第44話 この展開は、読めなかった

「おまたせしました」


 衣笠きぬがさ先輩が入店し、こちらに頭を下げた。


「い、いえ。待ってはいません」

「どうぞっす」


 実代みよが、自分の隣を譲る。


「ありがとう。失礼しますね」


 先輩が着席したところで、三人でコーヒーをオーダーした。


「つまめるモンが欲しいな。すいません、フライドポテトと、オニオンリングのセットを」

「あと、私にはカツサンドをくださいな」


 ガッツリしたメニューを、衣笠先輩は頼んだ。

 少食だと思いこんでいたので、意外である。


「結構、食うんですね?」


 メニュー表に乗っているカツサンドは、やたらと分厚い。

 ビジネスマンの昼食用だからだろう。


「いいえ。みなさんもどうぞ。独り占めすると、夕飯が入らなくなりますから」


 カツサンドが、運ばれてきた。


「いただきます。ああ、おいしい」 


 さっそく先輩は、カツサンドをバクバクと食う。

 オニオンリングにも手を付け、その勢いは止まらない。


「どうぞどうぞ、遠慮なさらず」


 カツサンドの皿を、先輩は差し出す。


「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらです。お電話、助かりました」

「といいますと?」

「とにかく、親戚やら来客やらでバタバタして。息が詰まってしまって。ジャンクめいたものを、食べたくなりました」


 衣笠先輩宅では、お高いお寿司が出たという。

 だが、お上品に食べなければならなかったとか。

 そのため、空腹でたまらないらしい。

 場の空気も実に重たかったそうで。


「ああもう、お肉食べたい! って衝動が止まらず」


 サンドウィッチを口に目一杯詰め込んでいる先輩は、まるで小動物のようだった。


紺太こんたセンパイ。やっぱあたし、衣笠先輩のことを誤解していたみたいっす」


 ホッペタがパンパンに膨れた衣笠先輩を見て、実代は微笑んでいる。


「おかしいでしょうか?」

「違うっす! あの、衣笠先輩、ごめんなさいっす」

「は、はあ」

「自分で悪いイメージばかりで見ちゃってたっす。これからは、ちゃんと相手を見て、意見するっす」


 モグモグと口の中のものを、衣笠先輩はゆっくりと咀嚼する。

 実代の言葉を噛みしめるかのように。


「そういうことでしたか。お詫びするのは、むしろこちらの方ですわ」

「え、そんな」

「いいえ、相川あいかわさん。あなたのおっしゃるとおりですわ。私も、あなた方を誤解していました。ラノベに対する偏見を、私は持ちすぎていました。このカツサンドのように、もっと受け入れるべきだったのです」


 やけに庶民じみた食べ物を食うよなぁと思っていたが、そういう背景があったのか。


「実は、サブカルチャーに多く触れる機会がございまして。その方とお話していくうちに、アニメやゲームにも良作があるのだと知りました」

「それは、よかったっす」

「ですから、従来の純文学の芸術性だけに目を向けるのではなく、広い視野を獲得しようと思いました。それでも、まだ偏見は拭き切れないと思いますが」

「そ、そうっすか」


 実代は、少しうれしそうだ。


「オススメがありましたら、教えてくださいな」

「はいっす。何か見繕って、お貸しするっす!」

「ありがとうございます」


 よかった。仲良くなれれそうじゃないか。


「ところで、お家の用事ってのは? 外に止まったままの車と関係が」

「実は、お見合いがありまして」

 ビンゴ。友人の語っていたウワサは、本当だったんだ。

「お相手がGWの間、ずっと入院なさっていて、今日に延期となりましたの」


 ウソだろ。待てよ! 

 外においてある車に、見覚えがあると思ったら!

 たしかあいつも、GW中に、ヤンデレに刺されたとか言ってたっけ。


「え、まさ……か!?」


 オレが考えを巡らせていると、車の運転手が店に入ってきたではないか。


 間違いない。


 衣笠先輩をここへ連れてきた車の持ち主は、オレの親戚である修太郎しゅうたろうだった。

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