(一)張子の将軍
一一九二年、源頼朝の次男として鎌倉で生まれる。幼名は千幡。
「次男の千幡は関東の
政子は今回は頑として譲らない。乳母は政子の妹・阿波局が務めることとなった。
建仁三年(一二〇三)実朝十三歳、兄の頼家が鎌倉を追放されると征夷大将軍に
就任する。
実朝には足利義兼の娘との縁組みが進められていた。
「実朝の縁談を白紙に戻したいのじゃが」
政子が義時に申し付ける。
「姉上は、あの娘では気に入らぬと申されるか」
「そうではない。しかし実朝が将軍となった今、御家人の娘を娶っては頼家と同じ
それを言われると義時には返す言葉が無い。
「公家の娘が良いのではないか。将軍として朝廷との絆を深めることも要諦であろう」
政子は大江広元を通じて、京より
「武家でありながらも和歌を嗜まれるとは、実に妙々たる将軍どのでありやるな」
後鳥羽上皇が親しげに言葉を掛ける。坊門信清の次女は後鳥羽院の後宮に入って
おり、院と実朝は相婿の関係に当たる。
「身に余るお言葉。恥ずかしながら鎌倉は無粋な武家の集まりでございまする。
上皇さまのご指南を頂き、文化伝統の力をもってこれを導いていければと・・・」
「それは殊勝な心掛けじゃ」
実朝は信頼する上皇に、包み隠さず悩みを打ち明けた。
「上皇さまこそ武芸にも秀でておられ、この実朝、畏敬の念に絶えませぬ」
「朕の剣術など何の役にも立たぬ。
後鳥羽院と実朝は互いの宿意を共有し、急速に親しさを増していく。
鎌倉では、頼家を排除した北条時政が大江広元と並んで政所別当に就いた。
すると直ちに西国を抑えるためとして、平賀
後妻の牧の方との間に生まれた娘の婿である。
更には一二〇五年、武蔵国を手に入れんと企んだ時政は重臣の畠山重忠・重保父子
を謀叛人に仕立て上げて誅殺した。重忠は頼朝挙兵の折には平家方の大庭景親配下
であったものの、頼朝に臣従を誓ってからは三代に亘り将軍家を支えてきた忠義の
御家人である。
「重忠が謀叛を企てるなど考えられませぬ。父上は何を
義時が色をなして時政を問い詰める。従順な義時には初めてのことであった。
この頃、時政は随分と牧の方に入れ込んでおり、前妻の子である政子や義時との間
には溝が生じていた。
「しばらく義時の邸に潜んでおいでなされ」
政子が実朝にそっと耳打ちする。
「何故にございますか」
「父上が女狐に
時政は平賀朝雅を将軍に擁立しようと実朝の暗殺まで企てていた。これを察知した
政子の計らいにより、実朝は御家人らに守られて義時の邸に逃れた。
政子にすれば寵愛する実朝を将軍に就けんがために、同じ腹を痛めたとは言え比企に近い頼家を廃することには合意した。しかし鎌倉を手中にせんがために、実朝までも葬ろうとする時政を許せるものではなかった。
時政は兵を集めて対抗しようと試みるが、これまでの専横に対する御家人たちの反発は強く、時政と牧の方は伊豆国修禅寺に追われた。
北条家の当主は義時が継ぐこととなった。
兄の宗時が討死してより義時は頼朝に近侍していた。それは父・時政に命じられての奉公に過ぎなかったが、頼朝は実直で頭の切れる義時を家子(側近)として重宝した。やがて頼家の時代になると、若くて有能な義時は事務運営を期待されて合議制を敷く
「十三人」の一人に抜擢される。
時政の失脚により表舞台に登場することとなった義時は、姉の政子を支えて二人三脚で鎌倉を牛耳っていくこととなる。
一二一三年、執権となって八年が経ち、権力を蓄えた義時は相模国司に就いた。
「専横が過ぎるのではござらぬか」
侍所別当・和田義盛が異を唱える。義盛は頼朝が旗揚げした時から付き従っていた
鎌倉武士である。北条は伊豆武士団であり、和田や三浦ら相模武士団にとって容認
できることではなかった。
「義時は力を持ちすぎた。かくなる上は
相模武士団が集まって謀議を巡らしている。
「それでは将軍家を敵に回すことになるのではないか」
「いざとなれば、
栄実とは故・頼家の三男である。
しかし、この
義時は和田義盛を鎌倉館に召し出した。
「謀叛の噂は
「身に覚えの有ることではござらぬ」
「ほう、ではこの書状をご覧あれ。御子息をはじめ一族の方々の署名がなされておるようだが」
北条が手に入れた謀叛の血判書には、和田義盛の息子・義直と義重、甥の
しかし、味方であるはずの三浦義村が脅しを受けて北条方に寝返り、頼朝が挙兵してより鎌倉を支え続けてきた和田一族もあえなく滅亡するに至った。(和田合戦)
こうして目障りな和田義盛を討伐し、義時は侍所別当の後任の座も手中にした。
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