【Ep.13 ほろびのじゅもん】⑤


―――

――――――

―――――――――


空を雷雲が覆っている。

雨が降りそうだ。

雷が鳴りそうだ。


しかし、降ってくるのは「闇」そのものだった。


それらを避けながら、私は体の中に魔力を巡らせる。


今までにない感覚。


勇者が「魔王」と戦っている。

私は長く苦しい詠唱を終え、魔法を放つ。


光でも、闇でもない「なにか」が、魔王を貫く。


―――――――――

――――――

―――




「……おい?」

「っは!!」


驚いた勇者の顔が目の前にあった。


「どうしたお前、立ったまま気を失ってたぞ」


なんと、ついにその技を習得してしまったのか!

じゃなくて!


「今……今、指輪を使わずに、強制的に眠りに落ちたんです!」

「それで、母の声がして、それで、えっと……」

「新しい魔法……じゃなくて最後の魔法を……教えてくれるって言って……」

「最後の魔法? 今までに使ったことのない魔法か?」

「ええ、それが……」


魔導書にも書いていなかった。

直接母から教わったこともなかった。

最後の魔法……

あれは……滅びの魔法?


「それを使えば、魔王は倒せるのか?」

「はい……おそらく……」

「なら、行くしかないな、屋上へ」


勇者は私を気遣いながらも、早く魔王を倒したがっている。

焦っている?




「勇者様? なにか焦っていますか?」

「いや、その、焦っているというか、なんとかいうか……」

「?」


なんだか様子がおかしい。

歯切れも悪い。

魔王に怒っていて、すぐさま倒したい、というのとも、違う気がする。


「お前が、なんか、死にそうな顔してやがるから……」


え?




「お前、やっぱり無理してるんじゃねえか?」

「さっきの気の失い方だって、見ててハラハラしたぞ」

「今だって顔色悪いし、満身創痍だし……」


そんなことない。

私はいつも通り。

そう言いたかったけど、その根拠もないことに気が付いた。


「私……調子悪いんですか?」

「……そう見える」


自分ではそう思わなかったが、勇者が言うのなら、そうなのだろう。




「早く終わらせて、お前を休ませたい」

「……膨大な魔力が、尽きそうに見える」


そんな風に見えていたのか。

私は、ここまで、少し無理をしていたのかもしれない。


だけど。


「ご心配は無用です、勇者様」

「さあ、最終決戦です、気合い入れていきましょう」


ここで引くわけにはいかない。

魔王を倒して、ここにいる人たちも助けて、世の中を平和にする。

やらなきゃいけないことが山ほどある。

弱音なんて吐いていられない。


「……わかった、だけど、無茶はするなよ」

「はい、信頼しています、勇者様」

「……よし、じゃあ上がろう、屋上へ」




屋上へと続く道は、罠があるわけでも鍵がかかっているわけでもなかった。

ただひたすらに長く広い階段だった。

魔王はここを逃げたのか?

それは、どんな心境だろう?


「なんだ、これ?」


階段の途中に零れ落ちるなにかを、勇者が気にした。

ほよほよと漂う黒い綿のようなもの。


「それ、多分、闇の残骸です」

「闇の?」


黒い町で倒した闇と、よく似ている。

やっぱり、あの町で倒した闇は、魔王の一部だ。


「魔王が弱っているというのは、きっとあの町で『闇』を倒したからです」




その予想が確かなら、今が好機だ。


階段に零れ落ちる闇の残骸を倒しながら、私たちは屋上へと急いだ。


魔法の調子は悪くない。

むしろ、今までにないくらい様々な魔法をいい感じに使えている。

だけど、先ほど一瞬気を失った時に見た、あの夢が気になっている。


大きな扉が目の前に現れる。


外に繋がっている扉らしい。


勇者はためらうことなく、それを開け放った。




「……外だ」


明るいはずなのに、そこはまだ暗かった。

だけど風を感じる。


「……こんなに天気、悪かったか?」


空は黒い雲に覆われている。

今にも雷が鳴りそうだ。


広い屋上は、四方を低い石壁で囲ってあった。


「……いた」


屋上の隅。

黒くて大きな「なにか」が、私たちを待っていた。




『待っていたぞ……勇者と……優秀な魔道士……』


腹の底から聞こえるような響く声。

吐き気を催す不快な声。


黒いマントに大きな兜。

ごつごつと隆起した「人ならざるモノ」の姿。

纏う闇の魔力は、今まで対峙してきた何よりも禍々しく強大だった。


これが魔王か。


だけど、その姿は、確かに弱っているように見えた。


『あの町を……闇に染めようと……長らく襲い続けていたものを……』

『まさか闇を払う……者が現れるとは……思ってもいなかった……』


腹の底に響くような、嫌な声だ。


『だが……お前たちの快進撃も……ここで終わりだ……』

『お前たちがいかに強大であろうとも……私の前では塵に等しい……』

『天翔ける龍に抗う……羽虫のようなものだ……』

『さあ……一方的な……殺戮を……始めよう……』


そして、纏う魔力をぎゅっと凝縮し、こちらへ殺意を向けてきた。

しかし勇者も負けじと言い返す。


「おいおい魔王さんよ、ずいぶん辛そうじゃないか?」

「どっしり構えて待っていると思ったら、屋上に逃げ込んで、それで『待っていた』って?」

「おれたちの剣が、魔法が、簡単にやられると思うなっ!!」




「風立ち~ぬ!!」


―――ビュオッ!!


私の風の魔法が、勇者を包む。

魔王を斬り裂く刃ではない。

勇者の動きを加速させるために使う。


「こんな広い場所を戦いの場に用意してくれるなんて、気が利きます、ねっ!」


―――ビュオッ!!


「っせい!!」


―――ビシュンッ!!




光の魔法を乗せた勇者の剣は、魔王を四方から切り刻む。


「闇」のように実体のない相手ではない。


「らぁっ!!」


―――ガシュッ!!


魔王の背後を狙い、隙を見て剣撃を入れる。


―――キィィインッ!!


硬い。

生半可な剣撃でははじかれてしまう。




「ヒノヒカリッ!!」


―――コォォォォオオオオオオッ


暗雲をかき分けて、大きな大きな太陽を召還する。

両手を伸ばし、全力を込めて、最大の太陽を。


目をつぶり、集中する。

頭の奥が、凍るように冷たい。


研ぎ澄ませ!

焼き尽くせ!

これは、すべての闇を払う希望の光だっ!!


―――コォォォォオオオオオオッ


『ぐ……むぅ……』




「いいぞ! 効いてるっ!!」


勇者が叫んでいる。


さらに、私も目を見張ることが行われた。


―――キュウゥゥゥウウウウウウン


空に浮かぶ太陽から、勇者が魔力を吸収したのだ。


「いつの間に……そんな技術を……っ」

「おーらぁっ!!」


―――ザシュッ!!


大きな魔力を受け取ったその剣で、魔王を斬り裂く。




『ぐぅ……ぐ……むむぅ……』


苦しんでいる。

魔王の動きが鈍っている。


でも、決定打に欠ける。

勇者がいくら斬りつけようと、太陽がいくら照らそうと、決定打にならない。


『この……羽虫がぁっ!!』


―――ズァァアッ


纏っていた闇の魔力が拡散する。

勇者と私を包み込もうとする。


「うぐっ」

「んっ」


苦しい。

力を奪われる。




「負け……ないっ」


―――カァァンッ!!


太陽から刃を落とす。

私の周りにも、勇者の周りにも。


「だぁぁっ!!」


闇を斬り裂いた刃を、そのまま魔王へと突き刺す。


―――ガァァアアアンッ!!


空気を振るわせる音とともに、魔王の体が貫かれる。


『ぐぐううううううおおおおおおおおおお……』




効いている。

魔王の動きがさらに鈍くなった。


「あれを……あれを今こそ……」


あのとき、母が教えてくれた魔法。

今まで知りもしなかった、最後の魔法。

今、このときのためだけにある魔法。


 千万年の眠り。

 永遠の絶望。

 割れる空、沈む太陽。

 光と闇の渦、鮮明な過去の記憶。

 時満ち足りて終わる始まり。


【夢魔法 すべて終わらせ~る】





ぐるん、と世界が回った気がする。

吐き気がする。

体中の魔力が暴れ回っている。


―――ゆっくりと―――落ち着いて―――丁寧に―――


それを、ともすれば途切れそうになる意識の中で、必死に押さえつける。


―――あなたの怒りと―――勇者を守りたい気持ちを―――最大限に生かして―――


世界は無音。

時がゆっくりと流れ、勇者と魔王の動きが遅く見える。




体中の魔力を、一つにまとめ。


―――落ち着いて―――深呼吸して―――


魔王の、その命一つ、それだけを終わらせるための魔法を。


―――後のことは考えず――――――ただ――――――今だけを―――


魔王がこちらに気づく。

大きく手を振り払い、魔王の魔力がこちらを襲う。

私は避けられない。

そんな余裕はない。


間に勇者が走り込む。

剣でその魔力を必死に振り払う。

最後まで、この人は、私を守って戦ってくれている。


―――さあ―――ぶっ倒しちゃいなさいっ!!―――


「はいっ!!」


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