第8話 手を握ってしまった
用意されたのは、いい香りのする塩ラーメンである。
それも、アニメで見たレシピを再現したそうだ。溶き卵入り。
付け合せのサラダには、塩昆布とスナック麺を散らしていた。
「うまそお」
「大した料理を作れなくて、申し訳ないっす」
もっと凝ったものを食べたかったのでは、と聞かれる。
オレは首を振った。
「こういうのがいいよ。作ってくれること自体がうれしいんだからよ」
来客だからって、気を使う必要はない。特にオレが相手のときは。
「ありがとうっす、では冷めないうちに」
「おう。じゃあ、いただきます」
オレは手を合わせ、実代お手製のラーメンをすする。
うまい! 以前のカレーも最高だったが、こっちもいけるな。
「実代。ありがとう。めっちゃウマイ!」
「よかったぁ。こちらこそありがとうっす」
麺に、味が染みまくっている。
作り方に工夫があるのだろう。
麺とスープの味わいが、分離していない。
インスタントラーメンって、作り方次第で麺がボソボソだったりスープが多すぎたりするのだが。
「絶妙な分量だな。相当作り慣れてる」
「とんでもない。ありがとうっす」
夜中にこっそり作ったりして、色々研究しているらしい。
「サラダもいただきます」
「どうぞ」
「やべえ! シャキシャキ!」
塩昆布と乾麺だけで、ここまでしっかり味が整うなんて。ドレッシングいらず。
「そうだ。食器でバレねえか?」
ラーメン鉢が二つシンクにつけてあったら、人が来たのではと勘ぐられるかと。
「バレねえっす。人が来るってのは知らせてあるんで。あと、あたしは鍋で食べるんで」
言われてみると、実代は鍋ごと掴んで食べるストロングスタイルである。
「でも、二つ食っていたら」
「あたし、普段から二つ食べるっす」
実代は、鍋で直接スープをゴクゴク飲む。喉を鳴らしながら、うまそうに。
胃を壊すぜ。どれだけ好きだったとしても。
「ライスぶち込みますか? あたしはするっすけど」
「いや、いいよ」
「そうっすか」
残ったスープに、実代が半ライスを投下した。
「ごちそうさまでした。めちゃくちゃうまかった」
食べさせてもらったお礼に、オレは洗い物を手伝う。
「扱いが雑で、申し訳ないっす」
ラーメン鉢を拭きながら、実代がペコペコと頭を下げた。
「雑でいいんだよ、雑で。その方が、こっちも気を使わなくていい」
「そんなもんすか?」
「ああ。そんなもんだからよ」
変に意識されたほうが、辛い。
「雑って言ったら、センパイの作品に対する
「うん。だな」
オレは今週末、衣笠部長に作品を提出した。文芸部は月刊で冊子を出している。それ載せる小説だ。
『まあ、いいのではないでしょうか』
衣笠部長の意見は、それだけ。ほとんど、感想ではない。
いいのか悪いのかさえ、判別できなかった。
「他の部員も、部長が怖くて言い返せないとか、ありえないっすよ」
実代が、唇を尖らせる。
「実際、毒にもクスリにもならん作品だ。まあいいじゃんか」
「センパイ、それでいいんすか?」
「いいんだよ。文芸部にわかってもらおうなんて、思ってねえ」
オレが言うと、実代のスポンジが止まった。
「それは、消極的なのでは?」
「……どうだろうな」
「もっと、部員たちにもぶっ刺さる、影響を生み出すような作品を提供してみたら、状況も変わると思うっす」
実代の言いたいことは、よくわかる。
しかし、オレにそんな作品なんて書けるだろうか。
とはいえ、実代なりに励ましてくれているんだろうな。
「悪かった。少しネガティブ入っていた。頭を切り替えてみるわ」
「よかったっす」
「じゃあ、ゲーム再開と行くか」
「今度は負けな……あっ!」
実代が、手を滑らせた。
「やべえ!」
オレは、実代の手を掴む。
同時に、ラーメン鉢がガシャンと音を立てて割れてしまった。
「大丈夫か? ケガは?」
「は……は、い」
オレは、実代と見つめ合う。実代の手を握ったまま。
実代がなぜか、オレの手を握り返してくる。
「待った待った。皿を片付けないとな!」
オレはしゃがみ込んで、破片を回収した。
「手伝います!」
「いいから。お前はチリトリを持ってきてくれ」
「はい!」
大きな欠片は、だいぶ集まったな。あとは……。
「痛った!」
しまった。指先を切ってしまうとは。俺の指から、血が少しだけ出る。
「いてえ……」
流しで、傷口を洗う。
「
「いいって、このくらい平、気……」
実代が、オレの指を吸い始めた。
「おい、オレは大丈夫だから」
ようやく、実代が指から口を離す。
「こんなことで、傷が塞がるかどうかわかんないっすけど」
最後に、絆創膏を貼ってもらった。
「ありがとうな、実代」
「いいっすいいっす。それより、ゲームどころじゃなくなったっすね」
「ああ。明日におあずけだな」
「明日で治るっすか?」
「キズは小さい。アロエ縫って、済ませるよ」
「そんなんで大丈夫なんすか?」
「平気だ。だってアロエだぜ?」
とにかく、今日は実代にファンタジー格闘の技やコンボを指導してお開き。
「覚悟はできてんのか?」と、まだ主人公は言っていた。
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