第12話 オムライス

 神崎有紗と朝比奈真礼はエプロンをかけ、夕食を作り始めている。いつもはパチパチと火花が飛ぶほど、いがみあっていたのに、今は不思議と静かだ。二人による共同作業。なかなかシュールな光景である。


 俺はというと、ソファーに横たわって、ゲームをしながら、時折、二人の様子をチラチラと見ている。


「冷蔵庫にある食材で適当に作っちゃうからね」

「お、おう。どうぞ」

「倫太郎くんは好きな料理とかある?」

「まあ、基本なんでも好きだから」

「だとすると、無難にオムライスかな?神崎さんはオムライスできる?」

「ええ。もちろんよ。ていうか、私一人でもできるから、やっぱり朝比奈さんはどこかで指でも咥えながら待ててくれないかしら?」

「それはこっちのセリフよ!倫太郎くんの前だからといって調子に乗るんじゃないわよ!」

「そっちこそ、倫太郎が家に帰ってくるなり、発情した雌犬のように飛びついて……本当に下品極まりないわ!」

「神崎さんも飛びついてきたでしょうが!」

「んんんんんんん!」

「んんんんんんん!」

 

 やっぱりこの流れになってしまうのか……これは針のむしろですな……ちょっと大人しくなったのかと思うと、早速これだもんだ。


 俺は咳払いを数回してから、互いを睨み合う二人に向かって宣言する。


「二人仲良くしないと、匂い嗅がせてやらんぞ」


「ん!?」

「ん!?」


 そう。これこそが泣く子も黙る魔法のキーワード。二人はなぜか、俺の匂いに執着しているので、もう嗅がせないよ〜という雰囲気をチラつかせたら、大体言うことを聞いてくれる。


「朝比奈さん……溶き卵の用意お願い出来るのかしら?」

「うん……神崎さんもご飯とソースの用意、お願い」

 

 と言って、二人は大人しく料理を再開する。けれど、相変わらず時々、互いを怒りの顔で見つめる神崎有紗と朝比奈真礼。


 正直ゲームどころではありませんね。と、心の中でぶつぶつ呟いていると、オムライス独特のふくよかな香りがキッチンを包み込んだ。


「倫太郎」

「オムライスできたよ。食べて」

「お、おう……」

 

 と、呼ばれたので、早速食卓へと歩く俺。食卓には実に美味しそうなオムライスが三つ置かれており、真ん中にはケチャップが。


 プルンプルンとしたオムライスを見ていると、ふと、メイド喫茶店が浮かんできた。お小遣いがだいぶ余った時には、野原と一緒に秋葉原をぶらついてから、メイド喫茶店に行って夕食を頼む。もちろん俺が頼むやつはただ一つ。オムライス。


 綺麗なメイドさんが配膳をし、ケチャップで絵まで書いてくれる。


 そう。


 つまり、

 

 ケチャップをかけてないオムライスは、卵焼きが乗ったチャーハンに過ぎないのだ!!


「倫太郎?どうしたの?」

「しけた顔して……もしかしてオムライス嫌い?」

「これはオムライスじゃない!」

「え?な、何を言っているのかしら?もしかして、倫太郎にとって身に余る待遇を受けて、頭でもおかしくなったの?」

「倫太郎くん……どこが変なのか言ってちょうだい。一位である私が作った極上のオムライスに文句をつける気?」


 こ、こわっ!いくら俺の匂いにこだわっているとはいえ、二人は学校におけるトップクラスの美少女たちだ。変にプライドを刺激することは良くない。


 よくないのだが……


 俺だって、プライドってもんがある。


「メイドさんみたいにケチャップで可愛い絵を描いてくれないと、オムライスとは言えないんだよ!」

「え?」

「はあ?」


 な、何?なんでそんなに放射能廃棄物を見ているかのような視線を向けてくるの?ちょっと?二人とも?なんでこういう時にだけ息ぴったりですか?


 ……ここで怯んだら元も子もない。堂々とした振る舞いで行こう。


「ケチャップかけながら最後は『萌え萌えきゅんっ!』って決めてくれたら、俺の体からもっといい匂い出てきそうな気がしなくもないような……ちらっ」

「……」

「……」


 二人は視線を落とした。ちょっとやり過ぎたのかなと、背筋がゾワッとするのを感じていると、やがて、二人は顔を上げて、俺を悔しそうに見つめる。


「倫太郎……生意気よ……」

「倫太郎くん……あまり調子に乗ると理事長であるお父さんに言いつけるよ」

「う……や、やっぱり今の話は……」

「まあ……仕方ないわね……恵まれた環境で育ったお嬢ちゃまの朝比奈さんにはできないでしょうけれども……私ならしてあげられるわ」

「神崎さん!なんで勝手に決めつけるの!?私だって出来るよ!ケチャップで絵描いて気持ち悪いセリフ吐けば良いだけの話でしょうが」

「お、おい!気持ち悪いセリフって言うなよ!全国にいるメイドカフェマニアたちに謝れ!」


 俺の叫びなんか軽く聞き流した二人はスッと立ち上がり、制服姿のまま、ケチャップのところへ手を伸ばす。けれど、ケチャップはたった一つ。


「えいっ!私が先よ!朝比奈さんが2番目ね!ふふ!」

「んんんん!半分残しておきなさいよ!」


 と、先を取られた朝比奈真礼が悔しそうに指を咥えながら俺たちを睨んでいる。神崎有紗は、口角を吊り上げてケチャップを手にもち、何かを描く。


 まず、ご主人様と丁寧に描いてから、ちょっと離れてため息を吐く。朝比奈真礼はオムライスを検分しては、急に剣幕で捲し立てる。


「なんで全部使っちゃうの!?半分残しなさいよって言ってたでしょうが!ケチャップ渡しなさい!」

「きゃっ!ちょっと!朝比奈さん!乱暴よ!」

「……」

 

 朝比奈真礼は神崎有紗の抗議など全く気にすることなく、俺のオムライスに向かってケチャップを絞る。すると、縁側にハートが描かれて行った。


 過程は相当アレだが、結果だけ見ると、メイド喫茶店に匹敵するほどのクォリティである。しかも、このオムライスを作ったのもこの二人。これは……これは……


 萌え萌えきゅん


 いや、まだしてもらってないから、キュン死するのはこれからだ。


「さ、二人とも……さっそくを!」

「……」

「……」


 神崎有紗と朝比奈真礼は恥ずかしそうに頬をピンク色に染めてポーズを取る。


 そして







「美味しくなーれ、萌え萌えキュン!」

「美味しくなーれ、萌え萌えキュン!」




 ああ。すごい…… 


 次からはメイド服着せてやってもらおうかな……


 いや、絶対怒られる……


 だって、今も超怒った顔でこっち見てるから。





 食事を済ませると、二人は俺の胸ぐらを掴んで、俺の部屋に連れていき、待ってましたと言わんばかりに俺の匂いを吸いまくった。




追記



萌え萌えきゅん


 

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