第158話 弟子君
「で、弟子?」
「うん。実は、前々から弟子が欲しいって思っててね。ほら。あなたが持ってきてくれる依頼って、時々かなり大変なやつがあるし。弟子をとって手伝ってもらえば、私の負担も減るからさ」
「な……なるほど、ね」
まだ腑に落ちないといった様子で彼の方を見る彼女。
その隙に、私は、目をパチパチとさせながら彼に合図を送った。それに気付いた彼が、小さく頷く。
「えっと……あなたは魔女ちゃんの……弟子?」
「は、はい。僕、もともと魔法薬を作って生計を立ててたんです。それで、ついこの間、薬草を採りに森へ入った時に、偶然、魔女さ……し、師匠と出会いまして。『弟子にならないか?』って誘われたんです。」
おお。上手い具合に話を合わせてくれている。若干たどたどしいけど。
「そうなんだ。何というか……意外な感じ」
百パーセントというわけではないが、どうやら、ある程度は彼女も納得したらしい。そうして、三人で少しだけ会話をした後、彼女は「仕事があるから」と帰っていった。
「ふー。危なかったね。弟子君」
額に浮かんだ汗をぬぐう私。
「ですね。というか、どうしてあの人……郵便屋さんには、本当のことを隠したんですか?」
「そっか。弟子君は知らないんだったね。あの子、かなりのからかい好きなんだよ。本当のことなんて言ったら、きっと、ニヤニヤ顔で質問攻めされるよ」
「マジですか……」
「マジだよ。だから、これからも気を付けてね、弟子君」
ビシッと彼に人差し指を向けながら、私はそう告げた。ここに住むということは、依頼の手紙を届けに来る彼女とも接触するということだ。今のうちに、警告しておいて損はないだろう。だが、どうしてだろうか。彼がからかわれなくなるという未来が、全く想像できないのは。
「そ、そういえば。魔女さん」
「ん?」
「もう、僕のこと、『弟子君』って呼ばなくてもいいんじゃ……。郵便屋さんも帰りましたし」
確かに、先ほどから私は、彼のことを『弟子君』と呼び続けてしまっている。でも……。
「いいんじゃない? 君は私の弟子ってことで」
「……え?」
「だって、いちいちあの子がいる前で呼び方変えるのも面倒だし。それに、『森の魔女』がよく分からない男と暮らし始めたなんて噂が立っちゃうのもね。弟子ができたっていう噂ならいいかなって」
私の言葉に、彼は「……確かに」と呟いた。
噂というのは残酷なものだ。いつの間にか広まっていて、尾ひれが付くなんて当たり前。やろうと思えば、人を傷つけることだってできてしまう。しかも、噂を流した本人は、罪の意識なんて持ってはくれない。
今でも時々夢に見る。嘘の噂に苦しめられたあの日々を。
「あの……大丈夫ですか? 怖い顔になってますよ」
その声にハッとする。見ると、彼が私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
「……大丈夫だよ。それより、これから私たちは師弟ってことで。分かった? 弟子君」
「は、はい。よ、よろしくお願いします。師匠」
こうして、私と弟子君の不思議な生活が始まった。
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