第34話 静かな午前

実代みよーっ。コーヒー淹れてきたぞ」

「ありがとうっす。紺太こんたセンパイ」


 ノートPCをから顔を離し、実代はメガネを外す。


「カフェオレでいいんだよな?」

「そうっすそうっす。ふー、ふー」


 実代は、カフェオレに口をつけた。


「どんな感じだ?」


 執筆を初めて、もう一時間近くは経っている。そこそこの形にはなってるはずだが。


「まあまあっす。即興でネタを考えて、今四〇〇〇文字超えたところっす」

「一時間に四〇〇〇文字くらいか。早いな」


 オレは結構準備してから書くから、一時間に二〇〇〇文字くらいである。


「うん。構成もまとまってるな」

「ただ、もうちょっとコンパクトにならないかなって思っているっす」

「途中でチョコチョコ変えるなよ。そうすると、いつまでたっても完成しねえから。まずは完成させてみろ。改稿は一度脱稿してからのほうが、効率いい」

「いつも言われているから、わかってるっす。基本っすよね。やってみるっす」


 本文と同時進行で、実代は変更したい点を大学ノートに書き写す。


 オレも、作業に戻った。


 ああ、このヒロインカワイイなあ。書いていて、我ながら惚れてしまいそうだ。


 うはああ。ラッキースケベタイム! こういうのを書いている瞬間が、オレはたまらない。



 ダメだ。後輩の前で痴態を晒すことになる。



 だいたい、完成したな。ラブコメやめて、他の作品を書くか? あの、例のポモドーロとかいう時間管理を使って。


 よし、こっちは完成稿にして、アップしちまおう。それで客観視してから、書き直しだ。


 次は、アクションに行くか。現代を舞台にした、ちょいノワール、つまり暴力的な描写がある作品だ。


 ああ、この主人公かっけえ! 我ながら惚れ惚れする。人情に熱い反面、所々でドライな一面を覗かせて人を突き放すシーンがまたいい。


「センパイ」

「なんだ、どうした?」


 実代が、オレを見る。


「ニヤニヤしてるっす」


 オレは、蒼白になった。


「えっ、オレ、声に出してたか?」

「うっす。『フヒヒ』とか言っていたっす」

「わああああ!」


 頭を抱えて、オレはうめく。


「センパイ、情緒不安定になってるっす!」

「だから、人前で書けねえんだよなぁ!」


 オレは、頭をかきむしる。


「こんな感じで、センパイって小説書いてるんすね?」

「そうだよ。文章の内容が顔に出ちまうんだ!」


 オレはノートPCを持って、席を立つ。


「どこ行くんすか?」

「部屋を変える。ここで書いていたら、お前に笑われそうだもんよ」

「笑ってないっすよ。あたしだって紺太センパイと似たようなモンっすから」


 オレと実代の目が合う。


「わーったよ」


 仕方なく、オレは着席し直す。


 実代をここに一人で放置したら、なんのために向かい合って作業しているかわからん。


 友だちが来ているのに、放ったらかしはダメだろ。


「笑うなよ」

「大丈夫っすよ……ふふ」

「お前なあ! 今」

「違う違うっす! 自分の作品読んで吹いちゃって」


 どうも、実代はなんらかの内容でツボに入ったらしい。

 腹を抱えて、しばらく身動きが取れなくなった。


「わかるんすよ。センパイが一人でしか書けないって理由が」


 ある程度落ち着いたのか、再び実代は作業を再開する。

 実代も、オレと同じような悩みを抱えているようだ。


「ふははははは!」


 またしても、実代がノートPCに突っ伏す。


「なんだよ!」

「すんませんっす。あははは!」


 落ち着こうとコーヒーを飲みかけて、実代がまた吹き出しそうになる。


「そんなに面白い内容だったのか?」

「違うっす。このキャラクターって、もうあたしからしたらツボいやつでして。動かすだけで面白いんすよ。誰にも理解されないんすけど」


 ゲラゲラ笑いながら、実代は自身が生み出したキャラにハマっていた。


 でも、わかるんだよな。実代のこういう表情は。


 オレも、創作がどうしようもなく楽しいときがある。

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