第13話 やったらやり返される

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「エイダ。本当にやるのか? ヴィンス様の許可も無く?」

「……別に嫌なら抜けていいよ? ……ただ、知りたくはないの? 私たちの後ろに付いた糸の先を。ヴィンス様は頑なに我らの“庇護者”を明かさない。でも、庇護者の正体が分かれば、ヒト族の真意を調べる事だってできる。もしかするとヴィンス様すら欺かれている可能性だってあるんだ。……ヒト族が狡猾なのは皆も知っているでしょう?」


 エイダの呼びかけに集まった者たち。薄暗い小屋の中、ぼんやりとした灯りに照らされた六つの影が揺れる。

 彼女たちは魔族領本国にいる開戦派と通じている者たち。ヒト族の庇護の下で生きることを是としない融和派の魔族たち。


 彼女たちには長であるヴィンスへの敬愛も確かにある。そして同時に疑問も。

 

 何故、ヒト族側の協力者である“庇護者”を同胞にすら明かさないのか?


 何故、本国の魔族たちの言い分を聞こうともせずに使者を追い返すのか?


 何故、ヒト族の社会に紛れることを是とし、魔族であることを隠す道を行くのか?


 そんな疑問を持ちながらも、エイダは若い衆のリーダーとしてヴィンスと言葉を重ねてきた。残念ながら、これまでにその言葉たちがヴィンスの心を捉えることも、動かすこともなかったが。


 そんな時に“庇護者”の関係者と思わしきヒト族。


 エイダの昏い呼びかけに応じたのはまだ年若い連中。

 彼女たちには我慢が足りなかった。その上で、まるでヒト族の貴族のようにマナ量だけをみて増長していた。

 マナ量が多い。警戒しなければ。

 マナ量が少ない。ザコだ。

 それはまるで幼児の反応の如く。


 そして、彼女たちを動かすのは、最も答えを欲する一番の疑問。


 何故、弱いヒト族に我々強い魔族が従わないといけないのか?


「(“庇護者”の関係者を捕らえたとなれば、流石にヴィンス様も私たちの言い分に耳を傾ける。……いざとなれば、あのヒト族を殺し、後戻りが出来ないようにすることもできる……)」


 エイダは自身の短慮に気付かない。

 その程度の考え、衝動的な行動で、ヒト族をどうにかできると思っているのか?

 ここにヴィンスがいればそう諭したはず。……いまのエイダたちには決して届きはしなかっただろうが。


 彼女たちは、既に“庇護者”の関係者と思われる男のことは調べていた。


 アルと呼ばれる男。

 数日前よりヴィンス様に接触してきた。

 既に学院の寮に入っており、学院の生徒だ。

 マナ量は微小。何なら一般のヒト族と変わりがない。本当に貴族に連なる者なのかも怪しい。


「……あの男は、ヴィンス様に近づくために貴族のフリをしているのかも知れない。“庇護者”は敢えて貴族ではないものを使っているのか……あるいはあの男を囮にして本命がいるのかも知れない」

「アイツが囮なら捕らえても情報は出ないのでは?」

「……そうであっても、ヴィンス様は我々の本気を知るだろう。以前よりは我々の言葉に耳を傾けてくれるはずだ。それに囮であっても多少は情報を持っているかも知れない。拷問にでもかければ命惜しさにペラペラ話すでしょ。……ヒト族など、我が身かわいさに誇りを打ち捨てるような下劣な者たちなのだから」


 昏いマナがエイダの瞳に宿る。



 ……

 …………

 ………………



 アルはあれからヴィンスのもとには行っていない。ヴィンスにも『入学、入寮手続きをする知り合いがいるかも知れないから、そちらを見に行く』と説明し、連日を大ホールで過ごしている。


「(しかし暇だな……混み合う時期に到着するのは大概が辺境貴族家だから、それなりに実力者が多いというのは確認できたから良かったけど……どうにも重要キャラっぽい奴が少ない気もする。やはり主人公たちが辺境貴族家だから、他の登場人物は対比として都貴族家や平民出身の魔道士とかが多いのか? ……そう言えば、主要キャラで辺境出身の奴は少なかったかな? ……はぁ。体感ではもう三十年以上前にプレイしたゲームの話だ。細かいところまで覚えてない……ある程度は書き出したけど、そもそもソレ自体が正解かどうかも分からないという……それに完全にゲームと一緒という訳でも無さそうだしな。あくまでゲーム知識は参考程度か。魔族との戦争を凌げればそれで良いと割り切るか……)」


 大ホールは吹き抜け構造になっており、二階にはカフェスペースのようなモノがある。一応、名目としては自習用のスペースらしいが、ここで自習をする者はほぼ居ない。アルはその席の一つを占領し、手続きでガヤガヤした一階を観察している。


 そんなアルの姿は既に学院関係者にマークされ、不審者扱いされているが、本人は気にしない。


 ここ数日は、寮と大ホールを往復する毎日。

 人が多いのは午前中から昼過ぎまでなので、昼を過ぎて少し経つと、アルの一日のお勤めは終わる。

 帰り際にヴィンスの小屋へ寄ろうかと考えることもあるが、じっと人間観察をしているだけというのは疲れもあり、そのまま寮へ戻って休むことが多い。


「(魔物が罠に掛かるのを待つ……とかなら数日潜んでいてもそこまで苦にならなかったのに……やはり人混みは見ているだけでも心が疲れるのか?)」


 アルはファルコナー領で過ごしていた日々を思い出すことが増えている。もう自覚している。ホームシックのようだと。つまりアルはファルコナーを故郷だと明確に認識しているのだ。


「(魔族との戦争か。特にファルコナー家の面々を心配はしないけど……国という枠組みが荒れると、その煽りを受けるのは民だ。民が荒れれば領地も荒れる。……そうだ。僕の行動が、少しでも戦争の被害を軽減できればソレで良い。百点満点はどうせ無理なんだから……そう思わないとやってられない)」


 自分を慰め、自分を鼓舞し、今日も疲れた心を引き摺って寮への帰路につく。


 そして、そんなアルを姿を追う影が三つ。



 ……

 …………



 学院の敷地は広い。

 重要施設や区域は厳重な監視があるとは言え、広大な敷地全てがそうではない。実のところ、敷地内に立ち入るだけなら侵入は容易い。


 徒歩用の道、馬車用の道がそれぞれに整備されており、グレードの高い寮であれば、学舎と寮を巡回する定期便に個別送迎用の馬車などのサービスが受けられる。

 当然の事ながら、通常グレード……学院に正式に在籍となれば無料となる寮にはそのようなサービスはない。追加で料金を支払えば対応はしてくれるようだが。


 そんな道をアルは黙考しながら歩く。


「(……手続きの締切まであと四日。混み合うと言っても、そろそろ落ち着いて来たように思う……もしかして今期じゃなかったのかな? まぁその可能性も十分にあるな。僕の入学と同じとなれば、今更だけど何らかの意図を感じてしまう。そもそも僕はこの世界に何かを望まれてここに居るんだろうか? この中途半端な前世のゲーム知識で? もし女神エリノーラの御意志なら、応えてもらいたいものだね。……一度大聖堂にでも行ってみるか? 困ったときの神頼みはこっちの世界でも同じだろうし……って、それじゃただの現実逃避か。

 はぁ……主人公たちの入学が今期じゃなければ、先に学院のイベントが起こりそうな箇所や人に目星をつけていくか……逆に猶予がある上、自由度が高くなるという考え方も出来るしな)」


 つらつらと考えごとをしながら整備された道を歩く。

 昼を過ぎ、夕方にはまだ早い頃。

 陽の明るさはあるが、この学院には魔物との戦いを想定したような訓練用の自然区域なども多い。手入れはされているが、視界が不良であったり、木々に陽が遮られて薄暗い……襲撃をするにも、人を攫うにも都合が良い……そんな場所が学院の敷地内にも点在している。


「……おい、そこのお前……」


 アルの進行方向にすっと一つの影が立ち塞がる。……同時に後方からも影が二つ。


 ばつんという炸裂音が二つ重なって聞こえる。


 すぐさま後方の影たちが倒れた。その二つの影には、、つい先程まで存在していた筈の頭部が無い。


「……え……あ……? ……ゴ……ッ!?」


 歩みを止めるどころか、アルは一気に踏み込んで距離を潰し、進行方向に立ち塞がっていた棒立ちのままの影を打つ。


 垂直に崩れる影。


「…………」


 アルは思う。


 これだから都貴族は腑抜けていると。


「……なんだコイツら。大ホールからわざわざ下手な尾行を仕掛けてきて、なんの芸も仕込みもないのか? 一人は生かしたけど……かなり手加減したのにこれでも強かったのか? なんでこの程度の掌打で意識トバすんだよ? 軟弱過ぎだろ……声を掛ける前に身体強化くらいしとけよ。いや、そもそも何で声を掛ける? これじゃ裏通りの非魔道士のチンピラと変わらないじゃないか」


 アルは気付かない。

 彼らこそが、先日まで学院の敷地内を延々と探し回っていた……魔族に連なる者だと。



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「……ヴィンス老。エイダたちが馬鹿を仕出かしました……」


 庭師用の屋敷。

 居間のソファに座り、テーブルに書類を並べ、何がしらの確認作業をしていたヴィンスのもとに報告が入る。決して愉快ではない報告。


「……とうとう開戦派に身を売るワタリをつけたのか……?」


 遂に来るべき時が来た。来てしまったのか……と、ヴィンスは諦念と共にその言葉を吐き出す。


 しかし、返ってきたのは全くの想定外。


「……い、いえ。この前から出入りしていた、あのアルという少年の襲撃を計画。本日実行に移し、既に動いているようです。イラがこのタイミングで伝えてきました」

「……はぁッ!? ……な、なんじゃと……ッ?」


 何故アル殿を襲撃するのだ?

 ヴィンスには意味が分からない。まだ開戦派とのイザコザの方が現実味がある。


「そ、それで、アル殿はどうしたのじゃッ!?」

「……し、信じられないのですが……急ぎ駆け付けた時には……」

「……死んでいたのか……?」


 何という事をッ! ……ヴィンスは考える。

 アル殿は貴族に連なる者。それも辺境の者であり、もしかすると何らかの密命を帯びていたのかも知れない。そんな者を魔族である我らが害するなど……


「い、いえッ! ヴィンス老! ち、違うのです! し、死んでいたのは、バートとベラです! あ……です……ッ!」

「……な、なに? お、思われる者たちじゃと……?」

「は、はい。二人の遺体には……そ、その……と、頭部が無かったのです……恐らくは二人同時に魔法の一撃を受けて……ぜ、絶命したものかと……」


 またしてもヴィンスには意味がよく解らない。

 たしかにあの二人はエイダに強く感化され、開戦派にかぶれていた。精神的にフラフラと未熟なところはあるものの、“戦士”としては若い連中の中ではエイダに次ぐ実力者たちだ。

 その二人が同時に……防御もできずに落命する? それも頭部を吹き飛ばされるほどの魔法で? それほどの高威力なら、それなりの“タメ”があったはず。二人は一体何をしてた? のんびりと相手の魔法の完成をただ待っていたのか? 有り得ない。


 ヴィンスはアルのことを『エイダですら敵わない戦士』だと評していたが、実のところ、彼の中にもヒト族への侮りがあったのだ。


 そうは言っても、実際に戦えば……いざとなればエイダが勝つだろうと。


 そんな身内贔屓と自分たちは魔族だという自負。傲慢さ。そんなモノがヴィンスの中にも確かに存在していたのだ。


「そ、それで……? この襲撃に関係した他の者は? エイダに、バートとベラ……ほ、他の者は?」

「……現場を検証するに、ア、アル殿を直接襲撃したのはバートとベラ、それにベンの三名です。……ベ、ベンの……現場に、ベンのモノと思われる……ね、捩じ切られた指が三本と血痕が残されていました……生死は不明ですが、無事ではないかと……」


 何ということだ。

 前途ある魔族の若者……それもいずれは一流の戦士となるべき……いや、心構えはともかく、単純な強さなら既に一流に片足を踏み込んでいた者たちが……こうもアッサリと返り討ちに……ヴィンスは思わず頭を抱えて呻いてしまう。


「……エ、エイダはッ!? イラは何と言っているのだッ!?」

「そ、それが、イラもこの先のことを伝えられていないようで……恐らくは、アル殿を攫い、そのことを持ってヴィンス老に開戦派との協議の場を設けるように迫る段取りだったのではないかと……」

「……つ、つまりエイダたちは……襲撃にてアル殿を攫い、その身の安全と引き換えにわしと交渉する気だった? な、ならッ! アル殿はあの子たちの元へ向かっているということかッ!?」


 ベンの指。ソレが現場にある。悍ましいが単純な推理。

 ベンに対して指を捩じ切るという拷問。結果、アルはエイダたちとの合流場所を聞き出したということ。


「さ、探すのじゃッ!! エイダたちをッ!!」



 さぁ。急がないと狂戦士が往くよ。



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