第6話 呼び出し

学校


朝補習前


「なあ、倫太郎」

「なんだ成幸?」

「お前、神崎さんと何かあった?」

?」

「嘘つくの下手くそだろお前……」

「まあ、なんだ……別に取り立てていうことなんてないよ」

「本当に?」

「ホントウダ」

「だからお前、嘘つくの下手くそだって。最近は、二人で話したり歩いたりしてるでしょ?」

「……つーか、なんでいきなりそんなこと聞くんだよ」

「いや、だって、神崎さんが授業中にも倫太郎をちょくちょく見てくるから」

「そう?」

「ああ、そうだよ」

「まあ、モテる男は辛いね」

「童貞のくせによくいうわ」

「うるせ……」


 とまあ、数日が経った訳だが、神崎有紗の学校内における行動に少し変化が生じだ。自ら率先して、先生から頼み事を引き受けて、俺にチラチラと視線を送って、助けざるを得ない雰囲気を作ったり、すれ違い様に体をわざとらしくくっつけたり、さっき野原がいったように授業中にこっち見たりと。


 変な噂が立つのは嫌なので、ちょっと慎んでいただきたいものだ。


 あと


「それにしても、朝比奈さんって最近元気ないよね。いつもは笑顔振り撒いて、神崎さんを思いっきり煽っていたのに、今はしゅんとなってるし」

「確かに……」

「いったい誰だよ!学校一の美少女をあんなふうにしたけしからんやつは!?ぶっ殺してやるぞ!」

「お、おい……ぶっ殺すって……穏やかじゃないね」

「だって、そうでしょ?いつも元気溢れる姿で学校のみんなを癒してくれたのにね」

「それは、そうだな……」


 ごめんよ野原。実は朝比奈真礼が元気を無くしたのって、俺にも非があるから……でも、これは仕方がないことだ。


 もし、現状維持の方に持っていったら、きっと神崎有紗はストレスを抱え続ける羽目になるだろう。だから、これでいいのだ。


 そう考えていると、朝補習が始まった。


 自分は授業を受けるために生まれた機械だと自己暗示をかけていると、あっという間に、昼休みになっていた。弁当をあっという間に平らげてまたあの場所へ。


「すうーはあーすうーはあー」

「有紗……もう学校でこんなことはやめた方がいいよ。怪しまれるぞ」

「だって、この匂い……嗅がないと……落ち着かないから……」

「いや、俺の家でたっぷり嗅がせてあげるから、学校では我慢しろって」

「すうーはあーすうーはあー……私、一位……」

「一位にならんでいいよ(なでなで)。一位なんかどうでもいい。一位の有紗より元気な有紗の方がいいんだ」

「うん……」

「ん!?」

「倫太郎……どうしたの?」


 4階にある屋上ドアで抱き合っている俺たちだが、どうやら招かざる客が来たようだ。俺は体をびくつかせて、音のする方へ視線を向けた。すると、そこには見慣れた金髪が見える。


「……なんでもない」

「うん」


 これで何回目だろう。この間、神崎有紗から色々言われてから朝比奈真礼は俺たちの行為を覗き見している。「なんで見るの?」と突っ込みたくても、なんだか話しかけづらいオーラを漂わせているので、特になにも言ってない。


「な、そろそろ教室行こう」

「うん……そうね」

 

 と、俺に言われた神崎有紗は名残惜しそうに最後は思いっきり息を吸って吐く。それから俺から離れて先を歩いた。当然ながら、金髪の朝比奈真礼の姿はいない。


「……」


 俺は錯綜とした表情を数分間浮かべてから、重幅ったい足をなんとか動かし、教室へと向かう。


 そして気づけばもう放課後。


「ごめん倫太郎。今日もおつかいだ」

「最近多いね」

「まあ、お父さん仕事忙しいからな。でも、ちゃんとお駄賃くれるし、悪いことばかりじゃないよ」

「最近羽振りのいい成幸様」

「倫太郎……」

「まあ、冗談だ。今度駅前に新しくできたお好み焼き屋さん行こう。丁度無料のクーポンが手に入ってね」

「あ、知ってる。「いきなりお好み焼き」だよね。「いきなりタコ焼き」の真横にできたから、店主さんたちめっちゃ争ってた」

「まあ、不味い店は潰れるんだろうな。必死こいて美味しいやつ売ってるはずだから、とりあえず無料で食べとこ」

「いや、タコ焼きとお好み焼きって全然違うものだから共食いにはならないでしょ?」

「そっか。じゃ、なんで店主さん争ってんの?」

「知らん。んまあ、そういうわけで、お先に」

「おう」


 そんなどうでもいいやりとりを済ませると、野原は席から立ち上がり、教室を後にする。もちろん、神崎有紗の様子は見えず、家に帰ったのだろう。俺の家にな。


 まあ、今日は特にやることもないし、クラスのみんなもぞろぞろと出ていく訳だから、俺もこの流れに乗っかって、目立たないように出ましょうか。


 と、考えながら俺も席からスッと立ち上がり、戸口へと向かおうとしたのだが、誰かが自然な歩き方でこっちにやってくる。


「古澤さん……」

「ん?」

「4階のドア、来て……」

「え?」


 小声で交わされた会話。おそらくこの場で俺と彼女とのやりとりに気付いたものはいないだろう。なぜなら、彼女は、朝比奈真礼は、俺にその恵まれた後ろ姿を見せ、颯爽と歩いているから。


 わずか数秒間の会話。けれど、十分すぎるほどの情報。


 俺は固唾を飲んで、また重幅ったい足を動かした。

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