保険のおねーさんとわたし

わたしは、夫に、年金保険を掛けていました。

10月になれば、夫に年金が下りてきます。

その報せをしたあと、手続きのために

保険のおねーさんがやってきました。


長い黒髪の、細長い顔立ち。

目は少し垂れてうすくなっていますが

かなりの美女です。

年は20代ぐらいでしょうか。


「コロナ、だいじょうぶでしたか」

彼女は、雑談をはじめました。

わたしは、訂正した書類を見せながら、

「せきがひどかったけど

なんとかなりました。


ホテル療養でね。

アメニティ・ルームに

OS1とか、ウィダーインゼリーとか

弁当とか配膳されるのを

取りに行くんです」


「そうですか。私の友だちは

コロナになったんですが、

後遺症で味覚がおかしくなって

お酒が苦くて飲めなくなったそうです。

お客さまは、いかがでしたか」


「わたしは後遺症はありませんね。

後遺症って、体質があるらしいよ」


などと会話ながら、ふと彼女の手元にある

透明なフォルダーに目をやりました。

イケメンのアニメイラスト。

「あ、それ、知ってる」

わたしが言うと、彼女の目が輝きました。


「そーなんです! 東京卍リベンジャーズと言いまして」

「そうそう。時間を遡るヤツね」

「そうなんです! このアニメのフォルダーが、

書類を保持するサイズにぴったりなんです」


リベンジャーズは見てないけど

話題になってるよね。


それから彼女は書類をチェック。

厳しい目になります。

まるで人が違ったような顔。

美人だけに、迫力ある。


「このあたりの訂正署名は、

三つあるのを確認いたしました。

お手数をおかけいたしました」


怖い顔でそんなことを言うので、

ちょっとビビってしまいました。


そう言うと、彼女はキュッと唇を横一文字にしました。

「このたびは、たいへんありがとうございました」

あらたまって言うこの律儀さ。

企業のしつけがしっかりしているんだな。


白い布製のショルダーバッグに、

書類の入ったフォルダーを入れて、

彼女は厳しい笑顔を見せます。


「では、失礼します」

わたしは、くるりと背を向けた彼女の

黒いスーツの肘に、ぴろりと

なにかがくっついているのに気づきました。


黄色い付箋でした……

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