第10話 ただの間抜けたち

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「あのぉ……夜分にすみませ~ん……フランツ助祭様~?」


 アルは思う。何でコッチが気を遣わないといけないんだ? ……と。

 既に日は沈み、周囲は月明かりのみ。廃屋の三歩手前と言えども教会に違いはない。お休みになっているだろう女神への礼儀だと、アルは無理矢理自分をそう納得させる。


「…………」

「いや、もうそういうバレバレな警戒とか要らないから。既に扉の裏に居るのは分かってるからとっとと開けろ。届け物を持ってきたんだからさ」


 ガチリと重い音ともに閂型の鍵が開き、重量感のある扉が開く。扉の影にはフランツ助祭。その表情は、アルが初めて会った時の諦念が張り付いたモノではない。怒りがある。

 だが、アルはそんなモノにはお構いなしとばかりに、即座に扉を蹴り開け、その勢いでフランツ助祭を教会の中へ吹き飛ばす。


「ガッ!? ……な、なにをするのですかッ!」

「(はあ? 何を言っているんだコイツは。本当にこんな腑抜けしか居ないのか? 王都ってところは?)」


 尻もちをついたフランツ助祭の抗議の声も無視し、アルはその横に届け物を放り投げる。


 どさりという音と共に届け物自体の呻き声。


「……ぐッ!……ううう……」


 負け犬のメアリ。元・暗殺者。

 こんな奴を暗殺者と呼ぶのは、世の暗殺者に失礼だというのがアルの考え。

 顔面は血塗れであり、鼻の骨と歯も何本か折れている。あとは右手首と左膝。パッと見ただけでも重傷であることが窺える。


「メ、メアリッ!!? な、何ということをッ!!」

「…………」


 アルは思う。何だこいつらと。


 外民の町。元・スラム。未だに危険な香りのする場所。

 裏通りには荒くれ者たちがたむろし、裏社会の組織が暗躍している。

 脛に傷を持つ者、過去を隠したがる者が流れ着くことも多く、ここではお互いの素性を詮索するのはマナー違反。


 そんな噂だった。


 だが、何のことはない。


 非魔道士の腕っぷし自慢。

 魔道騎士くずれに一般兵士くずれ。

 薄い魔法を使って魔道士だと吹聴する四流以下。

 暗殺者ごっこをする助祭と信徒。


 なんとスケールの小さいことか。

 辺境での魔物との戦いの渦中で感じた理不尽さ。暴力に暴力が通じない。更なる暴力で対抗しても、それすらもすぐに通じなくなるという無力感や絶望。身近にある死の恐怖。

 王都に来てからは、アルは一度もそんなモノを感じたことはない。当然だ。ここは王都なのだから。平和な都。裏社会であっても。


 今後始まるであろうゲーム本編のストーリーは、中盤まではほとんど学院が舞台。多少は遠征やダンジョンがあるが、基本は学院……つまり王都。魔族云々はヒト族同士のいざこざが一段落してからのこと。


「(もしかすると、魔族との戦争なんてのも、辺境貴族家が結集すれば事足りるんじゃないのか? 纏まるかは別にしても、戦力的には十分だったり?)」


 アルはメアリの行動が疑問だったが、一つの仮説に辿り着いた。


『メアリは僕が魔道士だと気付かなかった』


 何とも馬鹿げた仮説。だが、アルにはそうとしか思えなくなっている。

 王都で過ごすようになってからは、可能な限りマナの流動を一般人と同程度に抑え、周りに合わせてきた。ファルコナー家の面々に言わせると、アルのマナ制御はまだまだ甘いと言われていたが、そんなマナ制御ですら、王都の暗殺者であるメアリは見破れなかったのではないかと。


「フランツ助祭。もう喚くな。質問に応えてくれ」

「何をふざけたことをッ!? メ、メアリにこんな真似をして、タダで済むと思っているのですかッ!!?」

「(タダで済むのかって? 一体、誰が何をどうするのか……っていうのをぜひ聞かせてもらいたいな。はは。)」


 未だに床に座り込んでいるフランツ助祭に、アルの無造作な前蹴り。


「……んがッ!?」


 無様に仰向けになったフランツ助祭。


「フランツ助祭。あなたとメアリが暗殺者ごっこをするのは構わないけど、僕はやられたらやり返す。今回は、余りにも弱すぎてびっくりしたから殺してないだけだ」

「……あ……ッ!」


 アルは抑えていたマナを指向性をもって開放する。ここまですれば、鈍い一般人でも気付くレベル。流石のフランツ助祭であっても感知することはできるどろうと。


「……あぁ……ま、魔道士……ッ」

「(仮説は正解か……嬉しくもない。フランツ助祭も『神聖術』という“魔法を使う者”だというのにこの体たらくか)」


 女神エリノーラを信奉する教会。修道士や修道女まではともかく、助祭以上の位階は『神聖術』という教会が秘匿する治癒術を会得することがその条件となっているという。

 教会は魔法とは区別したがっているが、神聖術も所詮は魔法の一種でしかない。つまり、教会の助祭以上もまた貴族に連なる者たち。


「……『とある貴人に一夜を共にしないかと誘われている』か。あれは何らかの符丁か。僕を依頼人やそれに類する者と勘違いした……とか? メアリのアホさ加減を考えると、フランツ助祭もその程度の間抜けだったと妙に納得だね」

「……あ、貴方は……一体……」


 終わり。

 もうアルの中での興味は失せた。

 後は本編の開始具合の目安として、この教会の寂れ具合を見に来るぐらいで済むだろう。


「さようなら。フランツ助祭。メアリの膝は精々丁寧に治癒することだね。下手な治癒術だと、二度と戦う者としては再起できない。まぁあの程度なら戦う者と呼ぶのも恥ずかしいから、再起などしない方が良いけど。ああ。もし僕に報復をしたいというなら『アンガスの宿』に居るから、よろしく」


 アルは言い捨てて、踵を返して教会を出る。

 民衆区にある、あの店の魚のフライが美味かった。今回の件でアルが得たもの。以上。



 ……

 …………

 ………………



 間抜けたちの競演から数日。


 アルはまた考えている。

 今はゲームのストーリーなどより『敵の強さ』が気になっている。流石にメアリが、この王都でも一流の暗殺者だ! ……などとは思わない。しかし、如何せん弱すぎた。恐らくコリンであっても片手間でメアリをぶつ切りに出来る。


 厳密にはコリンは魔道士ではなく、薄い魔法は使えるが非魔道士の範疇。だが、メアリはマナの量や質的には魔道士の範疇と言える。それでも圧倒的に差がある。戦いへの取り組み方、意識、実戦経験の差、努力、才能……色々と理由はあるが、単にメアリが弱くてコリンが強いだけ。


「(うーん。敵の強さか。でも、序盤では魔族関連の敵は出てこないんだよな……魔族の強さが分れば、ある程度は逆算できるのに。はじめからコッチを心配すれば良かったんだ。ストーリーだのなんだのじゃない。学院内でのいざこざ、甘酸っぱい恋愛模様、王都を舞台とした貴族家の権力闘争、王家の後継者問題、ダンジョンの秘密……そうじゃない。僕が心配していたのは戦争だ。魔族との戦争。王国の中で起こる問題なんて些末なこと。外敵である魔族や魔物をどう撃退するかっていうのを考えないとダメなんだ。主人公たちに成長してもらうのは当たり前としても……正直なところ、父上……辺境貴族家の当主クラスでもザコ魔族に敵わないというなら……いくら主人公たちが超人化しても、物量に擦り潰されて終わりだ。そもそも主人公たち以外だと戦いにすらならない)」


 アルは王都に来てから、物見遊山的にイベントや重要キャラを探し歩くだけで、割と気を抜いてダラけていたとも言える。

 今回のフランツ助祭やメアリという、自分よりも間抜けな連中と関わることで、アルは逆に危機感が増し、『あ、このままだとダメだ』となった。何が幸いするかは本当に分からないもの。


「(まぁ……学院のイベントは主人公の成長のためとしても……魔族の強さを早急に把握できるイベントなんて……はぁ。覚えていないな。この先は“来客”対応をしてからゆっくりと考えるか……)」


 アンガスの宿。

 外民の町の裏通りにほど近い立地のためか、そこそこのグレードの割には安い。追加で金を出せば一日一食は料理が出る。夜は安酒場として営業しているが、特に宿泊客へのサービス等はないという潔さ。

 王都へ到着した日にたまたま泊まった宿なだけで、アルは特別にナニかがあってここを選んだわけではなかったが……二か月以上を過ごすと、流石に愛着も沸いてくるというもの。


 そんなアンガスの宿にアルへの来客。

 こん、こん……と、間をゆったりと取ったノックの音が二つ。


「開いているからどうぞ」

「……失礼します」


 安宿でナニを上品なことを。アルからすればそう感じるが、部屋に入る側の者……メアリからすれば緊張もするのは当然だ。


 メアリが宿に入って来る前からアルは気付いており、その気配をマナで感知していた。

 歩く姿からは、膝の方は適切な治療が成された模様。折れた歯はどうしたのかは不明だが、見る限りでは元に戻っている。外に不思議な『神聖術』か。


 通常の回復魔法と違い、教会が秘匿する『神聖術』による治療は、再生治療すら可能。つまり、千切れた腕を繋ぎ合わせるとかではなく、腕が新たに生えてくるという。

 それによって、教会は『神聖術』と通常の回復魔法とを差別化することができるため、決定的な対立もせずに済んでいるとも言われている。


「……改めまして。私はメアリと申します」

「これはご丁寧に。僕の名はアル。既に僕が魔道士ということは知っているんだ。家名を明かす必要もないでしょ?」

「……はい。その必要はありません」


 魔道士が家名を隠すのはよくあること。貴族に連なる者たち。家督を継げない者たちは、かなり広範囲に渡って散っていくことが多い。そのため、隣合う領地同士で対立してた家の者たちが、まったく別の地域で同じ貴族家に出仕するようなことも往々にして有り得る。

 家名は自身の身分や出自を明らかにしてくれるが、同時にその家名によって敵が増えることもあり、その功罪は状況によるとしか言えない。


「それで? リベンジ?」

「……い、いえ。滅相もありません。私如きがアル様に挑むなど……思い知りました。自分の未熟さを。……本日は“組織”の判断もあり、来させてもらっています」


 このときのアルの正直な気持ちは『どうでもいい』の一言に限る。

 ファルコナーは戦いに限らず、“弱い者”の話は聞かない。聞く価値がないと断じる。

 そのような心情をメアリも察したのか、慌てて話し始める。ただ聞かせるための話。


「……ア、アル様がどう感じたのかは存じ上げませんが……フランツ様は今回の“逢瀬”を望んでいた訳ではないのです」


 フランツ助祭とメアリ。


 二人は外民の町、裏通りだけではなく、王都全域に根を張る裏組織の者。

 フランツ助祭は彼らの隠れ蓑として、下請け的な調整役としての役目を負っていたが、教会の衰退により裏組織からも手を引かれつつあった。

 まったくもって身勝手な話。

 フランツ助祭は、一方で人を殺しながら、なんと人々の救済……女神の徒としての使命にも本気だったのだ。ファルコナーとはまた別方向で狂っている。どちらも迷惑な狂人には違いないが。


 彼には彼のルールがあり、組織からの依頼が多いときはまだ選べた。しかし、いまやフランツ助祭には選ぶ余地がない。それを悩んでいた……教会の衰退云々よりも、フランツ助祭は、自らのルールを守れない「暗殺依頼」について心からの苦悩があったと。


 メアリはそんなフランツ助祭に対して、彼が望まないと知りつつ今回の“逢瀬”を持ちかけたという話。それだけ。


「……それで? フランツ助祭はイイ感じに狂っている。常人には理解出来ない苦悩がある。……だから?」


 アルは本気で解らない。それを僕に伝えてどうするのかと。メアリが真正面から挑んできた時のような意味不明さを感じている。


「……実は今回の“逢瀬”が終わり……次はフランツ助祭と直接“逢瀬”をしろと……組織からの指示を受けました。その矢先にこのようなことになり……組織はアル様にも興味があるようです。フランツ助祭の件で協力を得られないか話を持っていけと……」


 ああ、なるほど……と、アルは道筋を理解した。組織の要望を含めて『廃教会の主』の前日譚について。


 死霊・怨霊化は、当人によほどの未練や執着……恨みや妬みに絶望などが無ければ、自然に発生することは少ない。大抵は禁忌の外法である『死霊術』によって人為的に引き起こされるもの。


 当人自らが魔道士であり、生前より準備しておくなども「一般的」だと言われている。


 フランツ助祭は既に死霊化の準備を終わらせている。女神に仕える身でありながら『死霊術』にも手を染めた。とんだ破戒僧。


 だからこそ、組織もこれまでは迂闊に彼を始末できなかったのだ。しかし、今回はそれでも尚、彼の始末を決意したということだろう。

 さて、いざやるか! ……と、思っていたら、都合良く魔道士の登場。アルだ。組織は思った。『もしかするとフランツを死霊化させずに始末できるのでは……?』 と。

 結果、淡い期待を背負ってメアリがアルの前にいる。


「(どこかで死霊化はちょっと……と、フランツ助祭に同情する気は残ってはいたけど……交渉の為の脅しであっても、自ら望んだことならば……もういいか。別に僕の想像が正しいかも分からないけど……殊更に正解が欲しいとも思わないな)」


 アルの黙考をメアリはじっと待つ。

 メアリは身を以て彼が魔道士と思い知ったが、目の前にいる彼のマナを感知してもやはり分からない。

 マナを制御したアルは、非魔道士と区別がつかない。少なくとも彼女には見破ることが出来ない。


「(これが辺境の……最前線の魔道士。王都で幅を利かす貴族達とも違う……底が知れない。私のような半端な魔道士モドキがどうにかなる相手じゃなかったか……)」


 王都に根付く裏組織。

 当然の如く、貴族やそれに連なる者とも関わりがある。

 彼らは、マナの量や質、体系だった魔法の知識、代々継承される強力な魔法……等々。それらが一体となった“強者の風格”を持っているのが常だ。

 メアリはそんな彼らに対しても「自分では到底及ばない」と強く感じていたが……アルはまたそれらとも異質。


「……お断りだね。組織とやらにも、フランツ助祭との“逢瀬”にも興味はない」

「……そうですか。組織からは是非にとのことでしたが……引き下がるとします」


 アルは言わない。フランツ助祭の死霊化については。

 死霊化の準備のある者を殺せば、まず、殺した者が死霊の最初の標的となる。

 今回ならメアリだ。組織とやらが、彼女に対して丁寧に説明している筈もないだろう。


「(お互いに殺し合うがいいさ。どうせ僕のことも、死霊化を防げれば良し、駄目なら捨て駒。……という扱いだろ。その組織とやらは)」



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 数日後、教会の中、女神像の前で寄り添うように亡くなっているフランツ助祭とメアリの姿が発見される。


 彼らを知る者たちは、世を儚んでの心中だろうと……そう語り、涙して二人の死を悼んだという。



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