第159話 大人じゃない!

 弟子君と生活するようになった初めの頃。私は、大人の女性として弟子君に接するはずだった。そう。そのはずだったのである。


 だが……。


「師匠! 起きてください!」


「うーん。まだ眠いー」


 あれ?


「仕事嫌だ―」


「はいはい。わがまま言わずに行きますよ」


 どうして?


「弟子くーん。お菓子食べたい」


「晩御飯の前はダメですよ」


 違う。


 こんなの。


 こんなの。


 大人じゃない!


 いつの間にかすっかり子供っぽくなってしまった私。自分の変化に全く理解が追いつかない。昔はあれほど大人を目指していたはずなのに。


 私、どうしちゃったんだろ……。


「師匠。もしかして食欲ないんですか?」


「……え?」


 顔を上げる私。視線の先にいたのは、心配そうな表情を浮かべる弟子君。


 どうやら、私は考え事に耽りすぎていたらしい。せっかく弟子君が熱々のシチューを出してくれたのに、すっかり冷めてしまった。


「いや。大丈夫だよ」


 そう言って、私は無理矢理笑顔を作る。テーブルの上に置かれたスプーンを手に取り、シチューをすくって口の中へ。おいしいはずなのに、味をしっかり感じられない。


「何かあったら言ってくださいね。僕、できることなら何でもしますので」


「……ありがとね。弟子君」


「といっても、僕なんかが師匠のためにできることなんて、あんまりないんですけどね」


「…………」


 不意に、こう思った。弟子君なら、何か分かるかもしれないと。今の私が、どうしてこうなってしまったのか。その答えを教えてくれるのではないかと。

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