第14話 大義名分

 結局、俺はなんの反論もできずに、朝比奈真礼のお母さん(朝比奈京子さん)を家に入れた。そして朝比奈京子さんは自分の娘を強引に連れて行った。


 この日を境に、俺と朝比奈真礼との交流は途絶えてしまったのだ。


 学校での朝比奈真礼は俺が目くばせしてもガン無視し、なるべく俺と関わらないようにしていた。時折、ブラックスーツ姿の健全な男性達が俺を監視したり、放課後に担任先生に呼ばれて、朝比奈真礼との関係をしつこく問われた。

 

 朝比奈真礼はこの学校の理事長の一人娘。そんな大切に育てた愛娘がどこの馬の骨とも知れない男の家のベットにいたわけだ。退学処分にされないだけマシだ思う。


 もちろん、俺と彼女は、匂いを嗅いだり頭を撫でたりしただけなので、後ろめたい気持ちは……ちょっとはあるけど、超えてはならない線は超えていない。おそらく、朝比奈京子さんもそれを知っているから、俺に危害を加えることなく、監視だけしているのだろう。


 これでいいのだ。やっぱり、学校一の美少女とあんな行為(匂いを嗅ぐだけ)に及ぶのは色々ヤバい。だからこれでいいんだ。


 いいんだよ。


 と、自分に言い聞かせても、納得できない自分がいる。別段、金髪美少女と親しい仲になれないことに対する当てつけではない。


 日に日にやつれて行く朝比奈真礼の姿を見ていると、俺の胸が締め付けられるように痛い。


 高飛車で、傲慢だけど、とても繊細で真っ直ぐな彼女の元気のいい姿が頭から離れない。だけど、現実の朝比奈真礼は、物憂げな表情をしていて、完全に人間の喜びを失った鳥籠の中の鳥のようだ。

 

 時間はあっという間にたち、次の期末テストで、いよいよ朝比奈真礼は一位の座を神崎有紗に明け渡してしまった。流石に神崎有紗もそこまで鬼じゃないので、朝比奈真礼を挑発したり揶揄ったりはしなかった。


 その代わりに、俺の家で……


「すうーはあー……倫太郎……私、いよいよ一位になったよ」

「……」

「もちろん、倫太郎は一位でも二位でも気にしないのは知ってるけど……一位になったのは初めてだからちょっと不思議な感じね……」

「……」

「倫太郎?」

 

 無言を貫く俺を怪訝に思ったのか、ベッドで俺に体をくっつけたまま匂いを嗅いでた神崎有紗が俺の名前を呼ぶ。


 俺は……


「有紗は嬉しい?」

「……もちろん嬉しいよ」

「そうか……」


 だよね。神崎有紗は、朝比奈真礼に散々揶揄われて煽られてきた。だから今のやつれ果てた朝比奈真礼を姿を見て、心の中で「ザマァ!」とか思っている可能性すらある。


 できれば二人とも仲良くして欲しかったのに。このまま終わりってのはやっぱりどう考えても納得がいかない。だけど、俺には朝比奈真礼に近づく理由もなければ大義名分もない。

 

 俺が抱いた小さな希望と夢は結局淡い泡沫と化してしまうのか。


 その瞬間、神崎有紗が意外なことを言う。


「嬉しいけど、納得できないわ……」

「え?」

「あんな朝比奈さんは、もう朝比奈さんじゃない」

「有紗……」

「気障ったらしくて、うざくて、邪魔くさくて、面倒臭い朝比奈さんに勝たなきゃ意味がないもの。ふふっ」


 と、神崎有紗は、匂いを嗅ぐのをやめから、俺に品のある表情を向けてきた。もしかしたらこれはチャンスなのかも知れない。もし、俺がこのまま黙りこくったら、朝比奈真礼と卒業するまで顔を合わせることも、会話を交わすことも、二人が仲直りすることも、彼女の香りを嗅ぎながら頭を撫でることも出来ないだろう。


 だから……

  

 だから、俺は……


「気障ったらしくて、うざくて、邪魔くさくて、面倒臭い朝比奈さんが見たいか?」

「ふふっ……見たいと言ったら?」

「見せてあげる」

「あら、いつもは優柔不断なのに、今日に限っては男らしいじゃない」

「まあ、俺も有紗と同じく納得できなくてね」

「そう……一つだけ聞いていい?」

「あ、ああ。なんだ?」

「朝比奈さんのこと、好き?」

「……今、それ聞くのかよ……」

「ええ。むしろ今だから聞くのよ。だから言ってちょうだい」


 なんとか誤魔化そうと頭をフル回転させたが、いいセリフは出てこない。その代わりに、神崎有紗は、四つん這いになって、ベッドで横になっている俺の上に乗っかって俺の顔を捉える。


「言って」

「……わかった」


 これは逃げられないやつだ。俺の気持ちを包み隠さず他の人に言うのは、いささか恥ずかしいものがあるのだが、誤魔化すことなんて許されない。


 なぜなら、


 目の前の彼女は、俺のことを大好きって言ってくれたから。


 だから、俺も……ちゃんと向き合わないといけない。


 そう思った俺は、上に乗っかっている神崎有紗に優しく耳打ちした。


「こそこそこそ……」

「……」


 俺の答えを聞いた神崎有紗は数秒間固まる。そりゃそうですよね……あとは、有紗に思いっきりぶん殴られるだけかな。心の準備を……


「ぷふ!」

「ん?」

「ぷはははははははは……倫太郎らしい答えね」

「お、俺らしい?」

「ええ。倫太郎らしい最低最悪のクズ答えよ。ふふふっ」

「じゃ、なんで笑うんだよ……」

「倫太郎」

「なんだ?」

「もし、私が今の朝比奈さんのような立場だったら、どうするつもり?」

「それは……今と同じく、動く」

「そう……なら、一つおまじないをかけてあげる」

「おまじない?」


 俺が問うと、神崎有紗が急に顔を赤くし、視線を逸らす。相変わらず、俺の上に乗っかった状態で、手を俺の肩の上についていて、ぶるぶる体を震わせていた。やがて、何かを決心したのか、視線を俺に向けて、徐々に頭を下げていく。


 




 ちゅっ!


 唇と唇が重なった甘い音。


「ん!有紗!これは一体!?」


 神崎有紗は慌てふためく俺の体から素早く離れて、ベッドからおり、後ろを向く。


「これは、朝比奈さんへの復讐……だけど、貸しでもあるの……だから……」

「……」






「朝比奈さんをここに連れてきなさい!じゃないと、仲直りできないじゃない」





「ああ、有紗の言う通りだ。わかった。連れてくる。何があっても」



 大義名分を得た。あとは、行動で示すのみ。




追記




 いよいよ大詰めを迎えましたって感じですね。

 

 なかなか手強いママン。

 

 魔王の本拠地に足を踏み入れるような展開。


 ずるずる引きずるのは嫌なので、ビシバシ進めていきます!


 これはあくまで短編としての位置付けなので、完結したら、ラブコメもので長編小説を二つ連載していく予定です!



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