(二)宋の医王山
鎌倉館では実朝が京から戻った
公暁とは故・頼家の次男・
就任することになっている。
源仲章は院近臣の家に生まれて後鳥羽上皇に仕える。実朝が上皇との関係を深めると、上皇の命により鎌倉に下って実朝の
「院より大切な書類を預かってまいりました」
いつになく緊張した面持ちで
「これは・・・」
「源氏や平家などの武家政権について、朝廷が文覚上人という高僧から聴取したものでございます」
実朝はざっと書類に目を通すと、
「何故に、これを私に・・・」
「恐れながら、
最後で終わっておりますが、昨今の鎌倉の動きを見て院は実朝様の身を案じておられまする。気を悪くされると困るのやが身辺には暮れ暮れも気を配るように、との仰せでございました」
「気を悪くすることなど・・・、上皇様のご厚情には感謝の言葉もございませぬ」
その夜、実朝と公暁は二人して遅くまでこの書類を読み込んだ。
一二一六年、実朝は
陳和卿は、平家の焼き討ちにあった東大寺の大仏殿を修復するために宋から招聘されていた。勧進上人の重源に従って復興に尽力したが、東大寺の僧侶たちから讒言され十年前に後鳥羽上皇より追放の処分を受けてしまう。
鎌倉に赴いた陳は実朝に拝謁し、「貴方は昔、宋朝は医王山の長老であり、私はその門弟に列しておりました」と述べた。それは五年前に実朝が見た夢の中に現れた高僧の言葉と同じであったという。
その夜、実朝は源仲章と公暁を館に招いた。
「宋の
「それはまた突拍子もない話でございますな。仏師たちは宋に帰る船を失って鎮西に留め置かれていると聞いております。おそらくは我らを
二人が笑う。しかし実朝は沈痛な顔をしている。
「宋に行ってみたい」
実朝がポツリと呟いた。
「その陳和卿とやらは信ずるに値する
「前世など、どうでも良い。しかし現世から逃れるには、宋に渡るのが一番ではないか」
「・・・・・」
重苦しい沈黙の時が流れる。
「確かに、もはや鎌倉には我らの居所はございませんからな」
鎌倉に希望を失っていた三人の顔にうっすらと赤みが差してきた。
実朝は
「お待ちあれ。鎌倉に将軍が不在となっては
思い止まらせようと義時が説得にかかる。
「何を申す。
実朝が皮肉を込めて義時を睨む。
「お
「前世の居所に拝することさえ妨げるとあらば、上皇様に申し上げて将軍職を返上
致すまでじゃ。それであれば政に支障は無かろう」
家格の低い北条としては、将軍あってこその執権である。渋々、義時は実朝の要請
を受け容れた。実朝は結城朝光を奉行に任じ、陳和卿の指揮の下、六十名あまりを
駆り出して船の建造を急がせる。
翌年、唐船は完成した。喜び勇んで由比の浜から海に向って曳かせるも、
この頃、実朝はひたすら位階の昇進を望んでいる。実朝は自らの後継として、後鳥羽上皇の第四皇子・
後鳥羽上皇は実朝の求めるがままに官位を与えた。
しかし、親王将軍を後継に据えて宋に渡ろうとした実朝の願望は、唐船の損壊と共
に潰えてしまった。
あったとも考えられよう。これ以後、仏師の消息も途絶えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます