第9話 セール用割引シール

 そんなこんなで、神崎有紗のクンカクンカ攻撃を受けてから一日が過ぎた朝。親は仕事で朝早くから会社に行っている。本当、俺はお母さんとお父さんが通うようなブラック企業には絶対行かないようにしよう。それより、今日は弁当なしですね。


 テーブルにはパンが置いてある。よくみると、50%OFFと書かれたシールが貼ってあった。


 うん。


「いただきます」

  

 そう小声で呟いてからパンを一口食む。


「おいちい」


 たとえ50%OFFのシールが貼られても、味は一緒。特に中身が変わるわけではい。変わるのは値段、すなわち評価だ。


 ぶっちゃけ言うと、神崎有紗と朝比奈真礼は学校で一二を争う美少女たちだ。俺とは住む次元が違うすぎる存在である。だからあえて、あの二人に50%シールみたいなものを貼り付けておけば、あの二人が放つオーラにビビることなく陽キャイケメン(笑)みたいに振る舞えるんじゃなかろうか。


「何考えてるんだ俺は」


 どうでもいい考察なんかさておき、はよ食べよう。


 あっという間にパンを平らげた俺は、早速支度を整える。今日も、一人で学校まで行き、野原がきたら、つまらん与太話でもして、つまらん授業が始まるだろう。


 そんなつまらんことを考えながら玄関ドアを開けると、見慣れた黒髪の美少女が現れた。


「有紗?」

「べ、別に一緒に行きたいわけじゃなくて、家が隣で、たまたま通り過ぎただけよ!」

「……それなんのツンデレ?」

「ち、違うから!倫太郎……生意気な男はモテないの知ってる?」

「はいはい。んじゃ、俺、行くからお先に失礼」


 高校入ってからこの方、俺と神崎有紗の登校時間は一度も被ったことがなかった。なのに俺がいつもの時間に家を出たら、彼女がいる。うっかり自意識過剰になってしまいそうだけど、封印しておいた方が良かろう。じゃないと、さっき神崎有紗が言ったように本当にモテない男になってしまいかねない。

 

 ていうか、俺、今まで一度もモテたことあったっけ?とにかく、今は、思春期男性によく現れる「この子、もし俺に気があるんじゃない?」に代表される黒歴史を産む勘違いと自意識過剰をなんとか沈めないないといけない。


 鎮まれ!我が右手に宿りし令呪よ!今はその膨大な力を解き放つべきではない!あ、これは厨二病のやつだわ。中学校卒業した時に一緒に卒業したはずなのに、また再発するとは。




『私、実は、倫太郎のこと大好きなの』




 痛い厨二病セリフでなんとか誤魔化さないとどうにかなってしまいそうだ。


 そして


「……有紗」

「何?」

「なんでついてくるんだ?」

「あら、私は学校に行っているだけよ。勘違いも甚だしいわね」

「い、いや。その割に体くっつけちゃっているし……ていうか、なんで匂い嗅ぐの?学校の人に見られたらマジで洒落にならないからよせよ。せめて見えないところでやってくれ」

「ふんー倫太郎がどうしてもって言うなら、今日のところは特別に許してあげる」

「何を許すって言うんだよ……全く意味わか……ちょ!ごめん!俺が悪かった!やめて!やめてください!」


 やれやれ、俺の幼馴染は容赦がない。


 俺たちは二人一緒に学校の正門を通り抜けた。やべー。先生だろうが学生だろうが、チラチラ見てくるんだけど……視線が痛い。なんで俺にだけあんな殺意に満ちた視線を送ってくるんだよ……


 そうだ。幼馴染バリアだ。俺と神崎有紗は付き合いが長い。そのことが周知されればきっとこの騒ぎはいずれ……


「倫太郎くん!」

「ぎく!」

 

 ちょっと?朝比奈さん?今頭を振り絞って今後のこと考えているのに、名前呼びながら近づくのやめてくれる?周りの視線はより刺々しくなってるよ?


「朝比奈……お、おはよう……」

「真礼でいいよ。倫太郎くん」

「い、いや……そう呼ぶわけには……」

「一緒にクラスまで行こう!倫太郎くん!」

「お、おい!ちょ!む、胸当たってるから!」


 学校一と言われる美少女・朝比奈真礼は柔らかそうな金髪を手で払いながら、俺の腕に抱きついた。お陰様で、マシュマロさながらの胸の感触が直接伝わってくる。真横でその光景を見ていた神崎有紗のコメカミにはすでに血管が浮き出ていた。


「朝比奈さん、何やっているのかしら?」

「うん?倫太郎くんと一緒にクラスまで歩いて行こうとしているけど?」

「……あなたという人は……急に現れて勝手に人のものを……」

「あら、別にあなたのものじゃないでしょ?自意識過剰じゃないの?2番さん?」

「んんんんんん」

「んんんんんん」

 

 神崎有紗と朝比奈真礼は殺す勢いで互いを睨んでいる。神崎有紗の後ろからは氷のような青い炎が、朝比奈真礼の背中からは赤い炎が立ち上がるみたいだ。


『やめて!仲良くして!』


 そう心の中で叫んでも二人に届くはずもなく、段々と炎は俺と周りの人たちさえも飲み込む勢いで広がっている。


 そ、そうだ!50%OFF!俺には究極のアイテム・50%OFFのシールがある。早く始末に負えない二人に貼り付けなきゃ!と、考えながら、俺は心の中で固有結界を展開して、二人の頭の上にシールを貼り付けた。もちろん、俺の妄想なので、当然ながら二人が気付くことはない。


 OKだ。全然ビビることはないぞ。見た目に関しては一二を争う美少女たちだが、もう俺にとっての二人への評価は半減したわけだから、心配には及ばぬ。


「えへん!おい!有紗!朝比奈!いい加減にしてくれ。ここは学校だぞ!」

「倫太郎は黙って!」

「倫太郎くんは黙れ!」

「はい」


 50%シールを貼ったとしても、二人の能力値があまりにも高すぎて呆気なく負けてしまった……50%の次はなんだ?俺、スーパーで50%以上のセール用割引シール見たことないよ。まあ、何貼っても勝てないと思うがな。


 俺はこのまま二人に挟まれた形で教室まで移動した。


 先が思いやられる……



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