第7話 弟子ちゃんのおかげかな

 森を超えると、そこには大きな町が広がっていました。赤いレンガ造りの家が数多く立ち並び、通りにはたくさんの人が歩いています。空の上には、何人かのほうきに乗った魔法使い。彼らはきっと仕事中なのでしょう。右へ左へ、忙しそうに飛び回っています。


 ふと、一人の女性が、ほうきに乗って近づいてくるのに気がつきました。年齢は師匠と同じくらい。彼女は、青色の三角帽子をかぶり、軍隊のような制服に身を包んでいます。三角帽子の下から見えるのは、整えられた短い黒髪。僕たちのすぐ前でほうきを停止させた彼女は、子供のような笑顔をこちらに向けました。


「魔女ちゃん、弟子ちゃん、こんにちは!」


「こんにちは、郵便屋さん」


 僕は、彼女に向かってペコリと頭を下げました。


 彼女は、郵便屋さん。毎日、ほうきに乗って郵便物をあちこちに運んでいます。普段、僕たちの家に人が来ることはほとんどないのですが、彼女だけは例外です。師匠に対する仕事のお手紙は、いつも彼女が持ってきてくれるのです。


「役所からの依頼、受ける気になったんだね」


「はい。昨日、催促の手紙も来ましたし」


「いやー、役所の人が、ボクの会社に乗り込んできた時は、本当に驚いたよ。すごい剣幕で、『森の魔女様を早くよこしてくれ』って言われてさ。ボク、思わず震えちゃってね」


「すいません。本当に」


「別に、弟子ちゃんが謝るようなことじゃないよ。相変わらず、魔女ちゃんがごねてたんでしょ」


「ハハハ……」


 師匠と長く交流のある彼女は、師匠のことについてよく知っています。だからこそ、彼女は、僕の理解者の一人でもあるのです。


「そういえば、さっきから、魔女ちゃんが黙ったままなんだけど」


「確かにそうですね。師匠、どうかしましたか?」


 師匠が、知り合いである郵便屋さんを前にして黙ったままなんて、珍しいこともあるものです。僕は、頭の上の三角帽子をツンツンと指でつついてみました。すると……。


「うーん……えへへ。弟子君……」


 ……あ、寝てますね、これ。


 どうして他人の頭の上で眠ることができるのか、甚だ疑問です。そもそも、他人の頭の上というのが珍しい状況なわけですが、そこはまあ、考えないでおきましょう。


「……ボクは長年、魔女ちゃんと関わりを持っているけど、魔女ちゃんにとって、今が一番幸せなんだろうね」


 僕が呆れていると、不意に、郵便屋さんがそんなことを言いました。その顔には、優しい微笑みが浮かんでいます。


「そうなんですか?」


「うん。間違いないよ。弟子ちゃんのおかげかな」


 力強く頷く郵便屋さん。冗談を言っているようには見えません。


 僕のおかげ……ですか……。うーん……。そうなのかな? まあ、でも……。そうだったら……いいな。

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