第5話 忌憚なき感想は、カレーより辛い
「え、いいのか?」
今日はオレも、昼はレトルトカレーだったんだが。
ここは、行為を無下にはできん。黙っておく。
「いただきます」
オレが口を開けると、オレの口へとカレーを押し込む。
「んぐんぐ。これウマイ!」
辛すぎることもなく甘くもない。
スパイスが程よく効いて、具材の煮込み具合もバッチリだ。
「ありがとうっす。といっても、市販のルーを使って煮込んだだけっす。なんの隠し味もしていないんすけどね」
「いいんだよ、それで」
メーカーも、「何も足し引きしないで食ってくれ」と推奨しているくらいである。実代の作り方が正しい。
「喜んでいただけたなら、なによりっす」
言って、実代は何も考えずにスプーンを「使い回す」。
「待て実代」
「なんすか?」
スプーンをくわえたまま、実代はオレの方へ向く。
「お前の使ったスプーン、オレも口をつけて」
口からスプーンを落とし、実代がフリーズした。
自分のスプーンと、オレの顔を交互に見る。その後、赤面をし始めた。
「どどど、どうして言ってくれなかったんすか!? ヘンタイっすね! むっつりスケベなんすね!」
「オレも、食ってから気づいたんだよ!」
「センパイってラノベ書くから、やっぱりラッキースケベぇ体質なのかも知れないっすね!」
「お前が意識し過ぎなの!」
「もういいっすよ。使うっす」
腹をくくったという表情で、実代はカレーをかき込む。
「よせ。拭けよ」
「いいっす。これもスパイスっすから」
「だって、市販のルーにも『そのまま食え』って注意書きが」
「それが、なんだっていうんすか! 毒もくらわば皿までっていうじゃないっすか」
「オレは毒なの!?」
「いやいや違くて! でも違わないっすかも?」
どっちだよ!
「それにしても、大盛りだな」
「学校だと大食いは注目の的なので、ネコかぶってるっす。その分、誰も見ていないところだとガッつくっすね」
誰でも、見られたくない一面はあるもんなんだな。
続いて、オレのラノベの感想会だ。
「これ、現代ファンタジーっすよね? 幽霊感動モノとみせかけて」
「ああ。よく気がついたな」
「よかったっす。甘ったるいだけじゃない、ビターな感じを唐突にぶつけてくる感覚は、たまらないっす」
切なさの後に笑って報われる展開が、よかったという。
そこは一番、自信があったところである。受け入れられたようでよかった。
「そうか。ありがとうな」
「ただ、最近のセンパイって、青春に寄せ過ぎてて尖ってないんすよ。もっと読者側に来てほしいっす」
さっそく、忌憚なき感想が飛んでくる。
「うーん。文芸誌の原稿も締切が近かったから、引っ張られたのかもな」
「それは言い訳にならないっす。ラブコメはバリバリにコメディコメディしてもらわないと、読者は納得しないっす。読者がほしいのは、エンジョイっす」
文芸誌の短編は、こいつからは感想を聞かない。見せようとも思ったんだが、「センパイの小説でも退屈なんで」と言われた。
やはり、以前より文芸に寄せてきたオレの作品はアウトらしい。
「女のコも、ちょっと中性的すぎっす。男子向けなんで、もうちょっとキュン死したいっすね」
カレーより刺激的な、辛辣な意見であった。
「あんまりエロに走ると、それだけ求められるだろ? もっと内面的なエロスが欲しいんだよ」
「わかるっす。とはいえ、来てほしいときにこないもどかしさは、ガキには伝わりにくいっすよ?」
ビターさを狙いすぎたかぁ。このさじ加減は、いくつになっても慣れない。
「なにより、生きている同級生とのラブコメじゃなくて、死んだメインヒロインを成仏させる話に寄せすぎているのが、問題点かと」
やはり、そこか。
泣き系に走ってしまったのが、厳しい感想として返ってきてしまっている。
「ミステリアスな感じを出したかったんだけどな」
「魅力まで隠し通しちゃって、どうするんすか? 何もかもが、神秘のヴェールに包まれすぎっす。カーテンとお話してるんじゃないんすから」
「照れが出ちゃってんのかな?」
「違うっす。なんかこう、モデルがいて、そいつを穢したくない、って感覚がにじみ出てるっす」
うまく言語化できないのか、実代はたびたび言葉を詰まらせた。
モデルか。たしかにいることはいるのだ。どうして見破られた?
「どうしたんすか、センパイ?」
「あ、いや……」
不意に視線を向けられて、オレは目をそらす。
「ホント、何があったんすか? ひょっとして、意見が厳しすぎて泣いちゃうとか?」
「ないから。ただ的確すぎてな」
指摘が正確すぎて、言葉が出ない。
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