【Ep.13 ほろびのじゅもん】⑥

―――ィィィィイイイイイイイイイン


光とも闇ともわからない、ただただ膨大な魔力の塊。


―――ィィィイイイィイィィィィィイン


刃とも球形ともわからない、ただただ圧倒的な魔力の塊。


―――イイイイイィィィィィィン


最後の力を振り絞って、魔王に放つ。


「ぁぁああああああああああああっっっっっ!!!!」




魔王が動きを止めた。


世界も、動きを止めたように感じた。


「―――っっっ!!」


魔王の体中心に向かって、必死で魔力をぶち込む。


『…………くっ…………』


魔王の体がぶるぶると震え、纏っていた闇の魔力がどんどん収束していく。

こちらに襲いかかる魔力は、もうない。


「っぁぁぁぁあああああああああああっ!!」


目をぎゅっとつぶり、手を目いっぱいに広げ、魔王を破壊する魔力を叩き込む。




ぎゅっ。


そのとき、私の手が、誰かに握られた。

目をつぶったままでも、それが誰かは、当然わかっていた。


あたたかな力が、流れ込んでくる。


私の魔力か、それとも、別のなにかか。


私にはよくわからない。

だけど、私のよく知っているものだ。

私を安心させる、なにかだ。


「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」




……


静寂。


私はまだ目をつぶったままだ。


これは、夢か。

それとも、現実か。


私の隣で、荒い息遣いが聞こえる。


「はぁっ……はっ……はっ……やった……か?」


ゆっくりと目を開く。

私の指輪は、緑色に光っていた。




すとん。


私は、立っていられなかった。

それほど、体力も魔力も消費してしまったようだ。


「おいおい、大丈夫か?」


勇者は無理に立たせようとしなかった。

隣に優しく座ってくれる。


「……倒した……んですかね?」

「ああ……倒したんだ」


そっか。

これで、終わったんだ。




―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ


「っやばい!」


地響き。

まだ戦いは終わってなかったのか?


―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ


「落ちるぞ!」


違った。

主を失ったこの城が、この島が、落ちようとしている。


「おい! なんとかならないか!?」


勇者が叫ぶ。

この危機を乗り越えるためにできることは……




できるかどうか、わからないけど、やってみるしかない。


「風立ち~ぬ!」


―――ふわぁっ


「……あれ?」

「か、風立ち~ぬっ!!」


―――ふわぁっ


そよ風しか起きない。

どうして!?




「お前……もしかして魔力を使い切ったんじゃ……」

「そ、そんな!? 今まで魔力切れなんて……」

「でも、初めて使う最後の魔法ってやつを使ったんだろ!?」

「まさか、そのせいで……」

「どうするどうする!? ただここにいただけじゃ、落ちて死んじまう!!」


ゆっくりと島は落下しつつあった。

この島の浮力がどういう仕組みなのかは知らないが、魔力切れの今、どんな魔法を使っても浮かせることなんてできそうにない。


「……勇者様……」


私は混乱していたのかもしれない。

勇者をぎゅっと引き寄せた。




「……最後まで……私を守って戦ってくれて……ありがとうございます……」

「バカ!! なに諦めてんだ!!」


そう言いながらも、勇者は私を抱きしめてくれた。

こんな時にまで、私を守ってくれる。


「世界が……平和に……なったら……私たちのおかげですよね……」


「魔王を倒したら! 凱旋するんだろ!? 報告しに回るんだろ!? まだそれをやってないのに、諦めるんじゃねえよ!」

「伝えたい相手がいっぱいいるじゃねえか! お世話になったみんなに!」





世界は揺れている。

だけど私は、勇者の腕に包まれて、この上なく幸せだった。


「勇者様……大好きです……」

「ほんとはこの気持ち……誤魔化してましたけど……」

「やっぱり私は……あなたが……」


もう目は見れなかった。

自分が死ぬとしても、最後に、この人と一緒にいられて、幸せだった。


静かだ。

なにか言ってほしい。

愛の言葉でなくてもいい。

ただ私を安心させてくれる優しい言葉を。





「……ん?」


静か?


勇者の声は聞こえない。


地響きも、聞こえない。


いつの間にか、揺れは収まっていた。


「……あれ、止まりましたね」

「……」

「……」


勇者が駆け出す。

そして、石壁から下を覗き込んで、笑った。


「はっはっは、見てみろ、すごいぞ?」




私も駆け寄って、下を覗き込む。


島の周りの空を、無数の龍が飛んでいた。


「わぁっ」


龍が作り出した空気の渦が、島を支えている。

落下速度がものすごく遅くなっていた。

すごいパワーだ。


よく見ると、龍に乗った一人の魔道士がいるのが分かった。


「あ! あの人!」

「……逃げずに見守っていてくれたみたいだな」




最後は地響きを上げて、島が降り立った。

だけど、その程度の揺れ、大したことない。

こんなにも緩やかに降りられたなんて、信じられない。


「龍さんにも、あの魔道士さんにも、お礼を言わなければなりませんね」

「ああ、よくあんな数の龍を従えられたな」

「もしかして、ものすごい魔法なのでは?」

「侮ってたな」


あの人たちがいてくれてよかった。

心の底からそう思う。




「で、あー、さっき言ってたことなんだが」


急に勇者が話を蒸し返した。

私は顔がカーッと熱くなるのを感じた。


「とりあえず、王様に報告して、それから、だな」

「え、ほ、報告って、つまり……そういうことですか?」

「バカ、魔王を倒したっていう報告だよ!!」

「あ、ああ、あー、そうですね、ええ、その報告が必要ですね、ええ」

「なんの報告だと思ったんだよ」

「うるさいですね、なんでもありませんよ」

「なに怒ってんだよ」

「怒ってませんよー!!」


遠くに見える龍に乗った魔道士に、私は手を振りながら駆け寄った。




……


彼らに礼を言い、狼煙を上げて人を呼び、城内の人間たちを助け出して……

それから……


私たちは、旅してきた道を戻るように歩き始めた。


たくさんの人に報告をしないといけない。

たくさんの人にお礼を言わなければならない。


だけど、私の魔力が切れてしまったことが、気がかりだ。


「まあ、ゆっくり行こうぜ」


急ぐ必要はない。

魔王が死んだことで、魔物の活動もおとなしくなるはずだ。




「私、残った魔力を、この指輪に込めたいんです」

「どうして?」

「いつか生まれてくる私の娘のために、この指輪を託したいので」

「生まれてくるのが女の子とは限らないぞ?」

「あ、勇者様は男の子がほしいですか?」

「……答えにくい質問をするんじゃねーよ」

「……ふふっ」


ちょっと私、調子に乗りすぎかしら?

でも、旅の大きな目的は終わったのだ。

少しくらい、いいよね?




「それから、魔導書も書き直したいですね」

「お前、ほとんど使ってなかっただろ」

「だって、家で十分読み切りましたからね」

「……で、なにを書き直すって?」

「【ヒノヒカリ】も、【ツキアカリ】も、この魔導書には載ってないんですもん」

「あ、そういうことか」

「あれ便利ですもんね」

「特に光の魔法がなかったら、魔王は倒せなかったものな」


防衛隊長さんには、格別のお礼をしないといけない。

王様から便宜を図ってもらったりできないだろうか。




やりたいことがたくさんある。

会いたい人も、たくさんいる。


「うふふ、楽しみですね、この逆回りの旅」

「お気楽だな」

「いらないですか? お気楽さ」

「いや……」


勇者は少し言いよどむ。

顔が少し赤い。


「今はお前のそのお気楽さ、なんか、安心する」


そう言って、笑う。

それは今まで旅の中で見た中で、いちばん優しい笑顔だった。


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