たんぽぽ・すみれ・ちんちょうげ

1990年代。まだ義母が60歳代、わたしが30歳代だったころ。

わたしは持病が悪化して、リハビリのために

義母とウォーキングをすることになりました。

そんなある春の日の、ちょっとしたお話です。


その日はうららかに晴れていました。

歩道は道路からは独立しており、

歩くにはもってこいの環境。

ただ、この季節には美しい花は、見かけないのでした。


だけど義母は目がするどかった。

「見て!」

 指し示すその方向には、すみれが群生しているのです。

 アスファルトの路を押しのけるように、

 力強く、そして可憐に咲いていました。


 そのそばには、ちんちょうげもありました。

 かぐわしい香りが、あたりに漂っています。

 毬のような花の集団には、

 紫がかかった花弁が添えてありました。


 わたしがつくづくと、それを眺めていると、

 義母が歩道橋の下を示しました。

 「ほらほら、たんぽぽよ!」


 歩道橋の下には、じゃりが敷いてありました。

 すぐ隣を、自転車が通り抜けていきます。

 じゃりの間を小さなたんぽぽが咲いていました。

 その色は黄色ではなく、

 白いたんぽぽでした。


「わたしが若い頃には、いっぱい白いたんぽぽが咲いてたわ」

 懐かしそうに、義母は言います。

「見える限りの地平線に、白いたんぽぽ。日本古来の種なのかしらね」


 力強いたんぽぽを見ていると、わたしは勇気づけられるのを感じました。

 いまはなにも出来ないし、もしかしたら一生なにも出来ないかもしれない。

 でも、いるだけで心をなぐさめてくれる存在になれるかもしれない。


 つぎの年、義母といっしょに、その白いたんぽぽのあった

 歩道橋の下へ行きました。

 かつてあれほど群生していたすみれも

 垣根の間にのぞいていたちんちょうげも

 そして白いたんぽぽも


 なくなっていました。

 道は、道路工事で掘り返され

 新しいアスファルトが敷かれていました。


 今でもそこを通るとき、わたしは歩道橋の下を探します。

 平凡な春の日の一コマです。

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