第45話 衣笠先輩VSヤンデレ

「うららちゃん。話、終わった?」


 オレの親戚である修太郎しゅうたろうが、衣笠きぬがさ先輩に「下の名前で」声をかける。オレたちの後ろから来ているからか、こちらに気づかない。


「いえ。まだですが」

「相席していいかな? 腹が減っちまった」


 オレの隣に座ろうとして、ようやく修太郎はオレに気づく。


「おお、紺太こんたじゃねえか!」


 修太郎はオレの横に座って、肩を組んできた。


「あの、お知り合いですか?」


 衣笠先輩が、修太郎に聞く。


「紺太は俺の甥っ子なんだ。姉貴の息子」


 もう一五時を回っているのに、修太郎はナポリタン定食を頼む。

 衣笠先輩の話を聞く限り、よほど窮屈な集まりだったのだろう。


「衣笠先輩って、うららって名前だったんですね?」


 実は、オレも覚えていなかった。そう言えば部活動の冊子にフルネームがあったことを、さっき思い出したくらいである。


「ひらがな読みです。うららかに育つようにと、両親が名付けました」

「かわいいっす」

「ありがとう、相川あいかわさん」


 言っているうちに、オーダーが届く。


「なんで、修太郎が衣笠先輩と?」

「見合い相手だし」


 ナポリタンをズルズルっとすすりながら、修太郎はあっけらかんに答えた。ライスと一緒に。


「え、衣笠先輩のお見合いの相手って、修太郎だったのか!?」


 知らなかった。てっきり大人の女性が相手だと思っていたからだ。


「ああ。でもオレ、元カノに刺されたろ? それで話が伸びたんだ。今日やっと、まともに話している」

「あのときは、ビックリしました」


 なんでもその女性は、病室にまでお仕掛けてきたという。


「でもな、見舞いに居合わせたうららちゃんが、冷静に追い払ったんだよ」


 相手が逆上しても、毅然とした態度で修太郎と話させなかったらしい。


「衣笠先輩は、大丈夫なのか?」

「おそらくはな。最終的に、向こうのほうがビビってたからな」


 どれだけメンタルがヤバイんだよ、先輩って? 鋼鉄どころかミスリルメンタルじゃねえか。


「お見合いを台無しにされて、こちらもイライラしていましたからね。あの人が真正のかまってちゃんで、どれだけ修太郎さんにふさわしくないか、いかに迷惑な存在かを、論理的に解き明かして差し上げただけですよ」


 修太郎の服のシワやシミを整えていなかったことや、部屋を散らかしても許していたこと。

 カードの請求書から、金銭感覚のだらしなさなどを洗い出した。


 結果、「いかに修太郎の交際相手としてふさわしくないか」をヤンデレに事細かに説明「して差し上げた」と、衣笠先輩は言ってのける。


「おっかねえ」

「ヤンデレより、ヤバイっす」


 冷静にキレた衣笠先輩は、ヤンデレすら追い払えるのだ。


「そんな推理力があるなら、ミステリ作家としても行けんじゃね?」


 もはやオレは、先輩に対する敬語すら忘れていた。


「私に、そこまでの力量はありません」


 衣笠先輩は、冷静に謙遜する。


「キレれば何でも言うことを聞いてくれると思っていた方でしたので、安心しました。交際相手といっても、全体的なポテンシャルは低い方でしたし。修太郎さんを独占したいだけの方でしたから、御しやすかったです」


 相手をそこまで貶めることができるとは。やはり、衣笠先輩は敵にしないに越したことはないな。


「うららちゃん、悪かったな。怖い思いをさせて」

「いえいえ。婚約者として、当然です」

「でも、親が決めた許嫁だ。拒否権はキミにあるんだから」

「拒否したくないから、あなたを守ったのです」


 衣笠先輩が頬を膨らませたのは、カツサンドを頬張っているせいではない。


「まいったな。ありがとう、うららちゃん。こんなだらしねえオレだけど、よろしくな」

「こちらこそ、面白い世界を見せていただいて、感謝しているのですよ」


 衣笠先輩がすっかり「うららちゃん」の顔になっていた。


「なんか、ニヤけるっす」

「いやあ、見ないでえ!」


 ただの女の子になった衣笠先輩が、実代にからかわれて赤面する。

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