第11話 敵を知る

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 フランツ助祭とメアリの件からの二ヶ月が経過し……『主なき教会に、死霊らしきモノが巣食っている』……と、そんな噂話がぽつぽつと近隣住民の間で出始めている。


 アルも噂話を耳にしたが……彼が知るクエストとは違い、死霊は二体。男女のセット。

 近隣の人達は『あれはフランツ助祭とメアリだろう』とヒソヒソしている。


「(メアリも怨みを残して死んだのか。魔道士……というにはギリギリだったけど、彼女も魔法に馴染みのある身。一般人よりは死霊化する素養があったんだろう)」


 アルは教会の寂れ具合と、中に巣食う死霊のマナをボンヤリと確認する。

 今となっては遠い前世の記憶だが、まだゲームのクエスト時ほどには寂れてはいない……が、本編開始は近いと見ている。


 まずは学院入学の際、オープニングイベントの有無で判断しようとアルは考えていた。

 学院の入学時期は一年に二回。

 今回が本編開始ではなくても、学院に在籍する間は、入学時期には毎回イベントの有無を確認するつもりでいる。


 学院の正式な入学にはまだ先となるが、手続きの受付自体は始まっており、寮の開放もされた。ただし、寮の使用や食事については、日数分の費用を支払う必要がある。これらは、晴れて正式に学院在籍となった者に対しては、通常グレードに限っては国費で賄われる。つまり無料タダ


 ただし、大貴族家や古貴族家はそれぞれの爵位や家の歴史に応じてグレードを上げることで、学院に大金を落とすというのも慣例となっている。

 逆に王家の者は人にもよるが、他の貴族家と同じ通常グレードを敢えて選択することもあるという。


 アルは多少の金が掛かろうが事前に寮に入り、学院に在籍する者たちを観察をしながら主人公を待つ心算。さっさと入学や入寮の手続きを済ませている。


 ゲームでは……アルの前世の記憶では、主人公たちは入学手続きや入寮の段取りが混み合う時期に学院に現れることになっている。


 主人公の性別により視点は異なるが、オープニングのイベント内容自体は同じ。


 手続きの者たちでごった返す大ホール。その場で、第三王子と一触即発の揉め事を起こすというモノ。


 フランツ助祭の一件以来、アルは学院に在籍するだろう者や民衆区をウロつく貴族に連なる者を観察することが増えた。それは寮に入った後も同じ。


 王都に来てから、都貴族達の腑抜け具合は見てきたが……今度は楽観視はしない。危機感を持っている。


「(学院に在籍している者たちでもピンキリか。中には辺境貴族家の精鋭クラス並みという奴もいるけど……他の者との差が大き過ぎて気になる。もしかするとイベントキャラなのか? 纏うオーラが明らかに違う奴とかもいるし……ああいうイベントキャラがゲームの普通基準だとしたら、魔族たちはかなり手強いことになる。辺境貴族家の兵卒程度じゃまるで歯が立たないぞ。

 ……ん? まてよ? ……確か学院には魔族のスパイとか……中盤以降のイベントやフリークエストでそんなのがあったはずだ。

 単身でヒト族の生活圏、それも魔道士を育成する施設へ侵入するくらいなんだから、魔族側からしても実力者だろ。そいつらを魔族の戦闘能力の試金石にするか……?

 いや、下手をすれば返り討ちだな。それに生徒に紛れている奴は正規ストーリーに絡むし……調べるとすればフリークエストで出てくる、用務員や学院所属の使用人とかに化けてる奴らか? ゲームだと発見して終わりで戦闘はなしだった筈……いや、戦闘もあったのか? ……そこまで細かく覚えてないな。

 何度も同じ内容で出てくる焼き増しのフリークエストだったのは確かなはず……とりあえず、それらしい奴らを探してみるか? 今なら本編前だし、大勢に影響はないだろ)」


 敵の強さを知るというのは戦いの基本。それは個人戦・集団戦の区別なく同じこと。


 アルはゲーム本編で起こるだろう王国内のいざこざに関しては既に切り捨てている。

 どうせ主人公たちが何とかするだろうし、男爵家子息程度にできることはない。辺境ならいざ知らず、王都においては貴族家の中でも身分差の影響は大きい。


 ゲームの中では、爵位を金で買った大成金の商家、強大な権力を持つ教会関係者、歴史ある古貴族家、侯爵家や公爵家、遂には王家すらも関わって来るようなイベントが盛り沢山。


 そんな連中……金や権力を持ち、高貴で雅でやんごとなき御方たちからすれば、男爵家子息など平民と変わりはしない。

 主人公たちならいざ知らず、アルのようなモブが出しゃばっても邪魔になるだけ。下手をすれば不敬罪だ。


 それよりも中盤以降。

 ゲーム内における真の敵である魔族たち。連中が表舞台に現れてからが勝負。戦争だ。


 主人公たちの「個」の活躍で済むイベントも多いが、中盤~後半にかけては戦争イベントも多い。


『戦場では身分も種族も関係ない。殺るか殺られるかだ』


 アルも流石に自覚しつつある。自分には戦場の方が向いていると。


 しかし、いまのアルには知る由もなく、記憶にもまったく残っていないが……

 

 ゲーム内においては魔族も一枚岩ではなく、一定のシナリオやイベントをクリアすると、魔族の主人公を選択することもでき、魔族側視点でのストーリー展開もあったという。

 つまり、戦争イベントであっても、単純な殺るか殺られるかだけではなく、絡み合う人間関係やそれぞれの立場での苦悩など……ゲームではその辺りを丁寧に描いていたのだが……


 アルの中には『戦争=殺し合い』という図式しかない。


 決して間違ってはいないが……



 ……

 …………

 ………………



 学院への入学の手続きが済み、学院寮にも事前に入ることとなったアル。しかし、あくまでも今は正式に学院に在籍する者ではない。

 寮に関しても、それぞれの棟は丸ごと同期生となるため、今の段階で別棟に居る先輩たちと接することもできない。


 周りを見渡すとチラホラと見かける事前入寮者たち。

 彼ら彼女らも、学院に関してはアルと同程度の事前情報しかない者ばかり。

 しかも、事情に詳しそうな貴族家の者たちは寮のグレードが違うために別棟。こちらも今は接触することができない。いや、正式に学院在籍となっても、グレード違いの寮に入る者たちと接点を持つことは難しい。


 学院の授業などについても、辺境貴族家と都貴族家は区別されるという。必要とする知識や技能に違いがあり過ぎるため、適切な措置と言えばそうなのだが。


 いまのアルの立場では、立ち入りを制限される区域も多く、それらは当然の如く、魔道具や結界の魔法により学院が厳重に管理している。


「(さて、どうするかな? 中盤以降のフリークエストの先取りとして、魔族のスパイを探すのは良いけど……事前入寮だと、食堂に詰めている者たち以外は使用人が配置されてないからなぁ……)」


 アルは立ち入りを許可されている、学院内を一人彷徨う。



 ……

 …………



 ラドフォード王立魔導学院。

 その歴史は古い。

 正式には、建国王ザガーロ・マクブライン王による『貴族は学ばなければならない』という宣誓がきっかけだとされているが、研究者からは、かつての帝国時代にその原型があったとする説も唱えられている。


 とにかく、それほどまでに歴史を積み重ねてきたということ。

 学院の建造物は、時代によっての流行り廃りはあるものの、そのどれもが一級品であり、時のマクブライン王が『王城よりも学院の方が立派で嫌になる……』と、愚痴を溢したとか溢してないとか。


 それ程に歴史と権威を積み上げてきているラドフォード王立魔導学院。

 当然の事ながら、学院で働く者達は厳重に身元の確認がされている。


 アルは勘違いしているが、ゲーム設定のような焼き増しのフリークエストで何度も何度もスパイが発見されるようなザルさではない。

 ゲームのストーリーでも触れられるが、この世界においては、明確に手引きしている者達の存在がある。貴族家にあって、魔族に協力する者たち。


 また、魔族でありながら、ヒト族の社会に紛れて世代を重ねた者達……融和派と呼ばれる一派もあり、彼等はゲーム内の主たる敵役である開戦派・侵略派とは思惑を異としている。


 アルは「魔族は敵」とだけ認識しているが、実のところ魔族と呼ばれる者達も、ヒト族とそう違いはない存在。教会などは決して認めないようだが。


 この世界においては、ヒト族より魔法に関して秀でてはいるが、皆が皆、特別に頑健で長命と言うわけでもなく、生活圏を魔物に脅かされている側の種族……ヒト族と同じ立場に過ぎない。


 見た目や能力、その寿命などは確かに個人差が大きいが、平均的な魔族はヒト族と大して変わらず、ヒト族と子を成し血縁となることすら可能。


 その心もまたヒト族と似たり寄ったりであり、なかには邪悪な者もいれば善良な者もいるというだけ。

 ヒト族のなかにあっても、シレっと狂戦士が紛れ込んでいる場合もある。それと大して変わりはしない。



 ……

 …………



「……今となってはこのように学院の庭園を一部とはいえ任されるようになっておるが、初めてお声が掛かったときは『まさか自分のような者が……』と恐れ多くも疑ってしまったものじゃ」

「そうなのですか。しかし、貴方の仕事はこうして認められた。一族の者たちもさぞ喜んだでしょう? 誉れだと」


 学院の敷地内のその端。

 目立たぬように設置された庭師用の小屋の中で、何故かアルは庭師頭の老人と語らっている。


 老人の名はヴィンス。


 正真正銘の魔族。もちろん、アルはまったく気付いていない。

 

 魔物の脅威、同族からの迫害、内乱による戦火……それらから逃れ、生き延びる手段や場所を模索し、決死の想いで魔族領を出た一族がかつていたという。

 不帰の谷とも言われる大峡谷を超え、遂にはヒト族の支配地域へと流れ着いた魔族側の流民たち。ヴィンスはその生き残りの一人。


 ヒト族領へ流れ着いた魔族の流民一行は、ヴィンスを含む生き残った少数で、ヒト族に庇護を求めた。魔族は悪鬼だと言い伝えられていた当時にあって、ヒト族からの迫害もあったが、そんな中に彼らを保護し、匿った貴族家があったという。


 結果、彼ら流民は、ヒト族社会で生きる魔族の一族となった。


 ヴィンスは先祖返り的に力を得たという、魔族の中でも特別な個体者であり、その齢は既に二百を超える。魔族の中の魔族と言えるが、その性質は穏やかであり、ヒト族との融和を体現してきた者でもある。

 そんな彼は、ヒト族社会で生きるにあたり、ときに名を変え、生活の場を変え……ヒト族社会をも流れ歩き、辿り着いたのが学院の庭師頭のその一人。数奇な運命を持つ者。


 アルの記憶には全く残っておらず、知り得ないことではあるが、ゲーム内では、命尽きるその最期まで、ヒト族と魔族の共存を求めた魔族側の融和派の筆頭。ヒト族領に生きる魔族たちの長。所謂イベントキャラ。


「ほほほ。わしの一族の者たちは根無し草な気風でな。名誉よりも自由をと言い放ち、年長者や一族への礼儀も知らぬ。いまは一体何処で何をしているやら……時折、元気な姿を見せに来てくれるが……まぁこちらの都合などお構いなしでな。まったく嘆かわしいことじゃ」


 そうは言いながらも、その表情は柔らかい。彼はそんな一族の者に自由を許し、見守るだけの懐の深さがあると窺える。


「そ、そうですか。まぁ『便りが無いのは良い便り』などと言う地域もあるようですから……」

「……ほう? 何やらわしらの一族の者にはピッタリな言葉じゃ。どこぞで使わせてもろうても良いかの?」

「え、ええ。別に僕の言葉というわけでもありませんし……(ってか、何でこんな所でまったりとしてるんだ? 僕は?)」


 アルはヴィンスと茶を飲みながら談話する。目的であった魔族が目の前にいることなど気付かない。ヴィンスのペースから抜け出すのにも苦戦している有様。

 もっとも、流石は魔族というもの。ヴィンスのマナ制御は一流を超えており、ファルコナーの中ではまだまだ未熟だというアルには、薄くしか看破することができない。恐らくは貴族に連なる者とは勘付いているが、まさか魔族だとは……アルも流石に思わない。


「(若いヒト族の割にはマナ制御が自然体でなかなかに巧い……辺境の地で鍛えられた者か……最近の魔族にも見習ってもらいたいものだ)」


 逆にヴィンスの方は、そのマナ制御からアルの出自にも目星がついている。現状では、こちらの方が一枚も二枚も上手。



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