第15話 直談判

数日後


「それで、大事な話って何かしら?」


 そう言ってから、すごく高そうなカップの中に入った紅茶を飲む京子さん。声といい、仕草といい、服装といい、全てにおいて品がある。まさしく上流階級の人間って感じだ。

 

 しつこく朝比奈真礼との関係について聞いてくる先生にダメもとで「どうしても朝比奈のお母さんに伝えたいことがある」と訴えかけたら、意外とあっさり俺と会ってくれた。

 

 厳しい警備が敷かれているタワーマンションの最上階に君臨する朝比奈家。広々とした空間と京子さんが放つ雰囲気に圧倒されていたのだけど、微かに残る神崎有紗の唇の感触が俺を勇気づけてくれた。


 なので、俺はソファーに座ったまま、目の前にある紅茶を啜る。ロシアでは、お偉い方と直談判するときに絶対紅茶を飲むなという格言があるが、まさか……中に薬とか入ってないんだろうな……

 

 とにかく、ここで引き下がるわけにはいかない。リビングのドアに目を見やると、朝比奈真礼がバレないように顔をぴょこん出して、心配そうな表情を俺に向けている。


 俺の言うべきことはただ一つ。


「もうこれ以上、朝比奈さんの悲しむ顔は見たくありません!」

「……話はそれで全部?」

「え?は、はい……そうですけど……」


 俺が声を大にして本当の気持ちを伝えたけど、返ってくるのは冷え切った反応。


「真礼はね、ちょっと動揺しているだけよ。古澤くんと関わったせいでね」

「……」


 やっぱり手強い。雰囲気と大人の余裕で完全に主導権を握られた上に、責任を俺になすりつけてくるなんて……


「私はね、ずっと真礼のことを見てきたからわかるの。真礼は古澤くんから悪い影響を受けて、ちょっと混乱しているだけなの。そのせいで、いつも一位というタイトルを守ってきたのに、結局、奪われた」

「……」

「私、夫と違って、寛大な人なの。本来なら、古澤くんを他校に飛ばす予定だったけど、娘が必死に頼み込むものだから、仕方なく監視だけで済ませているのよ」

「……」

「わかったら、さっさとお引き取り願おうかしら?」


 京子さんは急に目を見開いて俺を睨んできた。柔らかな金髪、整った目鼻たち、青い瞳。日本人離れした上流階級の美人。だから余計にダメージが大きい。なので視線を落とすしかなかった。


 だけど……


「いやです」

「ふん〜聞き分けのいい子だと思っていたのに、どうやら私の見当違いだったようね」


 と、心底軽蔑の視線を向けては、携帯を取り出した。おそらく、黒いスーツを着たいかついお兄さんたちに頼んで武力を行使する気なろう。


 けれど、そうはいかないぞ。


「あなた……母親失格だ」

「はあ?」

「真礼のこと、何もわからないくせに……偉い口叩くんじゃねえよ」


 俺の叫び声が広々としたリビングに響き渡る。京子さんは口をぽかんと開けてたまま固まる。指の力が抜けたのか、そのまま携帯を落としてしまう京子さん


「真礼はな!いつも一位であり続けることにものすごいプレッシャを感じてきたんだ。周りからの圧力ももちろんあったと思うけど、そのことを全く理解してくれないあなたがずっと真礼の心に釘を刺してきたんだよ!」

「な、なに馬鹿なことを……」

「自分を産んでくれたお母さんからも理解されない真礼は、俺の幼馴染の有紗をいじめるという歪んだ行為をして、自分を慰めてきたんだ!むしろ、今まで散々迷惑をかけてきたのは……」

「……」


 俺は人差し指をピシッと立てて京子さんに向ける。


「あなただあああああああああああああああああああああああああああああ!」

「……」


 京子さんは無言のまま、顔をしかめる。おそらく、自分の娘と同い年の少年から、捲し立てられることは想定していなかっただろう。


 今まで上流階級という特権を利用して好き勝手やりまくって、何もかもが自分の思いのままだったのだろう。


 だから、自分に逆らう相手を徹底的に潰さないと気が済まない気質の人になったという訳だ。今の京子さんがまさしくそれ。顰めっ面は、段々と形を変えて行き、青い瞳には憤怒が宿っている。


「へえ〜じゃ、君は私になにを要求する気?」

「……監視はもうやめてください。あと、俺と真礼の関係についても、あまり詮索しないでください。真礼に手は出しませんから」

「ぷふっ!そんな図々しいことよくも言うね。君、真礼のこと好きでしょ?」

「……はい」

「でもね、君は母親である私からすっごく嫌われているの。君の我儘わがまま、私が聞くとでも思っているのかしら?ふふっ」

「……」

「それに、君は、幼馴染の神崎という子とそういう関係でしょ?もしかして、二股かける気?だとしたら、本当に君を他校に飛ばさないといけなくなっちゃうわよ」

「……」

「黙ってないで、君の本音を言ってごらんなさい。古澤倫太郎の本性を」


 京子さんは、妖艶ようえんな表情を向けながら人差し指をツヤのある唇に当てる。


 恥ずかしいから、神崎有紗にも小声で伝えたのに……


 どうやら京子さんは、一歩も引き下がる気は皆無らしい。もし、俺がここで本音を打ち明けたら、他校へ飛ばされるかもしれない。そして、京子さんはもちろんのこと、向こうのドアで、俺たちの会話を盗み聞きしている朝比奈真礼からも軽蔑されかねない。


 さっきも言ったように、京子さんはなにがあっても自分の主義を曲げない。おそらく刃物を突きつけられても、顔色一つ変えず淡々と自分の持論を展開するのだろう。


 でも、


 それは俺も同じだ。






「俺は、有紗も真礼も大好きだ!!!!!!!!!!!!」





「……本当にゲスの極みね、君」




 ああ、知っている。俺はクズでゲスだ。けど、



「わかってます!でも、自分自身に嘘をつくことなんかできないから!有紗も可愛いけど、あんたの娘も超かわいいんですよ!気障ったらしくて、うざくて、邪魔くさくて、面倒臭いけど、とても繊細の子で心が弱くて、甘えん坊で、守ってあげたくて……俺の匂いをくんかくんかと嗅ぎながら褒めて褒めてと子供みたいにねだってくるんですよ!それに、めちゃくちゃいい匂いするし、金髪超柔らかいし!」

「ちょ、ちょっと!私はあの子の母親よ!なのになんてことを言ってるのかしら……お黙りなさい!」

「いや、絶対やめられない!あんたの娘めっちゃ可愛いです!料理も作ってくれるし、無茶なお願いしてもイヤイヤ言いながら結局やってくれるし!まじで最高!」

「あ、あああ……」


 京子さんは氷のように固まってしまった。そこへ


「倫太郎くん……」

「真礼……」


 今まで隠れて俺と京子さんの会話を聞いていた朝比奈真礼が、俺のいるリビングのソファーへと歩いてくる。


「倫太郎くん……私も倫太郎くんのことが大好きだよ……今まで、ずっと倫太郎くんの匂い嗅げなかったから、禁断症状出ちゃって……勉強も全然集中できなくて……私……」

「真礼……ごめんね。もっと早く来るべきだった。真礼の苦しむ顔……もう二度と見たくないよ!来て!思いっきり俺を匂いを嗅いでいいから」

「倫太郎くん……倫太郎くん!!!!!!!!!」


 朝比奈真礼は、歩く速度を上げ、その細い脚を必死に動かした。俺との距離が縮まるにつれて、彼女の顔もだんだん明るくなっていく。


 そう。これでいいんだ。もう俺と神崎有紗と朝比奈真礼の関係を邪魔する存在は俺が許さない。全部俺が独占してやる。


 と、闘志を燃やしていたのも束の間










「残念」

「ん!?」

「倫太郎くん!?」


 突然視界がかすんできた。眩暈めまいもするし、あっという間に倦怠感が俺の体を支配する感覚に見舞われてしまう。


「ま、まさか……あの紅茶に、薬を……うっ!」

「保険はかけといた方がいいからね。ふふ」

「倫太郎くん!」

「真礼、早く部屋に戻りなさい。じゃないと、この子、処分できないから」

「お母さん!なんで……なんでこんなことするの……」

「全部真礼のためよ。こんなのはさっさと忘れて、勉学に励まみなさい」


 よろめく俺の横には、美しい親娘が口喧嘩をしている。気を抜いたら、今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。


 終わってしまうのか……このまま、他校に飛ばされて、結局バラバラになって、バッドエンドのまま高校を卒業してしまうのか……


 いやだ……絶対いやだ……

 

 凡人だった俺がこんなふうに必死になれたのも、二人がいてくれたおかげだ。俺を変えた二人。だから、俺も二人を





 幸せにしてやる!



「ん!う……」

「嘘!薬、結構強めにしたつもりだけど、まだ立てる力が残っているなんて……」

「倫太郎くん……」


 京子さんは戸惑っている。けれど、数秒後にはきっと眠ってしまうのだろう。だから、残された数秒間、神崎有紗と朝比奈真礼がくれたこの数秒間を有効活用して、最後の可能性に賭けてみるのだ!


 俺は、重幅ったい脚を動かす。


「ちょ、ちょっと!古澤くん……なんでこっちに来るの?い、いや……これ以上近づいたら、スーツ姿のお兄さんたちに可愛がられちゃうわよ!真礼!な、なんで急に笑っているの?お母さん、今ピンチなのよ!?」

「ふふふ……倫太郎くん……前々から思っていたけど、やっぱり、倫太郎くんはお母さんが言ったようにゲスだわ。凡人という仮面を被ったゲス」

「そ、そうよ!真礼!やっとこの男の本性に気付いたわね!じゃ、お母さんを助け……」





「いけええええええええええええええ!倫太郎くううううううううん!!!!」


「ほえ!?ちょ、ちょっと!?真礼……今何言って……あっ!」


 



 意識が朦朧もうろうとする中、俺は京子さんの頭に腕を回し、





 俺の胸に近づけて、匂いを嗅がせた。





「ん!」




 それから、意識を失ってしまった。






追記


 

 おういえい








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