第33話 朝チュンとは?

 オレは、トントンという音で目を覚ます。


 一瞬で覚醒し、オレは半身を起こした。


 実代みよが、台所でネギを刻んでいる。


 これは、俗に言う「朝の味噌汁を作ってくれている」シチュエーションではないか。世の男子諸君の憧れである。


 まさか、体験する日が来るなんて。


「おはようっす紺太こんたセンパイ。もうすぐ、ご飯も炊けるんで」


 米まで、炊かせてしまったか。


「うん、おは、よう」

「なんか固いっすね。どうしたんすか?」


 実代から声をかけられて、オレは首を振った。


「なんでもねえ。顔洗ってくる」


 洗面台で顔に水をかけて、歯磨きも済ませる。


 キッチンでは、実代が朝食を用意して待っていた。ウソではない。夢でも。


 時刻は、八時か。普通に七時間くらいは寝てたのか。


 七時間ちゃんと寝ることが習慣化しているから、オレは時間経過とともにスイッチが切れてしまう。


「悪い。オレが用意しないといけないのに」

「いいっすよ。お味噌汁だけ手作りで、後はアリものばかりっすから」


 実代が、エプロンを外した。


 おかずはパックの納豆と小分けの漬物、使い切りタイプの味のりだ。十分である。朝は、こういうのでいい。


「卵が残っていたら、スクランブルか目玉焼き、どっちがよかったっすか? 卵焼きはまだ練習中なんで勘弁っす。焼き鮭も、グリルを洗わないといけないんで」

「いや、気にするな。いただきます」


 実代が作ってくれた、味噌汁に口をつける。


「うまい。これも夢じゃない」


 味噌汁の塩辛さも、熱いお茶も、すべて現実だ。


「そうっすよ。なんすか、へんなセンパイっすね?」


 味噌汁をすすりながら、実代がヘラヘラ笑う。


「い、いや。オレたち、同じ場所で寝たんだよな?」


 今かき混ぜている納豆のように、オレの思考もグルグルと粘っこく回っていた。


「そうっすね。何もなかったのが不思議なくらいっす」


 実代は、たくあんをバリボリかじる。彼女の衣服は、まったく乱れていない。


 もちろん、オレもだが。


「お前、なんで平気なの?」

「なにがっすか?」

「同じベッドで寝たんだぞ? 意識しちまうだろ」


 後輩と同じ部屋で、一晩過ごしてしまった。


 その事実を、オレは受け入れることができていない。


「オレはお前を、同じベッドで寝かせてしまう、危ないセンパイだぜ?」

「そりゃあ、意識はするっすよ。でも、いいじゃないっすか。実際、なにもなかったんすから」


 ニコニコしながら、実代がゴハンをパクパクと食べる。


「センパイの、かわいい寝顔も見れたっすから」

「ふごおお!」


 オレは、納豆を吹き出す。


「うわっと! センパイヤバイっす!」


 実代がのけぞって、しぶきをさっとかわした。


「すまんっ」


 テーブルを拭く。


「本当に悪い。お前をちゃんと寝かせてやったら。オレなんかの隣に」


 眠気に負けて、オレは実代をそのままにしてしまった。


「いいんすよ。いつまでも気することないっす」


 お箸を置き、実代が熱いお茶を飲む。


「それより、今日は書くっすよ。リアルタイム執筆っすよね?」


 そうだ。今日は、向かい合って一緒に小説を書く。


「言いたいことがあったら、小説で語り合うっす。それが作家ってもんっすよね?」

「だな。いいのが書けそうだ」


 段々と、脳がシャキッとしてきた。まともな朝食のおかげだろう。


「ありがとうな、実代。ごちそうさまでした」

「こちらこそありがとうっす」


 一緒に洗い物をして、準備に取り掛かる。


「その前に、一戦だけ格ゲーしないっすか?」

「しないっす!」


 今ゲームをしたら、確実にずっとゲームしっぱなしになるだろう。生産性が死ぬ。


「はやくノートPCである立ち上げろ!」


「ちぇー」と言いながら、実代は用意したPCを開く。


「ゲームは午後からな。それまでは執筆だ」

「約束っすよ!」

「わかったよ」


 まったく、ゲーム脳なんだから。

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