの子の方はアル殿のことに気付きもしなかったはずじゃ。……ふむ。アル殿は……もしかすると想定以上の使い手なのやも知れぬ……妙に気配が読めん……)」


 腹や胸、何なら頭にも、秘めたモノがあると知りながらもお互いに詮索はしない。

 アルはヴィンスに家名を問わない。

 ヴィンスもアルには敢えて聞かぬことも多い。


「……そうか。やはりアル殿もエイダをそのように評するか。あの子は……どこかでマナ量を至上としているところがあってのう……『強い魔法が使える。だから私は強い』……そんな幼稚な考えが抜けんのじゃよ。一族の者としては情けないことじゃが……」


 珍しく愚痴を吐くヴィンス。アルも少し新鮮だった。これまでは、正直なところただの茶飲み話であり、内心に踏み込んだ話はしなかったのだ。


「はぁ……でも、マナ量を至上とするのは都貴族ではよくあることでは? それに、恐らく同年代と思われる僕が言うのも何ですが……強い魔法が使えて、調子に乗ること自体は別に子供なら普通でしょう? ……辺境のように日常的に戦いがあるわけでもありませんし……まぁ平和の証とでも言いましょうか……」

「……ほ、ほほ。『都貴族ではよくあること』『若輩なら調子づくのは普通』『実戦から遠いのは平和な証』……とな。残念ながら、どれもあの子が知れば激昂しそうじゃな」


 エイダのマナ量を知りながら、彼女のことを実戦を知らぬ、都貴族の若輩者と断じるとは。


 ヴィンスは確信する。


 目の前にいるアルという少年は、エイダよりも優れた戦士だと。歯牙にも掛けない。あの子をいとも簡単に倒せるほどの戦士。魔族の中にも少なくなった、真の戦場を知る者。ヒト族の辺境貴族家の精鋭。


「(擬態しており不明瞭じゃが……マナ量自体は多く見積もってもエイダの三分の一以下……にも関わらず、あの子では相手になるどころか、気付いたら死んでいるか? 実戦から遠ざかっておるわしも危ういやも知れぬ……アル殿は……やはり何らかの密命を帯びた者なのか? ……もしや……狙いはわしではなく……開戦派なのかッ!?)」


 いまとなっては、ヴィンスは多くの同胞の命を預かる長という立場。

 思っていたよりも身近に死を纏っているアルに対して警戒を強める。

 元々、周囲を観察しながら学院内を徘徊するアルのことをヒト族側からの何らかのメッセンジャーだと考えていたヴィンス。


 しかし、日々顔を合わせるが、特段にサインを出すこともないアルを訝しんでいたが……もしや狙いは自分ではなく別にあるのでは? そのような疑心暗鬼に囚われる。


 一方でアルはそのようなヴィンスの内心など気にもしていない。


「(はぁ……ボチボチ入学や入寮手続きが忙しくなる時期……明日あたりからは大ホールに詰めるか?)」


 上手くいかない魔族のスパイ探しよりも、主人公たちを待ち受けることを決めていた。



:-:-:-:-:-:-:-:

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る