第40話 中間試験前の、感想会

 衣笠きぬがさ先輩の指導の元、文芸誌に載せる作品の感想会へ。


「その前にちょっといいっすか。顧問?」


 実代みよが、顧問に向けて、手を上げる。


「ああー、はいはい。なんだよ?」


 ヒゲの剃り残しを撫でながら、先生は起き上がった。


 文芸部には、一応顧問もいる。自主性を重んじる先生なので、あまり口出しはしない。もっぱら、衣笠先輩の主導で感想会は行われる。


 以前から、実代は衣笠先輩の感想会には否定的だったからな。


「衣笠先輩だけに任せていいんすか? 先生も、なにか意見があるのでは?」


 ミスも増えるのでは、と、実代は提案した。


「私の指導に問題があると?」

「そうは言ってないっす。ただ、先生がいるなら意見を聞いてもいいのではって思ったっす」


 あくまでも、感情から意見をしたいわけじゃないらしい。


「うん。相川あいかわのいうとおり、ミスするだろうね」


 先生は、口を釣り上げる。


「だったら」

「俺は、ミスも経験のうちだと思っている」


 つまり、指導の失敗がわかることも、衣笠先輩のためになると思っているのだ。


「ミスを起こさないと、衣笠も成長しねえ。だから、あえて任せている。俺が指摘できるのは、校正くらいかな? それ以外の意見は、特にしないつもりだ」

「しかし、このまま間違った道を進んだら」

「進めばいい。道なんて自分の目の前にしかねえんだから」


 人の意見に耳を貸して、軌道修正をしてもいい。流されることもある。要はどこで気づきを得るかにある、と。


「それにな、衣笠だって人の意見に耳を貸さねえわけじゃねえ。会報の感想をチェックした上で、意見をしているからな。決して、衣笠個人だけの感想じゃねえんだ」


 先生からそう伝えられて、実代は息を呑む。


「いいか、ガキども。間違えるのはお前たちだ。俺たちが指導したからじゃない。間違った道も、それでお前が切り開いた道なんだ。それでいい」


 教師としては最低な指摘だが、大人としてはベストな回答と思えた。


「人に何を言われようが、受け止めるのは自分だ。自分さえしっかり持っていれば、流されることもねえんだ」

「つまり、衣笠先輩が何を言おうと、自分の信念が正しければ従っていいと?」

「衣笠の意見は気に食わねえんならな。ただ、実際に正しいなと思ったなら取り入れるか考えろ。いい意見さえ見失ったら、流されるだけじゃ済まねえ。意固地になる」

「はい。失礼したっす」


 実代が着席する。


「次は、城浦しろうらくんの感想から。率直に申し上げて、見事でした。フレッシュさは、これまでの作品でトップクラスではないでしょうか」


 珍しく、先輩が好意的な感想をくれた。


 特訓の成果が生きたかもしれない。


 ただ、「実代じゃなくてオレが鍛えられてどうすんだ」とは思うが。


「問題点を上げるとすれば、そうですね。やや、その……いやらしいです」


 まあ、センシティブな事件が起きまくったからな。


「最後に、相川さんの作品ですが、ドキドキしました」

「ありがとうっす」

「寝ている男子生徒の隣で横になりながら、キスするかどうか戸惑うシーンですね。これはリアリティがあります。顔を近づけたり遠ざけたり、せわしない辺りがよかったです。少女のあどけなさが出ていました」


 具体的な感想は、これまでで初めてでは?


「質問なのですが相川さん、これは実体験では?」

「うっ……」


 なんで、そこでためらうんだ? 


 お前、こんな経験をしたことがあるってのか?


「それは、っすね」

「口では言えないことをなさったと」

「違うっす。断じて違うっすよ!」

「そうやって大声で否定なさる辺り、実に怪しいですね」


 目ざといな。さすが女性のカンは侮れない。


 しかし、実代がもう見ていられないくらい赤面しているのだが。


「男女交際をするな、とは言いません。ただ、節度を守ってください」

「はいっす」


 実代がタジタジになったところで、感想会はお開きになった。


 ゲームも小説の特訓も、中間試験終了までおあずけだ。

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