第28話 ウチでお泊りすることになった

 実代みよを待っている間、コンビニのイートインでくつろぐ。コーヒーを飲みながら読書する。


「おまたせっす」


 数分後、オレンジ色のリュックを背負った実代が店に入ってきた。 


「よく許可が降りたな」

「先輩の名前を出したら、許してもらえたっす」


 オレは、コーヒーを吹き出しそうになる。


「バ、バッカお前!」

「違うっす。紺太こんたセンパイのことじゃなかったっす。衣笠先輩っす」

「ああ、なるほどね」


 同性のセンパイを挙げれば、許可は降りやすかろう。


「バレねえかな?」

「まあ、接点ないので。じゃあ行くっすよ。その前に、食材でも買うっす」

「何をする気だ?」

「気を使わなくていいって」

「そっか、待つっす。センパイの家、お見舞いに行ってるんすよね。作り置きとかもあるかも」


 張り切っていた実代が、ハッとなる。オレの話なんて聞いていないな。


「おふくろは、そこまで気を回す人じゃないから」


 おそらく、夕飯は置いてない。

 家のストックも、ほとんどがレトルトや冷食が大半だろう。


 母親もそれでいいと思っている。嫌なら自分で作るか外食しろと、多めにお金を置いてくれているのだ。


「作ると、それしか選択肢がなくなるだと? 別のものが食べたいときとかにさ。それがおふくろもイヤなんだってよ」


 おふくろも、「自分が食いたいものが作りたい」ときがあるという。


 オレの性格を、よくわかってくれていた。


「じゃあ、なおさらあたしが作るっす。お世話になるんで。カレーでいいっすか? 今日明日の分だけ作るんで」

「そこまでいうなら、お願いしちゃおうかな」

「しちゃってくださいっす」


 その足で、近所のスーパーへ。


「苦手な食べ物は、ピーマンっすよね」


 野菜コーナーで玉ねぎを吟味しながら、実代が笑う。


「よく覚えているな」


 忘れていてほしかったのだが。


「そうだ。親戚さんが入院なさったんすよね? 大丈夫なんすか?」

修太郎しゅうたろうか? 殺したって死ぬかよ」

「その人が、今入院している方っすか?」

「ああ。おふくろの弟」


 誰にだって、「親戚の子にイケナいことを教える、ワルなおじさん」っていただろ? その修太郎しゅうたろうは、たぐいである。


「なんか、よくわかったっす」

「ゲームの知識もラノベのオススメも、ぜんぶ修一郎から教わったんだよ」


 なんたって、おふくろのオヤジ、つまり祖父が『シューティングゲーム』好きで、『修太郎』なんて名付けたくらいだ。


「すごい経歴っすね? なんの病気っすか?」

「病気じゃねえ。昔付き合ってたヤンデレに、刺されたんだってよ」

「マジっすか!?」


 店に響き渡るほど、実代が大声で叫ぶ。


「スマン。声のトーンを落としてくれ」

「すいませんっす。でも、マジなんですか?」

「ああ。マジらしい」


 束縛好きな女性だったらしく、めんどくさかったそうで。


「どうしてまた、その女の人は凶行に」

「修太郎がお見合いするって、どこかで聞いたらしい。それで、あいつを刺して自分も死のうと考えたんだとさ」


 相手が修太郎だったから、刺されたと言われたところで気にも止めなかったのだ。ありえる話だったから。


「来年四〇で、もうちょっとフラフラするかと思っていたんだけどな。稼業の呉服屋を継いだんだってさ」


 今は、和服専門のコスプレショップに姿を変えたという。


 その矢先でコレだ。先が思いやられる。


「破天荒な人っすねぇ」

「うらやましいよ。修太郎みたいに生きてみたい。でも、その根性はオレにはねえんだ」


 オレは実代の代わりに、エコバッグを全部持つ。食わせてもらうので、代金もこっち持ちだ。


「ラノベ作家で食べるとかは?」

「食わねえ。どこかで就職するんだろうな。作家になれたとしても、副業の副業になりそうだ」


 作家の現状は、わかっているつもりである。


「養う人ができるなら、オレはそっちを優先したいって、今は思うよ」

「そ、そうっすか」

「どうした?」

「なんでもないっす」

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